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緊急地震予報

少しアップが遅くなっています。でも、地震の章も構成は、書いては消し、書いては消しで、悩みながら書いています。

 6月10日正午。NHKの昼の放送がジャックされた。


「緊急地震予報」と書いた大きなスケッチブックを持った加須(かぞ)官房長官が、画面いっぱいに映った。プロデューサーが、新元号「平成」を紹介した小渕幹事長を思い出した。


 その隣にはその文字を筆で書いた長尾菱子(りょうこ)財務大臣と、3枚の「辞表」を持った牛島防衛大臣が並んで座っていた。

加須官房長官が、「地震が来なかったら、国会議員を首になるだけじゃ済まない。1人で責任を取る」と言ったら、「上手くいったら総理大臣になれるだろう。抜け駆けは許さん」と牛島防衛大臣が割り込んできた。

長尾財務大臣はニコニコ笑いながら、スケッチブックと「辞表」を取り出して、「芸がない放送をするんじゃないの。あんた達のやることには遊びがないんだから」と言った。

その上、長尾の娘の伝手(つて)久住(くすみ)というNHKプロデューサーを引っ張ってきた。


 本当は新潟地震が起こった直後に、「避難勧告」を出したかったが、石頭(いしあたま)首相も、地震予知関係者も、消防・警察・自衛隊すべての長にも、「たった1回地震の日時が当たったくらいで、根拠のない勧告など出せない」と相手にされなかった。

加須官房長官はすべての会談を、こっそり録音し、「万が一、数十万人の犠牲が出たらどう責任を取るつもりか」と詰め寄ったが、録音機を取り上げられただけでなく、蟄居(ちっきょ)まで命じられてしまったのだ。そこで加須の家の地下に臨時の放送施設を作ったのだ。


 加須官房長官は、知らない若者達が、自宅の地下室にぞろぞろやってきて不思議な気分だった。

「すいません。久住君、妹の寿美恵(すみえ)さんも手伝ってくれるんですね」

久住は素性が分からないように、金髪のカツラを被ってやってきたが、カツラを脱ぐと切れ者の素顔が出てきた。妹の寿美恵も面白がって髪をピンク色に染めてやってきた。


「任せてください。妹はこれでも5年以上ユーチューバーやっているんで、どこでも高品質の放送が出来ますよ。NHKの回線をハックするのは、ゲーム開発が本業の大滝(おおたき)という言う友人がやってくれます。みんな面白いことやワクワクすることが大好きです」


加須は、腹ごしらえのためのハンバーガーを(かじ)っていた長尾財務大臣に声を掛けた。

「菱子の娘は、なかなかいい友人に恵まれているんだね」

「そうみたいだね。この放送の話をしたら、『面白そうだから友人を紹介する』ってさ」


長尾は油っぽい手を舐めながら、久住プロデューサーに声を掛けた。

「うちの子達は、自由業みたいなものなんで、責任問題も怖くないかも知れないですが、久住君はNHKのエリートコースを歩んでいるんでしょ?失敗したら、申し訳ないな」


久住プロデューサーは原稿案を確認する手を止めて、眼鏡を外しながら顔を上げた。

「いやぁ、こっちにもメリットあるんで、仲間に入れて貰ったんですよ」

「そんなにメリットがあったかしら?」

「うちの期待の新人、塩澤の自費製作の番組を流して貰えるというメリットです」


「あの番組は良く出来ているよ。よく1週間程度で作り上げたよね」

「あいつ、高知県出身なんですよ。新潟地震の取材でヘリから新潟の惨状を見て、何かにとりつかれたように番組を作り出したんです。ほぼ寝ないで2本作りましたからね。お陰で今は過労で長岡の病院に入院しています」


久住寿美恵もポテトを囓りながら話に加わった。

「宝永地震の被害の情報を、古文書や大学教授のインタビューなどから正確に描き出した力作ですよ。

うちらユーチューバーにも、各地に残る災害記念碑の写真を送ってと依頼されたんで、協力させて貰いました。徳島の6mの高さの記念碑、高知のはもっと高くて30mの高さに記念碑がありました。中には仁淀川(によどがわ)の氾濫の影響もあって「標高61m以下の場所に家を建てるな」なんていう記念碑もありました。

特に江戸時代の記念碑は、文字も消えているものが多かったですが、特殊カメラで映した映像をAIで解析しました」


加須官房長官は感心した。

「凄いね。多くのユーチューバーを動員できた寿美恵さんにも感謝しないとね。

じゃあ、地域ごとに示された高さ以上に逃げればいいという目安が分かるね」

寿美恵は首を振った。

「そう思ってはいけないという警告も入れてあるんです」

「何故?」

「地震は隆起と沈降の2つのパターンがありますよね。沈降した場合は、想定以上に津波の被害が大きくなることもあります。山が崩れて川を堰き止めて被害が大きくなった仁淀川の例があるように、被害に影響を与える要因は一つではありません。そして、何よりも大きいのは温暖化による海面上昇の影響ですよね」

「そうね。だからこそ、被害が出そうな場所から一端離れることが大切だね。だからこそ他県に集団避難させたんだけれど」


久住プロデューサーはそれに意見を挟んだ。

「何よりも、1707年の宝永地震や1854年の安政地震、それに戦時中におこった昭和東南海地震と状況が違うのは、今の日本には高層ビルが増えたことです。

戦後の高度経済成長期に出来たビルの耐震基準は低かったし、もうかなり老朽化しています。

それから、超高層ビルの長周期震動による被害もまだ予測できませんよね」


牛島防衛大臣が会話を止めた。

「おーい。後1時間だ。打合せを詰めよう」

久住プロデューサーが、カンペをめくりながら説明を始めました。

「すいません。では、最初に加須官房長官から、このフリップを持って自己紹介に続いて、『明日6月11日9時に東南海トラフ巨大地震が起こります』とおっしゃってください」


久住に持たされたフリップには力強い筆文字で「緊急地震予報」と書いてあり、その裏には「6月11日東南海トラフ巨大地震発生」とあった。


「画面には、『この放送の続きが見たい方はこちらを読み込んでください』とQRコードが示してあります」


加須と長尾はピンとこないようだったが、牛島は理解した。

「つまりNHKをジャックできるのは、1分から長くても5分程度ってことだね」

「そうです。その続きが見たい人をこちらの放送に誘導します。今回取材に協力してくれたユーチューバーさんの番組経由でも、こちらには入れるようにしています。TVを見ない若者も多いですからね」


「久住君、その1分で首が飛ぶよ。いいの?」

「まあ、首になったら、皆さんお三方と桔梗学園の広報担当をさせて貰います」


久住プロデューサーは計算高い笑顔を見せた。



そして、運命の12時NHK昼のニュースの放送が始まった。




「突然ですが、私、加須恵子官房長官です。本日は明日6月11日に起こる東南海地震と13日に起こる西南海地震について国民の皆さんに、注意喚起をするため、昼のニュースの時間ですが臨時放送をさせて貰います」


そこまで話すと、NHKの画面には昔懐かし、砂嵐の画面が流れ始めた。

「はい、NHK切られました。こちらの放送に切り替えます」

加須官房長官は、背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、何事もないように話を続けた。


「今回の地震の情報について、5月1日に『西日本知事会』で関係する府県の知事の方には既にお知らせしました。知事の方の采配で、既にほとんどの府県からの避難が済んだと伺っております。

 しかし、今回の地震は1707年の宝永地震と同程度、若しくは大きい規模だと想定されます。宝永地震はM8.6、北海道以外のほとんどの場所で地震が感じられたという記録が残っています。

当然、避難先でも、九州西部、北部、また関東でも、大きな揺れが感じられると思います。地震と津波への備えを万全にしてください。

 特に避難先であっても古い建物である場合は、地割れに注意しながら開けた屋外に待避してください。また、新潟市周辺の皆さんは、6月2日に大きな地震が起こっています。是非屋外待避をしてください」


久住プロデューサーが親指を立てて、加須官房長官をねぎらった。


続いて、長尾菱子財務大臣が、地震被害の地図を背負って現れた。首からは名札を提げている。自己紹介の時間も惜しいと見える。

「6月11日のマグニチュード8以上の被害想定地域の地図をご覧ください。必要な方は、QRコードを読み取ってください。

次に、マグニチュード7以上の被害想定区域です。現在避難先となっている県の名前が、多く見られます。

続けてマグニチュード6以上の地域です。大都会に住んでいて、長周期震動によるビルの倒壊が予想される方は、新宿御苑や上野公園などの大きな公園へ避難してください。


本日、18時から皇居にも避難することが出来ます」


部屋にいた人はみんな目を丸くしたが、加須官房長官が拳で心臓を叩いて、命をかけて「皇居避難を勝ち取ってきた」のは、自分だとアピールした。


長尾はそこで大きく息を吸って次を続けた。

「そして、避難する場合は必ず、自宅のブレーカーを落として避難してください。

タイマーで動く電化製品も切ってください。関東大震災の時の火災被害を思い出してください。


 また、宝永地震の時は、韓国の済州島(チェジュとう)まで津波が達したという記録が残っています。津波が到達する可能性のある世界の皆さん。命を大切に避難行動を取ってください。船舶の避難も行ってください。


地図で表記している箇所は10m以上の被害が想定されている地域です。

 次は5m以上の箇所です。

 3枚目は世界で津波が到達すると想定される箇所、時間、高さです。」


「NHKで放送していれば、世界にこの警告は届くのに」と加須官房長官は、眉を曇らせたが、久住寿美恵が自分のYouTubeサイトを見せてくれた。現在、「いいね」が30万を越え、その数字はものすごい数で増えている。コメントも凄い勢いで伸びている。


久住プロデューサーが口の端を上げた。

(今頃、NHKの電話はパンクしているだろうな)



最後に牛島防衛大臣が画面に現れた。

「自衛隊は明日、早朝6時から最後に逃げ遅れた方の救出に向かいます。手首のスタンプにより、生体反応を確認します。スタンプが押してない方は、本日中に至急、都府県庁、市役所、もしくは分室に置いてあるスタンプを押してください。

町内会長で、自力で動けない方を把握している場合は、役場にご一報ください。


自衛隊により救出された方は、北海道の避難所にお送りします。


最後に、大切なお知らせをします。これ以降の地震災害情報もお知らせしますので、1回の地震があったからと言って、自宅に安全を見に行ったりしないでください」


そういって、牛島はフリップを1枚掲げた。

「6月11日9時 マグニチュード8.6 東南海大地震」

しばらく、そのフリップを掲げた後、次のフリップを見せた。

「6月11日10時 マグにチュート9.1 東南海大地震」


「1時間後の地震の方が大きいですので、注意してください。一部の地震計では測定できない巨大地震が起こります。朝ご飯は早く食べ、避難には昼ご飯の弁当などを用意した方がいいと思います」


女性らしい心遣いだ。


「6月13日11時 マグニチュード8.9 西南海大地震」


「この後、マグニチュード6程度の地震が繰り返されます。


そして、2ヶ月後、首都直下地震が起きます。今度は真夏に起こりますので、体育館での避難生活など出来ません。災害関連死などを防ぐためにも、日本海側、東北、北海道への避難と首都機能の移転を提案します」


 爆弾発言をした後、3人が並んで画面に映った。


「私達は、多くの人命が失われることを知っていながら、行動をしない。そんな政治家にはなりたくありません。

もし、本日予報した地震が一つでも起こらなかったら、国会議員を辞職します」

そういって、3人で「辞職届」を差し出した。



そこで、放送が終了した。続いて、塩澤アナウンサーの渾身のビデオが流された。


1本目は、「宝永地震の教訓」

2本目は「6月2日新潟地震の教訓」




「終わったー。恵子お、いつの間に宮内庁と交渉したんだ?」

牛島防衛大臣が、加須官房長官の胸元を掴んだ。

「いや、宮内庁飛ばして、天皇と話をしたんだ。首都直下地震の前に、皇居移転の話をしないといけないかなと思って・・・」

「いや、天皇は国外避難じゃなかったのか?」

長尾財務大臣が突っ込んだ。

「ちょっと待て、恵子と菱子だけそんな話を知っていて、私に知らせないってどういうことだ」


牛島防衛大臣は、椅子に倒れ込んだ加須官房長官に馬乗りになって首を締め上げた。

「おい、苦しいから降りろよ。こんな事実をあんたが前もって知っていたらどうする?」


牛島は大きなため息をついて、加須の膝の上から降りた。

「みんな立場は違うんだよな」


「そう、まあ、もうすべて話してもいい頃だと思うから話すよ。


石頭総理大臣は前桔梗村村長とある密約を交わしたんだ。

「桔梗村から桔梗学園村が独立することを認める」。「桔梗学園のドローンの飛行については、すべての日本国内からの規制を受けない」という2つの約束と引き換えに、2つ約束をしたんだ。

1つは、日本にある「現在稼働中の」原子力発電所を、桔梗学園が開発した「バリア」で覆い、震災や他国からの攻撃を受けても放射能が拡散しないようにするというもの。

もう1つは天皇が日本国内で被災した場合は、外国への避難の手助けをするという密約だ」


「石頭総理大臣にしてはまともな約束を交わしたな」


加須官房長官は肩をすくめた。


「実際は石頭総理の名前を借りて、私が交わしたんだけれどね。総理には報告したけれど、たくさんの報告の中に紛れ込ませて、提出したんで、総理の記憶にはほとんど残っていないと思うけれど」

「うー。いつも思うけれど、おぬしは本当に悪だな」

「天皇がいなくなったら、日本はまとまらないよ。GHQの判断は今でも正しかったと私は思っている」


長尾財務大臣は、二人の会話に入ってきた。

「で?天皇は避難することを納得しなかったんだろ?」

「そうそう、『避難したらそれこそ国民に申し訳ない、代わりに皇嗣一家をイギリスへ』とおっしゃって、皇居の移転の話になったんだ」


好奇心に駆られた久住プロデューサーがつい口を出した。

「どこに移転するんですか」

長尾寿美恵が胸を張った。

「私なら、五稜郭公園当たりをお薦めします。堀もあって、広いしいいと思うんだけれど」

その意見をスルーして、会話が進んだので、久住兄妹は、「ビンゴ」と拳を握った。



「皇居移転先の話の後、天皇が『日本に地震があった場合は、皇居を開放します。宮内庁に口出しさせません。雨が降ったりしたら、困りますから』っておっしゃって、あの話になったんだ。

お陰で、話に信憑性が増したよ。


天皇自ら、今日18時に皇居の門を開けば、今日の放送の再放送が出来るかも知れないね」


久住プロデューサーは、加須官房長官の意見に目からうろこが取れたようだ。


「すいません。加須官房長官、全然気がつきませんでした。寿美恵、さっきの生放送の編集を始めるぞ。

このビデオを持って、NHKからの要請に応えて19時のゴールデンタイムのニュースデビューだ」

次回は、いよいよ南海トラフ地震が起こります。まずは島根分校の様子をお知らせします。

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