6月13日 西南海トラフ大地震勃発
リアルな地震や津波の描写が出ます。そう言えば、正月に起こった地震からもう11ヶ月経ちましたね。あの時、片付けをしなければと言ったのに、人は喉元過ぎれば熱さを忘れるんですよね。
「氏名 平野和宏
現身分及び現職 復興大臣
発令事項 南海トラフ地震復興大臣を命ずる
任命権者
令和11年6月12日
内閣総理大臣代行 加須恵子」
平野和宏は今朝メールで届いた「辞令書」を見て首をかしげていた。秘書を呼んで、朝の業務連絡をする時に確認をすると、Faxでも同様の辞令書が届いているとの報告を受けた。
「平野大臣、総理官邸から明朝9:00に政府のヘリに乗って、西南海トラフ地震の被害地を視察に向かうようにと言う指示が出ています」
「ちょっと待って?理解が付いていかないんだが、今『西』って言った?『東』南海トラフ地震が昨日起こったんだよね。明日は西側の半割れで地震が起こるって言うこと?」
「はい。6月10日19時のNHKの放送によると、6月13日11時に再度地震が起こり、韓国の済州島まで、津波の被害が起こるとの内容が流されました」
愛知県が選挙区の平野は、西日本知事会後から、仕事に忙殺されている。
まず、「愛知」県民が「富山」県に移動すると言うことで、大分お叱りを受け、愛知が世界に誇るT社が秋田に移転したと言うことで、豊田市長から苦情を言われた。
6月10日のTV放送後は、「復興大臣は何の仕事をしているんだ」と自宅を多くの人が取り囲み、ほとんど寝られない状態が続いている。
「だいたい加須官房長官が、復興大臣の自分を通り越して、どんどん行動するから、私がこんな目に遭うのだ。もう少し私の立場を考えて欲しい。それなのに、今になって南海トラフの復興を任せるなんて、どの面下げて言えるんだ」
平野大臣は、手に持ったカップを床にたたきつけようとして、妻が大切にしているウエッジウッドのカップだったことに気がついて、静かにソーサーに戻した。
妻はT社の社長の姪で、海外視察などには必ず付いてきて、大量の土産を買ってくるお嬢様だ。そのくせ、今回のT社の移転については、夫に一言も情報を流さなかった。問い詰めると、「叔父から何も聞いていない」の一点張りだった。
カップを見つめて動かない平野に、秘書は声を掛けた。
「取りあえず、島根に『南海トラフ復興庁』を作らなければなりません。島根知事に連絡したところ、『桔梗学園島根分校に問い合わせてくれ』と言われました」
「今噂の『桔梗学園』か?震災で儲けている『死の商人』だろう?嫌だね。そんな企業の片棒を担ぐのは」
「では、ご自分で島根に行って、適当なビルを手に入れて、復興庁をお作りになるのでしょうか?」
「そんなものは副大臣にやらせろ」
そう言う返事が来ることを想定して、復興副大臣は、桔梗学園が用意した建物を借り受けていた。桔梗学園は復興大臣のために、どんな場所にも降りることができる水陸両用ドローンの貸出も約束していた。
6月13日 政府専用ヘリに乗った平野復興大臣と副大臣は、西南海トラフ大地震の被害状況の視察に向かった。
11:00
ヘリは高知県上空でその時を待った。
予告通り、11:00に山が鳴動し、大地が揺れ動いた。
ヘリからでも、高知を大地震が襲う様子が手に取るように分かった。
まず、次々と家屋が倒壊し、平野を縦断するように亀裂が走り、道路のアスファルトがはじけ、海岸線まで伸びる土佐くろしお鉄道の一両の列車が、線路から転げ落ちる。山は次々と崩れ、麓の民家を飲み込んでいく。
11日に動いたプレートに連動するように、四国全域と九州東側の大地に津波が襲った。今回の津波は、四国を大きく回り込み、佐多岬半島を削った後、瀬戸内海内部にも大きく回り込み、しまなみ街道の多くの橋脚を襲った。一昨日、四国の森林から削り出された材木を含んだ波は、橋脚を、そして港を容赦なく削り取った。
呉や岩国にある海上自衛隊の船、それに米軍の船艦や飛行機などは、既に移動させた後だったが、海岸にある施設はすべて水没してしまった。
「うわー。高知県は山間部を残してすべて水没した」
説明役として乗っていた、地震災害を専門とした大学教授は、ビデオを回すのに忙しかった。
「今回の地震で高知の海岸部分は2m以上沈降したようですね」
「沈降って沈んだってことか」
「はい、多分、港としては何年も使えないでしょうね」
「大臣、沖の方を見てください。第2波の津波が迫ってきます」
1回目の津波の引き波を飲み込むように、更に大きな波が日本に向かって進んできた。
1回目の津波で削られた佐田岬半島がなくなったため、波はそのまま下関方向に進んで行った。
「九州方面にも回り込んでいます。あー。もう1波、沖からやってきます」
「やめてくれ。西之表島が飲み込まれる」
津波は少しずつ西にずれながら、3度に渡って四国と九州に襲いかかった。
宮崎市、日南市、鹿屋市、指宿市の住民は、塩澤アナウンサーのドキュメンタリーを見て、自主的に熊本県に避難をしていた。宝永地震の時の記録を見れば、自分の街が津波に襲われると言うことが、一目瞭然だったから。
地震から逃れて山に逃げても、山も多くの場所で崩壊していた。梅雨時の水分を多く含む山は、広範囲に崩れ、多くの家屋を飲み込んでいく。
「自衛隊機が山崩れの現場に向かいますね」
大学教授は、身を乗り出してビデオを回し始めた。
「すごいですね。空中からピンポイントで生存者を確認していますね」
「桔梗学園のスタンプの効果ですよね」
「スタンプ?何の話だ?」
大学教授と副大臣は揃って手の甲を差し出した。
「これですよ。まさか、復興大臣がこれを押してないんですか?」
「まだ、かな?」
「これがないと、捜索して貰えないんですよ。ほら見てください。瓦礫の下にどんな形でどの深さで横たわっているか分かるんで、手際よく瓦礫をどかして・・・良かったですね。2人も生きていましたよ」
生存者は、ヘリから降りてきた自衛隊員に優しく抱え上げられ、ヘリに収容された。
その間20分しかかからなかった。
「大臣、では、桔梗学園島根分校に挨拶に行きましょうか?」
大学教授が口を挟んだ。
「スタンプを押していないと、施設内に入れないんですよね。まずは県庁に行ってスタンプを押して貰いましょうか」
平野大臣が渋々県庁に向かったその頃、西南海トラフ地震をしのいだ島根分校のメンバーが、昼食のサンドイッチを食べながら、話し合いを始めた。
「震災が夏で良かったね。冷たい食事を出しても不満が出ない」
涼が紙パックの麦茶を飲みながら、最後のハムレタスサンドに齧り付いた。
舞子が冬月を膝であやしながら、梅桃に聞いた。
「梅桃、復興庁の大臣が挨拶に来るらしいね」
「うん。昨日やっと『南海トラフ地震復興庁』の復興大臣に任命されて、さっきまで、政府のヘリで視察をしていたらしいよ」
「うちらは、基本的に要望されたものを売るだけでいいんだよね」
「まあね、真子学園長の計画したことは、人的被害をなくすための計画で、日本の復興は政府のお仕事だからね」
「プレハブ住宅も供給したし、避難所に当たる廃校になった学校の耐震補強工事も行ったし、後は瓦礫撤去の仕事かな」
涼が全員のゴミをまとめながら聞いた。
「震災瓦礫の処分機械も、やっと操業できるね」
「うん、水が引いたところから、1県に3台くらいずつ、可燃物を処分して発電する機械と、鉄筋とコンクリートを分けて、コンクリートを粉砕して、再利用するように加工する機械をセットで運び込む」
梅桃が声を潜めた。
「まずは、高知県に巨大空港を作らなければならないから、コンクリは高知行きだね」
舞子は冬月に授乳しながら、梅桃に顔を近づけた。
「でも、高知はかなり沈降したでしょ?」
「その分を盛らないとならないのよね」
「復興庁の大臣は空港建設の話は知らないんでしょ?」
「そこは、防衛省の管轄にするからね」
「でも、将来は国際空港にするんでしょ?」
「首都圏に地震が来た後は、日本に国際空港はなくなるんだよ。高知に国際空港を作るのは国策だよ」
ゴミ捨てをしてきた涼が、戻ってきた。
「で?復興大臣の仕事って何?」
「姉妹県同士の不満のはけ口?」
肩をすくめる梅桃。
「じゃあ、俺たちは大臣の協力をするわけ?なんか、すべて俺たちのせいにして大臣辞められたら、困るな」
「まあ、平野大臣って愛知選出だから、逃げはしないと思うけれど。積極的にうちが商売しているんじゃないという意思を示すため、商品は小出しにする?」
「それは真子学園長の意思に反するな。ところで、復興大臣って、これから起こる首都直下地震の対策もするの?」
「無理でしょ?加須総理大臣代行がやるんじゃない?」
「じゃあ、東日本知事会には桔梗学園から誰が行くの?真子学園長の今の体調では、無理だよ。まさか、珊瑚美規さん?」
「不安しかない」
舞子と梅桃の二人して、肩をすくめた。
次回は、平野大臣のところに、島根分校から梅桃、舞子、涼の3人が訪問します。