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桔梗小学校と桔梗学園の交流会

震災があったからと言って、子供達の日常がゆがんではいけません。

「お姉さん、牛の世話に来たの」


桔梗小学校の前田風太(まえだふうた)が、2人乗りドローンで牛や山羊の世話に来た女性達に声を掛けた。

「そうだよ。地震で怖がって、牛乳は出ないかも知れないけれど、牛さんも食事しないとね」

「牛乳って、どうやって出すの?」

「見たいなら付いてくれば」


避難所暮らしは2日目になったが、食っちゃ寝の生活は、小学生には辛かった。

特に活動的な風太にとっては、我慢できない生活だった。

今日は朝早くから目が覚めた風太は、ドローンがやってくるのを見て、校舎を飛び出してきたのだ。


「うわー。牛の家ってこんな風になっているんだ」

「そうだよ。君の名前は?」

「前田風太。小学4年生です」

「ふーん。見てごらん。風太君、こうやって牛のおっぱいを絞るんだ」


勢いよく搾り取られる牛乳から、風太は目が離せなかった。

「僕も出来る?」

「やってみる?手を綺麗にしてからね」


最初は上手く搾乳(さくにゅう)出来なかった風太にも、牛は我慢強く乳を触らせてくれた。

子供は口で説明するより見て覚えるので、次第に上手く出来るようになった。


「お姉さん。これ牛乳だよね。飲めるの?」


研究員達は目を見合わせて笑った。

「多分、君には飲めないな」

「なんで?」

「売っている牛乳より生臭いかも」


「お姉さん達は飲める?」

「勿論、でも食堂では低温殺菌して出すね」

「食堂で飲むんだ。いいなあ」

「小学校では、食事は美味しくない?」

「豚汁ばっかりで、たまに、牛乳とかパンとか食べたくなる」

「まだ、県からの救援物資は届かないの?」

「まだ。校長先生は、『桔梗学園から来た分がなくなった頃来るかも』って言っていた」

「そうだね。まだ道が出来ていないから、ヘリで来るしかないしね」


「風太君は、牛乳が飲みたいの?お仕事したから明日あげようか?」

「ううん。僕だけ飲んだら、みんなも飲みたいって言うもん。桔梗小学校の20人がみんな飲めるならいい」

「へー。小学生は20人か。みんなが出来る仕事があるかな?」


研究員は顔を見合わせて相談した。


「校長先生とお話ししたいんだけれど、いいかな」



校長は「中学生30人にも仕事をさせて欲しい」と言ったが、研究員は「まずは小学生20人で様子を見させて欲しい」と主張した。


小学6年生が7人、5年生が2人、4年生が3人、3年生が3人、2年生が2人、1年生が3人の20人は、榎田夫妻に引率され、その翌日、桔梗学園に到着した。

残念ながら、大神兄弟はその日、桔梗小学校の子供達と会うことは出来なかった。子供の口から、彼らが桔梗学園にいるという情報が外部に漏れないためだった。

大神琳(おおかみりん)は、風太が来ることを知ったら、地団駄(じだんだ)踏んで悔しかったろう。



 到着すると、小学生と引率の2人は保健室に行って健康診断をされた。感染病を桔梗学園に持ち込まれないためだった。勿論、手の甲にスタンプも押された。榎田夫妻は結婚式の時に緑の桔梗バンドが着けられたので、そのまま、入場できた。


風邪気味の小学生がいたが、うつる病気の子はいなかった。


 朝仕事の指導は、桔梗学園の小学生が行った。

小学5年生の生駒千駿(いこまちはや)が、高学年の指導員となった。小学3年生の四十物李都(あいものりつ)は低学年の担当だった。


20名の桔梗小学校の児童と引率の榎田夫妻は、保健室から出たところにいたのが、目の前に立っていたのが小学生2人だけだったことにびっくりした。


「初めまして、今日1日皆さんをご案内する生駒千駿と四十物李都です。今日の予定を話します」

榎田夫妻は慌ててポケットから手帳を取り出しメモを始めた。

「朝仕事は小学3年以上は竹林整備で、1,2年は学園の畑での収穫作業です。今着ている服と靴が汚れますので、作業後、こちらで着替えの服はお貸しします。靴は皆さんが温泉入浴中に綺麗にしてお返しします」


風太が目を輝かせた。

「今、温泉って言ったの?お風呂は入れるの」


榎田真理が風太に「シー」と合図をした。

風太が話をしていても構わず、生駒千駿は話を進めていたからだ。


「温泉入浴後、食堂で朝食。その後、室内で軽作業をしてもらいます。作業は4つです。

各自、後で選んで貰います。指導員がつきますので、初めての仕事でも大丈夫です。

1つは、ソーイング部で布団製作。出来た布団は持ち帰ってもいいです。

2つめは、昼食の準備の手伝い。

3つめは、牛や山羊の世話。

4つめは、乳幼児の子守です」

風太は、迷わず3つめを選ぶと決めた。声には出さなかったが。


昼食後、午後は球技大会をします。桔梗学園小学部とドッジボールなどの競技で対抗戦をします。

汗をかくと思いますので、入浴後、着てきた服に着替え、夕飯のお弁当をお渡ししますので、お帰りください。お弁当は家族の分もあります。以上です。

では、まず低学年は李都(りつ)の後について保育施設に行ってください」

引率教師について、何の指示もないので、榎田真理は低学年に、秋作は高学年に着いていくことにした。


 生駒千駿の歩きは、かなり速い。薫風庵の坂を平地のようにスタスタ歩いて行く。坂の上で涼しい顔をして振り返られると、男子などは意地でも負けまいと頑張るが、数人の女子は体育教師の秋作に背を押して貰って、やっと坂を登った。


「では、ここに用意している(くわ)を1人1本ずつ持ってください。それから(かご)を背負って竹林に行きます。先生は、危険な行為をしないか注意して見ていてください」


 竹林は鮎里(あゆり)達の活動によって、かなり見通しが良くなっていた。小学生でも歩きやすくなっていた。


「みなさん。(たけのこ)の掘り方を説明します。先がこのくらい出ている筍の根元に、鍬をぽんと当ててください。鍬の重みで簡単に筍が掘れます。そうしたら・・・・」


そこで、千駿は一拍おいて説明を続けた。

「必ず鍬を自分の前の地面に置いてください。脇や足元に置かないでください。勿論、持ったまま作業を続けないでください」


秋作は、「この子は説明が上手だ」と舌を巻いた。


「見てください。こういう筍が出てきます。このくらい若い筍は生でも食べられますが、食べ過ぎには注意してください。今日の昼食用に採りますので、丁寧に掘ってください」

千駿は筍の皮を無造作に()き、太ももに装着していたナイフを取り出し、先端を()いだ。


「食べてみたい人はいますか?」

何人が手を挙げた。その手のひらに一片ずつ筍を切って渡した。

「え?これが筍?」

秋作はわさび醤油が欲しいと思った。


「刺身でも食べられますが、今日は小さいお子さんもいますので、炊き込みご飯です」


「もう一つ、注意があります。斜面に対して、直角に立ってください。決して、斜面の上から下をのぞき込むような形で立ったり、下から見上げるような形で立ったりしないでください。斜面は崩れると思って、立ってください。籠は1ヶ所に置いておきましょう。籠の重さでバランスを崩すといけませんから」


そこからは、小学生が一心不乱に筍掘りを始めた。

「うわ!」

多動気味の風太は、早速、鍬を置かずに掘った筍を取ろうとして、斜面に尻餅をついた。


秋作が助けに行こうとすると、千駿が止めた。

「また、こういう行動を続けるようなら、彼には筍掘りを止めさせます。

この失敗で、行動を直すなら、続けさせてください。先生が注意をすると、児童の集中力が切れます」


風太は尻餅をついたところでしばらく考えた。体操着のズボンに鍬で切れた裂け目があった。足は大丈夫だった。

鍬はかなり鋭利だと言うことを、身体で理解した風太は、次は誰よりも慎重に行動をするようになった。慎重だからと言って、作業が遅いわけではない。彼は、運動神経も良いので、一列素早く筍を掘ると、まとめて収穫を始めた。


秋作は、いつも注意されてばかりいる風太の意外な行動力を見た。


千駿も風太の行動に良い評価を下した。

「いいですね。頭の回転が速い。それからあの身体(からだ)の大きい女子もいいですね」

見ると、小学3年生だが、東城寺道場で柔道を習っている重量級の女子が、小3の2人と協力して凄いスピードで作業をしている。彼女は1人に掘らせて、自分は籠を背負って、もう1人に筍を籠に入れさせている。籠がいっぱいになると、次の籠を背負って、下の段に移っている。


「はーい。お疲れ様でした。1時間経ちました。昼食に必要な分は十分採れました。ありがとうございます」

そう言うと、千駿は籠を斜面を下るワイヤーのフックに釣り下げた。籠は次々斜面を下っていく。

「さあ、鍬を洗って、温泉に行きましょう」



坂を下りていくと、保育施設から帰る低学年組と合流した。

李都(りつ)ぅ、お疲れ。どうだった?」


李都は親指をあげて、「まあまあ」の首尾だったことを示した。

千駿と李都の案内で、桔梗小学校一行は、地下3階の温泉に着いた。

「男子は李都に着いていってください。女子は私が案内します」


風太は髪が肩まである李都が、今の今まで女の子だと思っていたので、実は男子だと言うことにびっくりした。

李都は髪を一本にまとめるとお団子にして、さっさと裸になった。

「脱いだ服はこの箱の中入れて。体操着は名前がある。・・・あー。下着で名前がないのは、このマジックで名前書いてから箱に入れて。帰りに洗って返すから」


人懐こい風太は、時として考えなしの言葉を使ってしまうこともある。

「ねえねえ、李都君って、男だったんだね」

李都が冷たい目で、風太を見返す。風太はその空気が読めず、そのまま話を続けてしまった。

「髪が長いなんて、男女(おとこおんな)みたい」

「『男女』?それ何?」

「女みたいな行動を取る男子のことだよ。赤い服着たり、リボン付けたり、オネエ言葉話したり、あと、すぐ泣くヤツ」

「赤い服を着てリボンをつけると女になれるって、初めて聞いた」

「いや、女になれるわけじゃないけれど」


風太はしばらく考えた。「男女」ってどういう意味だっけ?

「ごめん。髪が長い男の人もいたね。言い方間違えた」

李都は風太を観察した。

(外部には、こういう考え方をする人もいるんだな)



温泉を満喫した児童は、貸し出し用のTシャツに猿袴(さっぱかま)に着替えさせられ、綺麗になった靴を履いて、食堂に向かった。

「手をここにかざすと、食事が出てくるから」

そう言うと、李都はさっさと食事のレーンに並んでしまった。

男子達は、おっかなびっくりレーンから出てくるトレーを運んで、李都が座っている机の近くに席を取った。

「食べるのはちょっと待っていて」

そう言うと李都は、小学校低学年の子のトレーを運びにレーンに戻った。

「俺も手伝う」

風太も走ってきた。

「出来る子のは、手伝わなくていい」

風太はまたもしょんぼりした。


男子全員が食卓に着くと、李都が食事について注意をした。

「年齢やアレルギーのあるなしで、少しずつトレーの中身が違うから、お互いの食事を交換しないで。

それから、食事を残した場合は、残飯を捨てに行く場所が遠いから残さないほうがいいよ。

それに残した分昼食で減らされるし」


またしても風太が質問した。

「残飯はどこに捨てに行くの」

「校地の端の豚小屋に一人で行ってもらう」

「誰もついて行ってくれないの」

「さあ、ここでは食事を残す人がいないから、僕もよく知らない」


朝食のメニューは、柔らかいロールパンに牛乳をたっぷり使ったシチュー。苺シェークまで付いていた。

「あれ?李都君のパンは違うんだね。サラダも付いているし、苺は・・・」

「人と比べるんじゃないよ。君たちは震災後、あんまり食べていないから、お腹の調子に合わせて、甘くて柔らかいものを用意しただけで、僕たちは基本的に白砂糖が入ったものは食べない」

「なんで、美味しいのに」

李都はベーグルをちぎりながら、小さい声で言った。

「ソフトドラッグを食べ続ける人の気が知れない」


「おーっ。李都、今日はデビュー戦だね」

「李都君、この人誰?」

「君たちは、桔梗小学校から来た人かな?今日は楽しんでいってね」

四十物医師は、息子の頭を撫でて風のように去って行った。


「あれは僕の母さん」

李都は頭を撫でられても別に嫌そうな顔もしなかった。確かに、小学校3年生の李都は、今まで人のリーダーになる機会が無かったので、「リーダー」のデビューだが、本人は上手くやっていると思っていたので、別に緊張はしていなかった。しかし、それでも母親に注目されているのは、少し嬉しかった。



食事の片付けが完了した後に、千駿が立ち上がった。スクリーンに今日の4つの作業の映像を流した。

「では、1番がいい人」

ソーイング部の糸川が布団製作を希望した子供を連れて行った。

行く途中に小学校1年の少女が糸川の袖を(つか)んで質問した。

「お祖母ちゃんの布団を縫いたいの。私でも大丈夫?」

「大丈夫だよ。難しいところはお手伝いしてくれる人がいっぱいいるから」


「次に、2番がいい人」

動物が苦手な男子が何人か手を挙げた。


「次に、3番がいい人」

風太と動物好きの何人かが手を挙げた。知り合いの研究員がいたので、風太が手を振った。

「李都君もこっちへおいでよ」

「僕の仕事はここまでなんで、午前は研究をしているよ」

李都は、KKG最年少の研究員であった。いわゆる「ギフテッド」という児童で、今日は初めて同じ年の子供と過ごしたのだ。

最後に、残った子供は保育施設に行って、まず、オムツの替え方と離乳食作りを習った。舞子の後輩の小学校3年の少女はこちらのグループに入った。彼女の名前は須山美鹿(すやまみか)。須山深雪の妹だった。



 3時間後、昼食会場では昼食内容で話が盛り上がった。

「これって、私達が取った筍だよね」

「人参は私達が畑で採って、洗ったヤツだよ」

キャベツのサラダにはレーズンやコーンが入って、カラフルになっていた。そして、油がしたたる鹿肉のベーコンも添えられていた。

「このベーコンって、残飯食べている豚のヤツ?」


そばで、昼食を食べながら、午後の球技大会の計画を練っていた李都と千駿は、何の肉かは知っていたが、黙っていた。

千駿が持っていたナイフは、動物の解体を手伝った子にプレゼントされるものだから。


「じゃあ、午後はまずドッジボールからだね」

「ルールは、『オミソ』に当てたら、減点するルールでいい?」

「『オミソ』は何歳から?」


「あれ?、僕も入っていいの?」

一応、年少組の李都がおどけた。

「駄目、じゃあ、各チーム3名までにしよう」


突然、ルールを相談している2人のところに、風太と美鹿がやってきた。

「ねえ、競技に全校リレーもいれない?」

「え?いいよ。20人全員走れる?」

「うん。運動会の時、午後にやるはずの競技だったんだ」

「地震で出来なかったんだね。『いいんじゃない』」

「出た。学園長の口癖」



午後の2校対抗球技大会は急遽(きゅうきょ)「運動会」に変わったが、なかなかの盛り上がりだった。

ずっと身体を動かしたがっていた桔梗小学校の児童は、大興奮だ。

医者や研究員も見学に着ていて、応援も盛んだった。


桔梗学園の中学生が、審判や用具係に入ってくれて、千駿も李都も心置きなく競技に没入できた。

生徒会室から、去年の体育祭で使った用具も引っ張り出して、「逃げる玉入れ」や「障害物ゲーム」まで、プログラムに加えられた。


最後の学校対抗リレーは、アンカーの風太の活躍で、桔梗小学校の勝利だった。


地震のあったあの日、出来なかった運動会が今できたということで、桔梗小学校の児童も榎田夫妻も全員で抱き合って泣き出してしまった。



温泉から出た桔梗小学校の子供達は、綺麗に洗われた体操着に身を包んで、お土産のお弁当を家族の分まで抱えて、小学校に戻った。

風太の鍬で切れたズボンも、綺麗に繕われていた。

布団を縫った子達は、家族と一緒に自分の作った布団にくるまった。


小学校に戻った子供達は、親に今日の楽しい話をして、お腹がいっぱいになって、安らかな眠りにつくことが出来た。


朝、風太はドローンの音で目が覚めた。

「おはようございます」

「おう、昨日は楽しかったか?」

「今日も乳搾りのお手伝いさせてください」

風太はその後、毎日牛舎の仕事を続けた。


「牛さん。毎日美味しい牛乳ありがとう」

須山深雪は兄1人、弟1人(猪熊)、妹1人(美鹿)の4人兄弟です。下2人は柔道をやっているみたいですね。

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