第七話:キャレさま
「キャレ。まあ、貴方ったら」
美貌の男性を見詰めていると、公爵夫人が男性……、キャレさまを探しにいらしたの。
「マリエッタ」
キャレさまは公爵夫人に見付かり、極まり悪そうになさっていらっしゃるわね。
「キャレ、狩りの後でしょう? 簡単にお風呂を済ませ、身繕いくらいなさいな」
必要以上の日焼けを好まない貴族女性らしく、傘地の端に沿って長いレースの垂れた日傘の中。公爵夫人は呆れたように、キャレさまをお咎めになっていらっしゃるのだけれど。
咎めていらっしゃるのに、とても慈愛に満ちた声音でいらして、何だか不思議ですわ。
「ああ、それもそうでしたね」
「後でお茶の席で、私のお友達をご紹介しようと思っていたのよ。
お茶の時間に間に合うように、お風呂へ行きなさいな」
「そう致します。マリエッタの『お友達』、又、後程」
美しいボウ・アンド・スクレープをし、キャレさまはそう仰ると、居住塔城へ向かう道を戻られましたわ。
「キャレが無礼を働いて、ごめんなさいね」
キャレさまに声が届かないくらい離れられると、公爵夫人に詫び言を述べられてしまいましたわ。
「公爵夫人、滅相もございません! 高貴なお方が、私に詫び言など……」
貴族は、女性であっても滅多に詫び言は口に致しませんわ。それなのに……!
「貴女は、私のお友達でお客さまですのよ。何かあれば、詫び言も当たり前でしょう?」
確かに、そういう立場としてお仕えする取り決め。とはいえ、公爵夫人が只の男爵令嬢に詫び言なんて……!
「それは少しずつ、慣れて頂くとして……。
散歩なさって、喉が乾いたのでは? キャレ、さっきの男性ね。キャレは良く来るので、紹介も兼ねて、お茶のお誘いに来ましたの」
「お茶のお誘いに? 公爵夫人、御自ら足を運んで下さり、ありがとうございます。喜んでお供致しますわ」
「ふふ。その硬さも、いつか解してね?」
……それは、貴族として無理がございますわ……
そんな事を心で思いながら、公爵夫人と居住塔城への道を、会話を楽しみつつ戻りましたの。
◇
寒さに強い、様々な品種の薔薇。その薔薇の咲き誇る『薔薇園』と呼ばれる、区切られたお庭の中。外でお茶を楽しむ場所という、『東屋』という可愛らしい建物。
そこで公爵閣下、公爵夫人、キャレさま、私の四人が並んでお茶を頂いていますわ。
「先程は、キャレが不躾な事をしたそうだね。よく注意をしておいたから、今回だけ、大目に見てやってくれ」
「本当に、マナーがなっていなくて……。お恥ずかしいわ」
「アルヴァー、マリエッタ。それはもう反省したと言ったろう?」
キャレさまは気品のある美しいお顔を曇らせ、すっかり困っていらっしゃるわ。
「大丈夫ですわ。気にしておりませんわ」
「ああ、そう言ってくれると助かるよ」
「ええ」
気にしていないのは本当でしてよ? それより、見た事もない、この東屋が気になりますわ。
「彼はキャレ。素性は明かせないが、私ともマリエッタとも近しい者だ」
「夫と公爵家の狩り場で狩りをしたり、気晴らしに月に二度か三度来ますの。見知り置いてあげて下さいな」
「先程は、不躾な振る舞いをしてすまなかった……。私はキャレ。お見知り置きを」
「キャレ、こちらはドゥールムン男爵の妹君、カナリア・ダイアモンド・トゥ・ロワイ嬢。
お兄様にお力添えなさって、領地経営の立て直しをなさった手腕が広く知られていらっしゃるわね。他に、三言語が堪能でいらして、弦楽器の名手でもいらっしゃる私のお友達よ」
私の事は、そんな風に言われておりますの? その噂も、どこまで回っているのかしら……
こんな風にご紹介頂くと、とても恥ずかしいわ……
「ドゥールムン男爵エイナル・トロッチェ・トゥ・ロワイの妹、カナリア・ダイアモンド・トゥ・ロワイでございます。どうぞお見知り置き下さいませ」
既に席に付いている為、姿勢を正し、姿勢を変えないまま品良く微笑んでご挨拶させていただきましたわ。
「完璧だね」
「昨日から見ておりますが、マナーも教養もきちんと身に付けていていらして。今のところ、欠点がありませんわ」
「普通は紹介は立った状態で、女性は跪礼。男性はボウ・アンド・スクレープで礼をするが……
普通有り得ないこの状況での紹介に、とっさに微笑むだけの礼が返せるとは……。確かに、完璧ですね」
「我が国ではどんな場合でも、目線を合わせる事が優先されるからね」
「そうなると、頭は下げれませんものね」
「いえ、そんな……」
正式な礼なら、公爵閣下ご夫妻は勿論。執事の方のボウ・アンド・スクレープも、メイド達の跪礼も、こちらの使用人の方たちの方が綺麗な所作でしたわ。流石、公爵家に仕える者は違ってね。私は、まだまだ未熟だわ。
「舞踏会が開ける城を持つ家は、まだ少ないもの。舞踏会へは、一度しか出席した事がないのでしょう? それでは、貴女がどんなに自分がマナーを身に付けているか分かりませんでしたのね」
そう……なのかしら? 私には、他の方たちの方が素敵に見えましたわ。そう思うのだけれど、この日のお茶会では、公爵夫人のお褒めの言葉が止む事はありませんでしたの。
ボウ・アンド・スクレープ
男性のお辞儀。軽く右足を引き、左手を腹部に当て、右手は後ろに回すか自然に垂らす。武器を持っていない事を表す為、右手は体から離して、軽く浮かせるパターンもあるようです。
腹部に手を当てるのは敬意を。肩付近に当てるのは尊敬を表す。
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