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(カルリア王国王城)
コルディス大公国から視察に訪れたレイノルドは国王に挨拶をする。
「カルリア国王陛下にご挨拶申し上げます。レイノルド=コルディスにございます。」
「レイノルド公子、よくぞ来た。
しかし、以前よりも言葉が流暢になったようだな。」
「ええ。私にとってカルリア王国の言葉を理解し話せることは最重要でしたので。」
「そうか。今回の視察は迷惑をかけると思うが…」
「いいえ、国王陛下。迷惑などではありませんよ。むしろ僥倖です。」
「はは。ではサフィスよ。後は頼むぞ?」
「はい、陛下。コルディス公子殿下、こちらへ。」
「サフィス侯爵、宜しく頼みます。」
謁見を終えレイノルドとサフィス侯爵は商会へと向かった。
「公子殿下、あの手紙の内容は本当ですかな?」
「ええ。本当ですし、私は本気ですよ。
おっと…ここからは『こちらで話をしてくれると助かりますね。』」
『承知しました。』
レイノルドの意図を汲んだ侯爵はコルディス語で返事をした。
『ノーヴァ公爵家とサフィス侯爵家の言語はとても流暢で助かります。』
『我が家も公爵家も幼い頃から他国語を学びますから、成長してから覚えている輩とは違うのですよ。』
『なるほど。子息たちが流暢なのもそのせいか。』
『左様です。』
………
レイノルドはサフィス侯爵家の商会を周り、自国の製品がどのような形で出回っているのかを視察しながら一週間王城へ滞在した。
そして、いよいよ学院への視察当日。
『コルディス大公国の公子、よくぞ我が国へいらっしゃった。クリストフ=カルリアです。』
『コルディス大公国の公子殿下にご挨拶申し上げます。
クリストフ殿下とご案内をさせていただきます、イリス=バネードと申します。どうぞイリスとお呼びください。』
学院で出迎えたクリストフとイリスは「練習してきたぞ(わ)!」とわかるような挨拶をしてきた。
『レイノルド=コルディスです。クリストフ殿下、バネード嬢はじめまして。宜しく頼みます。』
『『ふぁい』』
ふたりの返事に吹き出しそうになるレイノルド。
コルディス語の口の動かし方は独特だ。クリストフたちは「はい!」と言ったつもりでもレイノルドには、とても変に聞こえてしまったのだ。
しかも、国王は本当にふたりだけに彼の対応をさせたいらしく、通訳もいない。
『こひらえ、どぞ』
『ああ。案内の前に学院長に挨拶をしたいのですが?』
レイノルドがふたりに問うが聞き取れなかったらしく、固まってしまう。
「ね、ねえ、クリス様。レイノルド様は何て仰ったの?」
「お、俺に聞かれても困る!イリス、君はキャサリンよりも優秀なのだろう?」
「当たり前ではありませんか!」
その会話を全てレイノルドは理解しているが知らないフリをする。
『レイノルド殿下、もう一度仰ったください。』
『学院長の部屋は?と聞いたのですが?』
「学院の長…ああ!学院長室ですわね!『ふぁい、ご案内します。』」
『バカな王子と新しい婚約者だな…』
とレイノルドは呟くもふたりの耳には届かない。
しかも、そんな様子をレイノルドが会いたがっていた彼女とその兄が陰ながら見守っていると思うと俄然懲らしめてやろうという気持ちが強くなった。
学院長へ挨拶を済ませてクリストフたちに院内を案内されたレイノルドであったが、言葉が通じなすぎて話が入ってこない。
『彼女だったら、もっとスムーズに会話できるのに…疲れる…』
『どかされまひた?』
『何でもありませんよ、クリストフ殿下。
それよりも、魔法の練習場を見学したいのですが?』
「練…場?」
『わからないのですか?練習場ですよ?魔法の。』
「魔法…ああ!『魔法の修練場ですね!こちらえ。』」
………
「お兄様、レイノルド公子殿下はあの状況を楽しんでいらっしゃいますよ?」
「はは、そのようだね。」
「クリストフ殿下たちが何かをやらかすのを待っているような…」
「流石、キャシー。その通りだよ。」
「えっ!?何故です!?最悪、国際問題に…」
「それは大丈夫。レイノルド公子殿下はこの状況を全て把握しておられるから。
それにそのために俺たちがいるからね。」
ヴィンスはサフィス家に届いたレイノルドの手紙の内容を知っているし、わざと自国語しか話していない経緯についても見当がついていた。
「修練場へ向うようですが大丈夫でしょうか?本日は火魔法の一学年が使っております。」
「レイノルド公子殿下は魔法に優れておられるから平気だよ。それに案内しているのはクリストフ殿下たちだけでも、陰で護衛がついている。
とにかく、俺たちも修練場へ向かおう。」
………
『こちらが修練場。本日も火魔法の一学年が使用して…』
クリストフが説明していると、バリアで跳ね返ってきた炎が彼らの近くに飛んできた。
【ミスト】と小さく唱えたのはヴィンスだ。
万が一にも当たっては大変だと発動させたが、レイノルドは口角を上げてヴィンスたちが隠れている方向を見やった。
「公子殿下には必要なかったようだ。」
「そのようですね。流石は魔法神の愛し子ですね。」
「おい!危ないではないか!コルディス大公国の公子が怪我をしたらどうするんだ!?」
「そうよ!私たちにも当たったかもしれないのよ!?
この国の未来を担うクリス様と私が怪我をしたらどうするつもり!?」
「も、申し訳ございません…!!」
「謝って済む問題ではない!」
「ひぃぃ!!」
『落ち着いてください、クリストフ殿下、バネード嬢。
彼に悪気があったわけではないのだから。それにミストで防いだので平気です。』
レイノルドが謝りにきた生徒に大丈夫であると告げると彼は流暢なコルディス語で返事をした。
『コルディス公子殿下、寛大なお言葉感謝いたします。』
『君の発音は綺麗ですね?どこで学んだのです?』
『私はサフィス侯爵家に連なる伯爵家の人間で商会の一つを運営しております。先日輸入を開始したハーブを取り扱っております。』
『なるほど。はは。実は案内役のふたりは発音が聞き苦しいことがあってね。』
『左様でしたか…。』
「おい!貴様は公子と何を話しているんだ!?」
苛々した様子で伯爵子息を問いただすクリストフ。
「クリストフ殿下、公子殿下は火魔法はコントロールが難しいから頑張れと私を励ましてくださいました。」
「そ、そうか。」
「はい。それでは修練に戻ります。」
『公子殿下、迷惑をかけて…』
『心配いりません。では最後に食堂を案内してくれますか?』
『ふぁい!』
カフェに着くとお茶が用意されている。
『こちら、コルディスのハーブを使用ひたハーブティーです。』
『バネード嬢、ありがとうございます。』
レイノルドは一口含むと首を傾げた。
『クリストフ殿下、バネード嬢。これは本当に我が国のハーブですか?』
『そですが何かありますたか?』
『舐められたものです。これはコルディスの物ではありませんね?』
「な、何故怒っていらっしゃるのかしら…?舐め?と聞こえたような…」
「さ、さあ…?『あの、公子殿下?』」
レイノルドはこのふたりとの会話に疲れたのでカルリア語で話すことにした。
「カルリア語で話して問題ありませんよ。僕はしっかり理解できますから。
あなた方とコルディス語で話すのはとても疲れるので。子どもと話しているような感覚になりました。」
「なっ!?普通に話せるならば言ってくれたら!」
「そうですわ!私たちたくさん勉強しましたのに!」
「はあ…そもそも、外交を担っている私が自国語以外も話せるのは当然でしょう?」
「お兄様、これはいかなけばなりませんね?」
「そうだね、キャシー。」
ヴィンスとキャシーは三人の元へやってきた。
キャシーを見つけたレイノルドは破顔してこちらへやってくる。
『キャサリン嬢!会いたかった!』
『レイノルド公子殿下にご挨拶申し上げます。お久しぶりにございます。』
『レイノルド公子殿下にご挨拶申し上げます。』
『ああ、ふたりとも久しいね。
それよりもキャサリン嬢、婚約破棄されると聞いたよ?』
『はい。もう間もなく成立する運びです。』
『そうか!そういえば、クリストフ殿下たちがこのハーブティーをうちの国のハーブを使ったって言ってるんだけど、全く味が違うんだ。』
三人はコルディス語で会話をしていてあまりにも流暢であり、クリストフたちは理解が追いついていない。




