ドローン世界大会
世界大会は、ドローン部の念願でした。思う存分戦えるといいですね。
琉が楽しみにしていたドローン世界大会が近づいてきた。メンバーは圭、蹴斗、賀来人、琉になった。晴崇はどうしても桔梗学園の情報管理のメンバー足りなくて、ドバイには行けないということだ。
真子学園長は「行けばいいのに」と言っていたらしいが、圭も「琉がいるから大丈夫」などと、特に晴崇を連れて行こうとしない。試合はドバイ時間6月1日9時開始。フライトは子供も連れて行くので、乗り継ぎ便を選び、合計で2日ほどかかる。
今回の旅のメンバーは、選手4人と圭の祖母板垣啓子、紅羽に越生母子、赤ん坊の暁と瞬、翠斗。応援の4人は赤ん坊の世話も兼ねている。総勢11名の大所帯だ。
蹴斗と紅羽、翠斗と越生甘菜は、大会終了後、オーストラリアに向かうのだ。
越生五月にとっては、初めての海外旅行。いや、校外旅行としても初めてだ。今回は賀来人の応援で行くという建前だが、母親との最初で最後かも知れない旅行だ。だれも、五月の同行に反対しなかった。
さて、今回の「チームPentagram」一行は、長身美男美女に赤ん坊3名、高齢者から中学生まで入り交じり、かつ、親戚同士には見えない、かなり不思議でかつ、目立つグループなので、成田空港でも人目を引いていた。
「『Pentagram』さんですよね。『七福神』です」
圭は、「七福神」のリーダー毘沙門天の声に気づき、手を挙げた。
「同じ便だったんだ。席は?意外と近いね」
チーム最年少の賀来人は、早速お姉様方につかまった。
「『息吹』君、高校2年生になったの?またまた格好よくなっちゃって」
五月がすごい顔で、毘沙門天を睨んだ。
「あれー?妹さん?お兄ちゃん、かっこいいね」
「違います。彼女です!」
「おやおや、高校生の彼女連れか?いや、中学生?ヤバい、犯罪だよ」
「毘沙門天さん、あんまり若い子をからかわないでください」
蹴斗が助けに入った。
「Ebonyさんも彼女連れ?」
戦い振りとはギャップがある大人っぽい『弁財天』が、長い髪をいじりながら、上目遣いで蹴斗を見た。紅羽も翠斗を抱きながら、殊更に背筋を伸ばして、見下ろしながら言った。
「いつも主人がお世話になっています」
「ほらほら、同じ日本人同士、マウント取らないの。お嬢さん達、今回は独身男性も連れてきたよ。ほれ、琉、自己PRしなさい」
「チーム『七福神』の皆さん、初めまして。大神琉、ハンドルネームはStreamと申します。前回来たForestの代わりにチームに入りました」
賀来人が遠慮がちな琉を茶化した。
「みなさん。違いますよ。本当は僕が琉さんの代わりに来たんです。琉さんはゲームだけじゃなくリアルでも、家で最高のドローンパイロットなんです」
『布袋』の名にふさわしいちょっとぽっちゃりした女性が、恵子に挨拶をした。
「若しかしたら、Kさんのお祖母様でいらっしゃいますか?今回はお孫様の応援ですか?」
「まあ、私の出番がなければね」
「え?」
「『布袋』さん、家のお祖母ちゃんのハンドルネームは『スサノヲ』だよ」
「七福神」の面々が一歩のけぞった。
「スサノヲ」と言えば、「ドローンドッグファイト」の創生期の伝説のファイターだった。
「私は小さい頃はお祖母ちゃんに大分、鍛えられたのよ。だから、今回は補欠にエントリーしているの。お祖母ちゃんの運転怖いのよね、ギリギリに機体を寄せてくるから、撃つことも出来ないし。『幅寄せのスサノヲ』だから」
今回のエントリーは圭が行ったので、晴崇の代わりに恵子をエントリーしていたとは、賀来人も知らなかった。
選手と違う世界で盛り上がっているのは、越生母子だった。成田空港が珍しくてしょうがないらしい。
「オーストラリアの皆さんにお土産はいらないのかしら」
「甘菜さん、食べ物なんて買っても日持ちがしませんよ。お土産は和柄の手ぬぐいとか、紙風船とか買ってあるから大丈夫です」
紅羽はお上りさん丸出しの甘菜を、ニコニコしてみていた。自分が初めてアメリカへバスケット留学した時とそっくりだから。
紅羽は大会後、甘菜が五月を日本に返したくないというのではないかと危惧している。
それはそれでしょうが無いとも思っている。大会が終わった翌朝、新潟の惨状が伝わるはずだ。いや、情報が届かないかも知れない。
また、その日は桔梗高校の体育祭がある。一雄や剛太が「俺たちが助けに行くから大丈夫」とは言っていたが、紅羽の父親三太郎は県庁の土木課なので、きっと大変な目に遭うと思う。そんな中、自分だけ安全なオーストラリアに行っていいのか?
蹴斗が、物思いに沈む紅羽に気づき、肩に手を回した。
「俺の応援に来てくれたんだよね、そんな顔じゃ、俺は実力が発揮できないよ」
「ごめん。蹴斗のずーっと楽しみにしていた試合だもんね」
「啓子さんと五月ちゃんと3人でチアガールみたいに踊ってくれてもいいんだよ」
「やだ。変なこと言わないで、本当はスリットつきチャイナドレスが好きだったんでしょ?」
「そうだな。あれは鮎里さんが取っちゃったから、鞠斗にその楽しみは譲ってやるよ」
「鮎里さんと鞠斗の仲は、進展しているの?」
「さあ、鞠斗は奥手だからな」
「今年の一連の災害が収束するのって何時になるんだろう」
「マサちゃんは、災害があっても平凡な日常を続けるって言っているよ」
「子作りも?」
「お嬢さん、もう2人目が欲しいんですか?」
紅羽と蹴斗の間に、「藍」という名の女の子が生まれるのは1年後の話。
「七福神」の4人は、本当に旅の仲間としては最高だった。
「毘沙門天」こと長尾景子は、新潟県上越市出身で財務大臣長尾菱子の娘。政治に全く興味は無く、長岡高等専門学校を卒業後、工学系の大学に進学し、何故か、三条市の工科系大学で助手をしているそうだ。長岡高専の時の同期でチームを組み、今回初めて「ドローンドッグファイト」にチャレンジしたらしい。
「布袋」こと大滝青子は、日本有数のゲーム会社で開発に携わっているし、「弁財天」こと山口翼は、航空大学校に進学し航空会社に就職しパイロットとして勤務している。今は育児休業中で親に子供を預けてドバイまで来ている。
「恵比寿」こと久住寿美恵は結婚出産後、仕事を辞めて、環境都市工学の知識を生かし、色々な発明をしてはYouTubeにアップし、世界中に数万人フォロアーがいる。
ドバイの世界大会の会場は、K大学とは比較にならず、アメリカ大統領の演説会かという盛り上がりと、近未来的広大な会場に、みんな度肝を抜かれていた。前日の会場を下見した段階で、あまりの爆音に、乳幼児を連れて行くことを諦め、甘菜と五月と紅羽は、赤ちゃん達とホテルでテレビ中継を見ることにした。
大会当日、圭はステージに上がるまでヘッドホンをつけ乗り乗りだったが、琉と賀来人は、ピノキオかと思うほど、上がりまくって、カクカク動いていた。1回戦はかろうじて勝ったが、2回戦はミスが多すぎた賀来人を外して啓子を出した。
啓子の年齢と往年の戦績が紹介されると、会場はヒートアップして、啓子の嫌らしい飛行テクニックに会場は大盛り上がりだった。
勝利インタビューでは、啓子はマイクを奪って、相手チームに「Baby,Come the day before yesterday(ベイビー、一昨日おいで)」とあおりを入れて、圭に「ダンスバトルじゃないよ」と頭をはたかれていた。
「ごめんよ。圭。冥土の土産に優勝したくて」
「出た、冥土の土産。お土産買いすぎちゃ駄目だよ。機内持ち込み程度にしてね」
二人の漫才を見て、琉は気合いが入った。賀来人も出してくれと強く願うので、3回戦は蹴斗を外して臨んだ。
そして、守りが薄くなって、Pentagramは敗退した。
「いやー。最高最高。面白いもん見せて貰った。うちら1回戦負けだから、3回戦なんて、凄すぎ」
長尾景子が走ってやってきた。
「優勝を狙っていたのに・・・」
「祖母ちゃん、血圧上がるから、興奮するのもそのくらいにして」
3回戦敗退だが、大会終了後、板垣啓子は最高齢プレーヤーということで「審査員特別賞」を授与された。
ステージで賞品は何がいいかと言われて、啓子は「日本に最速で帰れる飛行機のチケット」と答えた。
蹴斗達には新潟の地震の一報が入っていたのだ。
大会関係者に首長一族がいたらしく、日本への帰りの便は戦闘機だった。
圭が長尾に一つの頼み事をした。
「長尾菱子に連絡して、ドバイからの戦闘機の千歳空港への着陸を許可して欲しい」と。
戦闘機に乗って帰るのは、圭、琉、賀来人の3人だった。流石に戦闘機のGに耐えられないと言うことで、3人の赤ちゃんは、一端オーストラリア分校に預けることになった。
啓子は「冥土の土産」に戦闘機に乗りたいとごねたが、高血圧なので許可が下りなかった。孫の子守のためにオーストラリアに着いていくことになった。
向かう先は千歳空港。北海道分校に、準備されている救援物資を運び込むためだ。
圭は、子供と引き離されても、日本に救出に向かう道を選びました。