マスコミの「仕事」
災害を色々な視点で描きたいと思っています。話が飛んで読みにくいと思った方には申し訳ありません。
「昨日、震度7.6の大地震に見舞われた新潟市の上空を飛んでいます」
NHK新人アナウンサー塩澤綾香は、初めての災害報道に緊張している。
先輩達がしてきた災害報道と違う報道を要求されたのも、緊張に拍車を掛けた。
災害の状況は冷静に事実を伝え、災害から上手に逃れ、新しい生活を送っている人を称える報道をするように、上層部から言われている。
「大変ですね」とか「同情を禁じ得ません」などという今まで使い古された報道をしないためにはどうしたらよいのか。下手なことを言えば、一発で首が飛ぶかも知れないと、今回はしっかりしたディレクターも同行している。報道原稿も毎回、上層部のチェックが入るのだ。
「新潟市沿岸では、10mの津波を観測しました。信濃川、関屋分水を遡ってくる海水は新潟市の奥深くまで到達し、海岸に面する5つの区、それに元々湿地帯だった江南区のほとんどが4m近く浸水しました。鉄道の線路も、道路も地震と津波の被害で、現在使用できる状態ではありません」
塩澤アナウンサーはうっかり「数ヶ月以上使用できないでしょう」と言ってしまいそうで、大きく息を吸って、もう一度、原稿を読み直した。
「下に見えるのは新潟県庁です。花口新潟県知事の指揮の下、全県から来る情報に対応しています。あっ。窓から手を振っている人が見えます。県の職員でしょうか。今は昼時なので休憩中なのでしょうか」
塩澤は、「なんて脳天気なの」と心の中で思ったが、「命を削っての、災害対策を美談にするな」と上層部から言われていたことを思い出した。
自分の言葉1つでSNSが炎上するので、慎重に慎重を期して、言葉を選んで話した。
「この災害の中、新潟市では一人の死者も出ませんでした。それは、新潟市がちょうど6月1日~2日に掛けて、上原市長発案の『新潟県広域交流会』のため、すべての学校や公共施設を休みにして、周辺の施設に観光や交流会に出かけていたからなのです」
塩澤は「出来すぎだよ。私も地震が起こる日が分かっていたら避難するわ」とうそぶいた。
塩澤はディレクターから、ボールペンで腕を突かれ、我に返った。
「今、画面に映っているのは、新潟空港と隣接する自衛隊の施設それに新潟県警機動隊の施設です。すべて水に沈んでいますが、『新潟県広域交流会』に合わせて、ヘリは県庁屋上に、その他の車両は長岡市との合同訓練のため移動していたので、水が引いた後、すぐさま全車両総動員で戻って、新潟市内の道路建設などを行うそうです」
「すべて、新潟大学の地震学の権威の教授から、災害があるならこの日だというアドバイスを受け、それに基づいて、行動を起こしたとのこと。アドバイスがあっても、普通はここまで思い切った行動を起こせませんよね。県知事と市長の英断には頭が下がります」
ディレクターからカンペが示された。
「では、ヘリは新潟県西区の皆さんが、交流会に向かった五泉市に向かいます」
「ふー。五泉まで少し休めますよね」
エナジードリンクを流し込んで、塩澤は座り込んだ。
「塩澤、五泉市に着いたら、ヘリを降りてインタビューだ。ここからは生放送じゃない。
使えるインタビューを選んで後でビデオで流すから」
「使えないのは切るわけですね」
「まだ、こだわっているのか?お前もあと数日したら、この放送が人の命を救うって分かるよ」
「えー。まだ災害が起こるんですか?」
「例の新潟大学教授は、10日後には南海トラフ地震が起きるって言っているそうだ。新潟の例を出して、四国を始め被害想定地域の人間を、今度は『広域避難訓練』という名前で、日本海側の県に移動させるんだ。
ここで新潟市から移動した人間が、苦しんでいる映像を流して、『広域避難訓練』作戦が失敗したら、何十万という人間が死ぬんだぞ。心して報道しろ。
おい、なんで泣きそうなんだ。ああ、お前の出身地は高知だっけ?」
塩澤は涙がこぼれ落ちないように目を大きく見開いて、「頑張ります」と立ち上がった。
五泉市は快晴で、川の綺麗な街だった。廃校になった小学校が綺麗にリノベーションされて、西区の住民が住んでいた。新設の工場も稼働していて、大量のコンテナハウスを作っていた。
「まずはコンテナハウス工場の映像からだ」
会社の女性に誘導されて、工場内に入ると、見事にオートメーション化された工場で、組み立てに励む社員がいた。
「すいません。お仕事中、もしかして新潟市西区の住民の方ですか?」
お洒落なユニホームを身につけた社員は、今日渋谷に遊びに行くんですかというような化粧をしてアクセサリーをつけていた。
「はい。今日から仕事を始めました。指導の方も丁寧に教えてくださいますし、社員食堂も美味しいんですよ」
「お住まいはどこですか?」
「リノベした木造小学校も良かったんですが、うちは家族も多いんで、大家族用コンテナハウスを選びました」
「お給料はどのくらいですか」
「まだ貰っていませんが、西区で勤めていたスーパーの倍は貰えるみたいです」
「2倍ですか?凄いですね。でも、避難してきたばかりで、今月の収入はないですよね」
女性社員はにっこり笑って、手の甲を見せた。
「見えますか?ここにスタンプが押してあって、これをかざすと、五泉市内のどこでも買い物が出来ますから、不自由はありません。通帳と紐付けされているんで、銀行に行けば、このスタンプでお金も下ろせます」
「凄いスタンプですね。新潟市の人はみんなこのスタンプを押しているんですか?」
「はい、1ヶ月くらい前に、町内会ごとにスタンプが回って来て、赤ちゃんからお年寄りまで押しました。それに万が一、被災してもこのスタンプの生体認証で救助して貰えるんです。
まあ、逃げ遅れた人はいなかったみたいですけれど」
「災害があった日は、市外の人は誰もいなかったんですか?」
「市は外部の人が入れないように封鎖したみたいです。桔梗村の高校生が、たまたまジャイアントスワンで体育祭していたみたいですが、その人達も夜中に村に帰れたみたいですよ」
「ありがとうございました」
「ディレクター、あの人、サクラじゃないですよね」
「気にするな。次はコンテナハウスの取材だ」
「こんにちは。ここのコンテナハウスの方ですか?」
コンテナハウスから出てきたのは、かなり高齢の女性だった。知らない女性にマイクを突きつけられ少し戸惑ったようだが、滑舌は悪くないようだ。
「少し、インタビューしてもいいですか?」
「はい」
「お母さんは、西区の人ですか?」
「そうです」
「ご家族と避難して来られたんですか?」
「いや、そんなつもりはなかったんだけれどね。結局、西区のうちは水浸しで戻れないからね」
「お家を見てこられたんですか?」
「まさか、TVのヘリコプターでうちの上空を飛んだでしょ。映像見ていたら、近くの私立高校が見えたから、うちの位置が分かったんだよ」
「家に戻りたいですか?」
ディレクターが凄い顔で睨んでいる。塩澤はやらかしてしまったらしい。
「あんた、頭が悪いのかい?水もガスも出ない家にどうして戻りたいと思うんだよ。ここならば、同じ西区の仲間と今まで通りの生活が送れるんだよ。この年になって、毎日瓦礫と戦えっていうのか?病気になっちまう。ちょうどいい終活が出来たと思っているよ」
「あのこれから毎日何をして過ごすんですか?」
「ほんとにあんた変な質問しかしないね。西区にいた時より、綺麗な家に住めて、年金も今まで通り入ってくる。家の解体費用は市が賄ってくれるし、こっちでは共同で使える畑もあるんだ、今までと同じように畑仕事するさ」
「あ、ありがとうございました」
塩澤は、やらせでなくて、本当にサバサバした顔の住民を見て、頭がクラクラした。
「本当にあのお婆さんの返答に感謝しろよ。あの質問は思いっきりNGだからな」
「ディレクターさん、あのお婆さんは避難した住民の意見を代弁しているんですか?」
「そうだな、確かに、新潟市は被災した家屋の解体費用を全額持つと公約したらしい。そして、その代わり解体した土地はすべて接収して、広大な畑を作るんだ」
「何の畑ですか?」
「品種改良して塩害に強くなった玉蜀黍とソルガム、まあコウリャンのことだが、それを植える。両方ともバイオエタノールの材料だ。日本にはアメリカのような広大な土地がないだろうが、こうやって洪水に遭った市の全域を畑にしてしまったら、大型機械で自動化された農業が出来る」
「新潟市の人は、街に戻れないじゃないですか」
「でも、その畑の収入は、元新潟市民に配られるんだ。誰が文句言うだろうか。ベーシックインカムみたいだろう?」
「高知県もそうなるんですか?」
「さあ、最初は新潟と同じ道を歩むだろうが、風土も違うし、3年くらいしたら、漁業関係者は高知に戻るんじゃないか?いくつかコンパクトシティを作るみたいだな。
だって、逃げた先の県だって、何時地震に襲われるか分からないだろう?
災害に合ったら、安全な方のコンパクトシティに逃げられるように、色々な場所にコンパクトシティを作るほうがいいんじゃないか」
「道路はどうするんですか。鉄道は?」
「道路やトンネルや橋、水道管やガス管、すべてのインフラが老朽化しているんだ。一々直せないよ。人口も減るんだから、こじんまりとした街の中に新しいインフラ作って、街同士はドローンでつなぐらしいよ」
「鉄道はどうするんですか?」
「ドローンで移動するのに、鉄道いる?」
「物資の移動はどうするんですか?」
「地産地消なら、そんなに遠くまで物資を運ばなくてもいいと思うな。大体お前頭の中『日本列島改造論』で止まっていないか?人口減少社会にバラバラに住んだってしょうがないんだってば。未来を背負う若者が一番頭が固いな」
帰りのヘリの中で、ディレクターに言い負かされた塩澤は、黙ってしまった。
「まあ、終わりよければすべてよし。今日はギリ及第点だったよ。家に帰って早く寝ようよ」
「え?こんな大災害なのに?」
「誰も死んでいないのに、アナウンサーが過労死してどうするんだ。年休取って休めよ。後10日でまた、大騒ぎが起こるんだからゆったり休め」
ディレクターはそこまで言って、ふと、桔梗村村長が死んでいたことを思い出した。
(まあ、言わなくてもいいか。新潟市民が死んでいないのは、本当だし)
このディレクターさん、色々なことを知っていますね。知りすぎている感は、あります。