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「お前には愛想が尽きたぞ、クリストフ。」
ここは王城の謁見の間。
クリストフとイリスが国王と王妃との謁見に臨んでいた。
城へ着くなり謁見の間に案内されて、少ししてからやってきた両陛下の圧に萎縮していた。しかし、レイノルドの案内に失敗したことを猛省していたのはクリストフだけで、イリスは未だに自分の失敗を認めきれていなかった。
「お前はイリス嬢の方が優れていることを証明すると言っていたな?」
「はい…」
「結果は?」
「…」
「宰相よ。」
「はい、陛下。」
宰相は分厚い束を国王へ渡し、魔法で複写した物をクリストフに渡した。
「これは?」
「儂がコルディス公子の視察を命令してから本日までのお前とイリス嬢の言動が記されている報告書だ。」
一部はクリストフの、もう一部はイリスの言動が記されているのだ。
(ヴィンスの風魔法を応用した盗聴用の魔法を駆使しているので、この場では詳しことは宰相にしかわからない。)
「!!」
「最初はコルディス語を真剣に学んでいたかと思っていたが…
まさか、ふたりともコルディス大公国を見下す発言をしていたとはな…」
「そ、そんなことはっ…」
「これは、影の報告も混ざっているから間違いはない。」
「わ、私はこんなこと言ってはおりませんし、しておりません!」
「ほう?影の実力を疑うと?」
「そ、それは…」
クリストフはこの視察での費用を着服していた。
「あんな国の公子の案内なのど適当で大丈夫だろう?
それよりも費用を水増ししてイリスと遊ぼう!
それにどうせ、父上は私に甘いから助けを用意しているに決まっている!」と暴言を吐いていた。
イリスはキャシーよりも優れているからとほんの数時間しか勉強をせずに遊び呆けていた。それを事情を知っているはずのバネード公爵は黙認していた。
バネード公爵家は明らかにコルディス大公国を下に見ていた。
「お前たちが来るまでに報告書を読んだが、開いた口が塞がらなかったぞ?」
「これは何かの間違いです!きっとエリックの派閥の貴族が私を王太子の座から引きずり降ろすため…」
「お前はいつから王太子になったのだ?」
「「えっ!?」」
これにはクリストフだけでなく、イリスも驚いている。
「この国の王太子はお前ではないぞ?」
「そ、そんなはずありません!私はこの国の第一子ですよ!?王妃の第一子である私が王太子であるのは当然です!そうですよね?母上!?」
クリストフは縋る思いで王妃を見つめる。
「クリス、私はサフィス子息からの報告書を読むまであなたを盲目的に溺愛してしまったようだわ。
長らく子に恵まれなかったからと産まれたあなたを我儘に育ててしまったみたいね…。
陛下、今回のこと謝罪では済まされないと思っております。申し訳ありません…。」
「王妃よ、そこは問題ないから安心しなさい。」
「国王陛下の仰る通りです、王妃殿下。」
「そう…。やはり宰相は頼りになるわ。
陛下、決定事項であった、エリックさんの立太子を反対して申し訳ありませんでした。」
王妃は国王に謝罪する。
「は、母上!?エリックの立太子が決定事項とはどういうことです!?」
クリストフには寝耳に水だったが、国王は宰相に話していた通り、レイノルドが視察に来るまでにエリックの立太子を議会で承認させていた。
「クリストフ様は王太子ではない…と?」
「私が王太子ですよね!?」
クリストフとイリスが食い下がる。
「もう、議会で承認を得ている。クリストフよ、お前がサフィス家の後ろ盾を捨ててバネード家に付いた時点でエリックの立太子を決めていた。」
「キャサリンちゃんだったら、外交にも強いから凡庸だったあなたを支えることができると思っていたのに、よりにもよってイリスさんを選ぶなんて、母は失望しました…。」
「キャサリンはコルディス以外のことはわからないはずです!」
「そ、そうです!それに、私は学院での成績は常にキャサリンさんより上でしたわ!」
「宰相が姪であるキャサリン嬢に本気を出さないように頼んであったのだ。
クリストフよ、それはお前には伝えたはずだが?」
「くっ!!」
「キャサリンさんは本気を出していなかった…?」
膝をつきそうになるイリスをクリストフがかろうじて支える。
「沙汰があるまで謹慎を申しつける。」
国王が宣言してクリストフとイリスはトボトボと謁見の間を出ていった。それと同時に国王、王妃、宰相はため息をついた。
最初に口を開いたのは王妃だった。
「陛下、クリスたちはコルディス公子の案内には失敗しましたが、婚約は認めてあげてくれませんか?」
「王妃よ、よいのか?」
「はい。ですが、王族を抜け家臣とするのが宜しいかと。王族として残ってもクリスとイリスさんに出来ることは少ないです。醜聞を拡めてエリック王太子の邪魔をされては堪りませんので。」
「そうだな。よし、宰相。」
「はい、陛下。書類を作成しておきます。」
「すまんな。」
「いいえ。」
「宰相、ありがとう。コルディス公子のことも、きっとヴィンセントさんとキャサリンさんたちが解決してくれたのでしょう?
あなたの一族の忠誠心は国内随一ね。」
「もったいないお言葉にございます。」
………
クリストフたちの謁見が終わった頃、ヴィンスたちも王城へ到着していた。
シルフィーネがヴィンスのエスコートで馬車から降りてきた。次の馬車からレイとキャシーが降りてきたところにアランがやってきた。
「レイノルド公子殿下、シルフィーネ殿下、お待ちしておりました。
ヴィンス、キャシー、一緒に行こう。」
アランの案内で向かったのは謁見の間…ではなく国王の執務室だった。
「陛下、レイノルド公子殿下たちをお連れいたしました。」
「ああ、アラン。ありがとう。」
ヴィンス、シルフィーネ、レイ、キャシーが座ったところで、国王は口を開いた。
「レイノルド公子、今回の件はすまなかった。」
「いいえ、陛下。挨拶をしたときにも申しましたが、今回の件は私にとって僥倖だったのです。」
レイはキャシーを見つめる。
「国王としても喜ばしいことだ。」と微笑む。しかし、何が起きているのか半分も分かっていないシルフィーネが国王を見つめた。
「フィーネに説明しないとな。
2ヶ月前、クリストフがキャサリンに婚約破棄を突きつけたのだ。」
「えっ!?ど、どういうことです!?婚約、破棄!?」
「クリストフ殿下とイリス嬢は恋仲になったので
互いに婚約を破棄すると宣言なさいました。」
「そんなことが…」
「ヴィンセントとイリス嬢の婚約は既に破棄されておりますが、クリストフ殿下とキャサリンの婚約破棄はまだ成立しておりませんでした。つまりクリストフ殿下とイリス嬢の婚約も成立しておりませんでした。
陛下は公子殿下の学院視察を成功させたら婚約をお認めになるとクリストフ殿下におっしゃいました。」
「あっ…だから、お兄様がイリスさんとご一緒していたのですね?
キャサリンがいるのにイリスさんと一緒にいることが不思議でしたが…。」
「視察の出来は駄目であったが、王妃がクリストフたちの婚約を認めてほしいと言ったのもあって、クリストフとキャサリン嬢の婚約破棄の書類を受理してイリス嬢との婚約を認める書類を作ることになった。」
「陛下、レイノルド公子殿下と妹の書類にもサインをお願いいたします。」
ここまで黙ってきいていたヴィンスが書類を取り出した。
「当主代理として私のサインは済んでおります。」
「本当にノーヴァ公爵家とサフィス侯爵家は準備がいいな。」
「お褒めに預り光栄です。」
「城へ着いたときから思っていましたが、レイノルド殿下とキャサリンは…」
「やっと告白が成立したのですよ、シルフィーネ王女。」
「まあ!素敵!よかったわね、キャシー!」
「ええ。ありがとう、フィーネ様。」
「元々、レイノルド殿下からお話を頂いておりましたし、父から妹の婚約に関しては私に一任してもらっておりますのでご安心ください。」