男子オリエンテーション
女子がオリエンテーションをしている「クラスルーム」を出た男子は、蹴斗に連れられて東棟に入っていった。琉が急に早くなった蹴斗の歩幅について行けず、
「急に歩くの早くなったんですが、これから行く所は遠いんですか?」
「ん?さっきまでは女子がいたからゆっくり歩いたんだけど、琉はこれじゃあ早い?これから女と一緒に生活していくんだから、このくらいの気遣いできないとなぁ」
涼は、中学まで自分より背が高かった舞子と一緒にいたので気にもしなかったが、今日は身長が低い圭だけでなく、途中まで幼児もいた。歩幅は、これから気をつけないといけないことの一つだと心に留めた。
蹴斗は、東棟のらせんスロープを上りながら校舎案内もしてくれた。
「東棟B2は、eスポーツ・ゲーム演習場。その上はドクター宿泊階。ほら、桔梗バンド見てみろよ。赤くなっているだろう?女医ばかりなので、俺たちはこちらには進めないんだ。1階は大食堂。夕飯は空豆とエビの炒め物かな?筍の煮物も出るかも。明日君たちが、筍取ってくるんだけど」
「筍って薫風庵のまわりの竹林からですか?」琉が聞く。女子がいなくなると口が回る。
「君たち男子3人は、明朝6時半から竹林の整備に入ることになっているんだ」
「明日雨みたいですよ」柊が恨めしそうにつぶやく。
「服は用意してあるから、安心して。2階は体育館と武道場と保健室2がある。位置的には地上1階に当たるけどね」
「柔道の稽古はしていいんですか」涼が訪ねる。
「今日は無理だけど、夕飯後、9時の就寝時間までは自由時間だからできるよ。でも、ドクターと運動施設管理者の三川がいるから、二人っきりにはなれないけどね」
柊と琉が顔を見合わせている。言い訳するように涼は続ける。
「舞子は、来年の全日本女子柔道選手権に出たいらしいんです」
「いいんじゃない?涼こそ試合に出ないの?」
「もうどこにも所属していないんで」
「少子化でもう無くなりそうなインターハイなんて、気にしないでいいんじゃない?九十九カンパニー所属で実業団の試合に出ればいいじゃない。個人戦もあるだろう」
「九十九カンパニー所属ができるなら、実業団でロボコンに出られるかな」
琉が期待を込めていった。
「夜の自由時間でドローンレースの部活動作った奴がいるよ。今、部員募集中。年明けのK大学で行われる国内予選に出ることが、当初の目標だけれど、1チーム最低4名エントリーするのにいるから。
世界大会は賞金1億だって絶賛部員募集中だ」
「桔梗学園には部活動もあるんですか。俺入りたいな。誰に申し込めばいいんですか」
ニヤニヤ笑って、蹴斗は自分の胸を親指で指した。
「そうだと思ったよ。いやに詳しいと思ったんだよ」柊が言う。
「鞠斗も晴崇も誘ったんだけど断られてさ。まだ部員2名なんだ。
ああ、4階に来た。ここに男子寮があるんだ。男子は全員に個室がある。この外れには、みんなが集まれるラウンジもある。その向こうには体育館のフロアが見下ろせる観覧席がある。多分、瑠璃ちゃんの桔梗バンドではあっちには行けないように設定がされると思うから、危なくないよ」
「ラウンジでオリエンテーションしよう」蹴斗はソファーに座って話し始めた。
勉強内容については女子と同じだけれど、男子には女子と違う仕事が割り当てられていることが、話の中心だった。
「起床は6時、6時半から男女それぞれ「朝飯前」の仕事が割り当てられている。女子は母体保護の観点から、危険な業務には付けられないけれど、君たちにはそんな配慮はいらないよね。
今月1ヶ月は竹林整備。竹の成長に応じて、筍掘り。若竹を伐採してのメンマ作り。竹の間引きなんかをしてもらう。
涼がいるから、竹を下に投げるのは一気に頼めるかな?背負い投げの強化と言うことで(笑)。
斜面に慣れてきたら、女子の昼寝の時間にチェーンソーの扱いも教えるし、自動車免許や小型特殊自動車免許の勉強もしてもらう」
「え?教習所のお金も出してもらえるんですか?」柊が食いついた。
「いや、教習所なんか行かずに、直接、運転免許センターに行って取ればいいじゃん。学科は出来るんでしょ。学園の敷地内は公道じゃないから、そこで練習して、みんな免許センターで取ってくるよ。免許取得にかかる費用はこちら持ちだから、何度も落ちると会計担当の鞠斗に白い目で見られるよ」
涼がしばらくして疑問をぶつけた。
「男子ばかり有利ですね。女子から苦情が来ませんか?」
「いや、妊娠中の女子ができない仕事を君たちに一歩早く教えているだけで、女子も出産後は、免許取ったり、重機回したり、猟をしたり、何でもするから気にしないで」
「7月は九十九農園の手伝いに入る。夏野菜、特に枝豆の収穫期で人手が足りない。妊婦を炎天下働かせる訳にいかないからね。といっても、1日朝1時間半、昼1時間しか働かないんだからね」
「秋になったら、イノシシ猟だ。それまでに銃の扱いに慣れもらう」
「桔梗ヶ山で、猟ですか?」涼が言った。
「藤ヶ山にも行く。最近、野生の動物が里に下りてくる。桔梗学園のゲートは野生動物も入れないようにしてあるが、その分桔梗村全域に被害が広がっている。若手のハンターがいないと、村の作物の被害が拡大する。
桔梗村村長、珊瑚美子は五十嵐姉妹の3番目だ。珊瑚美子の公約は藤ヶ浜原発反対、N市との合併反対、桔梗ヶ原工業団地反対だ。
珊瑚村長がいることで、桔梗学園が守られている事情もあるから、こちらも村に協力しないとな」
涼は、舞子の祖父悠山が、原発、合併、工業団地、すべての反対派であったことを覚えている。そして、舞子の父が賛成派として活動していることで悠山から疎まれていることも。
「そうすると学園長の説明では省かれていましたが、桔梗学園は三姉妹のタッグで成り立っていることですね?」柊が本質を突いた質問をした。
「政治的な駆け引きは、高校生には難しいので話していなかったが、学園長達は、震災などの災害が起こった場合は、桔梗村全員が桔梗学園に避難しても大丈夫な準備をしている」
「珊瑚村長は、桔梗学園を守るために村長になったと言うことですか?」
「まあ、それもあるけれど、それだけじゃない」蹴斗は答えを濁して、話をそらした。
「そうそう、因みに俺は銃は撃てるけれど、猪は捌けないから、秋になったら師匠を紹介するよ。美人だから期待していてね」
師匠が珊瑚村長その人だと言うことが分かるのは、秋になってからである。
蹴斗は意味ありげな笑顔を浮かべて話を続けた。
「後は、夜の自由時間についてだね。男子も就寝は21時だから、それまでは自由に過ごしていいんだ。さっき言ったように自分で仲間を募って『部活動』をしてもいい。
ただ、保育施設に預けられるのは朝6時から19時まで。3食共、向こうで食べさせてくれるし、洗濯もしてくれる。でも、夜は、妹とこの部屋で過ごさないといけない。こっちで使う、成長に応じたおむつや寝間着などは、保育施設で見繕って持ってくればいい」
「ありがたいです」柊が言った。
琉が質問した。
「休みの日は園庭や保育施設で、妹と一緒に遊んでもいいんですよね」
「大部分の女子は、自分の子と休みの日はゆったり過ごしているよ」
続けて蹴斗が説明する。
「女子は西棟の分娩室がある階に、『母子宿泊室』があるけれど、舞子さんが出産後は、涼が子供を預かってもいいように、男子3人の部屋には、母子宿泊室と同じように、子供の道具がおけるようにしてあるし、ベビーベッドもあるし、赤ちゃんと一緒に寝てもいいようにベッドもダブルになっている。トイレも子供用トイレも増設してあるから」
「なんでこんなに準備してくれるんですか?」涼は、遠慮がちに言った。
「子供と暮らすってことはそういう準備がいるってことなんだ。まあ君たちの素行によっては来年の男子入学生は、いないかも知れないけれどね。
じゃあ、夕飯は早めに食べて、梢ちゃんと瑠璃ちゃんを迎えに行こう。そうそう妹たちの明日の着替えも、部屋に用意してあるからね。
2人が妹を迎えに行っている間に、涼はこの階と5階の洗濯乾燥室の使い方をマスターしておくといいな」
そう言って、蹴斗はラウンジのソファーから立ち上がり、大食堂へ3人を連れて行った。