震災対応食堂会議
久し振りの食堂会議です。
「いやあ、水が引かないね」
今日も弟子大神琳と一緒に、ウオールクライミングをしてきた名波鮎里が、テーブルに着いた。そこにはカーペンターズの面々が揃っていた。
「雨が降るのは、雨水濾過装置にとってはいいんだけれどね」
今やカーペンターズの主要メンバーになった栗田卓子が、デザートの苺を口に方張りながら、窓の外を見ていた。
「うちら、雨が引いたら、すぐ道路を作らないといけないよね」
最近、カーペンターズに入った須山深雪も、深刻そうに卵かけご飯を頬張った。
「深雪って、深刻そうな話をしている割には、食欲は変わらないね」
深雪と同期の卓子が構う。
「だって、龍太郎と虎次郎が凄くおっぱい吸うんだもん。双子は半端ないわ。
双子がいるのに、遠征できる圭さんを尊敬しています」
確かに深雪のトレーは、他の人より大盛りだ。
「圭さん、双子をオーストラリアに置いてきたんでしょ?」
「嫌、戦闘機に乗せられないから、一端オーストラリア分校に預かって貰って、今、啓子お祖母ちゃんと五月の2人で、日本に向かっているんだって」
「オーストラリアの方が地震来ないから安全なのに」
「じゃあ、卓子は子供と離れていられる?」
「それは無理だわ。うちの美鶴ちゃん、可愛いもん」
「女の子は確かに可愛いよね。抱っこすると猫ちゃんみたいに身体を預けてくるよね」
「そうそう、男の子は抱っこすると犬みたいに、手足を突っ張る感じがある。龍太郎と虎次郎は双子なのに重いよね」
「まあね、弟の猪熊も、妹の美鹿も兎に角でかいから、これは家系かな?」
「2人は桔梗高校と桔梗小学校にいるんだよね。この間、美鹿ちゃんは交流会で来たけれど、しっかりしていたね」
「そうだよ。だからこそ、早く道路作って、ドローンを使わなくても相互に行き来したいよ」
「鮎里親分、うちらは水が引いたらどの道から着手するんですか?」
「卓子!誰が親分だ。真面目な話をすると、藤が浜から通っている県道中道が最初だよね」
「そうですよね。九十九農園との間も通っているし、桔梗高校の裏手にも近いし、女郎花高台の裾野も通る」
「でも、本当は高速道路のICまではつなげないと」
「高速道路も大分やられましたが・・・」
「巻潟東ICから三条方面は、橋脚もしっかりしているし、舗装を直せば通行できるんじゃない。
三条まで出れば、新潟市の各区が避難している場所まで行ける」
「鮎里さん。まず、避難している人を村の外に出すんですね」
「そうだね。親戚なんかが、避難していればそっちに行けばいいし、過疎に悩んでいた中越の山間地域は、移住ウエルカムじゃないか?」
「取りあえず、道路敷くより、そこまで運んだ方が早くない?」
「言えてる。連絡着いた人から、巻潟東ICの駐車場にドローンで運ぶ方が早いよね」
突然、食堂のスクリーンが起動した。
「皆さん、おはようございます。珊瑚美規です。突然ですが、臨時食堂会議を開催したいと思います」
卓子が深雪の耳元で囁いた。
「珊瑚村長の家族?美規って、誰?」
「私は、真子学園長から、桔梗学園の責任者を任されました。新潟地震から、5日経ち、私は、今まで各分掌が行った活動の状況を把握していますが、現在、方向性がバラバラになりつつあるので、情報交換をして、桔梗学園自体が同じ方向に動いた方が良いと判断しました。そのため、臨時ですが朝食のこの時間に食堂会議を開催します」
「うわ。なんかAIがしゃべっているみたい」
卓子は相変わらず、思ったことをしゃべる。
「各分掌が行ったことをまず、画面に順次写すのでご理解ください」
村民へのスタンプ
ドローン部隊の救出、長岡への避難の補助
桔梗高校、桔梗小学校へのトイレ、水、食料の搬入、通信機器の貸し出し
桔梗小学校との交流会
桔梗小学校へのエアーマット試供品の製作
「エアーマットは小学校だけなんだ・・・」
深雪がぼそっと言った。鮎里が答えた。
「なんか、小学生がアイデアを出したから、KKGが取りあえず作ってみたらしい」
「へー。未来の研究員だね」
それぞれが別々に動いていることが分かった。意外と知らない事実が多くて、みんなも情報共有の大切さを実感した。
「それから、各分掌で懸念のあること。これから行いたい事業について挙手をしてください」
賀来人が真っ先に手を挙げた。
「あの桔梗高校にスタンプを押していないのに、バリアの中にいる人がいます。スタンプを押しに行ったほうがいいと思います」
児玉医師が手を挙げた。
「賀来人、その人の名前は?」
「大町技術員さんと、佐伯事務員さんです。村民じゃないからですかね。
村外から通学している高校生は、ジャイアントスワンですべて押しましたが」
「では、私と飯酒盃医師でスタンプを押しに行きましょう」
「え?僕が行きますよ。『桔梗学園の施設について色々教えて』って頼まれたんで。あっ」
賀来人は大町の危険性に気がついた。
ずっと顕現教を追っていた児玉医師は、次の提案をした。
「スタンプを押した段階で、なるべく皆さんに別の地域に移動して貰いましょう。スタンプのGPSで、顕現教のアジトが分かるかも知れません」
窓際でパソコンを操作していた晴崇が、手を挙げた。
「新潟県全体の、移住希望が検索できるサイトはできあがっています。小学校と高校に検索用パネルを設定して、来週中には避難者が移動するように促しましょう」
晴崇はドローン世界大会に行かずに、ずっと各種サイトを作っていたのだ。
まず1つは、桔梗村と新潟市周辺の野生動物の移動マップ。これによって、動物による人的被害がないようになった。勿論、自衛隊や警察に貸したタブレットからも生体反応を収拾して貰っている。
2つ目は、「救援物資希望」サイト。桔梗高校や小学校で必要とする物資を、衛星電話で送ると県のホームページにリアルタイムで表示されるシステムだ。それにより、被災3日目には自衛隊の風呂や、生野菜、プラスチック容器、着替えの服やタオルなどが2つの学校に届いた。
3つめは「市町村移住者マッチング」サイト。4つめは「お仕事」サイト(まあ、求人サイトだ)。
鮎里が手を挙げた。
「カーペンターズでは、水が引いたら県道中道の藤が浜から女郎花高台の麓まで、道路を敷設しようと考えています。アスファルトは使わず、砂利や粉砕したコンクリートでマカダム舗装する予定です」
古田円が手を挙げた。
「道路から瓦礫をどかしたら、それを粉砕するんですよね。工場をどこかに作ってください。機械はもう出来ています」
美規が提案した。
「川向こうの老人ホームの中をくりぬくのはどうですか?利用者を移送した時に、解体はこちらでやるからと、土地の権利を譲り受けてきました」
円は難色を示した。
「場所は藤川の向こうですよね。移動にロスがあります」
「では、旧桔梗北中学のグランドはどうですか。粉砕施設は桔梗村道路工事が終わったら、撤去しますから」
鞠斗が手を挙げた。
「桔梗村の施設を使うには、桔梗村の村長の許可がいります」
「皆さんにはお知らせしておりませんが、村長は津波に飲まれて・・・」
一瞬静かになった食堂だが、話し合いを止めるわけには行かなかった。
「じゃあ、桔梗村の選挙は何時やるのですか?」
美規が淡々と話した。
「桔梗村の道路や公共施設以外の土地は、村から出る人から解体を条件に譲り受けるつもりです。
つまり、桔梗学園の市有地になります」
須山深雪が手を挙げた。
「村から出たくない人に行き場はないのですか?市有地にした後、桔梗村は何になるんですか?」
美規は深雪に視線を向けた。
「あなたは残った桔梗村がどうなったらいいですか?」
深雪は下を向いてしまった。
深雪の返事がないので、美規が話を続けた。
「新潟市は、水に浸かった市街地を広大な畑にするそうです。まずは塩にも強い植物を植え、大規模農園なので、アメリカなどのように機械で農業を行います。そして、土地を供出してくれた人に、その収益を配分するそうです。ベーシックインカムのように、年金の他に毎月収入が入るシステムにするようです」
鞠斗が手を挙げた。
「その収入が入る権利は、世襲されるのですか?」
「からくりに気がつきましたか?。世襲はされません。権利のある人がいなくなれば、市の収益になります」
深雪が勇気を出してまた挙手をした。
「桔梗村も畑になるんですか?だから、アスファルト舗装しないんですか?」
「一部は畑にもしますが、最終的には広大な学園都市にするつもりです。都内の芸術系の大学、農業系の大学、情報系の大学3校ともう話し合いが始まっていますが、首都直下地震が起きた時の大学の避難先として使う計画があります」
「そんな狡い」
「狡いとは?」
「だって、私達の土地を使って、私達を追い出してそんないいものを作るなんて、犯罪じゃないですか」
「深雪さんは、水浸しの瓦礫だらけの土地で、ずっと暮らしたいのですか?」
「まさか」
「あなたが言う『いいもの』を作るには、一旦更地にしないと出来ませんよね」
「でも、私達の土地の権利は?」
「では、あなたの家の瓦礫は、あなたの家の義務として片付けることは出来ますか?」
「それは、税金を貰っている役場の人がする仕事では?」
「桔梗村には村長と警察署長の他、公務員は5人しかいません。公務員試験を使用にも給料は払えませんし、そもそも応募者がいません。財政も破綻しています。どうしますか?」
「それは桔梗学園村が独立したから・・・」
深雪は周囲の視線が冷たくなっていくことが分かって、意地になってしまった。
美規がにっこりして言った。
「実りある意見交換でした。みなさん。深雪さんと同じことを桔梗村の人から主張されないための方策を考えてください」
卓子が元気いっぱいに手を挙げた。
「はい。新潟市のように最初に飴をあげて、気がついたら権利がなくなるようにする」
深雪が小さい声で言った。
「でも、そもそも飴になるような権利が私達にないってことでしょ?」
賀来人が手を挙げる。
「恩の押し売り作戦。
最初に綺麗にしておいて、使いたい人にはそれ相応の支払いを請求する」
高1になった生駒篤が茶化すように言った。
「お前も悪よのう。それって『後出しじゃんけん作戦』の方が良くない?」
山田一雄が静かに発言を求めた。
「勿論、小学校や高校の運営を見て、桔梗学園にスカウトする人選もしていますよね」
美規がにっこりして言った。
「そうですね。さっきのエアーマットのアイデアを出した小学生や、あなたの妹さんは何人から推薦が来ています。深雪さんの妹さんも。わかりやすく結果が見えるように試験をしてもいいですよ」
深雪が小さな声で意見した。
「試験は止めてください。うちの弟みたいに、試験の時だけ張り切る人もいますから」
「深雪さんは、家族に対しても冷静に判断できますね。
では、避難者で希望する人は、とりあえず移動できるように手筈を整えてどう人が動くか見てみましょう。
また、カーペンターの皆さん、道路を作る時に、高校生や中学生の力も借りたらどうですか?桔梗高校校庭には飛砂を避けるため砂利がたくさん入っていますが、それも使いましょう。土は女郎花高台から運び込めば、塩害のない畑がグランドで作れますよ」
臨時食堂会議は終わった。
落ち込んでいる深雪に、同期の蓮実水脈が近づいて、肩を抱いた。
「桔梗村に家族がいる人はたくさんいるわ。ここに残って、桔梗学園関係の仕事が出来るかも知れないじゃない?」
「でも、水脈さんは家族には会いたくないんでしょ?」
「私は会いたくないわ、私を捨てた家族ですもの。
でも、深雪さんみたいに大切な家族がいて、やっぱり近くに住んでいて欲しい人もいるかも知れないわ。6月入学の人達だって、家族はみんな桔梗村にいるじゃない」
卓子もやってきて深雪に抱きついた。
「そうだよ。カーペンターズの槙田棟梁だって、桔梗村の人だよ。白萩地区みたいな新しい村作っちゃえばいいんじゃない?」
「どこに?」
「そうだな。桔梗学園村の敷地で残っているのは、女郎花高台の東にまだ手つかずで、水没していない地域があったよね」
「勝手に計画していいの?」
「美規学園長代理に直談判だ」
話し合いで決まるのも難しいですが、一方的に決まるのは専制君主制ですよね。