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西日本知事会

西日本知事会は、島根分校で行います。

 「真子学園長ってドローンを操縦できるんですね」

「そうね。桔梗学園の最初は人も少なかったから、うちの三姉妹だけじゃなく、私の母も操縦していたよ。ただし、大型ドローンは最近出来たので、まだ操縦したことないけれど」

 

薫風庵の庭のドローン発着場から、五月晴(さつきば)れの空に旅立ったドローンには、真子、舞子と涼、冬月、鞠斗が乗っていた。

「鞠斗も操縦できるの?」

「まあ、練習はしたけれど、それ以外の仕事が多くて、あまり実際に飛ばしたことはない。ただ、蹴斗がいなくなったから、これからは俺も操縦しないといけないと思う」

鞠斗は、ぼんやり窓の外の能登半島を眺めながら答えた。


夕べ冬月がなかなか寝なかったせいで、涼は疲れ果てて寝ている。


「太平洋側なら新幹線で(つな)がっているけれど、分校のほとんどが日本海側なので、ドローンの移動の方が早いよね」

「でも、太平洋側が津波に襲われるから、日本海側に分校を作ったと聞きましたが、日本海側も結構危険な場所だろうと思うのですが」


「舞子、危険だと思う要素は何だと思う?」

「まずは大陸と向かい合っていることです。他国から狙われやすい。

2つ目は日本海側で起こった津波は到達速度が速いと言うことです」

「そうだね。だから、日本海側と太平洋側の姉妹都市を作り、簡単に移動できるようにするんだ」


「それだと、日本海側に逃げた後、すぐ被害に遭った太平洋側を再建しないといけないですね」

「Sister City Plan(姉妹都市計画)だとそうなるね。でも、災害多発の時期は、どこが安全か分からない。だから、本当はこの計画は、Nomad Plan(遊牧民計画)に近いね。安全な場所を求めて身軽に移動できるスタイルを目指している」


「電気、水、ガスや道路などのインフラはどうするんですか?」

「基本は地産地消だなぁ。ただし、企業が大量に使うものは、また別の話だ」

「あー。発電するトイレや太陽光パネル。水は雨水や雪の循環利用」

「海水が飲料水に出来る設備もKKGでは出来ているし、潮の満ち引きで発電する施設ももう少しで出来る」


「それらの製品は、もう日本全国で必要とする量が出来ているんですか?」

「発電するトイレは技術供与をしているので、全国で作っているはず。特に佐賀県と鳥取県、群馬県、秋田県と北海道には、災害対策インフラ製造工場が稼働しているし、勿論、新潟市周辺の市町村には、インフラ製造工場が、6月から稼働する予定だ。

自動車大手のT社は愛知県から秋田に本社を移して、ドローンの大量生産に動いている。

栃木県と青森県には水素スタンドの設備を製造する工場が出来ていて、日本海側の20kmおきに設置がすすんでいる。

そして通信大手3社が共通で使えるドローン基地の開発を、共同で行って貰っている。

ただし、企業や国が使う通信は衛星で行って貰う」


「まさか、通信衛星も飛ばしたんですか?」

「飛ばしたよ。北海道の太平洋側と岩手県、福島県に衛星発射台がある。他国の衛星発射にも貸し出ししているんで、収支はトントンかな?」


鞠斗は「真子のことだ、通信衛星以外も飛ばしている」とは思ったが、黙っていた。

真子を覗き見ると、しっかり目が合ってしまった。謎のウインクを貰って、胃が痛くなりそうだった。



そんな話をしているうちにドローンは、敦賀湾を越え、島根分校の上空に来た。

島根分校の百々梅桃(どどゆすら)が、手を振っている。


「真子学園長、着いてすぐで申し訳ありませんが、本日の西日本県知事会議まであと1時間です。会場は島根分校の体育館です。

あっ、舞子、優勝おめでとう。知名度利用する仕事で申し訳ないんだけれど、頑張って。

涼と冬月は取りあえず、うちの保育園の方で休んで貰うわ」


いつもはゆったりしている梅桃だが、今回の会見の意味をよく理解しているようで、緊張した口ぶりになっている。


 舞子は「知名度を利用する仕事」という言葉に違和感を覚えたが、「やるっきゃない」と腹を(くく)った。



 松江駅には今回、「姉妹都市計画2」に関係するすべての府県知事が集まっていた。一部の県知事は副知事を代理に立てていたが、後で大変後悔をすることになる。

 府県知事達は、桔梗学園が用意した大型ドローンに乗り込むよう支持された。お付きやボディーガードは為す術(なすすべ)もなく、駅に残された。


それは長尾財務大臣自らがドローンへの誘導を行っていたからだ。

かつ、にっこり笑ってそれぞれの知事の手を取り、手の甲に「お・ま・じ・な・い」と言いながら、スタンプを押した時も、彼らは何の違和感も持たなかった。

 スタンプは透明で、特殊なライトに当てなければ見えないものだった。これがないと、彼らは島根分校には入場できない。


 どの知事もドローンの乗車は初めてだったので、窓がすべて(ふさ)がれていることに違和感を抱かなかった。どう見ても護送車である。


 ドローンは体育館に横付けし、他のどの施設も通らず、「西日本知事会議」の会場に入ることが出来た。ゆったりとした席には、マイク付きのヘッドセットと、高齢の知事のためにディスプレイが用意されていた。

 どの会議でも「静かにしてください」と注意しても話を止めない者がいるが、兎に角(とにかく)、静かにしないとイヤホンの音声が聞き取れない。かつ、指名もされていないのに自分の主張を(わめ)くものなら、ハウリングのひどい音が耳に飛び込む仕掛けになっていた。


 会議は予定の時間になると粛々と始まった。高齢の知事2人はいつまでもヘッドセットをつけず話続けていたが、隣席の知事に注意されヘッドセットをつけた時は、15分も時間が過ぎていた。「開始の合図がなかっただろう」と喚いて、耳鳴りでまた5分ほど会議に参加できなかったが、会議に先立って資料は送付してあったので、どうにか会議にはついていくことが出来た。


 会議は、加須(かぞ)官房長官が、6月10日までに各県が姉妹県と協力して「避難訓練」を行うことを指示していた。本来なら総理大臣の名のもとで行って貰いたいところだったが、石頭(いしあたま)雄三首相はこの会議への参加を最後まで拒否した。

 首相の性格を考えれば当然の結果だったが、「6月11日に本当に地震が起こらなかったら誰が責任を取るのか」の一点張りでこの会議に参加することを拒否した。

しかし、後で災害対応の不手際を追求されるのも嫌だったので、この会議の開催を黙認した。

地震が起きたら、官房長官と防衛大臣、そして各県の知事に救出計画と復興計画を一任する気だった。

もしかしたら持病の高血圧で入院して誤魔化すかも知れない。


ということで、あくまで表向きは各府県が協力して「大規模避難訓練」を行うという話し合いを最初に持ち出した。しかし、その後の話は生々しい話である。


加須官房長官は、ステージ上で深呼吸をして、資料に載せていなかった重大な発表をする。

「では、各府県知事の皆さんに行っていただきたいことを、順を追ってお話しします。

まず、第1に6月2日土曜日に新潟県に大地震が起こります」


各知事が全員顔を上げた。今まで、話半分に聞いていた知事も、事の重大さに息を飲んだ。

「この情報のリソースについては国家機密ですのでお話しできませんが、皆さんの準備は、この惨状を()の当たりにしてからでは遅いので、本気で準備してください」


ベテランの知事がノートに「6月2日新潟」と書き込んだ。


「新潟県知事はすでに避難計画と移転計画を実施しています。柏崎刈羽原子力発電所の稼働は永久に凍結し、桔梗村での原発建設計画を白紙に戻しました。皆さんの地区の原発も至急稼働を止めてください。冷却が間に合わない場合は、作業員を6月10日までにすべて敷地内から待避させてください」


四国の知事が、自分のパソコンに入力をした。「伊方原発稼働停止。理由は?」


各知事は疑問はあるのだが、兎に角、説明を聞き逃すと大変なことが起こるので必死だ。今日は秘書も事務次官もいないので、すべて知事の責任になる。


加須官房長官は話を続けた。


「新潟の地震を契機に、『避難訓練』に真剣さを持たせるために、『避難をする時は1人スーツケース1つずつ大切なものを入れて避難すること』と指示してください。

避難する地域は資料に載せてあるように、AIでマッチングした市町村です。


避難を受け入れる側は、地元に戻ったらすぐ、各市町村長に受け入れ体制の計画を立てさせてください。

避難する側の市町村は、避難に伴うルートを指示しました。それを提示してください。

町内会で手分けして自家用車に乗り合わせるか、県のバスを出すかは、知事が計画を立ててください。計画を立てるのに役立つソフトは、資料にQRコードがありますので、ご活用ください。それから、今回皆様の手に押したデジタルタトゥーをすべての県民に押して貰います。各市町村にはそのスタンプを送付してあります」


全員の知事が、ぎょっとして、自分の手にうっすら見えるデジタルタトゥーを見つめた。


「全員の避難が完了した場所から、地震や津波の後の整地を行いますが、このタトゥーがあれば、生存が確認できますので、万が一、避難できなかった方も、国が救出いたします。

また、このタトゥーから住民情報が得られますので、新天地での住民管理に活用いただけます。それに対応したソフトもデジタル庁で用意いたしました」


デジタル庁からの下請けで九十九カンパニーが作ったのだが・・・。


「過疎の地域には他県からの流入で、人口増になりますし、復興のための産業も既に企業との話し合いで割り振っています。そして、1週間の人命救助が終わったところで、被害地域を一気に整地し、塩害対策を行います。来年の4月には米の生産を再開し、住宅を再建し、3年後には避難した方で戻りたい方が戻れるようにしましょう」


「かなり拙速な案だとお思いでしょうが、日本国は8月中旬の首都圏直下地震への対策に取りかかります。ですから、自衛隊も他県の警察も、被災直後1週間の人命救助には出動させますが、その後の応援には行かせません。南海トラフ地震の日時がぴったり当たったら、流石(さすが)に重い腰を上げるでしょう。


他国から短期の出稼ぎに来ている人には、申し訳ないが帰国して貰います。


6月15日には東日本知事会議を開催します。皇居も移転しますし、霞ヶ関の機能も思い切ったDX化をしてコンパクトにして移転します。首都圏直下地震が起こる時はお盆なので、地元に帰れる人には帰省させます。企業活動も8月はすべて停止して貰い、移転作業に入ってもらいます」


画面には南海トラフ地震から首都圏直下地震の浸水域を、順番に映し出す。


何人かの知事はショックのあまり、ハンカチで目頭を押さえていた。


「では、ここでゲストを紹介します。先の全日本女子柔道選手権で出産を挟んで2連覇した。東城寺舞子さんです」


知事達は、災害と東城寺舞子との関係が分からなくてきょとんとしていたが、明るい舞子の声に耳を傾けた。


「皆さん、こんにちは。ただいま紹介にあずかりました東城寺舞子です。

この度、桔梗学園の代表に就任しました。ここで桔梗学園について紹介させてください。

桔梗学園は、前任の五十嵐真子(いかわしまさこ)とその2人の姉妹によって設立され、現在卒業生は九十九(つくも)カンパニーという会社で勤務をしております。

ここでは、設立当初から、この未曾有(みぞう)の災害に対応するシステムや設備の研究、製造を行っております。

今回、加須(かぞ)官房長官様から、相談を受け、システムと設備の販売をさせて貰うことになりました。


 この度、皆様が乗車なさったドローンは、本社とT社の共同開発で、水素エンジンで飛行します。日本海側の交通を任せていただきたいと思います。

また、この施設は桔梗学園の島根分校のものでありますが、ここの電気は排泄物で(まかな)っております。その『発電するトイレ』も現在、佐賀県と鳥取県、群馬県、秋田県と北海道で大量生産しておりますので、現在原発が賄っている電気すべてを補ってあまりある発電量をお約束します。


 皆さんは我々を災害を食い物にする悪質な会社と、思われるかも知れませんが、技術供与において一切費用は発生しておりません。皆様が、今回の災害発生日を聞いて、ご自身の株を売ったり、情報を漏らしたりなさらないのと同じです」


何人かの知事が、インサイダー取引をしようとしているのを見透かすような笑顔で、舞子は知事全員をぐるっと見回した。


そこからすっと息を吸って、舞子は最後の決め台詞を言った。


「桔梗学園は、来年4月秋田で「全日本女子柔道選手権」を開催し、8月には札幌ドームで「全国高等学校野球選手権大会」を開催するために、「災害に負けない日常を」をモットーに働いていきたいと思います。ご清聴ありがとうございました」


「災害に負けない日常を」


ディスプレイには大きく舞子のキャッチフレーズが提示された。


「東城寺さん、ありがとうございます。2020年にコロナのために若い世代には、十分な学びと体験を与えられなかったことは、我々大人としても心残りです。今回の災害も対策をしなければ、『失われた50年』などと言われかねません。日本政府としては「一人の犠牲者も出さない災害」こそ、次の日本を作る(いしずえ)になると思います。災害を新しい日本を作るチャンスと捉え、皆様の協力を得たいと考えております。本日はありがとうございました。

帰りのドローンの出発は、20分後です」


西日本知事会議は、質疑応答もなく終了した。ドローンへの誘導は鞠斗(まりと)梅桃(ゆすら)が行った。

官房長官や財務大臣は質問を避け退場した。舞子もプロンプターに書かれている文字を読んだだけで、質問に答えられないので、さっさと冬月と涼のいる保育園に向かった。


 ドローンの中では知事達が、今日地元に帰ってからの仕事の手順を復唱していた。

副知事を寄越した県は、一歩も二歩も遅れたことになった。

デジタルタトゥーを全県民に押さないと、もし家屋の下敷きになっていても、災害廃棄物一緒に廃棄されてしまう。

「避難訓練」について市町村長会を開いてどう周知するか。

考えることが山積みである。


気の利いた県知事は、姉妹県の知事と今晩打合せをする算段をしていた。


 大阪府知事は福井県知事と福岡県知事を誘って、その3県に拠点を置く大企業の社長も含め、東京が水没した後のイニシアチブを取るべく、会談を始めた。




 官房長官と財務大臣は、府県知事との会が終わった後、食堂に集めておいたキー局の社長達と大手の新聞社社長達と会談をした。

彼らは、食堂で会議の一部始終を見ていたのだ。


始めに口を開いたのは、加須官房長官だった。

「さて、日本のマスコミの皆さん、ここで災害に対してマスコミの対応が大切になることはおわかりでしょうか?一社の倫理観のない行動が日本を滅ぼします。


 まず、災害の起こる日時を事前に流さないこと。勿論、知事の皆さんと同じように、株の売買から足が着きますので、厳に慎んでください。例え、一社員が起こした情報流出でも、新聞社であれば紙の流通を止めますし、NHKであろうと放送免許を取り消します」


「おいおい、脅迫かよ。アー、耳が痛い」

ここでもヘッドホンは、会議の進行を妨げる者に厳しい。


 加須官房長官は、耳を押さえて転げ回る若手地方新聞社社長を、冷たい目で見ながら話を続けた。


 「次に、放送する内容は、『被害者を救出できなかった』や『故郷に帰りたい』などという方向性のものを禁止します。

『災害があっても、事前に対応していたから大丈夫』

『新しい土地で仲良く前向きに生きている』

『新しいシステムは世界に自慢できるものだ』

などという内容を盛り込んで放送すること。

被害の状況を繰り返し流したり報道したりして、日本人のネガティブ思考を助長しないでください」


(共産主義の国と変わりがないじゃないか)と、そこにいた大部分の社長達は思った。


 「個人のスマホによる通信は、被災地では電波塔が破壊されるのでできなくなります。

でも、九十九カンパニーが用意したドローンによる電波は、我々に協力していただけるマスコミには解放いたします。


皆さんは、私のやっていることが、共産圏や独裁国家のリーダーと同じだと思っているでしょう。でも、現首相は災害が起こればすぐ国外脱出するタイプです。次に首相になった人も、何のビジョンもなく、これだけの計画を立てられるとは思いません。

残った日本の舵取りは話し合いで進まないことはおわかりでしょう。

私は、ジャンヌダルクのように、最初はもてはやされ、最後に火あぶりの刑に処せられるのは嫌です。ですから、総理大臣になりたいという野望は捨て、この1年に全力を掛けて退陣します。私も3人子供の母親です。希望のない国を子供に残すなんて我慢が出ません。


勿論、五十嵐三姉妹や桔梗学園関係者を探し出して、インタビューするのも、美化するのも禁止します。もしそれをすると、彼らはすべての技術の供与を止めると言っています。

『最後の被害』については、皆さんは彼らの技術なくしては乗り越えられないのです。

売上や名誉欲のために日本を滅ぼしますか?」


 何人かの社長達は、「最後の被害」という言葉に引っかかりを覚えた。しかし、ショッキングな話が続くので、そこで感じた違和感はすぐ忘れ去られた。


最後の言葉で、加須官房長官は話を締めくくった.。


「因みに、皆さんの手の甲に押したデジタルタトゥーは、知事に押した物以上の効果があるタトゥーですから、くれぐれもよこしまな考えをお持ちにならないでください。手の皮を一枚剥がした程度では、効果は失われないようです」


 「本当」のことを伝えることだけが、日本の生き残りに繋がらないのなら、人の「助け」になる情報を流さなければならないのだ。多くの社長達は、頭の中でそう結論づけて、納得した。


 食堂に横付けされたドローンは、今回初導入の自動運転ドローンだった。その技術の高さに、各社社長達は背筋が寒くなる思いだった。そして、彼らはそのまま、知事達に会わないように広島駅まで運ばれた。




 島根分校には、薫風庵(くんぷうあん)に似た施設で、寒燈庵(かんとうあん)がある。今晩は寒燈庵で反省会である。

真子に舞子、涼に冬月、鞠斗、加須恵子(かぞけいこ)官房長官に長尾菱子(ながおりょうこ)財務大臣、そしてこの建物の主、百々梅桃の8人で、夕飯を食べながらの反省会だった。


「いやぁ、冬月君は首がお座りしたんですね。おっぱい美味しいですかぁ」

菱子は完全にお祖母ちゃんモードになっていた。

「舞子さんって、試合の時は授乳どうしたんですか?」

「一端少し減らしたんですけれど、試合後にまた飲ませ始めたら、この調子でがぶ飲みです」

「鞠斗君は、授乳中、目も反らさないですけれど、桔梗学園の男の子って、授乳は見慣れているんですか?」


鞠斗は赤面したが、その代わりに、涼が彼を援護した。

「僕ら2010年生まれ。は、授乳の手伝いや子守をスイッチして行いますからね。一々気にしていられませんよ」


「へー。君たち、2010年生まれ。えー、19歳なんだ。若いね。寅年でしょ?タイガースだ」

菱子は酒も入らずにこの乗りである。


「スイッチって?どういうこと?」

舞子が答えた。

「例えば、私の試合の時には別の女子が、乳母(うば)のように冬月に授乳してくれたんです。

その子は双子のお母さんで、私はおっぱいが張った時は双子をこうフットボールのように抱いて、一気に吸って貰って、試合に出るって訳です」

もう、恵子と菱子のツボに入ってしまった。

「ひーひー。フットボール。ひー。一気に授乳。ふー。駄目、笑いが止まらない」


鞠斗はいたたまれなくなって、台所で一人珈琲を飲み始めた。


みんなの食事が終わっり、鞠斗が食卓にコーヒーを運んできた。少しみんなの間に緊張が走った。

楽しい話の後は、仕事の話だ。


「この後、舞子達には2ヶ月、島根分校で『姉妹都市作戦2』で不都合が起こったら対応して貰いたい。

梅桃もそれでいいね」

「助かります。スタッフ不足で、不安だったんで。

それで、今後、島根分校に受け入れる子供達は、どうしますか?

避難してきた中高生を無条件に受け入れるほどのキャパはありません」


真子が、食後なのに出てきたクッキーを一口(かじ)りながら、考え考え答えた。

「まあ、こちらでも適任と思われる子をリストアップはしていますが、20人くらい集めて、試験をしてもいいんですよね」


梅桃は、たっぷりミルクを入れた珈琲を片手に答えた。

「では、島根分校で専門的に養成している保育や医療、看護に興味があって、その方面に進みたい女子を、避難してきた他県の子も含めて、試験してもいいんですね」


「保育や看護は『男子』も募集して貰いたいな」

涼も提案した。ここで自己主張しておかないと大変なことになる。

「あれー。涼もこっちの学校に入るの?」

舞子が膨れた。


「じゃあ、リストアップした人には試験案内を出して、避難してきた子には県の広報を使って試験案内をしてみますか。」

「それいいですね。合格者は10人くらいでいいかな。毎年、そのくらいの人数を受け入れるなら、上手くいくかな。勿論、涼君は希望しだい入学は許可するよ」


涼は、なるべく舞子と目を合わさないようにした。


「桔梗学園って、やっぱりエリート養成学校なんですか」

長尾財務大臣が食い付いてきた。梅桃は同級生と話すような気安さで答えた。

「『やっぱり』って、外部ではそう言うイメージなんですね。各分校で必要な人材を集めているだけです。まあ、本校のKKGには本当に突き抜けた人が多いですけれど」


涼と舞子が天井を見上げて、頷いている。


鞠斗がデザートの葡萄(ぶどう)、デラウエアを持ち込んできたが、長尾の発言を否定する。

「外から来た人は選ばれてきていますが、中で生まれた子供の才能は、教育の影響が大きいですよ」

「どんな教育をしているの?」

加須官房長官は、親の立場で食い付いた。


「小学校低学年では読み書き計算、コンピュータ言語を一通り教えたら、後は自分で読書したり、先輩が作った勉強解説映像見たり、行事や学校の運営しながら総合力を鍛えます。また、知識が足りないところを各自教え合うし、研究員に教えを請いに行く子もいるし・・・。まあ、教師がいないので、お互いに教え合うことが他と違うかも知れませんね」


「教師がいないの?教育計画も?」

「真子学園長、そうですよね」

「そうだね。教科書は図書館に置いてあるので、読みたい子は読むけれど、小学生で分野によっては大学生くらいの知識じゃないと我慢できない子もいるからね」


涼が割って入った。

「外から入った人間も苦労していますよ。1ヶ月で数学Ⅲの教科書を理解しろとか、英語の日常会話をマスターしろとか、その上、自動車免許を教習所に行かず取ってこいとか」


舞子が茶々を入れる。

「熊や猪撃ちをマスターしろとか・・・あはは」

「待てよ、全学年の月間行動計画を立てていたのは、内部生最高学年だからな。こっちも仕事が大変なんだよ」

鞠斗も譲らなかった。

しかし、梅桃がそれを混ぜっ返した。

「うちらは月間行動計画はすべてAIに計画させているよ」



突然、涼が大声を出した。

「あっ、俺恐ろしいことに気づいた。津波で山に逃げたら、熊や猪も逃げるってことだろう?やばくないか?」

梅桃が涼しい顔で答えた。

「保存食として利用すればいいじゃない。そのままにしておくと、人間と食糧の奪い合いになるよ。冬までここにいて、熊撃ちの手伝いしてよ」

また、舞子が膨れた。


「舞子もライフルと自動車運転をマスターするんだろう?」

「ドローンの操縦も身につけるわよ」

「まあまあ、夫婦げんかは『熊』も食べないですよ。2ヶ月もここにいるんですから、いっぱいマスターして、いっぱい弟子に教えていってください」


若者の掛け合いを見ながら、加須官房長官は真子に聞いた。

「ここの子達はいつもこんな調子なんですか?」

「そうですね。わーわー言いながら、問題点と対策を考えていきます。最後に私に形式的に許可を貰いに来ますが、よっぽどのことがないと私の方で却下はしません。彼らに言わせると私の口癖は『いいんじゃない?やってみれば?』だそうですよ」


真子は少しあくびをした。

鞠斗がすっと動いた。

「布団は敷いてありますよ」


梅桃も来客の対応をした。

「加須様と長尾様は、シャワーと温泉どちらが良いでしょうか?温泉が良ければご案内をします」


「梅桃、うちら夫婦はどこで休んだらいい?」

舞子が聞いた。

「2階の好きな部屋で休んで、君たちが選ばなかった方を鞠斗に使わせるから」


梅桃に連れられて、寒燈庵を出た日本の要職を担う2人は、坂道を降りながらしみじみと話し合った。

「会合の後の飲み会がないっていいな」

「ああ、気を使わなくていいな。いつもは、酔っ払いのセクハラ、パワハラじじいの世話ばかりだからな。ストレスで太っちゃうよ」


梅桃が笑いながら、話題に入ってきた。

「桔梗学園と九十九カンパニーはすべて、禁煙禁酒なんですよ。そして施設の移動距離が長いんで毎日かなりの距離を歩きます。その上、食堂ではこのバンドで個人の健康データを管理しているので、必要カロリー分しか食べられないんです。だから、たまに外泊すると、チートデイになっちゃうんですよね」


加須官房長官は、1年後引退したら、ここで働かせて貰えないかとほのかな夢を持った。


長尾財務大臣は「桃源郷」があるとしたら、こんなところなんだろうな。でも、多分、2度と来られないんだろうと考えていた。

次回は、忘れてはいけない。ドローン世界大会です。琉君の大会デビューです。

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