桔梗村村長戦挙
楽しいお祝いから、話は始まりましたが、後半はきな臭い話で申し訳ありません。
「祝ドバイ世界大会出場 ドローン部優勝報告会」
「いやだなあ。こういう派手なの」
圭は賀来人と琉に両脇を固められ、いやいや食堂に向かった。
「圭、ドバイに行くには皆さんからのご支援が必要なんだよ。食堂で報告しなきゃ、旅費が出ないから」
ドバイまでの旅費4人分は、今回の賞金でギリギリ工面できそうだが、補欠分の旅費は出ない。だから、琉が職号会議で頑張るのは、しょうがない。
それに、ドバイまで行くとなると、流石に暁と瞬も連れて行かなければならないし、その子守をしてくれる人も必要だ。
祖母の啓子も「冥土の土産に行きたい」と言うだろう。
研究員の先輩方からの寄付を得るためには、祝勝会でも激励会でも受け入れなければならない。
「なんか、面倒だな」
「今、面倒だと思ったでしょう?」
「晴崇、なんで分かったの?」
蹴斗が突っ込む。
「いつも圭のことを見ているからだよな」
晴崇は顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。
食堂のモニターでは、祝勝会が始まるまで、当日ニコニコ動画で中継されていた試合の録画が流されていた。
蹴斗は食堂に着くとチームのみんなと座らず、舞子と涼を捜した。話したいことがあるからだ。
窓側の席に2人を見つけて、蹴斗は腰を下ろした。
涼がニコニコしながら、蹴斗をねぎらった。
「おめでとう。準備が出来てないって、言っていた割には楽勝だったじゃないか」
「いやぁ、そうでもないんだ。ここだけの話だけれど、準決勝が終わった時点で圭が貧血起こして倒れたんだよ」
舞子も圭から何も聞かされていなかったらしく、びっくりしていた。
「授乳で寝不足だったんじゃない?」
「まあ、それもあるけれど、試合の間に休憩が取れなくて、搾乳が出来なかったんだ。
それで、胸がカチカチになって、会場も暑くて、貧血を起こしてしまって、医務室に抱え込んだって訳だ」
「母乳は血液で作られるしね、貧血っていうか、胸が苦しかったんじゃない?」
「そうかも、医務室で半分意識を失った圭を抱えたまま、晴崇が搾乳したんだよ」
「・・・・」
舞子と涼はその2人の姿を想像して、何も言えなかった。
「休憩時間も30分しかなくて、必死だったんだから。俺も流石に搾る手伝いは出来なかったけれど、タオルで全身を拭いたり、身体を冷やしたり、本当に独身だったら絶対出来なかったよ」
舞子と涼は、黙って頷いた。
「それでね、舞子の試合の時これが起こったらどうなるかって考えたんだ。
確かに、圭は双子に授乳していて、母乳が出る量が多いし、一概に言えないけれど、
舞子の場合はうっかりすると、その状態で投げられて脳震盪を起こすかもって・・・」
蹴斗は言葉を選んで、話をした。
圭が舞子に直接話をしに来ないのも分かる。
この件への最善の対策は、舞子が授乳を止めることだからだ。同じ母親としてそんなことは言えない。
舞子も圭に負けず劣らず母乳の出がいい。まして、柔道は対人競技だ。母乳パッドがずれて、柔道着が母乳まみれになることも考えられる。涼も何も言えず黙っている。
「ありがとう。蹴斗、その件は、貧血対策も含めて産婦人科の先生に相談してみる」
「蹴斗ありがとう、言いにくいことを教えてくれて」
「じゃあ、ステージに上がらないといけないから、またね」
涼は蹴斗に感謝しながらも、舞子が授乳を止めないことを確信していた。舞子はそう言う人間だった。
「出産後4ヶ月での試合復帰は早かったかな?」
涼は舞子の小さなつぶやきを拾った。
「どうしたの?不安なら止めてもいいんだよ」
「やだ。聞こえたの?『止めてもいい』って涼らしくないじゃない」
「いや、いつでも俺は舞子のやりたいことを応援しているだけだから、医務室で搾乳してもいいよ」
「そういうエロいこと言うようになったんだね」
舞子に突っ込まれたが、涼は軽く受け流した。
「まあ、冬月に飲ませる方が早いんだけれどね」
「冬月を会場に連れて行く?」
「連れて行ってもいいよ」
「うわぁ。究極のイエスマンだね」
「違うよ。俺は、舞子のしたいことを聞いて、それを実現する方法を考えるようにしているだけだから」
舞子もそういう涼が側にいるから、無理なことにもチャレンジしようという勇気が湧くのである。
ステージでは、圭、晴崇に続いて、蹴斗が感謝のコメントを述べていた。
鞠斗は、それをぼんやり見ていたが、薫風庵で仕事が待っているので中座した。
(これをいい思い出に蹴斗はオーストラリアに行ければいいよな)
薫風庵には、現在選挙活動中の珊瑚美子村長が来ていた。鞠斗は村長代理として、選挙中にするべき仕事の指示をいくつか受けていた。今日はその報告をしなければならない。
「ごめんね。祝勝会だって?楽しいところ呼び出しちゃったね。6月なら私もドバイに応援に行けそうね」
「選挙に負ける気十分じゃないですか」
「まあ、負けても桔梗学園村の副村長になればいいからね」
「今回の立候補は、『頑張ったけれど負けちゃった』という実績作りですからね」
「分かっているね。流石、村長代理。
私が在任中のデジタルデータはすべて、桔梗学園村に移す手筈はすすんでいるよね」
「はい、清野豊候補が村長になったら、個人データがそのまま菊川組に流れますからね。桔梗学園関係のデータだけじゃなく、桔梗村の個人情報として、美子さんが村長になってから、私達がまとめてきたデジタルデータはすべて、桔梗学園に移しました。10年以上前の紙のデータが残っているだけです」
「まあ、そもそも私が村長になるまでのデータは、村役場の人手不足で、使い物にならないくらい古いものだったからね」
「それでも、菊川組が詐欺に使うには十分なんですが」
「原発推進派の村民は痛い目を見ればいいかな~って」
ここにも「いい子」じゃない人がいた。
「大体、清野の野郎、桔梗高校の生徒会長になった頃からの知り合いだけれど、しょうもないヤツだから」
「ああ、対立候補の清野豊って、美子さんと同じ年ですよね。桔梗高校の同窓生ですか?」
「受験校の生徒会長なんて、大学受験の推薦に使いたい人間しか立候補しないじゃない?」
「まあ、そう考えるのは美子さんだけかも知れませんが」
「冷静ね。清野1人しか生徒会長に立候補しなかったのに、みんなに選ばれたと勘違いして、みんなのリーダー気取りを始めたんだわ」
真子がニヤニヤしながら話題に入ってきた。
「それで、急に気が大きくなって美子に告白して、清野君は見事に玉砕したんだよね。
美子は、私立大学に推薦で決まった男が、気にくわなかったんだよね?」
「違うわよ。共通1次試験の勉強で忙しかっただけ!」
鞠斗は話を本題に戻した。
「あれ?最初の村長選挙の時も、清野豊は立候補しましたよね」
「10年前ね。あいつは原発推進を掲げて、私は東城寺悠山さん達、原発反対派の応援を受けて、圧勝したんだ」
「その4年後も8年後も、ウクライナ戦争の余波を受けて、『原発が攻撃されたら危険だ』という気運が高まったので、私が勝った」
「そして、今回は桔梗学園村の独立を受けて、不信任決議案が可決しましたよね。議会には桔梗学園の息のかかった議員が多かったのに」
「鞠斗君、桔梗学園から出した議員は、桔梗学園村所属なので、独立に伴って辞職したんだ」
「それで、村議会の補欠選挙と村長選挙が一気に行われるんですね」
鞠斗は最近、桔梗学園村の仕事が多忙なため、肝心なところの情報が欠けていた。
突然、真子がパンと手を打った。
「忘れていた。『苺大福』あるんだけれど、鞠斗好きだよね」
「真面目な話の最中に何言っているんですか。『ティラミス大福』の次に好きですけれど」
「鞠斗はこういうところ抜け目ないよね。これが万平菓子舗の『越後姫大福』と分かっていての注文だからね」
「そして、柱の陰でこっそり『苺大福』を見ているのは、京ちゃんじゃない?」
「京もおいで、晴崇と京が留守の間、システム管理お疲れ様。下にいる啓子さんにも苺大福持って行ってね」
「啓子さんも下にいるんですか?」
鞠斗が口パクで真子に尋ねた。
「勿論、情報管理を任せるに当たっては、彼女自身の身元調査もしてあるし、こちらの話も一通りしてあるから大丈夫よ。話を戻しましょう」
鞠斗は自分に欠けている情報を、補おうとした。
「じゃあ清野豊は、桔梗学園村以外の敷地で原子力発電所を作るんですね」
「ええ、藤川の向こう側の海岸沿いらしいよ」
「ちょっと待ってくださいよ。津波浸水地域じゃないですか。それに藤川沿いには、清野不動産が分譲している新興住宅地もありますよ」
「あそこは『日本初のシェルター付き住宅』というキャッチフレーズで売っているらしいよ。
まあ、そもそもあまり売れていないので、原発の工事関係者の宿泊地になるみたいだけれど」
「N大学の教授が、最近盛んにTVで『新潟―神戸歪集中帯』が危ないって啓蒙しているらしいじゃないですか。桔梗村はズバリその中にあるのに原発を造るなんて・・・」
「鞠斗、君は薫風庵でTVを見るけれど、最近の若者はTVも新聞も見ないんだよ。高齢者は今の生活が大事だ。原発が出来るまでに下りる交付金の方が有り難い。高齢者は、地震は自分たちが生きている間は来ないと思っている。
そして、清野豊と菊川組は桔梗村から利益を得たら、県政、国政と成り上がって行く予定だ。
桔梗村がどうなっても構わないんだよ」
「珊瑚村長、それは『有権者が何も考えないから悪い』って言っているんですか?」
「日本人は、『お上』がどうにかしてくれるって思っているから、不満は言うけれど、
自分で動かない人が多いね。危機感を持って、白萩地区に移動した人はどのくらいいるか知っているか?」
鞠斗は頭の算盤を弾いた。
「30世帯弱です」
珊瑚村長は、それ見たことかという顔をした。
「2024年に能登半島地震の時に、原発予定地の沖にある上越沖断層帯が話題になり、S島付近に「割れ残り」があると話題になったが、4年も経てば忘れている。
能登半島地震の時、あんなに揺れて住宅が崩れたのに、まだ同じところに住もうとしている。誰に守って貰うつもりなんでしょうね」
真子学園長は、湯飲みを両手で抱えながらしみじみ言った。
「あの時は揺れた。ここの正月用の食器も大分割れて、金継ぎして直したね」
鞠斗は疑問はすべて解消しないと気が済まないようだ。
「で、もし大地震が起こったら、珊瑚村長は桔梗村全員を助けるんですか?」
「残念だね。村長じゃないのにそんなこと出来ないよ。多分、清野村長はいち早く村から逃げるだろうけどね」
「じゃあ、真子学園長と珊瑚村長は、桔梗学園村の人だけ助けるんですか?」
「勿論。ここと分校で5年以上生き延びるだけの施設、食材は確保できているからね」
鞠斗は珍しく、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「桔梗学園は、『ノアの方舟』なんですか、選ばれた人だけ住むことが出来るんですか?」
珊瑚村長は肩をすくめた。
「日本中の人を助けるなどと考えるのは、少年漫画のヒーローだけだよ。南海トラフ地震だけでも死者32万人出るという想定もあるのに、それをすべて助けられると思っているのかい?」
真子は空いたみんなの茶碗にお茶を注ぎながら言った。
「『方舟』なんてそんな大層なもんじゃないよ。私達が行っているのは、『蟻とキリギリス』の蟻ぐらいの抵抗さ。ただ、地震や津波で西日本が壊滅的になった時、同時に富士山が噴火したり、原発の放射能がまき散らされたり、他国から侵略されたりしたら、私達は緑豊かな日本にはもう住めない。それが問題だって言っているんだ」
立ち上がった鞠斗はそのまま、声を荒げた。
「だから、総理大臣とあんな約束したんですか」
「九州、四国、中国、関西、中部、関東、北陸、すべての原発が震災や津波で被害を受け、福島のような爆発を起こしたら、誰も救出にいけないし、救援物資も運べない。
地震が起きたら、原発周辺のバリアを強制稼働させて、ドームで覆う手筈になっている」
「中で働いている人はどうなるんですか?」
「震災が収まって、原発が爆発しないとなれば、バリアは解除する。ただし、・・・」
「ただし」
「他国から、原発を狙った攻撃が来た場合は、バリアは解除しない」
「そんなこと・・」
「あり得ないと言えるか?」
「日本を欲しがっている国は多いよねぇ」
鞠斗は今まで断片的な情報しか得ていなかったが、今日は2人が危惧していることの深淵を見た気がした。そして、最後の情報を得るにはもう少し冷静に話さなければならないと、考え直した。
鞠斗はゆっくり椅子の座り直した。そして、真子の注いでくれた、少し甘い味のする煎茶をゆっくり飲み干して言った。
「まあ、そうですね。じゃあ、国土が復興するまでスウェーデンやオーストラリアに移住したら、そのすきに他国の侵略を受けてしまうじゃないですか」
鞠斗や蹴斗が、他国の分校を用意することに意味がないじゃないか。蹴斗達と離れて、海外に行きたくない鞠斗は、この答えだけは絶対聞きたかった。
「鞠斗の考えていることは分かるけれど、国土の半分が壊滅的になった場合は、一端人口の半分を移住させるのも、必要なんだ。
そして東日本で、日常の生活を送りながら、粛々と西日本を災害に強い国に生まれ変わらせる。
太平洋戦争の後、日本は10年で復興したんだよ。
国土の2/3、いや半分も残っていれば5年もあれば、日本を立て直すことが出来ると思っている。」
「大抵の災害は日本は経験している。しかし、放射能で国土の広範囲が汚染されることと、本州を他国に侵略される経験は日本にはない。
だからこそ、この2点に対する備えは、桔梗学園の外に対しても行うつもりだ。
言っておくけれど、戦争はしないよ。それは『チキン』と言われたらどんな愚かなことでもしてしまう男のやることだ」
「じゃあ、何を・・・」
鞠斗には話せないが、真子と美子の切り札は、『これから先、いつ、どんな災害が起こるか』が分かっていることだ。それを話すと、普通の生活を送ることが出来なくなるからだ。
この時代に生まれ変わって、色々なことを変えてきた2人だが、そのことで歴史が代わってしまうのではないかと最初は危惧していた。
そこで、2人は、地震学会や火山学会の会報誌を毎号取り寄せ、世界各地で起こる地震や噴火の起こる日、規模をすべて調べている。それらは、すべて前世と同じ日に同じ規模で起こっているのだ。
「兎に角、震災があろうが、火山が噴火しようが、普通の生活をするのが大切だよ」
真子は湯飲み茶碗と、菓子皿を片付けながら言った。
「だから、ドローン部は6月のドバイにも普通に行ってもらうよ」
「え?」
鞠斗は肩をすくめて、舌を出している姉妹を呆然と見つめた。
2週間後、村長選挙は30%という低い投票率の中でも、8割以上の得票で、清野豊が当選し、桔梗村村長に就任した。
3月は終わり、次は4月の話に入ります。




