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ダピール国の反乱後、ヴィンスたちは元通りの生活に戻っていた。
ヴィンスは夜会の後にレイノルドから転移魔法を教えてほしいと言われて教えたら、週に一度はサフィス邸へやってきて少ない時間でキャシーとお茶をして過ごすようになった。
それでなくても毎日、昼食師や帰宅後に通信している。レイノルドの溺愛はキャシーですら驚くものだったようだ。
ヴィンスとフィーネの仲もとても順調だった。
「ヴィンス、いらっしゃい。」
「フィーネ、お待たせしましたか?」
「時間通りよ。座って?お茶をお願い。」
彼が隣に座ったのを確認して侍女に指示を出した。
「フィーネ、もうすぐ卒業ですね。」
「ええ、実感はないのだけど。」
「俺もそうでしたよ?卒業するってことは当主になるのか。と漠然としていました。」
「卒業したらサフィス邸で暮らすことがとても不思議なの。」
「そうですね。妹の大公妃教育も無事に終わったので卒業後は早い内にコルディスへ輿入れすることになりますし、寧ろこれから忙しくなりますよ?」
「本当ね。」
「そうだ…忘れないうちに。」
ヴィンスはポケットから小さな箱を取り出し、彼女に渡す。
「開けていい?」
「ええ。」
「素敵なブレスレットね…。それに綺麗な宝石…これ魔法が籠められているのね?」
「はい。
この宝石は偶然見つけた鉱脈から発見されたもので、私が加工して作ったものです。」
彼はダピールから職人を呼び寄せて新しい事業として魔石造りに取り組んでいる。
「ヴィンスが?」
「はい。俺の魔力を籠めてあります。フィーネをお護りするように。」
「嬉しい。大切にするわ。」
彼女はヴィンスに抱きついた。そんな彼女に古語を唱えながらブレスレット着ける。
「今、なんて言ったの?」
「ん?秘密です。」
「ズルい…。」
「はは。何と言ったのか知って、引かないでくださいね?」
「そんなことしないわ!」
「古語で永久に外れないお呪いをかけました。」
「えっ?」
「俺が死ぬまで外れません。」
「貴方が死ぬまで?」
「はい。フィーネは俺のものですから。」
「嬉しい…。」
「えっ…?引かないでとお願いはしましたが、本当ですか?」
フィーネの予想外の返事に戸惑うヴィンス。
「嬉しいに決まっているわ。常にここにあるのでしょう?会えない間も貴方を感じられるもの。」
彼女はブレスレットに優しく触れる。
「私も何か貴方に永久に身につけていてほしいわ。」
「では、もう一つ造りましょう。そして俺に着けてくれますか?」
「もちろんよ。」
ふたりは微笑みあってから、口づけを交わした。
その日のお茶の時間が終わり、ヴィンスは帰宅していった。
「本当に綺麗ね。ヴィンスの瞳の色と同じ宝石…。」
夜、フィーネはブレスレットを見ながらヴィンスの顔を思い浮かべる。
「さっき会ったばかりなのに、また会いたいだなんて…
通信してみようかな?」
彼女はそう思い、通信機を取り出そうとすとブレスレットが光った。
「えっ!?光ってる!?どうして…」
[こんばんわ、フィーネ。このブレスレットは通信もできるのですよ?]
ヴィンスの声がブレスレットから聞こえた。
「えっ!?これ通信機にもなるの!?」
[はい。通信機能と位置情報が探知できて、外部からの魔力に干渉されないようになっています。
だから、外れないように呪いをしました。
それと、通信は俺にだけしかできません。]
「すごいわね!」
[そこまで喜んでもらえて、俺も嬉しいです。]
「ふふ。」
その後、ふたりはフィーネが寝落ちするまで通信を続けたのだった。
余談だが、フィーネがつけたブレスレットには他にも呪いや禁呪といった悪意あるものを弾く効果や、彼女に物理的に何か衝撃が加わったりしたときに緩衝するような魔法が発動するようになっている。
これは造った本人以外には秘密である。
………
今日はフィーネとキャシーの卒業パーティーである。
「キャシー、とても綺麗だよ。」
「お兄様、ありがとうございます。
フィーネ様の装い、楽しみにしていてくださいね?」
「そうだね。」
本当はヴィンスがドレスを贈りたかったのに国王からフィーネへの最後のプレゼントにドレスを贈りたいと言われていたのだ。
「そろそろ出発しようか?キャシーと馬車に乗る機会も最後かな?」
「そうですわね。少し寂しいですね…。」
「キャシーはこれから幸せになるんだよ?そんな顔してはいけないよ?
しかも、そんな顔をさせたとレイノルド様に知られたら大変だ。」
「ふふ、そうですね。お兄様、城までのエスコートをお願いできますか?」
「ああ。俺の可愛い妹よ、行こうか?」
「はい。」
ヴィンスたちは馬車に乗り込んだ。
「フィーネ、お待たせしました。ああ!とても美しいです!陛下もなかなかでやりますね。」
「ふふ、ヴィンスの装いも素敵よ。」
「可愛いすぎるのも罪ですね。」
「レイノルド公子殿下、ここから妹をお願いします。」
「ああ。ヴィンス。いや、お義兄さんと言ったほうがいいのか?」
「やめてくれると嬉しいですね。誰に聞かれてるかわかりませんよ?」
「はは。では、キャシー行こうか?」
「はい。」
歩みを進めながらキャシーをべた褒めするレイノルドだった。
「キャシーと過ごすのも数えるほどね。」
「ええ。ですが、妹が幸せならばいいのです。キャシーの笑顔を護るのは俺ではなくなったのです。」
「これからは私を護ってくれるのでしょう?」
「もちろんです。これらずっと一緒にいてくださいね?」
「ずっと一緒にいるわ。」
………
「奥様、準備が整いました。」
「ありがとう。」
「旦那様を呼んでまいります。お待ち下さい。」
奥様と呼ばれて頬を赤らめる彼女の姿がそこにある。
今日はヴィンスたちの結婚式だ。
フィーネが卒業して一年以上が経過し、やっと式を行うことができた。
「フィーネ、とても綺麗だ。」
「ヴィンス、ありがとう。貴方はとても素敵だわ。」
「参加者がお待ちだから行こうか?」
「ええ。」
彼と腕を組み、聖堂の前に着くとすでに泣き腫らした顔の国王が侍従長に宥められていた。
泣きすぎでタオルが三枚目に突入したらしい。
「陛下、お待たせしました。」
「お父様…いえ…陛下。お待たせしました。」
「フィーネよ…いつでも城へ会いにきてくれ…」
「ふふ。他国へ嫁ぐわけでもありませんのに。」
「ヴィンセントよ、娘を頼む。」
「はい、陛下。私の命にかえてもお護りいたします。」
「愛の女神に誓います。私はシルフィーネ=カルリアを永久に愛し、いつ、如何なるときも支えてまいります。」
「愛の女神に誓います。私はヴィンセント=サフィスを永久に愛し、いつ、如何なるときも支えてまいります。」
「ここに誓いがたてられた。神のご加護があらんことを。」
「お兄様、フィーネ様、おめでとうございます。」
「ヴィンス、フィーネ様、おめでとう。」
「キャシー、レイノルド様、ありがとうございます。」
様々な人たちからの祝福を貰い、ヴィンスとフィーネの式は終わったのだった。
………
「おい、結婚式の当日に仕事をいれるとは何事だ!?」
サフィス邸に帰ったヴィンスは仕事を仰せつかった。
国王が悪足掻きしているので、我慢してくれ。とエリック王太子とアランから言われたのだ。
「国王ともあろうお方が俺だけ明日までに提出にさせるとはな…」
「旦那様、私がやっておきましょう。」
「ブラン、気持ちは有り難いが、この位なら支障はないよ。すまないがフィーネの準備はゆっくりしてもらってくれ。」
「承知したしました。」
「フィーネと結婚できたのだから、サフィス領に死角はないようにしなければならないから、自身で片を付けるよ。」
「はい。私も微力ながらお手伝いいたします。」
「微力なんてものじゃないよ。ブランには助けてもらっている。
明日からの休みの間は君に任せるから、今日はもう休んでいいよ。」
「はい、では失礼いたします。」
ブランが執務室を出た後にヴィンスは尋常じゃないスピードで仕事を片付けたのだった。




