表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
116/250

姉妹都市計画1

真子が、着々と根回しをしていきます。政治的話し合いは、読みにくいところが多いですが、今後の布石になる話も出てきます。少し、お付き合いを願えれば幸いです。

 「初めまして、私、五十嵐真子(いからしまさこ)と申します。本日は花口(はなぐち)県知事様並びに上原(うえはら)市長様から、お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます。本日は今月22日、全日本女子柔道選手権を連覇しました東城寺舞子と一緒にご挨拶に伺いました」


今話題の東城寺舞子の表敬訪問と言うことで、花口知事は、満面の笑みを浮かべて、二人に席を勧めた。


「いえ、お子さんを出産しながら2連覇を達成された東城寺さんとお会い出来るなどという光栄に預かれるとは、本当に嬉しい限りです。また、所属の九十九(つくも)カンパニーと桔梗学園の噂は常々伺っております。1度お話ししたいと思っていたのですが、なかなかお会いできる機会はないので、今日は楽しみにしておりました」


島根分校に旅立つ準備が忙しい最中、4月29日日曜日の朝9時に、真子学園長と舞子は、新潟県庁で県知事と面会していた。型どおりの挨拶と名刺交換の後、舞子との写真撮影が行われた。そのカメラマンが退出した後、和やかな雰囲気が一転する。


今日の真子はいつもの若草色のゆったりしたワンピースではなかった。淡い桔梗色の絹のブラウスの上に、濃紺のパンツジャケットを身につけている。胸には、漆黒の向日葵(ひまわり)のブローチをつけている。髪もきちっと一本にまとめ、ブローチと同じジェットで出来た髪飾りをつけている。この会談の出来不出来が、これからの一連の作戦に影響するというので、珍しく勝負服でやってきたのだ。


「では、お時間もありませんので、九十九カンパニーから新潟地震当日の避難計画についてご提案させていただきます」


花口知事と上原市長は単なる表敬訪問だと高をくくっていたので、突然の話の展開にあたふたした。


「まずは、私どもの計画に賛同いただいている加須(かぞ)官房長官様と長尾財務大臣様から、ビデオメッセージがありますのでご覧ください」


舞子が2人の目の前に、iPadを開いて、4月26日に撮影したビデオを流した。


「花口新潟県知事様、上原新潟市長様、本日は日本国を代表して、これから日本を襲う一連の災害に対して、最も重要な役割を果たされるお二人に感謝を申し上げます。

6月2日11時、新潟市を襲う大震災とそれに伴う大津波で、新潟市内は壊滅的な被害を受けますが、お二人の英断があれば、一人の犠牲者を出すこともなく、乗り切れるでしょう。その行動力に、西日本と首都圏に住む国民、いいえ日本中の国民が感謝いたします。

どうか、本日伺いました九十九カンパニー代表の意見を取り入れ、ご決断なさることを切にお願いいたします」


「これは?一体どういう」

上原市長は頭が混乱して、二の句が継げなかった。花口知事はもう少し冷静で、ビデオの内容を要約することが出来たようだ。

「つまり、6月2日11時に新潟市を大震災と津波が襲う。

しかし、九十九カンパニーの案を取り入れれば、犠牲者は出ない。

そして、その方策が上手くいったら、南海トラフ大地震と首都直下地震にも応用できて、犠牲者を減らすことが出来る・・・と官房長官と財務大臣が言っているようだが、合っていますか」

真子と舞子が、アルカイックスマイルを浮かべ、頷いた。


「このビデオや私どもの案を受け入れてくだされば、日本中の人に勇気を与え、

受け入れなければ、日本中の人に『ああは、なりたくない』と焦燥を与えるだけです。

もし、これ以上話を聞いてくださる気がなければ、この場で私どもをお帰しいただいても良いのですが」


花口知事は大きく息を吸い込んで答えた。

「あなた達の案をひとまず伺ってから、お返事をしても宜しいでしょうか」

「勿論です。聡明なお二人ならば、そうお答えになると思っていました」

そういうと、舞子が知事室の白い壁面に、大きな新潟市周辺地図を写しだした。


「6月2日の地震は震度7.6。能登半島地震と同程度の震度ですが、今回の津波は最大10mまで達することが想定されます。信濃川、関屋分水(せきやぶんすい)(さかのぼ)ってくる海水は新潟市の奥深くまで到達し、海岸に面する5つの区、それに元々湿地帯だった江南区のほとんどが4m近く水の下に沈みます。越後線、白新(はくしん)線、信越線と県内の主要鉄道も数ヶ月は使用不可能となります。警察、消防、新潟空港、自衛隊基地、県庁、市役所、水道、都市ガスなどすべての公的機能は、地震により破壊され、水没して、麻痺をします」


「それが本当だとしたら、復旧復興にどれだけ費用と年月がかかるんだ」

「花口知事、自衛隊と周辺市町村や他県から救助が来るまで持ちこたえれば・・・」

真子がにっこり笑った。

「自衛隊は最初の1週間しか、新潟の救助には来ません」


「なんだって?」

知事と市長は口を揃えた。


「そのために、このビデオを用意したのです。このビデオは『新潟市は新潟で守ってください』と言うメッセージですよ。そんな泣きそうな顔をなさらないで。

官房長官達がこのように無情なことを言うのは。6月11日に東南海(とうなんかい)トラフ大地震が、13日に西南海(せいなんかい)トラフ大地震が起こり、日本中からそちらに救助に向かうからです」


「では、新潟はどうすればいいんだ。九十九カンパニーの案を教えていただけませんか」


もう二人は、あまりのショックに、6月2日に新潟地震が来るという情報の信憑性(しんぴょうせい)を判断したり、情報リソースを確認したりすることを忘れてしまっていた。


「まず、各区ごとに、6月1日までに周辺の市に避難することです。周辺の市は人口減に悩んでいますので、新潟市から多くの人が来ることは大歓迎ですよ。名付けて『姉妹都市計画』」


「どこの区がどこに避難したらいいんだ」

「ご心配なく、AIで分析して、移動する先は決めてあります」


「移動した先の住宅はどうするんだ」

「廃校になった学校や学級減になった学校の空き教室を一時的に利用します。

耐震工事とエレベーターの設置は、避難先の市町村で1ヶ月以内に行って貰います。

勿論不足分はコンテナを運び込む手筈(てはず)になっています」


「移転した人の仕事先は・・・」


花口県知事はあることに気がついた。


「そうか、最近、新潟市の周辺市町村に大規模工場が出来ているのは・・・」

「そうです。新潟市と地元の方を重点的に雇用することになっています。そしてどの工場も、これから被災地域で必要な物ばかり製造することになっています。

コンテナ住宅、太陽光パネル、半導体工場、ドローン製造工場、発電機能付きトイレ・・・」


「では、ご理解いただけたところで、この情報を新潟県の方から、関連市区町村に流していただきます」


壁に映し出された楽しげなチラシにはこう書いてあった。


「新潟県広域交流会 6月1日~2日

新潟市周辺の観光地は1日限りすべて無料。家族で楽しくすごそう。

宿泊も無料。


当日は新潟市のすべての学校は休校、すべての事業所の営業を停止します。

※ 上記2日間は、新潟市内の通信業務や水道、電気を停止して、総点検を行います」


次のチラシにはこう書いてあった。

「新潟市内の医療機関と介護施設は、一斉に避難訓練を行います。指定の医療機関・介護施設に、患者様、利用者様と医療、介護スタッフは避難する訓練を行います」


「医療機関は無理だ」

「避難が終わった新潟市内の医療機関は、医療器具保全のためにバリアを掛けます。水が引いた後、高額医療機器は搬出できます」

真子は涼しい顔をして言った。


最後のチラシにはこう書いてあった。

「警察車両、消防車両、バス等は、6月1日~2日、すべて長岡市○○に移動すること」


「これはつまり、県庁の機能を長岡市に移動しろと言うことか?」

「そうですね。これを機にDX化した、最先端の県庁にしませんか?まずは、このスタンプを各町内会に配布して、すべての住民の手の甲に押させてください」


にっこり笑った舞子が、県知事の手を取って、優しくスタンプを押した。


「何だね、これは。ネズミーランドで、一端外出する時に押すスタンプに似ているな」

市長もつい舞子に手を差し出し、スタンプを押して貰う。

「デジタルタトゥーです」


タトゥーという言葉に市長は、手の甲をゴシゴシこすり始めた。

「いくらこすっても取れません。これにはGPS機能が取り付けてあるので、災害時にこれをたどれば発見して貰えます。移動先の市町村で人員把握にも使えます。

ただし、旅行者、外国人にも押さないとなりません。

自衛隊は1週間、いえGPS信号がなくなった時点で人命救助を終了して、撤収していきます。

そうそう、九十九カンパニーが製作した、こちらのソフトを使っていただければ、市民、県民の把握が容易に出来ます」


「あー。もうお約束の2時間が過ぎましたね。この情報は、図書館や美術館などにも流していただいて結構です。ただし、知らせる人には必ず、このスタンプを押してください。

この情報を元に、株を売るようなインサイダー取引をすると、すぐこちらで把握できるようになっています」


「もし、株を売ったりすれば?」

「九十九カンパニーは今後、あなた達の協力を一切しません。協力がなければどうなるか、西日本知事会の皆さんの『お勉強』の役に立つでしょう」


そう言って、真子は各町内会名が書いてあるスタンプの箱と、1枚のDVDを置いていった。これからの避難計画が事細かに記した計画書がその中に入っていた。


 花口は高校時代野球部で外野だったが、「ファインプレーをするヤツは下手だ」と毎日監督から言われていた。ボールの落下地点を正確に読み取れば、ごく普通にボールを取れる。しかし、読み取れない選手は、ギリギリでボールを取るからファインプレーになるのだ。

地震の日付まで教えて貰って、『間に合わなかった』なんて、花口の矜持(プライド)が許さなかった。


6月2日に楽しく家族で遊んでいるうちに帰れなくなる。まるで「浦島太郎」のようだと思った。

その日から知事室には、6月2日までの「浦島計画」発動までのカウントダウンカレンダーが飾られた。

次回は、忘れてはいけない6月のビッグイベント、ドローン世界大会の話です。涼達の実業団団体戦は、残念ながら出来そうにありませんが。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ