第十七話:誰しもがただ一人の人
「カナリア嬢、良くお休みになれたようですね。今朝はお顔の色が良い」
「はい。このような場所で、お恥ずかしい限りでございます……」
翌朝、目覚めると、キャレさまのお召し物を握り締めておりましたの……
私、どうしてキャレさまのお召し物なんて握り締めて寝ていたのかしら?!
「ここ数日、夜、あまりお休みになれていなかったご様子。
昨日は移動の疲れと、異界の猟犬が出た緊張で限界になられたのか……早々に、お休みになられたのです。
覚えていらっしゃいませんか?」
子どもの頃、異界の猟犬に遭遇してとても怖い思いをした事がございますの。それ以来、異界の猟犬はとても苦手。
移動の疲れと、苦手な異界の猟犬が出た事で緊張していましたわ。
それが、キャレさまが背中を撫でて下さると安心して、すっかり寝入って……!
そう! 思い出しましたわ!
「ご寝室の簡易個室カプセルへお運びしたのですが、服を離してして頂けず……
やむなく、服は置いて参りました」
「そ、それは……っ。申し訳ございませんでした」
腰を折り、深々と頭を下げますが、羞恥で耳まで赤くなりますわ……
「心細くお過ごしでしたのでしょう? 私の服の一つでゆっくりお休みになれたのなら、何も問題はありません。顔を上げて下さい」
キャレさまはそう仰り、私の肩にそっと手を乗せられましたの。
「朝食が整うまでに、会談に来ていた者たちの被害の事をお話ししても?」
はっ! そうですわ。皆は無事だったのかしら?!
私は顔を上げ、お話し下さるようにお願い致しましたわ。
そして、キャレさまのお顔を見れば、とてもお辛そうなお顔をなさっていらっしゃるの……
まさか……?!
「結果から申し上げると、残念ながら何名か犠牲者が出ております。
民にも結界を張れる者はおりますが、全員ではありません。かと言って、結界の守り石を持っている者も殆どおりませんから……」
「犠牲者が……」
悲しい……悲しい…………
彼の者達は、ただ窮状を訴え、お兄様の治める領へ来たいと……ただ、それを訴えに来ただけでしたのに……
それなのに、何故? そんな最期を迎えねばなりませんでしたの?
「負傷はしたものの、命のあった者にはポーションと聖魔法で治癒を。その後、無事だった者も併せ、この陣営に保護しております」
「こちらへ保護を?」
「はい。あの者たちは今でも、我が国の大切な民ですからね」
「有難うございます。他領で民は、人とは思われないと聞いております。民とお思い下さり、お救い下さいました事、感謝申し上げます」
私は再び、キャレさまに深々と頭を下げて感謝致しましたわ。民をお助け下さったのが、本当に嬉しかったのですわ。
「どの領の者でも、我が国の民。民を大切にするのは、当たり前ですよ」
そう仰られるキャレさまの表情には、微塵の陰りも見受けられませんわ。本当に、そうお思いなのですわね。
「そう思うようになったのは、貴女が視察している場に遭遇したのが切っ掛け。
つまりは貴女から教えられたので、偉そうに申せませんが……」
「え……? 王族の方のご視察でございますか?」
私の知る限りでは、なかったと記憶しておりますわ。
「ええ。身分を偽り、冒険者に身を窶しておりましたから。ご存知ではないでしょう」
キャレさま……どんな生活をなさっていらっしゃいましたの?
「ひっそり過ごしておりましたからね。あまり政務にも関わっておりませんでしたから、時間はあったのですよ」
私の心の内を見透かしたのか、キャレさまは苦笑いですわ。
「商業に重きを置いた領は、まだ少ない。そして、成功している領は殆どない。
貴族は働きませんからね。商売が分からぬのです。それすら理解していないから、商売を始めて失敗するのでしょう」
「確かにそうですわね。我が領も商会から人を借り、商売の仕方を教えてもらっておりますわ」
流石に、私達だけでいきなり商売を始めて、必ず成功すると思うほど愚かではありませんもの。我が家で商売をするに当たり、必要な人材を集めてから本格的に始めましたわ。
「商売で財政は潤ってもいますが、農地での貴女には唸らされました」
『皆、ご飯はちゃんと摂れているかしら? 力を使う仕事は、体力を使うわ。体力を使うと、お腹が減るのだもの。ご飯をちゃんと食べてね』
『同じお腹が減っても、自分の分がないのとあるのでは、作り甲斐が違うでしょう?』
『直轄地もあるのですもの。私達家族が食べる分は、それで足りているわ。領軍や領地経営には、皆からの税が必要だけれど。
贅沢する分は、自分たちで賄えば良いわ』
「……私より年下の貴女が、領民たちにそう答える姿は衝撃でした。
貴女と兄上殿の考えは、丸っきり同じではないかも知れない。それでも民達に掛ける言葉は、領民達が慕う筈だと、嫌でも分かりました」
そこで言葉を区切り、キャレさまは蕩けるような眼差しを私に向けられましたわ。
こんな時の、こんな場所に不似合いな眼差しの筈ですのに……その眼差しを、とても心地良く感じますわ……
「それからです。『民』という集団は、『個』の集りなのだと思うようになったのは。
それ以上に『カナリア嬢』は、『ドゥールムン男爵家の一員』ではなくなりました」
「『カナリア』という名の、この世にたった一人しかいない、尊敬する女性になったのです」
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