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決勝戦

ついに決勝です。決勝と表彰を一気に書いたのですが、長すぎるので分けました。

 舞子と中学3年生の長崎美仁(みにー)との決勝は、新旧交代の場面になるかと大変盛り上がった。

舞子はタンポンを交換して、栄養ゼリーを一気に吸い込んで、開会式に着た柔道着を再度身に着け、決勝の舞台に上がった。


 舞子は美仁との対決が楽しみでしょうがない。組み手争いなどせず、お互いの技を全力でぶつけ合う試合が美仁とは出来ると確信していたからだ。


涼もそんな乱取りをT大学でしたことがある。身体の奥から湧き上がる歓喜。あの感覚はゾーンという言葉だけでは説明の出来ない感覚だった。


決勝審判は、オリンピックの審判もしたことがある天尾慈子(あまおやすこ)主審。若い頃トップクラスの選手だった彼女なら、2人の世界を壊すことはないだろう。涼はそんな気がした。


「始め」

高く張りのある声で、試合の開始が宣言された。

喧嘩四(けんかよ)つの2人だが、無駄な引き手争いなどせず、がっぷり袖と前襟を持ち合った。舞子がすかさず強力な支え釣込足(ささえつりこみあし)から、大きく後ろ回りにステップを踏んで体落(たいおとし)に入った。美仁のしなやかな身体と長い足は、支え釣込足を軽く飛び越え、体落で差し出された足もサッと払った。

渾身の技を軽くいなされた舞子は、グッと身体を(ひね)って、そのまま足車(あしぐるま)で巻き込もうとした。


舞子の足車を、美仁は引き手を切って逃げるかと思いきや、舞子の襟を両手で持ち、襟を巻き込んで韓国背負いに入った。


舞子の身体はとっさに反応し、襟にぶら下がっている美仁を仰向けに引きずり倒そうとした。美仁は身体を捻って脇腹をついた。

技有(わざあり)

舞子のポイントである。


美仁の手はまだ舞子の襟に巻き込まれたままである。舞子が倒れた美仁の上から覆い被さり、上四方固(かみしほうがため)に入れば、舞子の一本勝ちである。しかし、舞子は押さえ込まずに、ちらっと天尾審判を見た。

「待て」


東城寺の親たちがいる応援席から、非難の声が聞こえた。

「舞子、何やっているの?すぐ押さえ込みに行きなさい」

しかし、舞子も涼も勝子の声が聞こえないふりをした。


決勝の舞子の柔道着は、開会式に着ていた新しい柔道着だった。そこで、舞子の襟には規定ギリギリの1cmに近い厚みが有り非常に固い。この襟に巻き込まれた美仁の指は、襟から解放されてもしばらく感覚が戻らなかった。開始位置に戻るまでに指の感覚を戻そうと、美仁はグーパーしながらゆっくり歩いた。

舞子もゆっくりと柔道着を直しながら、美仁の準備が出来るまで待った。


「始め」


美仁は(しび)れた手で、前襟を(つか)むことを諦め、直接舞子の首を抱えて、内股に入ってきた。舞子はそれを難なく()かし、内股で返したが、美仁はそれを股の中で更に回そうとした。舞子の腰が畳に着いた。


「有効」

美仁のポイントである。

「あー。舞子、だから言ったのに」

勝子の悲鳴が体育館に響く。


「やるじゃん」

舞子は身体を起こしながら、つぶやいた。

涼は、舞子も美仁も笑顔で柔道していることに気がついた。ずっとこの試合を見ていたい気がした。


舞子は立ち上がると、『始め』のコールを聞くや否や、右組になり、美仁の首を抱えて、大外刈を放った。美仁の身体はほぼ90度近くまで折れ曲がった。しかし、なんと美仁はその態勢から腹筋の力で起き上がってきて、舞子を大外返しで投げたのだ。


舞子の身体が戻っていく様子は、まるでスローモーションのようで、会場中の人が手を握りしめて見つめた。


「おいおい嘘だろう?」

涼がつぶやいた。舞子の体幹の力は、涼と互角なのであったから、それを返すとは尋常ではない力だ。

舞子自身も「嘘でしょ?」と叫んだ。

幸い、舞子の身体は回りすぎて、技の判定は「技有」で留まった。

会場中が、美仁の勝利を疑わない雰囲気になってきた。


 突然、九十九カンパニーの応援団が立ち上がった。胸のビブスには、食堂一杯に集まった桔梗学園待機組の顔が映った。

舞子の試合のためにみんなが汗を流し、知恵を絞ってくれた。そして今、みんなが涙を流しながら舞子を応援している。


舞子はちらっと応援席を見ながら立ち上がり、審判に髪の結び直しを要求した。髪を、涼が編んだゴムで結び直すと、舞子は1つ大きく深呼吸をして、応援席にガッツポーズで答えた。


会場は「この試合をいつまでも見ていたい」という熱気に包まれた。


あと、一本どちらかが大技を決めれば、試合は終わる。


再度美仁が舞子の首を抱えようと手を伸ばしてきた。

その時の舞子にはすべてがスローモーションに見えていた。舞子は伸びてきた腕を(あご)で挟むと、美仁の勢いを利用して、右の一本背負いに入った。それもかなり低い姿勢でしゃがみ込んだので、美仁は身体を捻って避けることも出来なかった。涼の得意技の一本背負いである。


 舞子は美仁を下敷きにするような形で、仰向けになって横浜体育館の天井を見上げた。


遠くで審判の声が聞こえる。


「一本、それまで」


耳元で美仁の声が聞こえた。

「負けちゃいましたよ。次は負けませんよ」

舞子は身体を起こして、まだ寝転がっている美仁に片目をつぶった。

「ごめん。勝ち逃げするわ」


天尾審判の左手が舞子に挙がった時、応援団の全員が立ち上がって、互いに抱き合っていた。

紅羽(くれは)も手近なまりとに抱きついて、危うく鞠斗の眼鏡が壊れそうになった。


 試合場の下にいた涼は、舞子の試合に興奮していた。相手に技を掛けさせないのではなく、全力で技を掛け合う柔道。とにかく面白かった。いつまでも見ていたかった。自分が教えた、自分の得意技で舞子が一本を決めた時、涼は自分も試合場にいるような気がした。


「涼?涼?どうしたの?ぼーっとして、なんだ、泣いていないじゃん」

舞子はゆっくりと試合場を降りてきて、涼の頭に手を置いた。

「今までありがとう」

かわいらしい笑顔で、舞子が涼の顔をのぞき込んだ。


涼の涙腺を崩壊させる破壊力のある笑顔だった。


4年に1回大幅にルールが柔道。現在予想できるルールで書いています。

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