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新潟地震

ついに6月2日が来てしましました。

地震や、津波の場面が出てきます。閲覧にはご注意ください。

 「風太(ふうた)、早くしなさい。運動会に遅れるよ」

「あーあ、(りん)琳君がいないからつまらないな」

「琳君ね、一家みんな蒸発しちゃったっていうけれど、引っ越したんじゃないの?きっとどこかで元気にしているわよ」

「そうかな。元気かな。

去年はかけっこで、琳君に負けたから今年こそ勝ちたいって、いっぱい練習したのに・・・」


 大神琳(おおかみりん)の小学校1年からの友人、前田風太(まえだふうた)はことあるごとに、一家で蒸発した琳のことを思い出す。朝から両親と一緒に運動会に向かうが、いまいち心から楽しめない。

「うちの小学校って、なんでこんな坂道を登ったところにあるんだろう。前は新潟市の小学校と3校が合併してもう少し新潟市に近くて大きなところだったのに、また、分かれたんだよな。人数も少ないし、牛や山羊は臭いし、今日は特に牛や山羊が大きな声で鳴いているし、あー、うるさい」

「そうだな、今日はいつもより、ちょっとうるさいかも知れないな」

そんな話をしながら、前田一家は学校に着いた。

「榎田先生、おはようございます」

「あー、おはよう。前田君、今日もかけっこ頑張ってね」


玄関では榎田涼の両親で、小学校教師の榎田秋作(えのきだしゅうさく)先生と真理(まり)先生が並んで、児童や来校者を迎えていた。


「榎田先生って、夫婦で同じ学校にいるんだね」

「そうね。桔梗村には小学校が1校しかないからね」

「そう言えば、今年は桔梗高校と桔梗小学校の運動会が同じ日だね。榎田先生は子供の応援に行けないね」


真理(まり)先生は少し小声で答えた。

「新しい村長さんが『小学校の運動会は、村のお年寄りや卒業生の中学生も呼んで、盛大にやってほしい』って希望してきたの。だから、土曜日に曜日変更しちゃったのよ。いつもは平日なんだけどね。

まあ、児童も少ないから、皆さんが参加してくださるのは賑やかでうれしいんですけれど」


秋作(しゅうさく)先生は、子供には聞こえないように妻の真理に言った。

「でも、午後には村長はジャイアントスワンの方に行くんだろう?母校のダンス合戦が見たいらしいよ。挨拶したらすぐ帰ると思うよ」


 児童20人足らずの桔梗小学校に、卒業生の中学生30人、その保護者80人。地域住民30人の運動会が始まった。いつもは、観客は保護者と牛と山羊しかいないこじんまりした運動会なのだが、桔梗高校に応援に行かなかった村人は、ほとんどこちらの運動会に来ているようだ。

桔梗学園村が独立して、最近楽しい話題もないので、村民の皆さんはかなり張り切って集まったようだ。


開会宣言の後、来賓として清野(せいの)村長が話し始めた。清野村長は選挙での応援に対する感謝と、原発による村のこれからの発展について長々と話した。

勿論、国から原発建設の差し止めの通達が来ていることなどおくびにも出さなかった。

小学生は大あくびをしたり、「先生、おしっこ」と言ったり、もぞもぞしていたが、清野村長は自分の世界に浸っていた。


 そして、清野村長に村合同運動会を進言した不動産業者は、空っぽになった村で空き巣三昧(あきすざんまい)だった。


挨拶が終わって来賓席ついた清野村長に、桔梗村警察署長が待ちきれなかったように話しかけた。

「村長、桔梗学園村が独立して、ほとんどの警察官が退職して、あろうことか、桔梗学園村で再就職しているって知っていますか?」

「勿論、知っていますよ。でも今までの警察官は、桔梗学園の回し者ですからね。いなくなって有り難いですよ。6月末に新たに市役所の職員と、警察、消防の採用試験を行うので少し待ってくださいよ」


 村長はそう言うけれど、応募者がほとんどいないことを、警察署長は知っていた。

「いや、本当に治安が悪くて困っているんだ。旧桔梗村中心地なんか、窓ガラスを割って、住宅に侵入する例も増えてきているんですよ」

「署長さん、子供達が一生懸命走っていますよ。まずは、応援しましょう」


(あーあ、退屈だな。子供のかけっこに、老人お盆踊りや玉入れ。そうだ、挨拶も終わったし、少し早く小学校から抜け出して、ジャイアントスワンに向かおう)


そう思う清野村長の心は、桔梗高校のダンスパフォーマンスに飛んでいた。彼は露出多めの衣装を身につけた高校生のダンスを、来賓席でかぶりつきで見ることを楽しみにしていた。それこそ、村長になったかいがあるというものだ。


10時30分 桔梗小学校グランド


「では、そろそろジャイアントスワンに行かないとなりませんので、ここで失礼します」

清野村長は、小学校長や警察署長に挨拶をして、そそくさと席を立った。


村長は国道でのんびりジャイアントスワンに向かった。当選祝いに不動産業者からプレゼントされたクラウンを自分で運転するのが、最近の楽しみだった。


「『いつかはクラウン』なんちゃって、珊瑚村長はいつもセレナだったな。品格がないよ、村長としての」



11時00分 桔梗村から新潟市内に向かう国道



ドーンという音と共に、国道のアスファルトが波を打った。


「なんだ、なんだ。地球が揺れている」

アスファルトに出来た大きな亀裂にはまってしまった清野村長は、車内でさっきまで話していた警察署長に電話をしたが、通話が繋がることはなかった。

「クラウンが傷だらけじゃないか。え?海の方から、水が・・・。うっ。ドアがひしゃげていて、開かない。誰か・・」


清野村長のクラウンは、川を遡ってきた濁流に呑み込まれてしまった。




11時00分 桔梗小学校グランド


牛や山羊たちの悲鳴にも似た鳴き声の後、桔梗小学校のある女郎花(おみなえし)高台も大きく揺れた。子供達は親に抱きつき、教員はテントが倒れないようにしがみついた。

そして、長い揺れが納まった後、誰かが叫んだ。

「海を見て」

藤ヶ浜(ふじがはま)の向こうに、今まで見たことのない波の壁がそそり立っていた。それが見る間に桔梗学園村と桔梗村に襲いかかった。桔梗学園村は藤ヶ山とバリアに守られ、水が分かれて行って、全く被害がなかった。


しかし、桔梗村には、大量の海水が襲いかかったのだ。濁流は、藤が浜原発建設予定地の脇を流れる藤川を(さかのぼ)って、不動産会社が開発した新興住宅地に、若槻ひなたが連れ込まれそうになった老人ホームに襲いかかった。そして旧桔梗村中心地まで濁流が遡ってきた。


「お母さん怖い」

「パパー」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」


水はあと少しで、女郎花高台を飲み込むかと見えたが、残り50cmを残して水は止まった。しかし、桔梗小学校の運動会に集まった200人近い人々は、陸の孤島となった女郎花高台に取り残された。

「お母さん、お家大丈夫?」

「うん。水が引いてから見に行こう」


榎田秋作が、石灰でグランドに大きく「SOS」と書いた。

小学校の校長が、会場に集まっている村民や中学生に、ハンドマイクで声を掛けた。

「皆さん。水がもっと増えるかも知れないので、校舎の2階ホールに行きましょう。そして、腹が減っては戦が出来ませんので、一緒にお弁当を食べましょう。地域の皆さんに振る舞う豚汁も用意してあります。さあ、命あっての物種(ものだね)です。水が引くまで、救援が来るまで、みんなで協力して頑張りましょう」



11時00分 新潟市ジャイアントスワン



「残念だな、お父さんお母さんが見に来られないなんて。でも、山田さんのお父さんがビデオを撮ってくれるって言うから、頑張ろう」

榎田涼の妹、春佳(はるか)は応援団に入って、ダンスも1列目で踊ることになっているので、気合いが入っていた。朝美容室で、髪もセットして貰ったし、午前の競技で落ちた化粧もしっかり直した。

後は、昼食を食べて、午後のダンスに向けて英気を養うだけになった。


同じくクラスの山田三津は、観客席から見える海をぼーっと見つめていた。

三津(みつ)ちゃん、なんか元気がないね。化粧もしてないし、せめて髪を三つ編みさせて」

「ありがと。ダンスは1時からだよね」

山田三津は兄一雄と京から、今日の地震のことを知らされていた。

1時のダンスを踊る前に、自分たちはジャイアントスワンに閉じ込められるのだ。


「地震が起こるのは11時だ。でも絶対助けに行くから、ジャイアントスワン最上部の観客席で一晩耐えられるようにして行け。母さんにも、このことは言うなよ」

兄の一雄は、三津にだけそう伝えた。


突然、観客席の弁当を狙いに来ていた烏たちが、一斉に飛び立った。

「なんだろう。ヒッチコックの映画みたいだね」

春佳が、三津の髪をいじる手を止めた。


午前最後の競技、男子の騎馬戦の最中に、観客席に置いてある鞄の中のスマホから、「緊急地震速報」の音が次々聞こえてくた。

「緊急地震速報」「緊急地震速報」「緊急地震速報」


「え?地震?」


ドーン。


「来た」

三津は総毛がよだつような気がした。

観客席の最上段に駆け上ろうとしても、揺れが激しく、地面に四つん這いでいるのがやっとだった。

「いやー」

グランドに立ててあるテントが、コロンコロンと転がっていく。

縦に揺れる大きな衝撃の後、グランドが、観客席が、ゆっくり大きく揺れた。何度も揺れた。

そのたびにグランドの放送施設や、観客席に置いてあった生徒の鞄がゴロゴロ転がっていく。

立っていられる人はいなくて、生徒も教師も、観客席の保護者も捕まれるものを捜して、しがみついていた。

長い長~い時間が経って、やっと揺れが収まった。


スマホから「津波警報」の警告音が聞こえてきた。三津は意を決して叫んだ。

「津波が来るから、観客席一番上まで逃げて」

叫ぶと同時に、やたらと重い鞄を担ぐと、春佳の腕を取って観客席を駆け上がった。


ジャイアントスワンの最上部から、信濃川が見える。

ぐんぐんと遡上してくる濁流は、ジャイアントスワンのすぐ脇にある鳥屋野潟(とやのがた)を氾濫させ、元々低いこの地域一体を茶色の水で埋め尽くした。


茶色い水はジャイアントスワンにもなだれ込み、グランド、観客席を次々飲み込んでいく。


着飾った頭から大きな花飾りが落ちたというので、後戻りしようとする女生徒が見える。

近清那(ちかせな)だった。すんでの所で応援に来ていた姉の澄子(すみこ)に止められた。

髪飾りは濁流の渦にあっという間に飲み込まれていった。


 一雄の言うとおり、観客席最上段のすぐ下まで水が来た。

「三津いるか?」

次兄の雄太の声が聞こえる。

「雄太兄ちゃん、ここぉ」

「ああ、良かった。母さん心配していたよ」

「兄ちゃん」

三津にしては珍しく、雄太に抱きついて泣き出してしまった。

「さっきの声、お前のだろう?冷静だったな。えらい、えらい」

雄太に頭を撫でられて、ますます涙が溢れ出してしまった。


現キャプテン山田雄太の周りには、自然と野球部が集まってきていた。

2年になった佐藤颯太(さとうそうた)は、こんな時でも明るかった。

「こんな時に桔梗学園のドローンが空を飛んで助けに来てくれないかな?

一雄さんや京さんは俺たちのこと忘れちゃいないかな」


その話を聞いた三津の変化を、雄太は見逃さなかった。

「三津、兄ちゃんからなんか聞いてないか?」

三津は、「誰にも言うな」と言われていたが、雄太の耳に口を当てて答えた。

「一雄兄ちゃんは、絶対助けに行くからって、一晩我慢しろって」


「そうか、じゃあ兄ちゃんを信じて、一晩無事に過ごす方法を考えような。まずはトイレだよな」

「高木先生に、パフォーマンスで使うからって、新聞紙とゴミ袋をたくさん用意して貰っている」

「気が利くな。あっちで先生方がトイレの準備しているな、手伝いに行こうか」

雄太は三津の手を取って、トイレに向かって歩き出した。手を握るなんて小学校以来だ。

「恥ずかしいか?」

そう言いながらも雄太は、震えが止まらない妹の手を離さなかった。


人は誰かを守っている時は強い!

トイレの準備にすぐ取りかかっている教師の側まで来て、三津も気合いを入れ直した。

「高木先生、碧羽(あおば)さん、お手伝いします。男子トイレの方は野球部男子部員を使ってください」

「助かったわ。パフォーマンスで使う予定だって言うから、新聞紙とゴミ袋をたくさん持ってきたけれど、これを水洗トイレにセットすれば、水がなくても大丈夫ね」


水の止まった水洗トイレに用を足すと、逆流して大変なことになる。

教師達は生徒には新聞紙に用を足して、ゴミ袋に捨てるよう指示している。


「嫌だぁ、臭い。三津はよくそんな仕事できるわね。水洗トイレって使った上から水を強く流せば、大丈夫なのに」

そう言って、近清那は逆流した汚水につかってしまい、誰よりも臭くなった上、トイレを一つ使用不能にしてしまった。

上から水を流しても、配管が流れ込んだ水や土砂で詰まっている場合は、返って逆流してしまうのだ。


 ジャイアントスワンから見える新潟の街は、茶色の大きな湖になってしまっている。

三津と一緒に作業していた袴田明日華(はかまだあすか)は、日本海に沈んでいく夕陽を見つめて、ためいきをついている。

「桔梗村はどうなっているかな?うちの弟は桔梗村小学校で運動会やっているんだけれど、大丈夫かな?」

「あそこは高台だよね」

「そうだね。きっと大丈夫だよね。お父さんは小学校の応援に行っていたから、大丈夫だよね」

明日華は何度もスマホを見るが、電波は途絶え、電池もあと少しで終わりそうだった。


夕闇が深く降りてきた。三津は明日華とぴったりくっつきながら、持ち込んだ菓子を食べながらとりとめも無い話をしていた。

「新潟の街が真っ暗だね。自衛隊のヘリとか救出に来ないのかな?」

明日華が何か思いついたようだ。

「私たちが乗ってきたバスの運転手が変なことを言っていたんだけれど、新潟市は昨日から今日にかけて、『新潟県広域交流会』という行事で、市内すべての学校が休校だったんだって」

「へー。市内に残っていた人は少なかったのかな?」

「本当に、救助のヘリの音がしないよね。私達がここにいること、まさか誰も知らないのかな」


佐藤颯太が、女子野球部の話に割り込んできた。

「俺の親父は新潟市の消防士なんだけれど、昨日から市内の救急車両やヘリはすべて長岡に集合して、合同訓練するとか言っていた」

「えー。救急車も救急ヘリコプターも新潟市に今はないってこと?じゃあ、誰も助けに来ないの?

あっ思い出した!うちのお母さんの病院は、昨日から消防と合同で患者さんを救急車に乗せて、長岡に搬出する訓練だって、だから今日は応援に来れないんだった」

3人は、濁流に呑み込まれ果てた新潟の街を呆然と見つめた。


「桔梗高校だけ、ここに取り残されたってこと?」



 一方、教員やジャイアントスワンの職員も救助を求めて、各方面に電話をしていた。

「校長、県庁の警察本部に繋がりました」

「はい、新潟県警察ですが、どうしましたか?」

「桔梗村の桔梗高校校長の一本槍と申します。本校、今日ジャイアントスワンで体育祭をやっていまして、1,000人程度の生徒と保護者がここに取り残されています」

「1,000人ですか?県警のヘリはただいま、新潟市内で取り残された人を救助に出動しています。水が引くまで我慢してください」

「無理です。何時水が引くんですか?」

「それは分かりません。今県警本部がある県庁も、3階まで水没しておりまして、出動が出来ません。まずは桔梗村のほうに救助を要請してください」

「待ってください。村長は12時頃、ジャイアントスワンに来るはずだったんですが、来る前に地震が来てしまって、連絡が取れないんですが」

「隣の桔梗学園村からは救助を要請できませんか。え?長岡に向かっているって。すいません。あっちも、桔梗村の老人ホームの人達を今、長岡の病院に搬送しているらしいです。戻ってきたら、救助を要請してください」

そういうと、警察本部の電話は無情にも切られてしまった。

「校長、県警察はなんて?」

「救助に来られないそうだ。消防も繋がらないよな」



大人の間にも絶望が広がったその時だった。

暗い新潟の夜空に3機の飛行体の灯りが見えた。



「ヘリ?自衛隊?大型ドローンだ。お兄ちゃんが助けに来てくれたんだ」

三津の叫びに、桔梗高校の生徒が一斉に灯りの方向を見た。

「助けてー。ここにいるよー」

全員が両手を振った。


桔梗学園の大型ドローンが1台、まず、ジャイアントスワンに横付けにし、中から山田一雄と京が降りてきた。


一本槍(いっぽんやり)校長先生はいらっしゃいますか」

「私だ」

「では、校長先生を始め主だった先生と避難の打ち合わせをしますので、5人ほどの先生はドローンにお入りください」

 校長、教頭、事務長の3役に、教務主任、生徒会主任、それにジャイアントスワンの所長がドローンに入った。


教頭は一雄達が甲子園に行った時引率してくれた女性だった。

「夏にはお世話になりました」

「こちらこそ、今日は救助に来てくださってありがとうございます」


「こんにちは、『桔梗学園村』の山田一雄です。現在、桔梗高校野球部で監督をやらせて貰っています。今日は隣接する桔梗村の住民の方が、ジャイアントスワンに避難されていると伺って、ボランティアで救助に来ました。

 桔梗村の村長はただ今行方不明で、桔梗村の機能は停止しています。桔梗村はほぼ全域水没し、桔梗小学校がある女郎花高台と桔梗高校のみ、水没を免れています。

 人道的観点から、桔梗村の老人ホームと病院の4階以上に避難していた方々は、先ほど長岡の系列老人ホームと病院まで、ドローンで避難していただきました」


道理で、救出に来るのが遅かったわけだ。


 山田一雄は話を続ける。

「これから、皆さんをお連れするのは、桔梗高校です。桔梗高校は本来水没する位置にありますが、九十九カンパニーの方で、水没を免れるようなバリアを張らせていただきました。


ジャイアントスワンの職員の方も、今日は取りあえず、桔梗高校に避難するのでいいですね。


今回、ドローンでその内部に入るためには皆さんに、入場スタンプを押していただかなくてはなりませんので、ドローンに乗る前にスタンプを必ず押してください。

では、先生方ドローン1台には50名しか乗れませんので、どの順番で乗るのか決めて生徒に指示してください」


立て板に水のような一雄の説明が、一旦終わったので、一本槍校長が口を開いた。

「戻った後の、夕飯や救援物資は届くのだろうか?」

「夕飯だけは桔梗学園村から、高校と小学校に差し入れているはずです。ただ、うちも小さな村ですので、毎日食糧をおわけするわけにはいきません。

新潟市は機能を停止していますが、県庁の建物には灯りが見えたので、県に救助要請をすることをお勧めします」


吉野教頭が口を開いた。

「あの」

「なんですか?」

「助けに来てくれてありがとうございます。他のドローンの皆様にも宜しくお伝えください」

一雄の表情が緩んだ。

「はい、今回は秋田分校と富山分校から、ドローンが駆けつけてくれました。1,000人を50人ずつ3機で往復しなければならないので、1機6~7往復です。早く移動しましょう。途中で燃料の補充もありますので、朝までかかります。早く乗ってください」


 濱口(はまぐち)教務主任が、クラスごとにするか男女別にするか、などとグチグチ言い出した。

(らち)があかないので、生徒会主任の高木美恵子先生が、ドローンを降りると、ハンドマイク片手に鶴の一声を挙げた。


「体育祭の団長!紅組は桔梗学園本校のドローンに、青組は秋田分校のドローンに、黄組は富山分校のドローンに、順番に乗せなさい。必ず、手にスタンプを押して乗車させて、点呼しながら乗せなさい。誰も残さないように。

 保護者の皆さんは、生徒の後に乗車ください。高齢の方や小さいお子様がいるところは団長に申し出てください。先に乗せます。職員の方は最後に空いたドローンにお乗りください」


各ドローンの前では、京、オユン、秋田分校のスタッフが、手の甲に順にスタンプを押していた。

50人乗ると、ドローンはドアを閉め、静かに暗い空に旅立っていった。


野球部を始め運動部の面々は、誰に言われずともスタンドのゴミと、排泄物の袋をまとめていった。

「うそでしょ?それをドローンに乗せるの?臭いじゃない。最後のドローンにしてね」

近清那がヒステリックな声を上げた。いつもより非常識で、ヒステリックなのは、近の親が県庁に勤めていて、生死が定かではないからかも知れない。


明け方近く、桔梗高校に先に着いた教師は、今後の生活について終わりのない話し合いをしていた。


決まったのは、以下の2点のみ。

・女子は4階で、男子は2階で、教員は3階で寝ること。

 保護者は体育館で、幼児連れや高齢者の方は武道場で寝ること。

・食事や救援物資は、朝になったら県庁に連絡して、送って貰うこと。


その後は、必要な救援物資のリストアップに終始した。


 一本槍校長は、二言目には、「義妹の真子にどうにかして貰おう」というが、高木はじめ他の教員達は、SNSやマスコミを通して、全国から救援物資を募ったほうがいいと考えている。

全国からの救援物資は、災害が起こると体育館いっぱいに届くが、その仕分けはかなりの労力を要することを彼らは知らない。そして、新潟への注目は、後2週間しか続かないことも・・・。


 最後の桔梗学園のドローンには、大量のゴミと野球部員が乗り込んだ。


「よくやったな。野球部の活躍がなかったら、乗り越えられなかったよ。消毒用のタオルで手を拭いて、握り飯を食べろ」

「監督、これは勿論内緒ですね」

佐藤颯太が、いそいそとお握りにかぶりついた。


「そう言いたいところだが、流石にお握りは桔梗高校と桔梗小学校にも差し入れたよ。多分、最後に着いた野球部の分は残っているか分からないから、ここで食おう。

それから、北海道分校から、出荷できなかった傷が付いたジャガイモとタマネギ、味噌、玄米など1ヶ月分が後から届くから、水さえあれば、家庭科室で飯は作れるよ」

「監督、水はどうするんですか?」


珍しく京が口を開いた。

「雨水を濾過する装置を屋上に設置するので、それでご飯を作れ」


「京さん、あの・・・トイレは?」

三津は一番の心配事を尋ねた。

「うちから発電機能付きトイレを朝には運び込むよ。新機能付きのヤツ」

「京さん、その新機能って?」

雄太が不安そうに聞いた。

「毎回、掃除をしないとドアが開かない」


「キター」


野球部全員爆笑した。全員が、近清那がトイレの中で、泣き叫ぶ図を想像していたようだ。

雄太が目に涙を浮かべて笑い転げていた。

「いいよー、それ。ところで後ろの汚物は?」

「それも、資源だから、ちゃんと運んで」

汚物とゴミは、しっかり消臭機能付きコンテナに入れられていたので、匂いを気にせず、豪華ご褒美具材が入ったお握りを野球部は心ゆくまで楽しむことが出来た。


「一雄兄ちゃん、帰ったら、うちらはまず、何をしたらいいかな」

「寝ろ」

「それは分かっている。その後は?」


雄太が妹を諭した。

「先生方が考えてくれるだろう?」

「先生方って、他の市に住んでいる人もいるよ。いつまでも学校にいるんだろう。

避難所の運営は、避難民がするんだよね。村役場は機能していないんでしょ?」


「珊瑚村長だったら良かったのに」

野球部の3年がぼそっと言った。

「先輩の親は村長選挙に投票しに行きましたか?」

「いや・・・毎回選挙には行っていない」

三津は別の3年の先輩に聞いた。

「先輩の家は投票に行きましたか?」

「うん、投票に行った。でも親が『珊瑚村長はずるい人だし、清野村長には世話になっているから、清野に投票する』って言っていた」

「世話になるって、飲み会にでも行ったんですか?」

「飲み会に行って、お菓子も貰って帰った」


完全な選挙違反である。



正義の味方、山田一雄君登場でした。

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