風太の発明
たまには「ほのぼの系」小咄を。
桔梗小学生達は、桔梗学園との交流会後、積極的に仕事を見つけるようになった。
体育館の掃除や水運び、昼食の準備の野菜切りなど、小学生に出来る仕事はどこにでもあった。それにつられて、中学生も牛舎の仕事に積極的に加わり、御礼に苺やベーコンの差し入れなどを貰うと、ますます張り切って仕事をするようになった。
風太は早起きをして、研究員のお姉さんと乳搾りをしながら話すのが日課となった。
特に風太と仲良くなったのは、新井虹子という研究員だった。
「今日も雨だね」
「そうだね、梅雨だから。でもお陰で、水が使えて嬉しいんじゃない?」
「うん。この間、自衛隊の人が来て、お風呂も作ってくれたから、小学生以外もお風呂に入れて喜んでいた」
「救援物資も来たでしょ?」
「うん。レトルトは冷たいから、お湯湧かして、その中で温めて食べたりする」
「雨が続くと、水が引かないって、パパが悩んでいた」
「そうだね。水が引かないと、自分のお家を見に行くことが出来ないし、道も出来ないしね」
「僕のお家はもう駄目かもって、ママが言っていた」
「ふうん?お家はどこにあったの?」
「藤川の側の新しい住宅地」
「ああ、あそこは3mくらい水に浸かったからね」
「うん。昨日、スマホでTVを見たの。ヘリコプターから家の当たりを映していたんだって」
「そっか。屋根まで水に浸かっていたかな?」
「うん」
風太は、虹子と一緒に、牛舎の搾乳用の椅子に腰を下ろしていたが、絶えず足をバタバタさせていた。
「そうかもね。水が引いたら、風太君はどこに行くの?」
「おばあちゃんの家が、五泉市にあるんだ。そこに行こうって」
「嫌そうだね」
「うん。僕ね、前の大きい小学校で、普通じゃない子が入る学級にいたんだ。でも、桔梗小学校ならみんなと一緒に勉強できて嬉しかった。それでね、五泉市に行ったらまた、普通じゃない子のクラスに入るかも知れない。嫌だな。みんな変な目で見るんだもん」
風太の目から、ぽつんと涙がこぼれた。
「風太君は、なんかできないことあるの?」
「僕ね、字が読めないんだ。どんなに練習しても、読めない」
(風太君は、ディスレクシア(識字障碍)なのね)
「風太君と同じに字が読めない人でも、映画俳優になったひとも、大統領になった人もいるよ」
風太は少し目を輝かせたが、また、足をぶらぶらさせ始めた。
「それだけじゃなくて、僕は椅子に長い間座っていられないんだ」
「椅子のない学校にすれば?」
「そんなところ無いよ。それにこのままじゃ、パパとママに捨てられちゃう」
「いや~。その程度で子供捨てる親って・・・」
「パパとママは本当の親じゃないんだ。僕が上手く出来ないと、『橋の下に捨てちゃうぞ』ってパパはよく言うんだ」
(そう言う叱り方を昔の親はよくしたって言うけれど、いまだにいるんだ)
「本当の親でも、そう言う叱り方する人がいるけれど。それだけで、本当の親じゃないって言えないな」
「そうだよね。僕がいい子になったら、捨てないよね」
風太の足のバタバタが、激しくなったので虹子は話題を変えた。
「ところで、最近小学校で面白いことない?」
「うーん。みんなお手伝いするようになったよ。先生達は喜んでいた。でも、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんは、お布団が欲しいって言っている」
「布団かー。そもそも綿が少ないからね。200人分も作れないね」
「ねえ、お姉ちゃん。綿がなかったら空気を入れればいいんじゃない?」
「エアーマット、200人分?現実的じゃないな」
「違うよ。体育館いっぱいの大きいマットに、空気を入れればいいんじゃない」
「スケールがでかくなったね。歩くの大変だよ。お祖母ちゃんとか転んじゃいそうだ」
「じゃあね。体育館の長さの長―いマットを何本も作って、夜だけ空気入れたら?」
虹子は、立ち上がってドローンからタブレットを持ってきた。
「風太君が考えているのを、ここに書いてみて」
そういって、電子ペンを渡すと、風太は実に上手に、「長いマット」の絵を描いた。
「ふーん。膨らみすぎないように、1人分ずつ、境目が着いているんだね」
「うん。空気は両方から入れれば時間の節約だよ」
「明日さ、これの試作品を作ってくるから、みんなの意見を聞いてみようか」
「僕って、天才?」
「さあ。アイデアを形にしないと、人の役に立たないけれど、失敗にくじけず、試行錯誤できる人は、才能があるかもね」
虹子はKKGに戻ると、同期の古田円に声を掛けた。
「円、桔梗小学校の子が、体育館に空気の入った長いマットを敷いたら、痛くないって考えたんだけれど、この絵のマットを試作って出来る?」
「エアーマットのロングバージョン?」
「材質は何がいいかな」
「普通のエアーマットはポリウレタンかなんかで出来ているけれどね。このデザインだと空気圧にムラが出来るね」
「昼は片づけて、床を出したいんだと」
「それじゃ、夜はマットを敷いて、朝は天井に引き上げればいいんじゃない」
「えー、なんか面白い話しているね。うちも混ぜて」
そうやっているうちに、素材オタクや施工オタクが集まってきた。
「これさー。使えない?」
素材オタクが持ってきたのは、一見、中空ポリカーボネートだが、片面が少し柔らかかった。
「中には少し柔らかい波板が入っているんだけど、これがかなりしなるんよ。その上、結構耐久性があって、ほら、重量物が退くと戻るんさ。サイズが畳サイズでしょう?。これをね、蛇腹に畳んで、パタパタッて、ほら、10枚畳んでもこの薄さ。良くない?」
「みんなー。協力してぇ」
工場に新素材の板を敷き詰めて、みんなで寝てみた。
「この倍の厚さが欲しいね」
重量級の研究員が訴えた。
「二枚重ねればいいんじゃん?」
「駄目だ。そうすると固くなる」
「中に挟む素材は柔らかくして、トラス構造で強度を出すとか・・・」
ああでもない、こうでもないと知恵を出し合って、翌日朝までに、試作品を作るところがKKGの凄いところだ。
朝、女郎花高台に大型ドローンが着いた時は、桔梗小学校の人達は何事が起こったのか、ぞろドロと集まってきた。
「おっはよー。風太君、早速試作品を持ってきたから、校長先生呼んで」
校長先生は、呼ぶまでもなく、人混みの先頭にいた。
「おはようございます。何事ですか?」
「昨日、風太君が凄いアイデアをくれたんですよ。『寝ても身体が痛くならないマット』ってヤツで、昨日1日掛けて、試作品を作ってきたので、皆さんに試して貰いたくって。
体育館に運び込んでいいですか」
「ああ、どうぞ」
新井研究員は、体育館に走り込むと、半分寝ぼけ眼の保護者や子供に声を掛けた。
「おはようございます。皆さん、すいませんが真ん中に空間を空けて貰えますか?」
真ん中に細長い空間が出来ると、カーペンターズのメンバーが出てきて、体育館の壁面にするするっと登り始めた。
「卓子ぉ、ワイヤーをこっちに降ろして」
「はーい。そっちから見て、ワイヤーのバランスいいですか?」
「うーん、真ん中のワイヤーはもう少し、20cmくらい右。あー、それでいいよ」
下がってきたワイヤーで、試作品のマットを引っ張ると、あっという間に体育館の真ん中に白いマットが敷かれた。
風太は自分が思っていたマットと違って、少し膨れていた。
新井が風太に声を掛けた。
「風太のアイデアはこれからだ。みんなー。横たわってみてください」
小中学生は我先に横になった。
「少し大きい男性も横になってみてください」
中年太りの保護者も横になってみた。
「じゃあー。エアーを入れます」
マットには空気を送るチューブが入っていて、エアーを入れると、マットがほんのり柔らかく暖かくなった。
「ほら、風太も寝てみなよ」
空気で膨らますのではなく、空気で温度調節をし、その上、かすかな弾力性を加える仕様に変更されたのだ。
「祖母ちゃんも寝てみて」
お祖母ちゃんのために、布団を縫った小学生が祖母に声を掛けた。
「これに寝て、布団を掛けると暖~たけえな~」
「いいでしょ?マットの列ごとに温度が変えられるので、寒がりさんと暑がりさんの喧嘩にもならないよ。今は梅雨寒だから、温かいのが良くても、夏は冷たい空気が入れられます」
校長先生が遠慮がちに新井研究員に声を掛けた。
「マットもエアーも高いんですよね」
「まあ、試作品の体験レポートをお願いできれば、無料でいいですよ」
風太が虹子の袖を引いた。
「虹子ちゃん。マットはもっとないの?」
「悪いね。これでも徹夜で、やっとワンセット作ったんだ。一晩寝てみて、感想を教えてくれたら改良版を持ってくるよ」
「そっか、まず一晩寝てみないとね。虹子ちゃんありがとう」
「いやぁ、面白かったよ。みなさ~ん。このアイデアは、風太君がくれました」
体育館にいる人から大きな拍手が沸いた。
風太の父親がやってきて、風太の頭を撫でた。
「すごいな。風太。お父さんの自慢の息子だ」
「じゃあ、橋の下に、僕を捨てない?」
きょとんとする風太の父に、新井は説明した。
「『橋の下に捨てる』って叱られたので、風太君は本当の子供じゃないと思い込んでいます。
叱り方を間違えないでください。自己肯定感が低い子は伸びませんよ」
「そんな訳ないじゃないか。
結婚して何年も経って、やっと生まれた風太を、パパとママは大好きなんだよ」
風太は父親にしがみついた。
最後に、マットの片付け方を説明して、研究員達はあくびをかみ殺しながら帰って行った。
新井はアンケート用紙の束を校長に渡した。
「これがすべて書き終わりましたら、新しいマットを持ってきます」
翌朝、マットに寝た人は、必死にアンケートを書いたので、新しいマットは3日後には、200人が寝られる分だけ、届けられた。
風太君も自己肯定感が上がったかな?