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「君たち、何を話しているんだ?というかヴィンセントにキャサリン、君たちは何しに来たんだ?」
「「宰相閣下より依頼されてこちらに。」」
クリストフの問いにヴィンスたちは答える。
「ヴィンスとキャサリン嬢は大公国とカルリア王国の交易を再開させた立役者ですよ、クリストフ殿下。」
「「えっ!?」」
『そんなことも知らずにキャサリン嬢と婚約していたというのかい?しかも、バネード嬢はヴィンスの婚約者だったのだろう?』
「ふふ。そうですわ。」
「キャサリン、公子殿下は何と?」
「サフィス侯爵家の活躍を知らずに婚約者に据えていたのかと驚いておいでです。」
「ヴィンセントもキャサリンもどうしてそんなに話せるのだ?」
クリストフはイリスよりも勉強ができないふたりが普通に話せることにまだ納得していない。
「クリストフ殿下、サフィス侯爵家は国交の要を担っている一族にございます。
ですから、サフィス侯爵の子は男女関係なく幼少時から他国語を学びます。」
「サフィス侯爵家に連なる家も家督を継ぐものに他国に関する教育を施します。」
ヴィンスとキャシーの話しは意外だったのか、ポカンとするクリストフとイリス。
「ここからはヴィンスとキャサリン嬢に案内を頼むことにするよ。」とレイノルドが言ったのでクリストフはその場を離れることしかできなかった。
そして、三人はまたコルディス語で会話を始めてしまった。
しかし、イリスは見下していたキャシーが言語を問題なく扱えていることに物申した。
「キャサリンさん、本当はコルディス語を適当にお話しているのではありませんか!?
だって、いくら幼少時から学んでいたとしても、公用語並みに話せるなんておかしいわ!」
「おかしいと言われましても…」
「あのさ、バネード嬢。いい加減にしてくれない?
気分悪いから早くクリストフ殿下の元に戻りなよ。
これ以上、キャサリンとの時間を邪魔しないでくれ。」
「レイノルド殿下、私もおりますが?」
「ヴィンスは空気が読めるだろう?」
「全く…。お人が悪いですね…。
イリス嬢、クリストフ殿下と陛下の元へ向かってください。」
「えっ!?ど、どうしてよ!?」
「宰相閣下から、私たちに案内役が変わったら直ぐに王城へ行くように伝えるよう指示を受けました。」
「どうして宰相閣下が…?」
「あの、イリス様は宰相閣下と私たちの関係をご存知ないのですか?」
ヴィンスは「まさか、元とはいえ婚約者だった相手の親戚関係位は把握しているだろう?夫人になる予定だったんだし…」と思ったがイリスは大声を出した。
「知るわけないでしょ!?格下の侯爵家のことなんて!」
凡そ公爵令嬢にあるまじき態度だと顔を顰めたレイノルド。
「もうさ、俺の前から消えてくれる?」
【アイスウォール】と唱え、自身とイリスの間に氷の壁を創るレイノルド。
そして「きゃっ!!」と彼女が尻もちをつくのもお構いなしに「キャサリン嬢、行こうか?」と手を差し出した。
「レイノルド殿下、私はクリストフ殿下たちを馬車までお連れしてきます。」
「そうか。ヴィンス頼む。行こう?」
「はい、レイノルド殿下。ヴィンスお兄様、先に行っていますわ。」
「妹をお願いします。
クリストフ殿下、イリス嬢、行きますよ?
【ウイングロード】」
ヴィンスは歩けないイリスとフラフラ歩くクリストフを風の魔法で誘導し、馬車乗り場でバネード公爵家の馬車を見つけた。
「ヴィンセント=サフィスだ。悪いがクリストフ殿下とイリス嬢と王城へ運んでくれるか?」
御者とイリスの侍女に声をかけた。
「お、お嬢様!?それに殿下まで!?サフィス様、いったい何があったのです?」
「ん?色々…?とにかく、宰相であるノーヴァ公爵には伝令を送ってある。門兵に私の命令でふたりを連れてきたと伝えれば通してもらえるはずだ。」
「しょ、承知しました!」
「そうだ、イリス嬢。私たち兄妹とノーヴァ公爵との関係を侍女に訊いてみたら宜しいかと。それでは。」
ヴィンスは馬車の扉を閉め王城へ向かわせた。
「さて、どうするかな…キャシーたちの元へ戻るのも野暮だし…かと言って、このまま帰るのも…」
彼が悩んでいる姿を遠くで眺めている女性がいた。
「ん?気配がする…。この気配は彼女だな。
はは。バレていないと思っているところが可愛らしいな。」
彼は彼女の元へ向うことにした。
「王女殿下が覗きですか、シルフィーネ様?」
「ヴィンセント!?」
彼女の名前はシルフィーネ=カルリア。クリストフの妹王女でキャシーと同じ年である。
「あ、あの、姿が見えたので…つい…。」
「あなたは正直な御方ですね。シルフィーネ様、お時間はありますか?」
「えっ!?ええ。」
「実は今、妹が公子殿下をご案内しているのですが、私は空気を読んでふたりの元へは戻りたくないのです。ですが、終わるまでは妹を待たなければなりません。
お時間あるならば、お茶でもいかがですか?」
「も、もちろんですわ!」
パッと花が綻ぶような笑顔になったシルフィーネに微笑むヴィンス。
「では、参りましょうか?」と腕を差し出すと彼女は「はい。」とエスコートに応じてくれる。
その仕草がまた可愛くヴィンスの心は満たされていくのだった。
………
「案内は以上になります。」
「ありがとう、キャサリン嬢。」
「ふふ。お役に立てましたこと嬉しいですわ。」
「そうだ。サフィス侯爵に晩餐に招待されたんだ。」
「そうなのですか?」
「うん、この国とコルディス以外の国の料理を作ってくれる料理人がいるのだろう?」
「はい。実際に他国を回れるのは嫡男であるお兄様だけなので、私や母は屋敷で他国の味を学ぶのですわ。」
「なるほどね。」
「私、コルディスのパンチャーが一番好きなのですわ。」
「嬉しいね。祖国の料理を気に入ってもらえているなんて。」
「きっと、父はコルディスの国交再開を一番望んでいらっしゃったので、コルディス大公国から最初に学びましたの。」
「侯爵が?」
「はい。一番最初にコルディスの植物、ハーブに目をつけたのは父なのです。確かに私がレイノルド殿下や外交官たちと交渉はしましたが、着眼は父なのです。
母が紅茶よりもハーブティーが好きなのもあって、輸入したいと考えていたのだと思います。」
「そうだったんだ。」
「ふふ。サフィス家は政略結婚なのに仲が良いのですわ。
それよりもお兄様が戻ってきませんね?」
「ヴィンスは空気を読んで戻ってこないんだ。」
「それはどういう…?」
レイノルドはキャシーの髪を一房取って口づけを落とす。
「僕の気持ちに気づいているよね?」
「私はまだクリストフ殿下の婚約者ですわ…。」
「婚約破棄は本日中には成立するよ?
クリストフ殿下たちが王城へ戻ればノーヴァ公爵が手続きを進めてくれる。」
「それは…そう…ですけど…」
「僕たちの気持ちは一緒だと思っていたけど、違った?」
「ズルいですわ…。」
「はは。君の美しさと聡明さに惚れた。
キャサリン、愛している。僕の伴侶となって大公妃として君の知識、経験を活かしてほしい。」
「私…」
「もしも僕の求婚を受けてくれるのなら、レイと呼んでくれ。それと、僕の愛は重いから覚悟して?」
「レイ、私もあなたが好きです。」
レイはキャシーを腕に閉じ込めた。
「ねえ、ヴィンスみたいにキャシーって呼んでいい?」
「もちろんです。」
「キャシー、ずっと一緒にいてくれる?」
「はい…。」
………
ヴィンスはシルフィーネとお茶をして過ごしていた。
その時、胸のポケットが光った。
「通信…?」
「ヴィンセント?急ぎならば出て?」
「妹からなのですが…」
「キャシーから?」
「失礼しますね。[キャシー?どうしたんだい?]」
[ヴィンスお兄様、どちらにいらっしゃいますの?]
[シルフィーネ様と王族専用スペースでお茶をしている。案内は?]
[終わりましたわ。]
[ではレイノルド殿下は城へ?]
[僕はまだキャシーと一緒にいるよ!]
[おや?殿下、嬉しそうですが、やっとですか?]
[うん!それで、ヴィンス。悪いけど一緒に王城まで来てくれない?侯爵代理なんでしょう?]
[今はシルフィーネ様との大切な時間なのですが?]
[王女殿下と一緒に行けばいいんだよ!ねえ、王女殿下も聞こえていますよね?]
急に話を振られたフィーネ。
[レイノルド殿下、聞こえていますわ。
話はよく見えませが、ヴィンセントと城へ向かえば宜しいのですか?]
[ええ。お願いできますか?]
[分かりましたわ。]
4名は王城に集合することになった。