第九話:お礼の品
「キャレさま、お早うございます」
小間使いに案内され、朝食前のお祈りを礼拝室で捧げるため、廊下を進んでおりましたの。
しばらく進むと、建物の左側にある、男性用の客室から出て直ぐの廊下の椅子の上。階段近くの椅子に腰掛け、優雅に足を組まれた、人待ち顔のキャレさまがおられましたの。
この時間にお会いするのは、分かっておりました。ですが、失態と、抱き上げて運んで頂いた事が思い出され……
しかしながらキャレさまは、そんな事はお気になさっているご様子はお見受けできませんかも?
彫像のような無表情から一変。にこりと微笑まれましたもの。
細くなった目。緩んだ頬。口角の持ち上がった口元……
そして、
「お早う、カナリア嬢。そろそろ貴女も礼拝に向かわれる頃かと、お待ちしていました」
甘さを含んだ、柔らかく穏やかな声でそう仰ると立ち上がられ、すっと手を差し出されましたもの。
「私をでございますか?」
そのご様子にほっとしつつ、お待ち頂いていたのが良く分かりませんでしたわ。
もちろん、とても嬉しいですわよ。
優雅で見目麗しい男性に、こんな風にされて嫌な訳がありませんでしょう?
「うん。同じ所へ向かうのだ。散歩も兼ねて、エスコートをと思ってね」
「それは……」
皆、一階にある礼拝室へ向うのは事実。朝はこちらで朝の祈りを。夕方にも、祈りを捧げますもの。
「はい、ご一緒させて下さいませ」
一瞬、下がりかけた眉。それが申し訳なく、ご一緒にと申し上げましたらば。それはもう、驚くほどの笑顔になられましたわ。
あ、またあの目。僅かに潤んだ、きらきらした瞳……
この瞳に、勝てる者はいないように思いますわ。
◇
国王陛下が季節ごとに城を移る事がなくなられ、同じ城に住まわれるようになられて……
十数年かしら? それに伴い、廷臣の皆様は王城にお部屋を賜り、生活なさるようになられましたのよね?奥様やお子様は、それまで通り領地にいらっしゃいますが……
廷臣の皆様以外の方々は、春から夏の間、議会への出席などの為、王城へ参じられます。
もちろん、公爵閣下は王城に詰めておられますわ。王城は公爵閣下の領地から、馬で一日程の距離。本来なら月に一度、領地へお戻りになれるかどうかの生活と思われますの。
ですが、私の知る限り……。そうね、公爵閣下は月に数回、居住塔城へお戻りになられますの。そして、公爵閣下のご帰還とご一緒に、必ずキャレさまもいらっしゃるのは不思議ですわ。
「マリエッタ、また世話になる」
「貴方……。本当にお仕事しておりますわよね?」
「当たり前だろう。午後の狩りや鷹狩の時間を削って、ここへ来る時間を捻出している」
「それなら宜しいの。只、時間を捻出するのも程々になさいましね? 無理は禁物ですわよ」
「ああ。分かっている」
公爵夫人がご進言申し上げるくらい、キャレさまはいらっしゃるようだわ。……今月、これが四度目のお越しですもの。ご進言の一つも、申し上げたくなられますわよね。
「カナリア嬢、お久しぶりです」
「ご機嫌よう、キャレさま」
「王都で話題の神話劇観劇、楽しみになさっていて下さい」
「それはもう……! 公爵夫人とご一緒に、楽しみにしておりましたのよ」
キャレさまは、いらっしゃる度にエスコートを務めて下さいますの。おかげでキャレさまのエスコートは、少し慣れましたわ。
「素晴らしいドレスを仕立てて下さり、ありがとうございます」
キャレさまはいらっしゃる度に、私にまで贈り物を下さっておりました。今回は王都まで出掛け、話題の神話劇観劇のためのドレスを仕立てて下さいましたの。これには、流石に驚きましたわ。
先日、先触れの後、王都で人気という仕立て屋が参りましたのよ。
そして、公爵夫人のドレスは公爵閣下から。私のドレスは、キャレさまがご依頼して仕立てて下さったのですわ。
それも、移動中のパンツドレス、王都で着るドレスと、ニ着もですのよ。
「王都へ出掛けるのです。女性はこんな時、新しいドレスを仕立てるものでしょう?
王都で流行りのドレスを、お世話になっているお礼に」
私はドレスを新調するゆとりはございませんから、その予定はなかったのですが……
華やかだと伝え聞く王都へ行くのですもの。新しい、流行のドレスが着れるだなんて夢のよう。お気遣い下さったキャレさまには、感謝しかありませんわ。
「本当は、いくらでも作って差し上げたいのだけどね」
「それは、滅相もございませんわ! 王都へ行くにあたり、仕立てて下さったのでもお礼には足りすぎますもの!」
婚約者でもないお方から、そんなに多くのドレスは頂けませんわ!
お淋しそうなお顔をなさいますが、これはご好意のまま、幾つも頂くわけには参りませんもの。
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