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仕事を終え、湯浴みを済ませたヴィンスは夫婦の寝室へ入った。

彼は柄にもなく緊張している。


「フィーネ、待たせてしまってごめん…。」

「ヴィンス、お父様がごめんね?」

「提出期限を変えられただけだから、そんなに打撃はないよ。」


フィーネの頭を撫でる。


「お疲れ様。」

「フィーネもお疲れ様。」

「うん…。」


彼女はヴィンスに抱きついた。


「貴方と夫婦になれたのがとても不思議。

夢とかではないよね?」

「夢じゃないよ。フィーネはシルフィーネ=サフィスになって、俺の奥さんになった。」

「うん…。」

「フィーネ…。」


優しい口づけは徐々に深いものになっていく。


「フィーネ、愛してる…。」

「私もヴィンスを愛してるわ…。」


ふたりは忘れられない夜を過ごした。

………


挙式後、ヴィンスたちは穏やかな日々を送っていた。

フィーネは侯爵夫人として社交を続け学院時代の友人たちと夫のために活動している。


「フィーネ、少しいいかな?」

「何かしら?」

「コルディスへ行く日程なんだけど、転移で行こうかと思ったんだけど…」


彼らが婚姻してもうすぐ一年。

近々キャシーとレイノルドの挙式が予定されている。

最初、ヴィンスたちは転移して前々日にコルディス大公国へ入国する予定だった。


「転移だと…負担があると思うんだ。」

「そうね…。先生に付き添いをお願いして馬車かしら?」


婚姻後、程なくしてフィーネは懐妊した。安定期には入っているが、転移は魔力酔いがあったりするので母胎によくない。


「そのほうがいいと思う。だから、父上と母上と一緒に馬車でゆっくり行こう?」

「そうね。そうしましょう。」


そうして、ヴィンスたちは前サフィス侯爵夫妻とコルディスへ向かう予定になった。



(出発当日)


「フィーネ、大丈夫かい?顔色が優れないよ…?」


朝、起きたときから顔色が悪かった彼女を心配してヴィンスは声をかけた。


「ちょっと気持ちが悪いみたい…」

「出発を遅らせようか?」

「それは悪いわ…式に遅れたら困るもの…

キャシーに悪いし…」

「キャシーに悪いと思うならばゆっくり行こう?

調子が悪いのに強行してきたと知ったら叱られるよ?」

「そうかも…」

「父上たちには先に行って貰おう。いざとなったら一発で転移しないで休み休み行って、父上たちと何処かで合流すればいい。」

「そうするわ…。」

「君は休んでいて?父上たちが到着したら話しておくから。」

「私も挨拶を…」

「だーめ。部屋で休んでいなさい。」

「うう…わかったわ…」


侍女に付き添われ寝室へ戻るフィーネ。

そして医者を呼ぶと、赤ちゃんの魔力が多くなっているので悪阻や気分不快を起こしているのだろうといわれた。


「ヴィンスと私の子だから魔力が多いのね。」

「そうだね。」


そんな話をした翌日。


「奥様に陣痛が始まったようです。」

「予定日まで、まだあるのにか!?」


医者がわざわざヴィンスに報告に来た。


「はい。」

「わかった。いろいろと連絡してから部屋の近くで待機する。産婆が到着次第、侍女に案内させよう。」

「承知しました。」


ヴィンスは両親とキャシーたちに通信を入れ状況を説明した。

キャシーは挙式が終わり次第、レイに転移させてもらいますわ!と息巻いていたが、彼は兄としてそれは駄目だと諭した。

両親は挙式が終わったら一月程滞在するつもりだったけれど、少しだけ予定を短めにして戻ってくることになった。


陣痛が始まってかなりの時間が経過し、日付を越えたときに、産声が屋敷に響き渡った。


「サフィス侯爵様、おめでとうございます。

元気な男の子がお産まれになりました。」

「そうか!ああ!よかった!」

「もう少ししましたらお部屋へご案内できますので。」

「わかった。」


ヴィンスは準備ができるまでに魔法で手紙を送り、男児が産まれたことを報せた。


「フィーネ、お疲れ様。」

「ヴィンス、ねえ見て!とても可愛いのよ!」

「ああ、可愛いね。髪の色は君と同じだ。」

「瞳は貴方と一緒よ?抱いてあげて?」

「ああ。可愛いな。」

「この子の顔を見たら疲れが吹き飛んだわ。」

「そうか。父上たちやキャシーには魔法で手紙を送っておいたから。」

「ありがとう。そうだ、名前はどうするの?」

「名前は…」


彼は彼女の耳元で考えていた名前を告げる。


「素敵な名前だわ。」

「気に入ってくれた?」

「あの古語の物語に出てくる名前ですもの、気に入ったわ。」

「ライオス、産まれてきてくれてありがとう。」

「ライオス、私たちの元に産まれてきてくれてありがとう。」


ヴィンスとフィーネは産まれた我が子に祝福のキスをした。


………


ライオスが生まれて7年の月日が経った。

真っ直ぐにすくすくと育ったライオスは魔法も語学も同年代で右に出るものはノーヴァ公爵家の嫡男(ライオスの従兄)位になっていた。

ライオスが生を受けてから二年後に長女セレーネが、さらにその三年後には次男ゼノンが誕生した。

ヴィンスは商会の関係で街や国を転々とする機会が多くなっていたが、転移魔法でほぼ毎日帰宅していた。



「フィーネ、セレーネ、ゼノンただいま。」

「ヴィンス、お帰りなさい。」

「お父さま、おかえりなさい。」


まだ幼いゼノンを抱きフィーネがヴィンスに微笑み、セレーネがヴィンスに抱きついた。

彼女を抱き上げると部屋の扉が開き、ライオスがやってきた。


「父上、お帰りなさい。」

「ライ、ただいま。どうかしたのかい?」

「ダピールについて教えてほしいのですが?」


ライは自身で何を学びたいのかヴィンスたちに言ってくるようになっていた。


「ついこの前まではコルディス大公国だったのに、もう終わったのかい?」

「はい!ですから、今らダピールについて学び始めようかと。」

「そうか。」

「ふふ。なら、私はお父様ではなく執事のブランに教えてもらえばいいわ。」

「ブランにですか?」

「彼ほどダピールに詳しい人間はこの王国にはいないよ?」

「わかりました!ブランー、どこにいる!?」


ライオスはバタバタと部屋を出ていく。


「ライオスは好奇心旺盛ね。」

「幼い頃からいろいろなことを吸収することはいいことだよ。」

「それもそうね。あ、そういえばヴィンスに伝えたいことがあったのよ。」

「どうしたの?」

「あのね、家族が増えるの。」

「えっ!?」

「ふふ。」

「お母さま、かぞくがふえるって?」


セレーネが不思議そうに問いかける。


「弟か妹が増えるのよ?」

「フィーネ、本当?」

「ええ、本当よ。」


ヴィンスは子どもたちごとフィーネを抱きしめた。


「ありがとう、フィーネ。」

「ゼノンもお兄さんになるの?」

「そうよ。また家族が賑やかになるわね。」

「旦那様、奥様、ライオス坊っちゃんをお連れしました。

明日はお休みですから、どうぞ家族団欒を楽しんでくださいませ。」


ブランがライオスを連れてきて、彼にも子が出来たことを伝える。


「弟妹が増えるのですね!母上、おめでとうございます!」

「ありがとう。ライ、お兄さんとして宜しくね?」

「ライオス、明日は休みだから久しぶりに家族でゆっくりしよう?」

「はい!」




後にフィーネはヴィンスそっくりの双子の姉弟を出産した。


「フィーネ、この子たちを産んでくれてありがとう。愛しているよ。」

「ヴィンス、私をこの子たちの母親にしてくれてありがとう。私も愛しているわ。」


5人兄妹になったサフィス家の子どもたちが持ち前のカリスマ性を発揮するのはもう少し後の話…。

ヴィンスとフィーネが年を重ねても仲のよい夫婦として社交界で語られることになるのももう少し後の話…。

完結です。


お読みいただきありがとうございました。

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