第十九話:『唯一、男爵令嬢から王妃になった妃』
「カナリア嬢、すまない。怖かったのではないか?」
「キャレさま。いいえ、兄もおりましたから、大丈夫ですわ」
お兄様と合流した翌日。出立したまでは良かったのですわ。ただ、お昼頃になり、農民一揆の代表者たちの一団に囲まれてしまい……
キャレさまは農民一揆の代表者と、急遽会談に臨む事になられましたの。
私はその間、一揆と魔物を振り払いながらの無茶な行軍でぼろぼろになった者たちの救護をしておりましたわ。
お兄様には、危険だからと止められましたわよ? その言葉も耳に入らないくらい、農民たちの姿に心が痛みましたの。
それはそのまま、一人でも助けたい気持ちに変わり、自然と皆を助ける為に走り出しておりましたわ。
……元我が領の領民たちも痩せこけておりましたが……。見るものが皆、命を繋いでいるのが不思議なほど、本当に痩せ細っていて驚きでしてよ。
お金も、それほど魔力のない私に出来るのは、薬草を使った手当しかありませんでしたけど。それでも一人でも助かるのなら、手当は惜しみませんわ。
そのうち、キャレさまからポーション絆創膏やポーションゼリーなどに聖魔法の使い手、食料が届きましたの。
ただ、そんな私を、農民たちも初めはとても警戒しておりましたわ。時間が経つ程、私が例え一人でも多くの者が助かるように動いていると理解してくれましてよ。
「貴女さまが、ドゥールムン男爵さまの姫様でしたか!」
「姫さま、俺たちもドゥールムン領の領民にしてくだせえ!」
「魔物から守って下さる騎士さまは必要でさ。それは分かっとりますだ。分かっとりますだが、俺たちにも食うものは要ると分かって下さる方がええ。
だからおらたちも、どうか……」
時間が経つ程、そう言って泣く者が多くなりましたわ。
これはお祖父様、お父様、お兄様の領地経営の賜物ですわね。
他でもなく、我が領で働きたいと言ってくれる者がこんなにいるなんて……! こんなに嬉しい事は、そうございません。
隣ではお兄様も驚きつつ、嬉しそうになさっておりましたわ。
お兄様は紋章の入った鎧を纏っておりましたが、紋章でどこの貴族家か分かる農民は殆どおりません。だから、お兄様がドゥールムン男爵と知られる事なく、一日を終えられましたの。
◇
「まったく……、危険な事をなさる。
報告が入った時には、肝が冷えました」
この言葉が終わらない内に、突然ぎゅっと抱き竦められて……
え?! 抱きす……??!!
「キャ、キャ、キャレさま?! あ、あのあのあの………!?」
お兄様の前で、婚約者でもない男性に抱き竦められるなんて……!? どうすれば宜しいの?!
混乱と羞恥で真っ赤になりながら、それでもキャレさまの腕からは逃れられず……
「女性が戦地を動き回るなんて、どれ程危険か……! 無事で良かった……」
頭の横から、キャレさまの声が耳に響くのに戸惑いますわ……
「ここにいる女は、私一人と知れ渡っているようですの。それに、オーケ領の者が話を聞きつけ、固まって守ってくれましたから……」
「……貴女も、ドゥールムン男爵も、本当に領民に慕われておりますね」
そう仰り、やっと少し体を離して下さったキャレさまに、少しほっとしましたわ。お兄様の前で抱き竦めらたままでは、居た堪れませんもの。
さらに少し体を離すと、キャレさまは無事が確認できたからか、私を抱きしめていた腕を解いて下さいました。
まだ顔は赤いですが、これで普通に話せますわ。
「私も、ここで初めて知りました。有難い事ですわ」
「そうなのか? 意外だね」
そうキャレさまは仰り、私の目を覗き込まれましたと思いきや……
「キャレさま?!」
「キャレ殿下?!」
お兄様と二人、大きな声を上げてしまいましたわ。だって、キャレさまが私に跪かれたのですもの!!
「前にも言いましたが……。正式には、後日改めて使者を立てます……
カナリア嬢、私の妃になってもらえないだろうか?」
……え? いえ、ここは戦地で、そんな事を話してはおりませんでしたわよね?
混乱する私と、焦るお兄様に交互に視線を向けると、キャレさまは続きの言葉を口になさいましたわ。
「私は、『王家だから敬われる国』ではなく、『一人ひとりの民に愛される国』を作りたい。そのためには、どうしても貴女のお力をお借りしたい。
民に愛される貴女に、私自身も愛されたいと願っているのです。貴女に魅入られた男の手を、どうか取って頂けませんか?」
◇
農民一揆は、限りなく少ない流血で終わりましたわ。
圧政で領地を治めていた貴族達の無能を暴き、公爵閣下が掴んだ不正の証拠とで、当主が廃されましたの。
新領主たちには、再び農民一揆を起こされる不甲斐ない政策をせぬようにと、厳重な王命が下されたそうですわ。
王国法が改正され、公五私五以上の税が禁止されましたの。他の税を取る事を禁じると共に、これを破ると厳罰が下される法もできましたわ。
ここまでで、農民一揆から一年。国は随分、落ち着きを取り戻しましたの。
落ち着かないのは、お兄様かしら。
色々な家門のご令息方が、お兄様の元へ領地経営を学びにやってこられていますの。
そこでやっと、貴族も働かねば財は増えないと認識したようですわ。
◇
「カナリア嬢、そろそろ返事をもらえないだろうか?」
この一年、王家と宮廷と我が家で、キャレさまと私の婚姻の話もしてきましたの。
キャレさまは精力的に、反対意見を説き伏せていらっしゃいましたわ。私の、身分が余りにも違うという意見も含めて。
一番の杞憂、身分の事は解消されませんでしたわ。
私はお父様の娘で、お兄様の妹である事に誇りを持っております。王家へ嫁ぐ為、釣り合う家格の家へ養子に出る事を躊躇う程に……それが、解消されない理由でしたの。
そんな私の意を汲んで下さったキャレさまに、王家と宮廷が説き伏せられましたら……
私はキャレさまに、淡い恋心を抱いておりましたもの。
「謹んで、お受け致します」
本当にお受けして良いのか、今でも不安はありますわ。それでも、キャレさまのお側に侍りたいと……そんな気持ちが止まりませんの。
その気持ちに素直になりたくなるくらい、キャレさまとの時間を重ねましたわ。
そして、二人で同じ夢を見たくなりましたの。
――――……
――――――…………
これが後に『善良王』と称されるキャレさまと、『歴史上、最も国民に愛された王妃』、或いは『唯一、男爵令嬢から王妃になった妃』のお話しですわ。
―終―
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