第十六話:異界の猟犬の出た夜
「あの……、キャレさま?」
「うん? どうかしましたか?」
勿論、どうかしておりますわ!
「そのう、少し近くはございませんか?」
会談場所に選ばれたのは、戦地から離れた場所ですわ。それでも、いつ、農民一揆が勃発するかは分かりませんわ……
それは充分、分かっておりますわよ?
「何かあれば、即座に結界を張ります。その時、あまり離れていては困るのです」
「はい。ですが、対面で食事をしても良いのでは……?」
拳一つ離れた隣で、食事を摂る事はないのではないかしら?
「戦地に女性を連れて来る事など、本来なら有り得ません。……まあ、昔はあったようですが……」
そこでキャレさまが居住まいを正されたので、私も自然と背筋が伸びましたわ。
「本当なら、戦地に貴女をお連れしたくはなかったのです。ですが、こうしてお連れする事になってしまった。
お連れする事になったならば、何かあっても、必ずお守りするのが当たり前。一揆も激しくなっております。
ここも、来る時より安全ではなくなっておりますしね。どんなに念を入れても、念の入れ過ぎという事はありません」
「有難いお言葉はでございますが……
私の事より、キャレさまの御身が大切でございますわ」
来る時は来る時で、キャレさまの馬の前が用意された席でしたの。この時も、自分で馬に乗れると申しあげましたのよ? ですが、そのまま。キャレさまの前に座り、移動を致しました……
近さも可笑しいのですが、守るべきはキャレさまの御身。国王陛下の共同統治者であり、王太子のご指名が確定しておりますお方なのですもの。
一男爵令嬢とキャレさま。どちからが国にとって守るべき対象かなど、子どもにも分かる事でしてよ。
「カナリア嬢……。『男爵令嬢』なら、数多くおられます。
ですが、『ドゥールムン男爵エイナル・トロッチェ・トゥ・ロワイ卿の妹君であられる男爵令嬢』はお二人きり。そして、妹君の内、カナリア嬢となれば、只お一人しかおられません」
それはそうなのですが……
「カナリア嬢、肩書きを取って個となれば、皆、この世に唯一の『只一人』なのですよ」
真っ直ぐキャレさまのお顔を見ながら、お話しを伺っておりました。そこには、言外の意味を含んでいるように思われますわ。
だって、キャレさまの目は甘く蕩け、潤んだようになっていて……
うぉおおーん!!
「きゃ……っ?!」
「カナリア嬢!」
何やら遠吠えがしたと思ったら、キャレさまに抱き込まれてしまいましたわ。そして、先程のお言葉通り、結界も張られたようですの。
「誰かある! 何事か?!」
天幕の出入り口の外に人払いしていた為、キャレさまは外へ向けて問いただされましたの。
「はっ! 未確認情報ながら、異界の猟犬の群れが出た模様!」
キャレさまの声から暫くすると、逸早く情報を掴んだ護衛の方が報告にいらっしゃいましたわ。
「ここは……異界の猟犬のいる森が近かったか」
「はっ! 恐らく、近くで多くの死者が出た為、森の奥から出て来たと思われます!」
「別名が『人喰い犬』だったか? 戦況、被害を調べ、すぐに報告せよ!」
「はっ!」
「異界の猟犬……
人肉を好む魔物で、群れで行動。大変好戦的かつ、凶暴な魔物……」
「……ええ、その通りです。昼間に探しても見付からない、夜にしか出ない魔物でもあります。
この辺りは、まだ戦地にはなっていない。だから、まだ出ないと踏んだのですが……」
ああ、そんな事も考えて、キャレさまはこの地を選ばれていらしたのね。
「……」
「カナリア嬢、大丈夫です。私もそれなりに戦えますし、結界もあります。結界はかなり強力なものが張れます。
何があってもお守りますから、安心して下さい」
少し震えていたらしい私の背中を撫で、キャレさまが安心させて下さいます。
「声は届きますが、異界の猟犬は結界を破れません。日の光を嫌いますから、結界の中で朝まで過ごせば、安全にやり過ごせます。
大丈夫ですよ」
キャレさま以外知っている方もおらず、思っていたよりも私、緊張していましたのね……
寝不足も相まって、いつしかキャレさまの腕の中、安心して眠ってしまいましたわ。
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