第二十二話 エーレタイト/次の目的
本日は2話投稿!
こちらが二話目です。
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ライムンド様から語られた話は、私の頭を混乱の渦に叩き込むには十分すぎるものでした。
私のペンダントについているくすんだ桃色の宝石はエーレタイトと呼ばれるものらしく、それはエリエシア王国の東、魔族との戦線が広がるハウデリア帝国の一部地域でしか産出されない超希少な宝石だというのです。その希少価値から帝国の一部の上級貴族しか手に入れることができないものであり、エーレタイトを所有することが帝国ではステータスになっているんだとか。
「待って下さい! エーレタイトは流石に私でも知っています。でもあれは鮮やかな桃色の石だったはずですよね?」
「うむ。その通りじゃな。じゃがそれは、『生きている』エーレタイトの話じゃ」
「『生きている』?」
エーレタイトの価値が高い理由は、単に希少であるというだけでなく、その性質にあるらしいです。その性質とは、強大な、それこそ人知を超えるような魔法でも、たった一つだけ石に込めることができるというものです。そして、その魔法が使用される前の石を『生きている』エーレタイトと呼び、魔法が使用された後のエーレタイトを『死んだ』エーレタイトと呼ぶそうです。
「エーレタイトの魔法はいわば帝国貴族にとっての切り札じゃ。それこそ、記録によれば過去の魔王との戦いでも使われたという。じゃからこそ、その魔法が使われることは滅多にない。そしてあの国では『死んだ』エーレタイトには価値がないとみなされておるからのう。『死んだ』石を見たことがるものなんて、それこそ数えるほどしかおらんじゃろう」
「これが、その、『死んだ』エーレタイトだと言うんですか?」
「うむ。昔帝国で修行をしていた時に一度だけ見たことがあってのう。儂の宝石職人としての腕に誓おう。間違いないの」
ただお母さんのルーツが分かるかもと思って聞いただけなのに、想像をはるかに超えるスケールの話が出てきてしまって、ちょっと頭の整理が追いつきません。この石があの有名なエーレタイトで、しかもすでに何かの魔法が行使されたあと? ああ、駄目です。私の貧相な頭ではこれ以上考えられません。
「そこで、じゃ。一つお主に提案があるんじゃが」
「提案ですか?」
「うむ。お主のペンダントと、ついでにその物騒なもんの装飾を隠す物を作ってやろうかと思っての」
物騒な……? あ。家令さんいつの間に。いくら驚いていたとはいえ、霊感を持つ私に気づかれないように近づくなんて、いったい何者ですか? ん? その手に持っているのはここへ来るときに私が預けた聖剣じゃないですか。どうしたんですか一体。
「ライムンド様にこちらをお持ちするように仰せつかったので」
「うむ。感謝するぞ。それで、どうじゃ? 今までは気にされることもなかったじゃろうが、お主のペンダントと剣は些か普通ではなさすぎる。今後も冒険者を続けるというのであれば、隠しておくのが賢明じゃろうて」
「えと、お気持ちはありがたいんですが、どうしてそこまで?」
「なぁに、孫が世話になったのじゃ。これくらいはしてやらんとな」
「お孫さん?」
「クルトの坊主のことじゃ」
「え!?」
え、クルトさんのおじい様だったんですか!? あのバカ孫、何も伝え取らんかったんか、って、私は今日何回驚けば良いんです!?
ん? ちょっと待って下さいよ。クルトさんのおじい様がライムンド様で、アーシャさんのお父様がウルードさんなんですよね。流石は金属と宝石加工の街コレット。人脈に職人が多いです。
「えっと……」
「良いんじゃない? 聖剣は最悪でも送還すれば手元に帰ってくるし、ペンダントの方も私の本体が入っているから運び出すのも、まあ何とかなるよ」
「それじゃあ、お願いします」
「うむ。任された」
「いやー、まさかあのペンダントにそんな秘密があったなんてね」
「はい。本当に驚きました。でも、優花さんはあんまり驚いていないみたいですね」
「まあね。だってさ、この私が憑いても傷一つ付かない容量があるんだよ? どう考えても普通の宝石なわけがないじゃん」
あ、言われてみれば確かにそうです。この化け物が憑依しても一切の傷がつかないなんて、って。
「まだ憑いていたんですか!?」
「当たり前じゃん。ちゃんと身体をどこかに固定しておかないと、油断したときにどこに流されるか分かったもんじゃないからね」
むぅ。そう言われると納得するしかないんですが、それにしても無断で人のものに住みつくのはどうかと思いますよ?
「それにしても、私のお母さんは帝国の出身だったのでしょうか?」
「んー、どうなんだろうね。リーナちゃんのお母さんがどれだけ訛っていたのかにもよると思うんだけど、何か思い出せない?」
訛りですか……。記憶にあるお母さんは今の私と同じようなしゃべり方をしているものばかりで、あまり訛りというものがあったような記憶はありません。
いえ、待って下さい。あります。お母さんが丁寧語を辞めたときが一度だけ。
「昔、村で過ごしていた時のことなんですが、お母さんが真夜中にうなされていたことがあるんです。私はその時にたまたま目が覚めてしまって。その時、お母さんは村では聞きなれないイントネーションで喋っていたような気も……」
まさか、あれが帝国訛りだったということなんでしょうか。お母さんが苦しそうにする姿は幼心には衝撃で今まで覚えていたんですが、もし本当だとすればそれが唯一の手掛かりになります。
「……あの、優花さん」
「どうしたの?」
こちらを真っすぐと見つめてくる優花さん。今までも散々助けてもらっておいて、さらに私の要望を伝えるのは心苦しいですが、でも、これだけは我を押し通させてください。
「わたし、帝国を目指してみたいです」
「いいよ」
え?
「そ、即答ですか?」
「うん。リーナちゃんの人生なんだから、死んだときに悔いが残らないように生きないと」
そうじゃないと、私みたいに死んだときに成仏できないぞー、などとおどけてみせる優花さん。ふふっ。そうでした。優花さんはそういう人でした。
「それに、言ったでしょ? 私の未練は旅だって。帝国に行くためにはどちらにせよ大国も含めたいくつもの国を通過しなきゃダメだから、ついでにその国も楽しんじゃおうって寸法なわけよ」
確かにそうですね。気持ちがはやるあまり、帝国との距離を見誤っていました。この国が魔族との戦争の影響を受けないのは、それだけ前線との距離が離れているからでした。
「まあ、だからこそ今回の攻撃にもうまく対応できなかったんだろうね」
「……今回の事ってやっぱり」
「まあ間違いないだろうね。魔族の仕業だよ」
今回の騒動ではこの街以外にもいくつかの街が襲われてしまい、中には無事とは言えない被害を受けたところもあったそうです。魔物の大量発生があった街は全部で五つ。うち、この街ともう二つ、計三つの街は冒険者や兵士に被害を出しつつも、人族の手で魔物をすべて討伐することに成功したらしいです。
しかし、別の一つの街は魔物を抑えきれず、街に甚大な被害が出てしまったと聞きました。街を一通り荒らした魔物たちはその後、数時間が経つと溶けて魔石に代わってしまったようです。
そして最後の一つ。他国との貿易も盛んだった港町では魔物の襲撃が水の中級精霊の逆鱗に触れてしまい、街の三分の一と魔物が跡形もなく消し飛んだんだとか。幸いにも住民は無事だったらしいのですが、物的被害が甚大すぎるために復興にはどれだけの時間がかかるか分からないのが現状のようです。
「まあ、リーナちゃんはそんなことは気にしなくてもいいよ。これは勇者である私の仕事だからね」
「優花さん……」
「私に考えがあるから、そんな暗い顔をしないでよ。もう二度と、リーナちゃんを危険な目には合わせたりしないからさ」
そう明るく告げる優花さんの表情はどこか影を帯びていて、どこか近寄りがたい雰囲気がありました。私はそんな優花さんに何も言うことができず、ただ、分かりました、と告げることしかできませんでした。
この時、この怖がりな幽霊ときちんと向き合えなかったことを後悔する日が来るなんて、当時の私には思いも寄らないのでした。
ついに触れられたリーナ出生の秘密。果たして彼女の正体はなんなのでしょうか? そしてリーナの後悔とは?
そして今回で、精霊のやばさの一端も明らかになりましたね。彼らは文字通り「意志のある自然災害」なのです。
さて、いくつもの謎を残した第1章ですが、もう少しだけ続きます!




