「AI真子」会談その1
今まで謎に包まれていた珊瑚村長の家族が今回から登場します。
桔梗学園に舞子達が帰った3日後、女性活躍推進委員長の久喜宗一から真子学園長に面会希望が来た。しかし、真子学園長は、最近風邪気味で体調を崩しているので、代理を東京に送ることになった。
代理に送られたのは珊瑚前村長の娘、珊瑚美規だった。
東京まで付き添いとして着た鞠斗は、「美規で本当に大丈夫か」とその服装や態度を見て思った。
美規の年齢は28歳なのだが、前を歩くおかっぱ頭の女性はどう見ても高校生にしか見えなかった。服装も黒いTシャツに黒い猿袴にスニーカー。糸川研究員が「流石にこれで議員会館に入るのはどうかと思う」といってスモーキーピンクのジャケットを仕立ててくれてそれを羽織っているが、GWの暑さに袖をぐしゃっとまくり上げて歩いている。
今回は鞠斗の他に、仕事できるモードの晴崇もついてきているが、2人は真子から「桔梗村に無事に伝手帰ってくれ」というふわっとした指令が来ている。東京に来るまでは、その指令は「美規が迷子になら内容にしっかり見張れ」という意味だと思っていたが、美規の地理感覚は素晴らしいものであった。
指定の時間は11時。美規は時間に遅れることが嫌いだ。東京駅から最短距離で参議院議員会館まで歩き、11時5分前に指定された部屋のドアの前に立った。
コンコンコン
規則正しくドアを叩くと、返事を待たずに美規はドアを開けてしまう。
中では、羽生が今まさにドアを開けようとしていたところだった。それと鉢合わせしてしまうが、美規はそれに構わず、入り口近くの椅子に勝手に座る。まだ、久喜は来ていなかった。
秘書が鞠斗と晴崇に椅子を勧めるが、2人は椅子には座らなかった。ガードマンのように、美規の後ろに立った。
5分経っても、久喜は部屋には現れなかった。秘書が3人にお茶を持ってきたが、3人とも口をつけなかった。久喜が現れたのは、予定の時間を10分過ぎてからだった。
「いやー。すまんすまん。前の会議が長引いて、お待たせしましたかな?」
「10分待った」
美規は抑揚のない声で事実を告げた。
「申し訳ないね。まずは名刺交換をしてもいいだろうか」
そう言って、上座に座ったまま名刺に手を掛けるが、美規は立ち上がったりはしない。
(久喜は自分の方が、身分が上だと示したいために、自分のところまで名刺を持ってこさせたいようだけれど、美規が動くわけないんだよな)
「名刺はない。用件を早く話して欲しい」
相変わらず、美規は抑揚がない声で話す。
「おい、羽生、この名刺を珊瑚さんの机に持って行きなさい」
自分のペースが崩されて、久喜は少し苛立ちの籠もった声で羽生に命令した。
「お忙しいところわざわざご足労願ったのは他でもない。わしは、『女性活躍推進委員長』などという仕事をしているんだが、九十九カンパニーや桔梗学園の取り組みが、私の仕事に参考になることが多々あると伺って、今日はご教授願いたいと思っているのだ」
「私の仕事と言ったが、久喜氏は『女性活躍推進委員長』としてどんな仕事をしたいのだ」
「それは勿論、女性が活躍したい世の中を作るためなら、何でもしたいと思っているんだよ」
かなり上から目線で、小娘に話しているような口ぶりだ。きっとこの人は真子学園長が上京してきてもこのような対応をしたのだろう。鞠斗と晴崇はかなり腹に据えかねているが、美規のすごさが発揮されるまでは、高みの見物をしようと考え、表情をつくろっている。
「女性の活躍とは、どのようなものを言うのだ」
「そうだね。女性管理職を増やすとか、議員にも女性を増やすとか」
「それに関する、参考になる取り組みは、九十九カンパニーでも桔梗学園でも行っていない」
「そうだね。女性ばかりの会社なので、全員女性が管理職なのだったね」
「違う。男性もいるが、『管理職』というものがない」
「じゃあ、誰が命令したり、仕事の重要な決定をしたりするんだぃ?」
「合議制だから、みんなで決める。誰も賛成してくれなくても、一人で行ってもいい」
「ちょっと待て。九十九カンパニーの社長や、桔梗学園の学園長は何も決定権はないのか」
「アドバイスはくれるが、基本的に『いいんじゃない』としか言わない」
後ろの二人の唇が震える。
「予算は誰が決めるんだ」
久喜の声がだんだん荒くなる。
「必要な金額は、その考えに賛成した者が供出する。予算が付かなくて実現しなかった企画もある」
鞠斗が笑いを咳で誤魔化した。
「羽生、何故、もっと偉い人を呼ばなかったのか?会話が成り立たないじゃないか」
「久喜議員。私は真子学園長にメールして、お返事をいただきました。『自分と全く同じ権限を持つ者を代わりに送る。会談は1時間。交通費は3人分全額支給するべし』という返事をいただきました」
「真子学園長に指示されてきた。会談は1時間。『質問には正直に答えるように。依頼は規定違反でなければ受けても構わない』と聞いてきた。今の時間は11時32分」
美規は時計を一切見ずに時間を当てて見せた。
「そうだね。依頼をしてもいいのかね。では単刀直入に言うが、我々は東城寺舞子氏を『女性活躍推進委員』として招聘したいのだ。受けてもらえるだろうか」
「『女性活躍推進委員』の仕事は何だ?」
「まあ、我々が行う仕事のPRを担って貰いたい。ご主人の榎田涼君、榎田冬月君も協力してくれれば有り難い、現地に向かう交通費、食事、日当も勿論払う」
「間違いを訂正する。冬月は東城寺冬月だ。東城寺と榎田は夫婦別姓だ。それから、こちらから質問をする。『我々』とは誰を指すのか。『我々が行う仕事』はどのようなもので、拘束時間はどのくらいだろうか」
「まぁ~、それは追々話すので、取りあえず承諾さえして貰えれば、こちらでいいようにする」
「『追々』とはいつなのか。『いいようにする』とはどのようにするのか」
「馬鹿にしているのか。J党の『女性活躍推進委員長』久喜宗一が信じられないのか」
「今日会ったばかりなので、久喜氏がどのような人か判断することは出来ないが、契約をする人間としては、条件も稼働時間もはっきりしない仕事を請け負うことは出来ない」
「九十九カンパニーを潰すことや、桔梗学園の認可を取り消すことだって出来るんだぞ。
黙って、東城寺舞子の名前を1年間貸せばいいだけの話だ。たまにこちらが呼んだら、ニコニコ笑っていれば日当が出る。たいした仕事ではない。細かいことを言うな。だいたい、『女子供』に会社の経営判断を任すなんて、桔梗学園の学園長は耄碌しているのか」
「東城寺舞子の名前や身体は、ものではないので貸し借りは出来ない。それから、学園長は耄碌はしていない。『女子供』という発言は『女性活躍推進委員長』には相応しくない」
バン!!
大きな音を立てて、机を叩いて、真っ赤な顔をした久喜が立ち上がった。
鞠斗と晴崇はその大きな音にびっくりしたが、美規は涼しい顔で、時計も見ずに立ち上がった。
「12時になった。会談は終了する。昼食後、我々はJ党官房長官加須恵子氏との会談があるので、退出する。交通費等の支払いをお願いする」
晴崇は美規の椅子をゆっくり引き、鞠斗は会談場のドアを静かに開いた。
久喜氏は、自分の宿敵加須恵子官房長官の名前を聞いて、今日の話をされれば、身の破滅だと頭を抱えた。
鞠斗に秘書の羽生が追いすがった。
「悪かった。今日の支払いはこれだ」
渡された封筒には、1時間の会談には多すぎる金額が入っていた。
鞠斗は、封筒の中から交通費以外を抜き出し、別の封筒に入れ、それに受け取った金額の領収書をつけて返した。
「政務活動費なので、領収書はいらないのですが・・・」
「我々には必要なんですよ。すべての金の動きは、学園全員がネット上で見えるようになっていますので」
鞠斗が背中を向けて歩き出したのを、再度引き止めて羽生は言い訳を繰り返した。
「本当にわざわざ遠くから来ていただいてすいません。本当はうちの親父は人情派で、木で鼻をくくったような対応が苦手なんだ。
えーと、また、連絡していいかな?五月のことも聞きたいし」
鞠斗がうっすら笑いながら、振り返った。
「甘菜さんに堕胎費用払ったのに、何言っているんですか?高校時代に同級生を妊娠させて、手切れ金を払って片付けたそうですね。奥様はそれをご存知ですか?」
羽生は、鞠斗達を子供だと侮っていたことを非常に後悔した。
そして、もうこれ以上、桔梗学園には近づかないと心に誓った。
3人は議員会館内のレストランに向かった。鞠斗は外に出て食べたかったし、顔見知りの議員に会うのが嫌だったが、美規が次の会談に遅れることを嫌がったので、しょうがなく2人に従った。
鞠斗達は、美規と10歳近く年齢が離れているが、薫風庵によく美規が来ていたので顔見知りではある。
美規は父がアメリカ人なので、顔つきはハーフなのだが、髪も薄茶色で、目も焦げ茶色なので、少し整った顔という程度で、別段人混みで目立つわけではない。
ただ、一緒に行動するとその奇異な言動はかなり目立つ。まず、メンタライジングをしないことが1番の特徴だ。だから、人形にも動物にも心があると思わないので、人形の首を引きちぎっても「可愛そう」などとは思わない。
同様に、言葉の後ろにある意図を読み取ることをしない。「忖度」などという芸当は絶対しない。だから、「言葉の後ろを読めよ」という久喜氏とはそもそも会話が成り立たない。
最後に、これが「AI」のようだと言われるゆえんなのだが、一度インプットした情報を、周りの気持ちや時代の流れで変えたりしない。だから、「地球環境を壊さない方向に行動せよ」と言われれば、全人類を殺してでも地球環境を守る行動を取るような人物なのだ。だから、インプットする情報をかなり考えなければならない。今回は、「会談は1時間。質問には正直に答えるように。依頼は規定違反でなければ受けても構わない」というインプットをしたので、「規定違反」という文言で、舞子への依頼を断ったようだ。
桔梗学園の入学案内にもあった「5 桔梗学園の生徒、学生の心身の安全を脅かす行為をする者は退学とします」という項目を規定として取り入れ、日程も内容も分からない仕事では、舞子の安全を確保できないと判断したのだろう。
「美規ちゃん。ビーフカレー美味しい?」
晴崇は9つ年上でも「美規ちゃん」呼びだ。
「美味しいよ。桔梗学園では刺激物があまり出ないので、大辛にしてみた」
「美味しいなら少し食べてもいい?」
「いいよ」
「うえー。良くこんなに辛いの食べられるね」
「俺の日替わりカレーも美味しいよ。食べる?」
「ううん。いらない」
晴崇は美規との会話が上手だ。
「美規さん、午後はマサちゃんからどういう指示を受けているの?」
「会談は1時から3時まで。質問には学園の不利益にならない範囲で答えて良い。官房長官の話は良く聞いてくること。現在販売中の技術供与についての話し合いは進めて良いとの話だ」
「え?さっきの会談より発展的だね」
「うん。技術供与の話し合いは鞠斗がするんだよ」
「まあ、そこはするけれど」
「そう、3人で来てよかった」
ポーカーフェイスの美規だったが、やはり不安は会ったのだと思うと、鞠斗達も何故か安心した。
「美規」という名前からおわかりのように「規則」に従って動く女性です。まあ、障碍と思わず1つの能力として受け取ってください。この力が、桔梗学園、九十九カンパニーの将来のためにとっても大切なのです。次回は、もう少しまともな政治家が登場します。