インタラクティブ祝賀会兼結婚式
インタラクティブ結婚式。現在は行う人が多いですが、今から約30年前に、これを経験しました。会場に乗りのいい人が多く、花嫁に司会を仰せつかった私は、なかなか苦労しましたが、めっちゃ面白かったです。
舞子の優勝祝賀会は、鞠斗達が帰った翌々日に計画されていた。
参加客は九十九カンパニー全員と舞子、涼、紅羽の家族。桔梗学園と白萩地区に住む関係者。
それに何故か、名古屋の真子の娘六車志野の一家、松山の六車の義父母なども桔梗学園に、続々と到着していた。
会場として用意されたのは、桔梗学園の屋内グランドだった。芝生の上に思い思い座ってくつろいでいた。
今日の主役が待つ控えの間Aでは、涼と晴崇と蹴斗が、何故か、タキシードを身につけていた。
「今日のドレスコードって、何だったの?」
素朴な疑問を呈する涼に、琉がニヤニヤ笑って言った。
「君たちにお姫様のエスコートをする名誉を与えよう」
「涼はともかく、俺達はマリアとオユンのエスコートをするの?」
蹴斗は意外と鈍い男でした。
そして控えの間Bには、糸川達ソーイング部渾身のウエディングドレスが5着並んでいた。
「あの、舞子と涼の結婚式だよね」
紅羽が糸川に尋ねた。
「紅羽と圭の結婚式も一緒にしようよ」
「あの野郎、私達に舞子にサプライズ結婚式を、なんて協力を依頼しておいて、私達にもサプライズだなんて」
圭は口汚く琉を罵っていたが、祖母啓子が心を込めて縫ったウエディングドレスが嬉しくないはずはない。
舞子のドレスは肩が大きく開いて、ウエストがきゅっと搾られた豪華なドレスだった。
ベールは舞子の髪より少し長いくらいで、入場時のお姫様抱っこに邪魔にならないような工夫がされていた。
圭のドレスの生地は、豪華なサテンが使われており、光線の具合で虹色に光る材質だった。
ウエストには森をイメージさせる深いグリーンのベルトが結ばれており、バージンロードを歩く時に映えるように長いベールが用意されている。
紅羽のドレスは、何故か3着用意されており、紅羽にはどれも似合うのだが、どうして3着もあるのか、紅羽自身戸惑っていた。
祝賀会場のスクリーンには舞子の試合のビデオが流されていた。
芝生の中央には、大きなベビーサークルが設置され、冬月、暁、瞬、翠斗が楽しそうにおもちゃで遊んでいた。5月の暖かな日差しは、ガラス窓を通して、芝の上に振り注いでいた。
会場の周辺には、様々なサンドイッチやお握りなどの軽食が用意されており、今日ばかりは少しぐらい食べすぎても良いようで、子供達は大喜びでお代わりをしていた。
ビデオが表彰式まで写し終わった後、司会の柊が司会席に現れた。
「みなさん、本日は東城寺舞子選手の祝賀会に参加してくださり、ありがとうございました。本来なら、舞子本人が皆様に一々御礼を言って回らなければならないのですが、大変困ったことに、舞子選手の柔道着は破れてしまったり、血まみれだったりして、ここに来て登場することが出来ません。そこで、我々は彼女に相応しい服を、皆さんに選んでいただきたいと思います」
会場中の人が、奇妙な話の展開に首をかしげながらも、柊の話に聞き入った。
「私達が用意した服は次の3着です。どれを着て舞子選手が入場したら良いか、皆さんの拍手で決めたいと思います。
選択肢① キングコングが破った柔道着を我慢して着てくる
選択肢② いつもの桔梗学園のTシャツに猿袴に、コサージュをつけてくる
選択肢③ キングコングらしく花婿を抱えてウエディングドレスで入場してくる
さあ皆さん、どの選択肢がいいでしょうか?選択肢①?少し拍手がありましたね。
選択肢②?全く拍手がありません。選択肢③聞くまでもありません。大きな拍手ありがとうございました。では、舞子選手の入場です。皆さん大きな拍手でお迎えください」
入場曲は当然、例の曲だった。
「うっほうほうほ、うっほっほー・・・」
「舞子落とすなよ」
「全く、何が悲しくて花婿をお姫様抱っこして入場しなきゃならないのよ」
「入る瞬間だけだからさ、入ったらすぐ俺が抱えてやるよ」
そんなことを言いながら、舞子は涼をお姫様抱っこして入場した。盛大な拍手とスポットライトで、涼を降ろすタイミングを逸して、舞子は涼を抱いたまま最後まで歩いてしまった。
「二重のおめでとうです。本日は双方のご家族もお祝いに駆けつけてくださいました」
涼の妹の春佳だけは、恥ずかしさで真っ赤になっていたが、会場は大盛り上がりだった。
マイクを渡された舞子は、会場に集まった招待客や桔梗学園の皆さんに感謝の意を伝えた。そしてその最後に付け加えてこう言った。
「今回、会場で私を支えてくれた二人の仲間を紹介したいと思います。
一人は会場で冬月の乳母をしてくれただけでなく、ドローン大会の優勝で私の心に火をつけてくれた板垣圭さんです」
幕が上がると、舞子のグラマラスなウエディングドレスとは趣の異なるドレスに身を包んだ板垣圭が一人で立っていた。
入場曲は結婚式定番の曲だが、花婿は?
会場の人が周囲を見回すと、晴崇は既に、舞子達の隣で立っていた。そして圭のところまで歩いて行った男性は・・・。
「お父さん」
そう遠洋漁業に出ていた圭の父親板垣健が、結婚式のために船を下りて会場に駆けつけて来てくれたのだ。
圭は父親の腕を取り、バージンロードをゆっくりと歩いた。
「お父さんとこうやって歩けて嬉しい」
「辞めろ。涙が堪えられなくなる」
そして、晴崇のところに来ると、健は晴崇を抱きしめて耳元でこう言った。
「娘を宜しく、晴崇くん」
晴崇も初めて父親に抱きしめられた感覚をかみしめていた。
「お義父さん。これからも宜しくお願いします」
舞子は柊から受け取ったマイクを抱えたまま、次の人物を紹介し始めた。
「次に、会場で応援の式をしてくれた高木紅羽さんです。応援団の皆さんのおかげで、試合中何度の危機を脱することが出来ました。紅羽、皆さんありがとうございました」
会場には、クイーンの「We are the Champion」が流れ始めた。
舞子は次の展開が分からないので渋々、柊にマイクを返した。
曲が終わると次の選択肢が会場の参加者に提示された。
「さて、みなさん。紅羽さんと言えば、モデル並みのスタイルの美女です。どのドレスも着こなしてしまいますので、ソーイング部の皆さんがなんと3着もドレスを用意してくださいました。これから、どのドレスがいいか、皆さんの拍手で決めてみませんか?」
会場中スクリーンに釘付けだった。
紅羽の妹碧羽が、会場で仲良くなった春佳と一緒に、盛り上がっていた。
「春佳ちゃん、選ばれなかったドレスはどうなるのかな」
「紅羽さんのサイズだったら、誰も着られませんよ」
「私だったら、裾を少し詰めれば着られると思うけれど、もったいないよな」
「選択肢①は生まれた赤ちゃん翠斗君に因んで、海の青、空の青をイメージしたドレスです」
選択肢①のドレスは、首元が詰まった真っ青な色のドレスで、腰から下は波をイメージした連続模様が大きく広がっていた。そして、振り返ると背中が大きく開いていて、なかなかセクシーなドレスでもあった。
紅羽の父親の高木三太郎は「あれはいかん。あれはいかん」とブツブツつぶやいていた。
「選択肢②は紅羽の名に因んで、深紅のドレスです」
選択肢②のドレスも首元がつまったチャイナ風のドレスであった。背中は全く開いていないが、両足のサイドに深いスリットが入っていて、紅羽の鍛えられた長い足が、歩く度に見えるようになっている。
三太郎は「なんであんなドレスばかりなんだ」と顔を覆った。
「そして、選択肢③は結婚式の定番純白のドレスです」
選択肢③は、生地は上等だがデザインは極シンプルなドレスだった。ただ、紅羽のすらっとした身体を最も美しく見せるドレスであることは間違いなかった。
普段大人しい三太郎が、立ち上がって「3番がいい!3番が最高」と叫びだした。この会場に酒類は全くないのに、まるで酔ったような大声だった。
「誰?あれは。紅羽のお父さんだって」
「お父さんの気持ちは分かるわね」
「お父さんに賛成」
「3番」「3番」
三太郎の熱意は会場を動かした。さざ波のような「3番コール」がだんだん大きくなり、手拍子も加わり、会場は「3番コール」に包まれた。最初は三太郎の奇行に驚いていた妻の美恵子も、会場の熱気に押され気づいたら、「3番」と叫んでいた。
「私は②番がいいのにな」碧羽は思っていたが、三太郎の気持ちも分かるので、敢えて反対しなかった。
「では、大きな声に個人の気持ちが押しつぶされないように、拍手で確認させていただきます」
柊はあくまで冷静であった。
「選択肢①」
オユンを含め数人が拍手をした。
「選択肢②」
父親に睨まれながらも碧羽は拍手をした。選択肢①より多くの拍手が返された。ソーイング部渾身の作品なので、ソーイング部の面々は少しがっかりした。
「選択肢③」
大きな拍手が起こった。三太郎は涙を流して喜んだ。
「では、選択肢③が選ばれました。選択肢①②は会の最後に、全員参加のくじ引きが、ブーケトスの代わりに行われます。そこの商品にドレスもありますので、期待して待っていてください。サイズのお直しは、本校ソーイング部が責任を持って行います。
では、純白のドレスを身につけた紅羽さんが入場します。エスコートは花婿様のお母様『一村遊』様です」
三太郎は再びガクッと膝を折った。碧羽が「お父さん、まだ私の式があるよ」と囁いても、三太郎は立ち直れなかった。
さて、一村遊の名前を聞いて一番驚いていたのは、息子の蹴斗だった。
「母さん?帰国していたの?」
鞠斗が蹴斗の後ろから声を掛けた。
「うちの登子さんと一緒に、夕べ帰国したらしいよ。もう二人とも乗り乗り。見てみろよ」
鞠斗の指さす先に、花婿かと思われる白いスーツに身を包んだ長身の男性が立っていた。
現在男性として生活している一村遊もこの生涯唯一のチャンスを最高に楽しんでいた。
「お姫様抱っこがいいですか?紅羽ちゃん?」
「ああ、お義母様?いいえ、お義父様?エスコートでお願いします」
柊達が仕込んだサプライズはこれで終わらなかった。
会場は突然暗くなり、バージンロードに一本の光が当たると、紅羽と遊の白い衣装にめがけ、様々な金魚が遡上していった。白いドレスはこの仕掛けのためのスクリーンだったのだ。
柊と駒澤賀来人、それに今回は久保埜姉妹も加わり、完成したプロジェクションマッピングには様々なイメージが込められていた。夏祭りの金魚が楽しそうに紅羽のドレスの上で踊り、バージンロードには、蓮の花が咲き乱れ、紅羽達が歩くと少しずつ形を変えていった。
会場の真ん中に紅羽が立つと、突然、バスケットボールが紅羽の前に現れ、遊に促された紅羽がボールを正面の蹴斗の胸にパスをする。
すると蹴斗の胸でボールは弾け、会場の上まで広がり、盛大なスターマインに変わった。
花火が次々上がる中を、紅羽はゆっくりと蹴斗に向かって歩いて行く。
蹴斗は思わず、近づいてきた紅羽を抱きしめ口づけをした。
「早いんだよ」柊が想定外の展開に呆れた。
祝賀会がいつの間にか結婚式になってしまいましたね。後半もお楽しみに。