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最後の家族団欒

楽しい会の間に、真子学園長は家族との最後の時を過ごします。

 「祝賀会」兼「結婚式」が開催されているその時間、真子学園長は薫風庵で、家族との時を過ごしていた。息子の(あきら)、娘の六車志野(むぐるましの)、妹の珊瑚美子(さんごよしこ)とその娘美規(みのり)の5人で夕飯の食卓を囲んでいて、話に花が咲いている。


「やだ、晴崇(はるたか)の赤面した顔なんて、初めて見た。この会は、あの名古屋に来た大神(おおかみ)君と狼谷(かみや)君が企画したのね。母さん、本当に晴崇の結婚式に出なくて良かったの?」


真子の娘、六車志野は薫風庵で夕飯を食べながら、結婚式のビデオを楽しんでいた。


「珠子叔母ちゃんは出たのね。珠子叔母ちゃんの隣にいるのが、オユンちゃん?へー、モンゴルからのお嫁さんか。私も出てみたかったな。結婚式」

「お前、明日は北海道に行くんだろ?」


兄の瑛はハイテンションな妹を持て余していた。


「そうなのよ。急にね、(さとる)の転勤が決まったの。それも結構長いって言うから、六車のお義父さんお義母さんも一緒に行くって話になって、引越し騒ぎで忙しくてね。久し振りにゆっくり夕飯食べられたわ。母さんありがとう」

「いいえ、出産の手伝いに行けなくて御免ね。私はやっと伊予(すずね)ちゃんに会えて嬉しいわ。真悟(しんご)は伊予ちゃんのことかわいがっている?」

「男の子はかわいがるといじめるが半々みたいな感じ。でも、パパが3ヶ月も産休取ってくれたから、そっちの方が嬉しかったみたい。今まで、パパの出張が多くて、休みの日もなかなかあそべなかったからねぇ。それに北海道の職場と社宅はすごく近いんだって、助かるわ」


「転勤は悟君の産休明けに決まったんだね。異動希望を聞いて貰えたのかな」

「そうなの、瑛兄さん。なんか、最近、企業の機能を分散させるところが増えてきていて、これもその一環みたい」

「5月の北海道か、いいなぁ」

「そうだね。異動が多い4月じゃなくて良かったな。蹴斗君もオーストラリア分校に行くんでしょ?母さん寂しくなるね」

「うーん。私も薫風庵に最近はいないんだ。色々用事があってね」

「母さん、最近無理していない?もういい年なんだから、身体に気をつけないと」


「うちの家族は、白萩地区の宿泊施設に泊めて貰っているから、この際、聞きたいこと聞いていい?」

「どうぞ」

瑛も同じことが聞きたかった。

「柊君達に、『話してくれ』って言った内容は、本当のことなんだよね」


 名古屋に泊まった柊と琉と涼に、志野は衝撃的な話をした。その話は真子に頼まれて、桔梗バンドを家族分作って貰うことを条件に話したのだ。志野は、その話の真贋(しんがん)も知らないし、何故この3人の少年に話さなければならないかも分からなかったが、兎に角(とにかく)、真子のいいなりに話したのだ。


「その前に、志野はどうして家族分の桔梗バンドが欲しかったの?」

「災害があった時、助けて貰えるんでしょ?本当の機能はよく分からないんだけれど、お兄ちゃんの家族も持っているし、(うち)だけ助からないと嫌だなって、今回は伊予の分もお願いしに来たんだ」

「俺も実は桔梗バンドは家族分貰ったけれど、機能についてはよく分からないんだ」


美規(みのり)ちゃんは知っているんだろう?」

真子は話をはぐらかすかも知れないので、嘘をつけない従姉妹の美規に質問の矛先を向けた。

「桔梗バンドは、身分証明、鍵、GPS機能、健康測定、財布機能の他に、災害や『危険』にあった時は、周囲に一定時間バリアを張る機能も備わっている。私が現在知っている機能はそこまでだが、バージョンアップされて、たまに新しい機能が加わっているという話を聞いたことがある」


「知らなかった」

瑛と志野はしみじみと桔梗バンドを見た。

「『危険』というのは、誰かが無理矢理、桔梗バンドを奪おうとする場合も含むので、一度つけたら、専門の機械じゃないと外れないよ」

珊瑚美子が付け加えた。


「やだ、そんな危険性があるなら、渡す時に教えてくれれば良かったのに」

「あの3人も桔梗バンドの機能については、完全に知っていないからね」


「そ・れ・で、今年、大きな災害が本当にあるの?南海トラフ大地震、首都直下地震、富士山噴火の順番で来るの?」

「私も兄ちゃんと同じこと聞きたかったんだ。叔母さんも、美規ちゃんも知っているんでしょ?」


真子はその質問には答えず、九十九農園から持ってきた越後姫を机に並べた。

「質問はもう一つある、九十九珠子(つくもたまこ)叔母ちゃんと一生(かずき)さんはどうしてここにいないの?」


「そうだね。どこから話して、どこまで話していいのか、悩む自分がいるから、これから先は美規に任すって決めたんだよな。美規なら今の質問にどう答える?」


 母親にした質問に、従兄弟の美規が答えることに、少しの嫌悪感と好奇心の混じった顔で、瑛と志野は、美規が話し出すのを待った。


「まず、九十九の叔母ちゃん達がいないのは、珠子叔母ちゃんが前世でどうして死んだかの記憶がないので、真子伯母ちゃんと母さんが、このプロジェクトに入れないと決めたから」

「母さんは、前世で九十九農園に食べ物を求めた人々が大挙してやってきて、珠子叔母ちゃんが殴り殺されたって言っていたよね」

「そうなのか?志野、俺はそこまでの話は聞いてないぞ」


「真子伯母ちゃんは、志野ちゃん達は全く安全な場所に行って欲しいからその話を伝えた」

「じゃあ、兄ちゃんには、話をしないで危険な場所に置くということ?」

「志野、興奮するなよ。まだ母さんはそう言ってないじゃないか。先入観はなくして話を聞こう」

志野は、興奮した気持ちを抑えるために、越後姫を1つ口に放り込んだ。


「志野ちゃんは感情的になるから、このプロジェクトに入れない。でも、安全に暮らして欲しいから、北海道に送った」

美規はAIのように、無表情に事実を告げた。

「私は感情て・・・」

立ち上がろうとする志野の手を瑛は押さえた。

「北海道に送ったって、悟さんの異動は、母さんが裏で手を回したの?」

「悟さんの会社を含め、都内にある大手企業には北海道の移転場所の案内が届くようにしている」


瑛は、自分の母親ながら、何か恐ろしいものを見ているような気がしてきた。


「美規ちゃん。俺が志野ほど情報が貰えなかったのは何故なの」

「すべて話すと、正義感から『命をかけても協力する』と言うだろうから、すべて話さない。ただし、一部の情報を正確に話をすることで、その仕事にだけは協力して欲しい」


「母さん。いや、美規ちゃん、その一部の情報を教えてくれないか」


「それは、南海トラフ地震の前に、能登半島沖地震の時動いていなかった佐渡沖のプレートが動いて、再度、新潟が巨大地震に見舞われる」

「その日は教えて貰えるか?」

「6月2日土曜日」


「ちょっと待て、その日は桔梗小学校の運動会と桔梗高校の運動会がある」

「そう時間は11:30、桔梗小学校に桔梗村の大部分の村民が集まっている日だ。あそこは白萩(しろはぎ)地区の裏手に広がる女郎花(おみなえし)地区の高台にある。少なくとも村民の命は助かる」

「もしかして、その日を小学校に勧めたの?」

「勿論、桔梗村村長に、小学校と高校の運動会を同日にしたら、両方の運動会に顔を出せるとそそのかした」

「どうやって?」

「村長の業務日誌に行動予定を書いておいた。清野村長は秘書もいないので、今はそれを便りに仕事をしているはずだ。梅雨前で、桔梗村の人口も減ったので村民総出の運動会をしたらいいとアドバイスしようとのメモ書きも入れてある。清野村長は多分そのまま、桔梗小学校にそう提案したはずだ」

「村長選挙に負ける前にもう仕込んであったの?」

珊瑚村長は肩をすくめて言った。

「桔梗学園村が独立すれば、桔梗村村長戦挙に勝てるわけないよ。今までの票のほとんどが、桔梗学園からだったからね」


「じゃあ、桔梗高校は?」

「あそこは毎年6月最初の土曜日にN市のジャイアントスワンを貸し切って、体育祭をやっている。去年、榎田涼は、両親が妹の体育祭を見に行くから見送りに来なかった」

「あそこは、地震があっても大丈夫なのか?」

「地震は大丈夫だが、津波には弱い。観客席は急だし、なによりドームとして建設しなかったので、避難場所になり得ない。北に信濃川と鳥屋野潟があるので、津波が来たら逃げようがない」

「じゃあ、どうするんだよ」

「1晩は我慢して貰おうと考えている。ジャイアントスワンの観客席最上階までは水は来ない。ただし、グランドはすべて水没するし、周辺も水没する。ただ、現在の桔梗高校は1学年4クラス程度の規模なので、応援の人が来ると言っても、1,000人程度だろう」


「珊瑚村長だったら、ドローンを出せるのに」

「清野村長が考えることだからね。多分、『高校は県立だから』とか言いそうだけれど」

美子はニヤニヤ笑っている。

「でも一本槍校長は、叔父さんだよね」


「私は血縁で依頼を受けたりはしない」

美規はのんびり食後の麦茶を飲んでいる。

「でも、母さんは・・・」

「真子伯母ちゃんは、次の災害のための根回しで、その時は桔梗村にはいない」

「代わりに美規ちゃんが、母さんの代わりをするの?」

「そう。『桔梗学園や九十九カンパニーの人たちが、10年間生き延びるのに最適な選択肢を選べ』と、真子伯母ちゃんから言われている」


瑛と志野は黙ってしまった。

真子が、どこで何をするのか分からないが、子供である自分たちがそれを妨げてはいけないということは分かった。

真子は前世で、夫の俊次の言葉に多くの妥協をしたために、最終的に家族を亡くしてしまった。折角、もう一回チャンスが与えられたので、「非情」と言われようと、「説明不足」と言われようと、過去の失敗の芽を一つずつ摘むことに、専心しようと考えているのだ。

それでも瑛は最後に聞かなければならなかった。

「ジャイアントスワンにいる桔梗高校の人を助ける方法はないの」


真子は試すような口調で、瑛に尋ねた。

「瑛、桔梗高校の人を助けるってどうしたいの?」

「彼らにも生きて欲しい。桔梗学園にいる子達の妹も弟も、親もいるんだよ」

「じゃあ、助けたい人をリストアップして、その人だけ助ければいい」

「あー。違うんだ。じゃあ、これからの日本には若い人が必要だし、助けるべきだから」

「瑛、『助ける』と言うことの具体的方法を聞いているんだ。何をどうするという具体策を聞きたいんだ。『助ける』という言葉だけでは、誰も助けられない」


困って言葉が継げなくなった瑛に変わって、志野が話し出した。

「兄ちゃん、桔梗学園や九十九カンパニーが助けなくても、日本全国から自衛隊とか警察が来て助けてくれ・・・、ちょっと待って、母さん。新潟に地震が来たすぐ後に南海トラフ地震が来るの?」


「6月11日に東南海トラフ地震が起こる。その2日後に西南海トラフ地震が起こる」

「新潟に全国の警察や自衛隊が来た後?」


「いや、一端来てしまうと戻れなくなるので、新潟県内の警察に取りあえず招集を掛ける」

「美規、母さんはその時どこに行っているんだ?」

「島根分校。安全だよ」


「瑛は、桔梗高校を助ける方法が考えられないのか?じゃあ、秋田分校に行って、安全なところで過ごしたほうがいい」


「いや、考えるよ。まず、桔梗高校の生徒と保護者を、桔梗高校まで戻して貰う」

「1,000人なら大型ドローンを使っても20往復だ。琉1人で20往復させるのか?」

「秋田と北海道からドローンと操縦者を依頼する」

「桔梗高校の生徒のためだけにか?」

「美規ちゃん、最後まで、話を聞いてくれ。戻った桔梗高校の生徒に避難所『桔梗高校』の運営をしてもらう。最初は桔梗学園の食糧を分けて貰うが、校庭の開拓・畑作り・水運びなどの労働と引き換えに1年間頑張ったら、自給自足して貰う」

「誰がその技術を教え、道具や重機を貸し出すんだ?それに、桔梗高校の校庭は周囲の住民が『グランドの砂が飛ぶ』と苦情を言ったので、砂利混じりの砂で畑にするにはかなり大変だぞ」

「橋渡しには、三津(みつ)碧羽(あおば)、野球部の生徒達を使って、技術は研究員が教える。道具は最初は貸出してもいいが、それも最終的には自分たちで作らせる」

「桔梗学園に何のうまみもないぞ」


志野が意見を言った。

「いや、そこで復興の技術を身につけた者を、他県の避難所に貸し出すというのはどう?」


真子からいつものセリフが飛び出した。

「いいんじゃない?三津達が言い出したら助けてやろう」

「じゃあ、俺は桔梗学園の本校に残っていい?」

「それはどうかな?元桔梗村の警察官だった瑛が前面に出ていくと、村民からすれば、『公務員が働けばいい』という依存心が生まれるかも知れないよ。自分たちの力で生き延びるという意識が生まれない限り、不満が蔓延するだけかも知れないね。

それでもやりたければ、奥さんの萌愛(もあ)さんや(いつき)君と耀(よう)ちゃんとよく話し合いな。彼らは秋田分校に行きたいって言うかもね」


瑛はしばらく考えてから、「はい、今晩、話し合います」と返事をした。


「じゃあ、白萩地区に泊まっている家族にも越後姫のお土産があるよ。今日は遅いからこれで終わりにしよう」


瑛と志野は玄関で、京と晴崇に会った。

「晴崇君、映像見たよ。圭さん、綺麗だったね」

晴崇と京は、何も言わず瑛と志野に抱きついた。

「珍しいね、抱きつくなんて。今度、北海道に遊びに来てね」


晴崇と京は、薫風庵の坂道を話しながら降りていく2人を、見えなくなるまで見送った。


振り返ると真子も2人を見送っていた。

「あんた達、話は聞いていたでしょ?」

京も晴崇も髪の下に、骨伝導のイヤホンをしていた。

我が儘(わがまま)な兄ちゃん姉ちゃんのお願いは、あんまり気にするな」


玄関を上がると晴崇は真子の頭を()で、京は真子の手を握った。

「おやおや、まだ手を引いて貰うほど耄碌(もうろく)していないんだけれど」

真子はそう言いながらも、手を振りほどいたりはしなかった。


最後の時にならないといいですよね。京と晴崇にとっても、瑛と志野は兄と姉だったので、寂しいですね。いよいよ長い戦いの日々が始まります。

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