日本の生き残りをかけて
100羽を越える話を書くって、大変ですね。新潟を前半ではNと書いていましたが、このあたりから「新潟」にしてしまいました。いつか、前編しっかり見直して、書き直したいと思います。今は、湧き上がってくる話を書き留めるのに必死です。
柊と琉が画策した結婚式が終わった翌日、真子が薫風庵に舞子を呼んだ。
「夕べは楽しかったかい?」
「はい、お陰様で、真子学園長はこちらで家族団欒をなさっていたとか」
「そうね。でも結婚式の映像を見て、みんなで盛り上がっていたのよ」
「あの結婚式の最後にみんなで一緒に写真撮ったんです。晴崇は恥ずかしいって言ったんだけれど」
そう言うと、額装した写真を恥ずかしそうに渡した。
「そうだね、ここで初めて挙げた結婚式だもんね。記念になるね」
写真には3組の赤ちゃんを抱いた花嫁花婿と、仕掛け人の琉と柊。その家族やオユンとマリア。何故か、当たったドレスを抱えた鮎里に腕を捕まれた鞠斗。京と一雄も混じっていた。
真子は口元にうっすら笑みを浮かべて、写真をしばらく眺めていた。
「ありがとう。宝物にするわ」
「ところで、結婚式の翌日で申し訳ないんだけれど、仕事の話をしていい?」
「はい」
「私はこれから、2ヶ月ほど、島根分校に出張するんだけれど、舞子に付いてきて欲しいの」
「あの・・・」
「わかっているわ。涼の実業団の試合があるんでしょ?でもね、残念ながら、その大会は開催されないと思うの」
「それは、南海トラフ地震が起こるからですか?」
「涼に聞いたのね」
「はい」
「涼に言っていないこともあるの」
「なんでしょう?」
「その前に、新潟で大きな地震が起こって、桔梗村も大きな被害に遭うの」
「え?それはいつですか」
「6月に入ったらすぐ」
舞子はしばらく口がきけなかった。
「で、出張には涼も来て貰ったほうがいい?それとも、最後まで涼に短大生活を送って欲しい?」
「多分、涼はその話をしたら、私と一緒に島根に来ると思います。そうしたら、冬月も連れて行っていいですか?」
「いいわよ。向こうにだって、子育てできる環境があるし、桔梗学園の分校も本校も災害の影響がないように作られているから、冬月も安全よ」
「ところで、真子学園長は桔梗学園が地震の被害に遭うのに、何故島根分校に行くのですか」
「南海トラフ地震が起こる前に、被害地域の人を九州と日本海側に避難させたいの」
「え?そんなこと出来るのですか?」
「普通は出来ないわよね。でも、直前に新潟の地震を見ていたら、『避難訓練』も真剣にするんじゃない?」
「それって、『避難訓練』の名で、実際に避難させるんですか」
「そう、非難しているうちに、地震が起こればどっちみち帰れないわ」
「私達は島根分校で何をすればいいんですか?」
「島根分校の近くに『南海トラフ地震復興庁』が出来るんだけれど、そのアドバイザーをして欲しいの」
「真子学園長は、そこを立ち上げたら次は・・・」
「頭がいいわね。そう次は『首都直下地震復興庁』を立ち上げるの」
「そちらは『避難訓練』なんてもうさせませんよね」
「そうね。官公庁を北日本に移動させるし、大企業も北海道に移動させないといけないし、なかなか骨が折れるね」
「そっちには誰を行かせるんですか?あー。だから神奈川支社の人を秋田に送り込んだんですね」
急に舞子はもじもじし始めた。
「あの、私の兄悠太郎は神奈川にいるし、柊も東京に帰るんですが・・・」
「お兄さんには帰る時、桔梗バンドを渡したわ。だから地震に遭っても、津波に遭っても命は大丈夫よ。それにお兄さんには少し仕事をしてもらいたいの。柊も母親の椿と一緒にやらなければならない仕事があるから。小さい妹の梢だけは、直前に桔梗学園に戻って来られるように手配してあるわ」
舞子は涼から富士山噴火の話も聞いていたが、それについては質問しなかった。まずは南海トラフの地震対策で頭がいっぱいで、その話を涼と相談しに帰らなければならなかったから。
舞子の期待通り、涼はその翌日には短大に休学届を出し、2日後には真子と一緒に出かける準備が完成した。
これは、真子と舞子の話合いが行われる前の話。
「絶対駄目だ。直接、真子学園長と話し合わなければならない」
官房長官加須恵子は、財務大臣長尾菱子の自宅で頭を抱えていた。これに防衛大臣牛島藤美を加えた3人は、初当選の時からしのぎを削ってきたライバルではあるが、初の女性首相を狙う良き仲間でもあった。
「恵子、本当に信じているの?怪しい宗教じゃないの?ちょっと前にあったじゃない顕現教って、焼山の噴火を止めるって変な儀式をしていた宗教」
「よく考えてね。菱子、南海トラフ地震は必ず起こるんだよ。それに対する対策を我々は取っている?このままじゃ、必ず日本は破滅に向かうんだよ」
「でも、桔梗学園は生き残れる準備しているんでしょ?バリアの技術で日本全国覆えばいいんじゃない?」
「そんな電力どこにあるの?」
「原子力?ああ、駄目か、バリアは原子力を吸収しちゃうんだっけ」
「菱子、信じる者は救われるのよ。せめて日付でも聞き出せれば、信憑性があるじゃない。そして、その前に、その地域の人の避難を完了させれば、少なくとも死者は減るでしょ」
「あんた、王様向きだわ。我が民を救うのに命を投げ出す賢帝に成れるよ」
「もういい!じゃあ、私が災害の日を当てたら、次の総理大臣は私ということで応援しなさいよ。総理大臣になったら、首都直下地震の対策を、無理矢理でも遂行するから」
「あんたみたいにいつも冷静な人間が、今回はどうしてこんなに熱くなっているの?」
「『日本滅亡』を前に、少なくとも、政治の中枢にいるのに、何もせず多くの人が目の前で死んでいくのを『想定外』でしたって、泣く振りするほど非情じゃないってこと」
「わかったよ、あんたの気持ちは。じゃあ、2人で真子軍師様のところへ『三顧の礼』を尽くしに行こう」
そんなわけで、その翌日、桔梗学園の門前で、秘書もボディーガードも連れず、ぼーっと立っている官房長官と財務大臣を鞠斗が見つけたと言うわけだ。
「もしかして、加須恵子官房長官ですか?」
鞠斗は、昨日会った官房長官が桔梗学園に来ているので、目を疑った。
「あー。君は昨日、珊瑚美規さんと一緒に来た不二鞠斗君ですね。良かった。あなたに会えて、こちら長尾菱子財務大臣です」
長尾は、そつなく名刺を差し出した。
「すいません。隣の農園から苺を持ってきたので、手が汚れていて・・・」
そう言いながらも、鞠斗は猿袴で手をゴシゴシ拭って名刺を丁寧に受け取った。
「今日は何かあるのですか?駅にも人がたくさんいたようですが」
「ああ、明日、東城寺舞子の優勝祝賀会があるので、招待客が来ているんです」
「困りましたね。真子学園長に直接お話しできる時間はありますか?」
「学園長に聞きますね」
鞠斗は桔梗バンドで、真子と連絡を取って、許可を貰った。
「学園長と珊瑚元村長と、美規が一緒にいるそうです。ご案内します。他にお連れの方はいないのでしょうか?」
「あー。『三顧の礼』を尽くすのに、ぞろぞろ連れてくるのは失礼かと」
「不用心ですね。まあ、学園長はあなた達がすぐ来ると思っていたみたいで、待っていますよ。3回も来なくて良さそうですね。
おい、晴崇、客人の応対するんで、苺を食堂に持って行ってくれないか」
木の上から降りてきた晴崇は、今日はいつものように前髪を下ろして、ダボッとしたTシャツを着ていた。
「昨日はどうも」
挨拶されても、官房長官は気がつかなかった。
鞠斗が笑いながら、
「昨日、俺と一緒にいた杜晴崇ですよ」
財務大臣が小さな声で
「大学生みたい・・」
「そうですね。俺たちは19歳ですから、そのくらいの感じではないでしょうか?」
官房長官と財務大臣は顔を見合わせた。
「少し歩きますが大丈夫ですか?」
普段、車の生活の2人は、薫風庵までの長い坂に息が切れそうだったが、『三顧の礼』のつもりで来ているので、やせ我慢をした。
真子はいつもの若草色のワンピースを着て、縁側でくつろいでいた。美子と美規は食卓で、遅い朝ご飯を食べていた。
「いらっしゃい。随分早く来ましたね。鞠斗にちょうど会えたのですね」
「初めまして、私、加須恵子と申します。昨日は珊瑚美規さんに上京してお話を聞いていただいたのに、連日で申し訳ありません」
「初めまして、私、財務大臣を仰せつかっております長尾菱子と申します。友人の加須に付いてきてしまいました。是非、桔梗学園と九十九カンパニーの今後のご計画について、お話を伺えれば、幸いだと思います」
2人の出した名刺を受け取って、真子は籐椅子から立ち上がり、いつもの大きな机まで2人を誘った。
「時間がないので、話を始めましょう。鞠斗、コーヒーを持ってきて」
鞠斗は、自分もこの話を聞くメンバーなのだと自覚した。
「まず、お2人は災害がいつ起こり、それに対してうちがどう動くか聞きたいのですよね」
「はい。まさしくその通りです」
「その前に私の目的は、災害に対して『自分の家族ならびに桔梗学園と九十九カンパニーのメンバーが生き残ること』。それだけです。日本を救いたいなどと、少年漫画のヒーローみたいな絵空事を言ったりはしません。ただ、自分の身内だけで生き残ると、多少不都合が起こるので、災害に対して被害者が減る手伝いはしたいと思います」
「不都合とは?」
「日本の弱体化に伴う海外からの侵略です。ですから、日本が重なる災害に対して、弱体化するどころか、失われた40年をも覆すような復興をすれば、世界にも稀に見る美しい国土を守ることが出来るのではないでしょうか」
「災害が重なれば、人命救助や被災地復興で手一杯になりますが」
「災害に襲われると想定される場所から、事前に人やインフラを移動して、今まで通りの生活をすればいいのではないですか?」
「人々から故郷を奪うのですか」
加須官房長官は、息を荒くして問いただした。
「人類は太古から、住めないところを捨てて移動してきたのですよね。加須さんは生まれたのはどこですか?」
「あー、私は埼玉です。いま住んでいるのは東京ですが」
「そうですよね。人は移動しながら生きているのです。
『故郷・故郷』ってマスコミが洗脳しているだけです。
マスコミをコントロールして、『天災が来たら住みやすい新天地に移動しよう』と繰り返し流せばいいのです。
あなた達がいつもやっていることではありませんか。
年金が少なくなれば、猫も杓子も「NISA」に「iDeCo」と流しているのは政府の息がかかったマスコミですよね。
重要な法案から目を反らしたい時は、下らない芸能人の不倫などを全局足並みを揃えて流すのも常套手段ですよね。同じことをすればいいのです」
長尾財務大臣が肩をすくめた。
加須官房長官は、出鼻をくじかれたが、そんなことでめげるようなタマではなかった。
「では、南海トラフ地震の被災想定地域からどこへ移動するのですか?」
「勿論、被害のないところです。最初に東南海が割れますが、山梨、静岡は長野、名古屋のある愛知は富山、三重と和歌山は岐阜、奈良は滋賀、京都は福井に動けばいいのです。大阪の企業は福岡に移転して、住民は福井に移動する。
2日後には西南海が割れますが、淡路島と徳島は鳥取、高知は島根、香川は対岸の岡山、愛媛は広島。宮崎は熊本、大分は佐賀に移動すればいいのです。
どこの市町村がどこに動けばいいのかは、もうAIでマッチングしたデータがあります」
「無理だ。市町村や県の間の調整に時間がかかる」
長尾財務大臣が頭を抱える。
「勿論、正直に話して上手くいくわけはありませんが、直前に、新潟で大地震が起こります。
その被害を見せて、国家を挙げて『避難訓練』を行うのです。
上手くすれば新潟も『姉妹都市計画』を実施するので、そのやり方を真似てください。
最後に、避難訓練の時は、『あなたの最も大切なものをスーツケース1個分持ち出してください』と指示するのを忘れないでください。自宅に大切なものを取りに戻るのが一番困ります」
「大切なものですか」
「長尾さんは大切なものは何ですか?」
「スマホですかね。大切な写真がいっぱい入っています」
「写真はクラウドから落とせばいいじゃないですか」
「そうですね。『命をかけて、取りに戻らなければならないもの』って私にはないかも知れません」
「でしょ?棺桶に入れたって、あの世には何も持って行けませんよ。でもね、普通の人は、位牌とか子供の写真とか、土地の権利書とか取りに戻っちゃうんですよね。また、みんなが避難すると空き巣も横行しますので・・・」
真子は遠くを見て、しみじみと言った。
「ところで、新潟に地震が来るなら、隣の桔梗学園村も大変じゃないですか」
「まあ、こっちの準備は終わっていますのでご心配なく。桔梗村は村長が何を準備しているかはわかりませんが」
珊瑚元村長がにっこり笑いながら、答えた。
「しかし、『大規模避難訓練』なんて、石頭首相が納得するわけはありませんよんね」
「あなた達は、彼と心中したいですか?彼は首都直下地震が起こったら、真っ先に国外逃亡する人間ですよ。彼は昨年オーストラリアに避難用の別荘を購入しましたから」
「そう言うヤツだと思ったよ」
「私達は、マッチングのために、数日後には島根分校に飛びます。各県の県知事と最後の話をしてきます。大阪の企業の福岡移転は1年前から着実に進んでいます」
「移転した後の土地は?」
「一気に災害廃棄物を処理して、塩害処理をします」
「人命捜索は?」
「みんな他県に動いたという前提です。それもマスコミの力を使います」
真子の細めた目を見て、加須官房長官は背筋が寒くなった。
「翌年から被災地に住宅建設を初めて、3年後には元の住まいに戻りたい人には元に戻って貰います」
「そんなことで国民は納得するだろうか」
「大丈夫です。そんな些末なことで悩んでいる暇はありません。その2ヶ月後には首都直下地震が起きますから」
「嘘。そんなに早く」
「そう、西日本が上手く避難できれば、首都圏の人たちの移転もスムーズに行くでしょう。残っていたら埋め立てられるのですから、東京、千葉、埼玉、神奈川の人たちは、こぞって移転するでしょう。
出来れば、青森、秋田、山形に移動して貰えば有り難いですが、栃木や群馬に多くの人は流れるでしょう。そこで、首都機能を秋田に移していただければ有り難いです」
「でも、日本海側には高速道路も新幹線も、太平洋側のようにはないですよね」
「だから、車の移動に変わってドローンの移動を前面に押し出します。
我が研究所で作ったドローンはすべてお互いの位置を把握できるようになっているので、衝突はしない。
自動車会社大手のT社に水素で動くドローンの開発、大量生産をしてもらいました。
日本海側には、20km置きに水素ステーションを整備してあるので、水素欠にはなりません」
「ドローンの操作ができる人がいないのでは?」
「小型ドローンであれば、タッチパネルで大丈夫。うちの小学生でも運転できる。目的地のボタンを押せば、そこに自動運転で連れて行ってくれます」
「免許は?」
美規が我慢できずに、口を挟む。
「真子伯母さん、この人たち頭が悪すぎて、話にならない。6月に大地震が起きて、日本に大きな被害が起きるのに、国会で話し合いをしようとしている。国会議事堂は首都直下地震で破壊されるのに・・・」
「すいません。財務大臣の言葉が過ぎたようです。お話を続けてください」
「そうね。国会議員だけでなく公務員も不足するので、マイナンバーなどと言わず、将来的には、人体にマイクロチップを入れて管理していただきたい」
「スウェーデンやドイツのように?」
「そうです。公務員を減らしましょう。これだけ国民を動かすと、管理が難しいです。
避難所に入るにもマイクロチップで管理すれば簡単です。
ただ、マイナンバーでもあれだけ時間を掛けたのに全国民に普及していません。
そこで、最初は我が研究所が開発したデジタルタトゥーを手の甲にスタン部で押します。
この桔梗バンドのように、個人情報を吸い取ることが出来ます」
これも国民を騙して行うようだ。しかし、タトゥーのないものには、何のサービスも行き渡らないのであれば、否が応でも普及するだろう。財務大臣は、その責任は九十九カンパニーに押しつけようと考えている。
真子は、長尾をちらっと見て、微笑んだ。
「私に責任を押しつけて、手柄を取れば、あなたは女性初の総理大臣になれますよ」
「いや、この緊急事態にそんなこと考えていませんよ。ところで、最後に富士山が噴火するって話を伺ったのですが」
財務大臣は、長年政界で生き残っていただけあって、顔色一つ変えず、次の話題に移った。
「噴火の最初の影響は、神奈川や山梨、静岡に出ますが、問題はその噴煙が世界中に巡って、気候や大気に影響を及ぼすと言うことですね」
「あー。灰が降った後に雨が降ると固まりますね」
「長尾財務大臣の地元は鹿児島でしたね。雨も困りますが、電波障害や気温低下ももたらすので、最初に静岡、山梨、神奈川の3県には移動して貰いましょう」
「最初の被害は風向き次第と言うことですね」
「まあ、噴火の後は南関東では食糧生産が難しいですね。灰の重さでハウスは潰れますし」
「食料は輸入で?」
「まさか、地産地消を推し進めましょう。日本人は今までが食べ過ぎですから。
そう、外国からの食料品の輸入を辞めましょう」
「それではこちらからの輸出も出来ない」
「当分、日本には輸出入できる国力はないでしょう。
生き残るために、国内の産物を国内で消費すればいいです。
水素ドローンは日本で上手く運用するを見れば、他国でも導入の話が出て、輸出産品になりますが、その前に、重機などもすべて水素で動くようにしないといけないでしょう」
「あのぅ。灰が降っている中、ドローンは飛べるのですか?」
「雲の上を飛べるドローンの開発はほぼ完成しています。後は、地面が灰で固まっても、地上すれすれを飛べるドローンは、既に増産体制に入っています」
「海外からの災害支援もたくさん来ますが」
「建物が壊れるだけですから、海外からの医療スタッフはいりませんし、人命救助もなければ、支給被災地に入る必要はありません。自衛隊や軍の出番をなくしましょう」
「何のための自衛隊ですか?」
「他国の侵略に備えるためでしょ?自衛隊が疲弊している時こそ他国が侵略してくるチャンスなのです。外国の軍や救助隊が、ただで入ってくるわけがないでしょう?日本の被害状況を確認して隙あらば攻めるためですよ」
「つまり、あなたが国に手を貸すのは、外国に日本が侵略させる隙を作らないため。
そのために、自衛隊や警察を疲弊させないことや、食糧危機が起きて他国を頼らなくてはならない状況を起こさせないことが、目的なんですね」
「そうです。昭和生まれの私達姉妹が、シベリアに抑留されるなんて経験はもうしたくありません」
「それは、ロシアが北海道に侵攻してくると言うことですか・・・」
「最後に、加須恵子官房長官、私達姉妹がこのような話をするのは、私達が1回すべての災害を経験して、死後、もう一度災害のない日本に生まれ変わったからです。この小説のような話を信じるかどうかは、あなた達次第です。
しかし、この記憶が戻った時、美子と私は2度とあのような死に方をしたくないと考えましたし、家族をあのように亡くしたくないと思いました。
同じ世界を生きていると確信したのは、前世の記録が五十嵐義塾の地下の古い倉庫から発見された時です」
「差し支えなかったら、どんな記録が残っていたのか教えていただけますか?」
鞠斗も美規もその話は初耳だったので、身を乗り出して聞いた。
「これです」
真子が、部屋の本棚に立てかけてあった古いファイルを持ってきた。背表紙に「なゐふる」と書いてある。「なゐふる」とは地震の古語である。
「拝見して良いですか」
ファイルの中には、日本地震学会の広報誌が綴られていた。年に4回発行されているようで、薄い冊子の1ページ目には「主な地震活動」という項目があり、日本の震度4以上を観測した地震がすべて掲載されていた。
「そしてこれと比較してください」
真子が持ってきたのは「なゐふる 新」という新しいファイルだった。
「まさか」
加須官房長官と長尾財務大臣は、それぞれ1冊を抱えて、同じ番号の1ページ目を比較した。
「全く同じですね」
「そう、前世と今世、少なくとも地震活動は全く同じことが分かります」
加須官房長官がおそるおそる古い「なゐふる」の6月に該当する場所を開いた。
「やっぱり、6月2日11時 新潟地震がありますね。東南海地震も西南海地震も・・・」
そして、首都直下地震の日付を捜した。それはなかった。顔を上げると、真子が静かに頷いた。
「その冊子は、さいたま市大宮区で印刷されているので・・・」
「被災して発行できなかったのですね」
「でも、当時の新潟日報の号外があります。新潟日報は当時、長岡支社で印刷を再開していました」
「加須さん、私達はその翌年の2月にシベリアで死んでいます。そこで『私達が死んだ後の日本』を知りません。
もしかしたら、北海道沖の千島海溝で地震が起きるかも知れませんし、小松左京の描く『日本沈没』のように日本が真二つになるかも知れません。ですから、それの対策は日時を区切って行うことは出来ません。
そこで、そうなった時には、残念ながら我々九十九カンパニーは日本を捨てて避難する先も作っています。
ただ、森林が国土の7割もある、水と自然豊かな日本という国土は、捨てるにはあまりに惜しいので、老骨に鞭打って働いているのです。
政治家のあなた達は、政治生命、いや命をかけて守りたいものはありませんか?」
美規は、話があまりに長いので、菓子を食べようと台所に向かった。
「鞠斗、なんで泣いているんだ?」
真子は、時計を確認してこう言った。
「あらー。随分時間が経ってしまいましたね。お忙しいでしょう?東京までお送りします。鞠斗、研究員で、ドローン運転できる人を呼んで、VIPを東京までお送りさせて」
「あの、もう少しお話を」
「私達の手の内をお話ししたので、もし賛同いただけるなら私達の計画に乗っていただければ有り難いです」
「では、あなた達が行う根回しに私達が援助します。私達の名前で、『西日本知事会』を開催しましょう。避難する県と受け入れる県の知事を一気に集め、話をするのです」
「総理を飛び越して?」
「防災対策という名で行います。多分総理は責任は負いたくないので、いいように言いくるめます」
「お手並み拝見ですね。では、その詳細は午後に話しましょう。
昼食が出来るまで、桔梗学園をご案内します。その後、昼食を取り密談の続きをしましょうか」
美規が台所から戻って、真子に釘を刺した。
「まず、この2人から新潟県知事へのメッセージビデオ撮って貰うんでしょ?」
「あー。そうそう、『西日本知事会』の前に、新潟で「姉妹都市計画1」のプレゼンテーションを行います。新潟が災害を上手く切り抜ければ、他の県も動くのではないかと思っています」
「いつ新潟県知事に会うのですか?」
「4月29日です。日曜ですが東城寺舞子の表敬訪問を匂わせて、面会の約束を取り付けました。そこであなた方2人のビデオを見せて、怪しい宗教団体ではないと信用して貰わなくてはいけません」
午前の最後の仕事として、2人はビデオ撮影を行った。
ビデオ撮影が終わった頃、校内案内用の小型ドローンが、薫風庵の庭に着いた。
操縦は飯酒盃医師だった。
長尾財務大臣は庭にドローンが着いただけで大興奮だった。小型ドローンは、桔梗学園の敷地上空や長距離移動に使えるように、足元も見られるように下部に一部強化プラスチックが使われている。
「お2人は高所恐怖症ですか?」
「大丈夫です。立ったまま乗れるんですね。『ナウシカ』の『メーヴェ』みたい」
「残念ながら、この機体は風に乗るというよりはトコトコ低速で飛ぶんで、『アヒル』に近いですね。うちの小学生の練習用のドローンですから」
「え?小学生からドローンの操縦を習うの?いいなぁ」
長尾財務大臣は、完全に子供になっている。
「今日は施設の中も見られるのですか?」
どちらかというとさほど高所が得意ではない加須官房長官は、椅子に座ってしっかりシートベルトを締め尋ねた。
「残念ですね。明日、舞子の祝賀会が計画されているので、敷地内は大童なんで上空から建物探訪すると言うことで勘弁ください」
「失礼ですが、あなたはドローンパイロットの方ですか?」
「失礼しました。私はここで獣医師をやっている飯酒盃です。秋口になると、ハンターに変わりますけれど、今年は地震の後、人間と野生生物との生存競争が始まりますので、多分大忙しでしょうね。
ほら、桔梗学園を津波から守っている藤ヶ山と、反対側の桔梗ヶ山はこの春も熊、猪、鹿、その上猿まで出ましたからね」
長尾財務大臣は、狩りの話にも興味津々だった。
「撃った熊なんかはどうするんですか?」
「農園の向こうに食肉加工場がありますね。あそこに運びます。まあ、たくさん取れた時は、さっきいた鞠斗なんかも、解体を手伝いますが・・・」
「いやー。あの子、鞠斗君て、言うの?イケメンな上にワイルドね」
「残念。鞠斗の彼女は、あそこの壁に張り付いているスパイダーウーマンですよ」
校舎の壁で、鮎里が日課のウオールクライミングをしていた。ドローンに気がつくと手を振ってくれた。そばでは、やっと中級者に上がった琳が、真っ赤な顔をして壁に挑戦している。
「もう一人子供が壁登りしていますよ」
「あの子は今年小学校4年になったかな?来た時はやんちゃだったけれど、打ち込めることが出来て落ち着いたね」
上空から見ると、桔梗学園のそこここで子供達が遊んでいる。木に登って読書している子もいる。犬とランニングしている子もいる。
「なんか、災害の後でこの風景がなくなるなんて残念ですね」
「無くなりませんよ。すべての桔梗学園は、どんな災害があっても日常を続けられるような準備が出来ていますから。『防衛』も備蓄も完璧です」
「防衛」という言葉に、国政に関わる二人は違和感を覚えた。
ドローンが校内見学に出かけた後、美規が真子に聞いた。
「いいの?あの人達を信用して」
「まあ、こちらも使える手駒が欲しいからね。思うように動かなかったら、切ればいい話よ」
来客の昼食を作りながら鞠斗は、真子という人間の考えていることが分からなくなった。それでも、真子の思い描く世界しか、自分たちが生き残る世界はないのだと思うと、余計なことを考えるのは辞めようと思うしかないのだ。
1話が長くなってしまいました。