表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/250

風太の発明

たまには「ほのぼの系」小咄を。

 桔梗小学生達は、桔梗学園との交流会後、積極的に仕事を見つけるようになった。

体育館の掃除や水運び、昼食の準備の野菜切りなど、小学生に出来る仕事はどこにでもあった。それにつられて、中学生も牛舎の仕事に積極的に加わり、御礼に苺やベーコンの差し入れなどを貰うと、ますます張り切って仕事をするようになった。


 風太は早起きをして、研究員のお姉さんと乳搾りをしながら話すのが日課となった。

特に風太と仲良くなったのは、新井虹子(こうこ)という研究員だった。

「今日も雨だね」

「そうだね、梅雨だから。でもお陰で、水が使えて嬉しいんじゃない?」

「うん。この間、自衛隊の人が来て、お風呂も作ってくれたから、小学生以外もお風呂に入れて喜んでいた」

「救援物資も来たでしょ?」

「うん。レトルトは冷たいから、お湯湧かして、その中で温めて食べたりする」


「雨が続くと、水が引かないって、パパが悩んでいた」

「そうだね。水が引かないと、自分のお家を見に行くことが出来ないし、道も出来ないしね」

「僕のお家はもう駄目かもって、ママが言っていた」

「ふうん?お家はどこにあったの?」

「藤川の側の新しい住宅地」

「ああ、あそこは3mくらい水に浸かったからね」

「うん。昨日、スマホでTVを見たの。ヘリコプターから家の当たりを映していたんだって」

「そっか。屋根まで水に浸かっていたかな?」

「うん」


風太は、虹子と一緒に、牛舎の搾乳用の椅子に腰を下ろしていたが、絶えず足をバタバタさせていた。


「そうかもね。水が引いたら、風太君はどこに行くの?」

「おばあちゃんの家が、五泉市(ごせんし)にあるんだ。そこに行こうって」

(いや)そうだね」

「うん。僕ね、前の大きい小学校で、普通じゃない子が入る学級にいたんだ。でも、桔梗小学校ならみんなと一緒に勉強できて嬉しかった。それでね、五泉市に行ったらまた、普通じゃない子のクラスに入るかも知れない。嫌だな。みんな変な目で見るんだもん」

風太の目から、ぽつんと涙がこぼれた。


「風太君は、なんかできないことあるの?」

「僕ね、字が読めないんだ。どんなに練習しても、読めない」


(風太君は、ディスレクシア(識字障碍(しきじしょうがい))なのね)


「風太君と同じに字が読めない人でも、映画俳優になったひとも、大統領になった人もいるよ」


風太は少し目を輝かせたが、また、足をぶらぶらさせ始めた。


「それだけじゃなくて、僕は椅子に長い間座っていられないんだ」

「椅子のない学校にすれば?」

「そんなところ無いよ。それにこのままじゃ、パパとママに捨てられちゃう」

「いや~。その程度で子供捨てる親って・・・」

「パパとママは本当の親じゃないんだ。僕が上手く出来ないと、『橋の下に捨てちゃうぞ』ってパパはよく言うんだ」

(そう言う叱り方を昔の親はよくしたって言うけれど、いまだにいるんだ)

「本当の親でも、そう言う叱り方する人がいるけれど。それだけで、本当の親じゃないって言えないな」

「そうだよね。僕がいい子になったら、捨てないよね」


風太の足のバタバタが、激しくなったので虹子は話題を変えた。


「ところで、最近小学校で面白いことない?」

「うーん。みんなお手伝いするようになったよ。先生達は喜んでいた。でも、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんは、お布団が欲しいって言っている」

「布団かー。そもそも綿が少ないからね。200人分も作れないね」


「ねえ、お姉ちゃん。綿がなかったら空気を入れればいいんじゃない?」

「エアーマット、200人分?現実的じゃないな」

「違うよ。体育館いっぱいの大きいマットに、空気を入れればいいんじゃない」

「スケールがでかくなったね。歩くの大変だよ。お祖母ちゃんとか転んじゃいそうだ」

「じゃあね。体育館の長さの長―いマットを何本も作って、夜だけ空気入れたら?」


虹子は、立ち上がってドローンからタブレットを持ってきた。


「風太君が考えているのを、ここに書いてみて」

そういって、電子ペンを渡すと、風太は実に上手に、「長いマット」の絵を描いた。

「ふーん。膨らみすぎないように、1人分ずつ、境目が着いているんだね」

「うん。空気は両方から入れれば時間の節約だよ」

「明日さ、これの試作品を作ってくるから、みんなの意見を聞いてみようか」

「僕って、天才?」

「さあ。アイデアを形にしないと、人の役に立たないけれど、失敗にくじけず、試行錯誤できる人は、才能があるかもね」




虹子はKKGに戻ると、同期の古田円(ふるたまどか)に声を掛けた。

「円、桔梗小学校の子が、体育館に空気の入った長いマットを敷いたら、痛くないって考えたんだけれど、この絵のマットを試作って出来る?」

「エアーマットのロングバージョン?」

「材質は何がいいかな」

「普通のエアーマットはポリウレタンかなんかで出来ているけれどね。このデザインだと空気圧にムラが出来るね」

「昼は片づけて、(ゆか)を出したいんだと」

「それじゃ、夜はマットを敷いて、朝は天井に引き上げればいいんじゃない」


「えー、なんか面白い話しているね。うちも混ぜて」

そうやっているうちに、素材オタクや施工オタクが集まってきた。


「これさー。使えない?」

素材オタクが持ってきたのは、一見、中空(ちゅうくう)ポリカーボネートだが、片面が少し柔らかかった。

「中には少し柔らかい波板が入っているんだけど、これがかなりしなるんよ。その上、結構耐久性があって、ほら、重量物が退()くと戻るんさ。サイズが畳サイズでしょう?。これをね、蛇腹(じゃばら)に畳んで、パタパタッて、ほら、10枚畳んでもこの薄さ。良くない?」


「みんなー。協力してぇ」

工場に新素材の板を敷き詰めて、みんなで寝てみた。

「この倍の厚さが欲しいね」

重量級の研究員が訴えた。

「二枚重ねればいいんじゃん?」

「駄目だ。そうすると固くなる」

「中に挟む素材は柔らかくして、トラス構造で強度を出すとか・・・」

ああでもない、こうでもないと知恵を出し合って、翌日朝までに、試作品を作るところがKKGの凄いところだ。



 朝、女郎花(おみなえし)高台に大型ドローンが着いた時は、桔梗小学校の人達は何事が起こったのか、ぞろドロと集まってきた。


「おっはよー。風太君、早速試作品を持ってきたから、校長先生呼んで」


校長先生は、呼ぶまでもなく、人混みの先頭にいた。


「おはようございます。何事ですか?」

「昨日、風太君が凄いアイデアをくれたんですよ。『寝ても身体が痛くならないマット』ってヤツで、昨日1日掛けて、試作品を作ってきたので、皆さんに試して貰いたくって。

体育館に運び込んでいいですか」

「ああ、どうぞ」

新井研究員は、体育館に走り込むと、半分寝ぼけ眼の保護者や子供に声を掛けた。

「おはようございます。皆さん、すいませんが真ん中に空間を空けて貰えますか?」


 真ん中に細長い空間が出来ると、カーペンターズのメンバーが出てきて、体育館の壁面にするするっと登り始めた。

卓子(たかこ)ぉ、ワイヤーをこっちに降ろして」

「はーい。そっちから見て、ワイヤーのバランスいいですか?」

「うーん、真ん中のワイヤーはもう少し、20cmくらい右。あー、それでいいよ」


下がってきたワイヤーで、試作品のマットを引っ張ると、あっという間に体育館の真ん中に白いマットが敷かれた。


風太は自分が思っていたマットと違って、少し膨れていた。

新井が風太に声を掛けた。

「風太のアイデアはこれからだ。みんなー。横たわってみてください」


小中学生は我先に横になった。

「少し大きい男性も横になってみてください」


中年太りの保護者も横になってみた。


「じゃあー。エアーを入れます」

マットには空気を送るチューブが入っていて、エアーを入れると、マットがほんのり柔らかく暖かくなった。

「ほら、風太も寝てみなよ」

空気で膨らますのではなく、空気で温度調節をし、その上、かすかな弾力性を加える仕様に変更されたのだ。

「祖母ちゃんも寝てみて」

お祖母ちゃんのために、布団を縫った小学生が祖母に声を掛けた。

「これに寝て、布団を掛けると暖~たけえな~」

「いいでしょ?マットの列ごとに温度が変えられるので、寒がりさんと暑がりさんの喧嘩にもならないよ。今は梅雨寒だから、温かいのが良くても、夏は冷たい空気が入れられます」


校長先生が遠慮がちに新井研究員に声を掛けた。

「マットもエアーも高いんですよね」

「まあ、試作品の体験レポートをお願いできれば、無料でいいですよ」


風太が虹子(こうこ)の袖を引いた。

「虹子ちゃん。マットはもっとないの?」

「悪いね。これでも徹夜で、やっとワンセット作ったんだ。一晩寝てみて、感想を教えてくれたら改良版を持ってくるよ」

「そっか、まず一晩寝てみないとね。虹子ちゃんありがとう」

「いやぁ、面白かったよ。みなさ~ん。このアイデアは、風太君がくれました」


体育館にいる人から大きな拍手が沸いた。


風太の父親がやってきて、風太の頭を撫でた。

「すごいな。風太。お父さんの自慢の息子だ」

「じゃあ、橋の下に、僕を捨てない?」

きょとんとする風太の父に、新井は説明した。

「『橋の下に捨てる』って叱られたので、風太君は本当の子供じゃないと思い込んでいます。

叱り方を間違えないでください。自己肯定感が低い子は伸びませんよ」


「そんな訳ないじゃないか。

結婚して何年も経って、やっと生まれた風太を、パパとママは大好きなんだよ」

風太は父親にしがみついた。


最後に、マットの片付け方を説明して、研究員達はあくびをかみ殺しながら帰って行った。


新井はアンケート用紙の束を校長に渡した。

「これがすべて書き終わりましたら、新しいマットを持ってきます」


翌朝、マットに寝た人は、必死にアンケートを書いたので、新しいマットは3日後には、200人が寝られる分だけ、届けられた。

風太君も自己肯定感が上がったかな?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ