夜の男子寮
「お帰り」
バスタオルを肩からかけ、まだ頭がうっすら濡れている涼が、爽やかな笑顔で2人を迎えた。
「俺たちの桔梗バンドで、それぞれの部屋にも入れるみたいなんで、悪いけど部屋を開けさせてもらって、荷物を入れるついでに操作方法を確認させてもらった。お風呂にする?部屋の説明する?就寝まで後1時間だよ」
「俺たち妊婦じゃないんだから、就寝遅らせてもらえないかな」
「柊、文句言っている間に部屋確認して風呂入ろうぜ。涼、悪いけどもう1回風呂に入って、俺たちが体洗っている間、ちびを見ていてくれないか」
琉に促されて、3人で琉の部屋で設備の操作方法を確認した。
まず1つ目の設備は「洗濯乾燥機」
洗濯物は名前の入った50センチ四方の箱に入れると、翌日には乾燥が終わったホカホカの状態で部屋に戻っているそうだ。
「畳まれてはいないんだろう?彼女がくれたワイシャツとかはどうなるんだ」
柊が皮肉交じりに聞いた。涼は気にした風もなく、洋服ダンスの脇を示して言った。
「ここにハンガーがあるだろう。ここに掛けると、明日までに風アイロンまで掛けてきれいになっているらしい。風呂のタオルなんかは、風呂場のタオル入れに投げ込めばいいんだ」
「つまり、『畳む』って家事がないというわけだ」
柊と琉がハイタッチをした。
「涼は分からないだろうが、洗濯の一番大変なところは、干して畳んで、しまうところだ。
家なんか、9人家族だから、そこに分類も入るんだ」
「すべての服が乾燥機で洗える材質だったら、アメリカみたいに乾燥機に入れて干さなくていいけど。縮むのが嫌だよね」お洒落な柊が問題提起をする。
「それが水を使わないから、縮まないんだって。すべて風とイオンの力で、汗と皮質と汚れを繊維から飛ばしてしまうらしい」
次に、「使用済みおむつBOX」
使用済みの紙おむつと、使い終わったお尻ふきをそのまま投げ込むのだそうだ。
部屋にある情報表示装置を起動して、涼がおむつのその後を説明をした。
おむつは薬剤で溶かされ、尿や便の成分は体調分析後、発電に回されるそうだ。
(大人の排泄物もこうやって体調分析に使うんだろうな。え?その後、発電?)
柊は、就寝までの残り時間を思い出し、疑問を頭のメモリにしまい込んだ。
設備の確認が終わった後は、全員で男性用浴場に向かった。
男性用の風呂は、10人くらいは一緒には入れそうな大きさだった。先に入浴を済ませていた鞠斗が、椅子に座って扇風機の風を浴びながら、牛乳を飲んでくつろいでいた。スーツを脱いでも大人っぽい鞠斗に、涼は畏まってしまう。
「涼は風呂に入るのは今日2回目か?」「手伝いです」「そうか、子育ての勉強させてもらえよ」「風呂上がったら、ここの飲み物は自由に飲んでいいぞ。子供用の湯冷ましもここにあるからな」
柊がふと気になって聞いた。
「鞠斗さん、自分、狼谷柊といいます。これからよろしくお願いします。色々教えてください。部屋も風呂も至れり尽くせりなんですが、受け入れ準備って、ファーストチルドレンの3人でされたんですか」
鞠斗は飲み終わった牛乳の瓶を片付けながら答えた。
「一応、幹部と男性スタッフで、君たち男子の受け入れについて話し合いはしたが、準備についてはAIが考えたものに不足がないか、確認した程度だな。物品の発注もAIが行ったし、納品されたものを設置するのは、担当の施設管理者が行う。
今年の男子使用部門の施設長は、中学3年生の男子だ。駒澤賀来人だったけな?いつもは地下でゲームをしている、声を掛けて色々聞くといいよ。よくしゃべる子だから」
賀来人が準備した仕事は、入浴準備においても素晴らしかった。子供を座らせておけるミニバスタブ、滑り止めシート、子供サイズの手桶から、おもちゃまであった。瑠璃は水鉄砲を持って機嫌が直っているし、梢はアヒルのおもちゃを、ぶかぶかならしている。夜もこのまま安らかに寝て欲しい。
涼に洗い場で遊ぶ2人を見ていてもらい、柊と琉はゆっくり湯船につかった。手足を伸ばして風呂に入ると、琉がしみじみ言った。
「湯船で手足伸ばして、暖まるなんて天国だな」
「琉の家の風呂狭いのか?」
「違うよ。ちび達を風呂に入れるのは俺と中3の玲との2人がかりなんだ。俺が風呂で待っていて洗い、出たら玲が体を洗って服を着せる。琳、琵琶、瑠璃の3人が出たら、次の人間のために、自分の体は軽く洗ったら出るの繰り返しだから、ゆっくり湯船につかった記憶がない」
「スーパー銭湯とかに行ったら、一気に洗えるだろう?」
「スーパー銭湯に行ける金なんかないんだよ。だから、俺、今日初めて家以外の風呂に入ったんだ」
「中学や高校の修学旅行では大きな風呂に入ったろう?」
「家に金がないから、修学旅行も行けなかったんだ」
「まじか、弟や妹も全員行ってないのか」
「修学旅行なんて1人10万以上かかるのに行けるはずないじゃないか」
そういう琉の顔に、瑠璃が水鉄砲でお湯を掛けた。柊が質問を続ける。
「玲以外の子は手伝わないのか?」
「まさか、小6の玻璃と琥珀が夕飯の支度と片づけ。小3の琳と幼稚園児の琵琶は、騒ぐばかりで毎日戦争だったよ」
「じゃあ、今日から玲君が琉の代わりか」
「昨夜、俺も行きたいって泣いてたよ。児童手当は中学3年までしか出ないけど、3子以降は1人月15,000円、年間18万円出るんだ。子供が多いにも経済的訳がある。コロナの後、傾いた工場はなかなか立ち直らないんで、親を責めるわけにも行かないんだよね」
「じゃあ、玲君には来年から児童手当が出ないんだ」
「ああ、多分卒業後は働きに出されるんだろうな。俺みたいに成績がよくないから。まあ、児童手当を使わなくても生活が成り立つような、高い給料の仕事をしたいね」
例え高校を3年で退学しても、琉にとって桔梗学園は、天国のような場所なのだと、柊は思った。
(俺は、桔梗学園でなければならない理由が本当にあったのだろうか)
琉は幸せな気分で風呂から出たが、慣れない布団で寝てくれるほど、お姫様達の神経は太くなかった。
この後、妹たちの夜泣きで、眠れない夜が来るとは、この時柊と琉の2人には想像も出来なかった。