お姫様
柊と琉は、蹴斗に連れられて夜の保育施設に急いだ。旧小学校の中の屋内保育施設の入り口には、「うめ組」の看板が掛かっていた。
中では肩までの髪を一本にまとめている、30歳くらいの保育係が3人の子供と遊んでいた。もう1人は三つ編みの髪を二つに結っていて、いかにも中学生という感じの少女で、その子は梢にミルクをあげ終わって、ゲップをさせているところだった。
三つ編み少女は、梢を柊に渡して機械的に言った。
「今日の保育記録は、あなたの部屋のタブちゃんで確認してください」
そう言うとさっさと部屋を出て行ってしまった。
柊は彼女の後ろ姿を見て、小さく口笛を吹いた。
「ひゅー。クールだね。タブちゃんて何?」
残った方の保育係が質問に答えた。
「部屋の情報表示装置のことを、ここの小中学生は『タブちゃん』って言うみたいです。五月は、これから夕ご飯なので急いでいたみたいですね」
「中学生も保育係するんですか」
「19時までは中学生も係につきます。お迎えが早ければ18時までですが」
「僕らが来たのでこれからも19時までですね。すいません」
柊も琉も自分たちが来たことで、色々な影響が発生していることを恐縮した。
「保育係には特別に夕飯にデザートがつくからいいんだよ。希望者が多いんだから」
蹴斗が、瑠璃以外の二人の子供を膝に乗せて
「甘菜さんもご飯してきてください。たまには大食堂もいいでしょ?五月ちゃん1人で食べていますよ」
「サンキュー。じゃあ1時間くらい甘えちゃおうかな」
と言ってエプロンのまま、甘菜は部屋を飛び出していった。
「あの二人はまさか、親子ですか?」
「そうだよ。甘菜さんは16歳で出産しているからね。甘菜さんは5期生くらいかな。大学卒業認定試験を受けて、千葉の保育系の短大に行って、幼稚園教諭と保育士の資格を取って帰ってきたんだ。今ここの主任している」
「にーに。お家帰る」
振り返ると、瑠璃が琉に抱きついて泣きじゃくっている。
「いつも泣いたりしないのに、どうしたんだよ。泣いてたらおかしいよ。これからお部屋に行ってお風呂に行くよ。どんなお風呂かな。梢ちゃんも一緒にお風呂に行くよ。お風呂の後は琉兄ちゃんとねんねしよう」
「こーたん、きらい。るりも赤たん」
瑠璃は親指をしゃぶりながら、琉の胸に顔をこすりつけている。半日、知らないところにいて、寂しくなって赤ちゃん返りしたようである。
「柊も琉も今晩は眠れないかもな。男子寮に子供用の着替えはないので、棚から好きなだけ取っていけ。おねしょもするかも知れないから、余分に持って行けよ。二人の部屋のベッドにはおねしょシーツも敷いてあるから。あー、それから、バスタオルなんかは、風呂にあるから心配しないで。じゃあ、道に迷わず部屋に戻れよ」
部屋に戻るまで、瑠璃は延々と泣き続けた。それに呼応するように、うとうとしていた梢も泣き出した。暗い園庭に2人の子供の泣き声が響き渡る。ヤングケアラー2人組は満天の星を眺めながら、深いため息をついていた。