第二十話 防衛戦3 ねえ、ラプラスの悪魔って知ってる?
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今回は冒険者のヘイム視点から。はたして彼らは、このピンチを乗り切ることはできるのでしょうか?
「《ケア・ウル・ツェーラ》!」
少女の言葉と共に何もない、いや、何もないように見える空間へと風の弾が飛来し、
バシュッ
今まさに形を成そうとしていた魔力の塊が散らされた。
「アウレム!」
今ので状況を察した俺は、魔力を吹き飛ばしつつ相棒へと声をかける。
「分かってる! でも、僕もう大技は出せないよ!」
「はあ!? お前いっつも肝心な時に」
なんてことを言いながらも、しっかりと遠方の魔力を蹴散らしているあたりは流石だ。明らかに魔力の無駄遣いをしていたのは事実だから礼は言わんが。
当然ながら、俺たちがいくら魔力を蹴散らそうとも流石に限度というものがあり、ついに魔物が湧き始めてしまった。数は少ないものの、中には中位の魔物も混じっており、冒険者たちの間に大混乱が起きている。
「うろたえるな! 強力な魔物に対しては距離を取って集団で戦え! 無理に倒す必要はない! 俺たちが向かうまで耐えてくれ!」
ちっ。不味いな。これじゃあ完全にあの時の再現だ。調査依頼中に突然魔物が湧いた時も、仲間たちの間に混乱が起こり、やつらへの対処が上手くできなかった。俺たちのような「冷静さ」の重要さを分かっていた者たちの間でも混乱が起きたのだから、まだ年若い彼らが落ち着きを取り戻すのは難しいのも分かる。しかしこのままでは……。
「お前ら! 自分たちの手で俺たちの街を守るんじゃなかったのか! こんなことで手間取ってる場合じゃないだろ!」
「クルト……、ああそうだな。これくらいどうした! 俺たちで街を守るんだ!」「ああ!」「クルトなんかに言われなくても分かってるよ!」
戦場に響いた少年の言葉によって空気が変わった。余所者の言葉よりも昔馴染みの言葉の方が響くとはいえ、一瞬で流れを変えるとは。
とはいえ、多少マシになったものの依然として最悪な状況であることに変わりはない。俺たちも本気で戦ってはいるものの、如何せん数が多すぎる。
「……も、ここで逃げるなんて私にはできません!」
リーナ? 彼女はいったい誰と話している? ……いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかく魔物の数を減らさなければ。
「う、うわぁぁああああ」
!? な、なんだ? と、突然聞こえた叫び声の方を見ると、そこには二本の角を持つ巨漢が、その手の棍棒をまさに振り下ろそうとしていた。
「らぁっ!!」
ゴゥンっ、という音と共に何とか棍棒をはじく。くそったれ。まさかこんなものまで現われるとはな。
「ぼさっとしてないで早く逃げろ!」
『大鬼』、中級上位に相当する強力な魔物だ。正直に言って俺一人では勝てん。せめてアウレムがいればどうにかなるのだろうが、彼は彼で今中級数体を相手取っており手が離せない状況だ。
「ガアァ!」
「くたばれっ!」
金属と金属がぶつかり合うガキィンという音を鳴り響かせながら鬼と打ち合う。くっ、なんて膂力だ。剣をそらすのが精いっぱいでまともに攻撃を当てられん。相棒も徐々に追い込まれているようだし、何か、何か手はないか……!
と、その時だった。視界の端でふらっと動く影が見えたのは。
「え?」
ズシャッと足を切り付けられた鬼は、その傷を再生させながら、そんなことをしでかした狼藉者の少女を見る。
「おい馬鹿何やって」
ゴウっという音と共に巨大な足が振り払われ、砂煙が舞う。間に合わなかった。そう思い、一人の命を助けられなかったことを悔やもうとしたのだが……。
「早く行って下さい! こいつの足止めは私がします!」
「なっ」
砂煙が晴れると彼女は無傷で立っていた。まさか、今のを避けたのか?
鬱陶しいハエを殺せなかったことに業を煮やしたのか、鬼は注意を俺から逸らし、少女に対して執拗に攻撃を加えようとする。今度こそダメかと思ったのだが、そんな俺の想像とは裏腹に少女には一つも攻撃が当たらない。まるで鬼の狙いが甘いかのように、彼女は必ず奴の攻撃の線上から外れているのだ。
いや、違う。鬼が攻撃をする前に彼女が体をずらしているのだ。あたかも未来が見えているかのように。
「早くアウレムさんを助けに行って下さい! ここは私一人で大丈夫です!」
初めて彼女を見た時とは比べ物にならないほど洗練された動きを見せながら、少女は、リーナは俺にそう告げた。
******
ようやく行ったか。全く、リーナちゃんにここまでさせるなんて、あとで文句の一つでも言ってやりたいものだね。
ふむ。右上からの振り下ろし、そのまま刃を返して、おっと足払いも混ぜるのね。ああはい。隙だらけですよっと。
私の指示に従って、リーナちゃんは足を運び剣をふるう。焦点のあっていない目で鬼を翻弄するその姿は、さながら剣の神様が舞い降りたかのようだ。まあ、宿っているのは剣神ではなくて幽霊なんだけどね。
突然だけど、『ラプラスの悪魔』という言葉を知っているだろうか。私も生前の友人から聞いた話なんだけど、フランスの物理学者ラプラスが提唱したもので、ある時刻における宇宙に存在するすべての粒子の状態が分かれば、物理法則によってその後のすべてが予言できるのではないかという説らしい。この予言を行う存在がラプラスの悪魔だそうだ。当然ながら、全ての粒子の状態を知ることなど不可能に近いし、ましてやそのすべてを計算するなど到底考えられる話ではない。ただ、限られた範囲でほんの少し先の未来を予言する程度だったら、悪魔ではない私にもできる。
「さながら、『ラプラスの優花ちゃん』ってところかな」
幽霊というのは本来は不定形だ。姿を持つ幽霊は生前の容姿を模倣しているに過ぎない。私のこの姿だって所詮は偶像でしかない。でも、いや、だからこそ霊魂操作にさえ慣れれば、どのような姿でも取ることができるのだ。
今の私は有り余る霊魂のそのほぼ全てを計算機化して演算を行っている。つまるところ、私は一種のスーパーコンピューターとなっているのだ。そしてその演算能力は地球で現在使用されているものをはるかにしのぐ。なにせ文字通り頭脳の桁数が違うのだから。
「悪いんだけど、今私は怒ってるのよ。だから悪いね。全力で相手をさせてもらうよ」
魔物を構成する霊魂の動きから、奴が次にどこを動かすのか、リーナちゃんがどう動けば次の回避を行いやすくなるのか、周囲の戦闘に巻き込まれない振る舞いはどのようなものか、そのすべてを計算して彼女を動かす。相手に魔法を使われたら厄介だったけれど、ただの鈍間な近接タイプであれば私が予測できない道理はない。
「残り27分か」
長い。長すぎる。ああ駄目だ。リーナちゃんの呼吸が乱れてきた。いくら最低限の動きで済むようにしているとはいえ、流石に長時間戦いすぎた。何度もでか物を切り付けてはいるものの、彼女の力では浅い傷しかつけられず、すぐに再生されてしまう。
ストレスがたまったのか、魔物の攻撃が一層激しくなる。その分狙いが雑になったので避けやすくはなったものの、避ける回数が増えた分、疲労がたまりやすくなってしまった。ああ、本当に、まったくもってよくできていることで。
でもまあ、何とかしのぎ切れたみたい。一時はどうなることかと思ったけれど、上手く言ってよかったよ。
「リーナちゃん。もう下がっても大丈夫だよ」
「…………」
あー駄目だ。集中しすぎて声が聞こえてないな。仕方ない。下がるように指示を出すか。
ザッ、という足が砂を蹴る音と共にリーナちゃんが飛びのいた瞬間、空から炎の槍が無数に飛来し、鬼を貫いた。
「グガァアア!!!」
魔物は突然の痛みに声を上げるが、そんなことはお構いなしに次々と魔法が平原から飛来する。
そう、前線の戦力が帰ってきたのだ。リーナちゃんが鬼の足止めをしたいと言い出した時に、渋々ながらも許可を出したのは、いずれ彼らが戻ってくると分かっていたからだ。そうでなきゃ、絶対にこんな無茶なんてさせない。
「え? あ、え?」
「もう大丈夫。すべて終わったんだよ」
あの二人も丁度魔物を蹴散らし終えたところのようだ。急いでこちらへと向かってきている。
そこでふと、隣のリーナちゃんの様子がおかしい事に気が付く。
「リーナちゃん? どうかした…………の……」
「わ、わた、わたし、こ、こわ、あああ、あ」
とさり、と軽い音を立てて彼女は崩れ落ちた。
「は?」
リーナ、おいリーナ、しっかりしろ! おい! などという、駆け付けた知り合いたちの慌てた声を聴きながら、私はぼんやりとその光景を見つめる。
どうして? どうして彼女が倒れる? 大きな怪我は特になく、心拍数も早いとはいえ正常の範囲内だ。魂だって安定して、あ……。
「少しだけ乱れてる。これは……恐怖? なんだ。不調の原因があるのなら、ちゃんと直しておかないと」
彼女の霊魂を操作して魂を安定させる。そう、これでいい。私は彼女を助けなければならない。だって私は彼女を友達だと思っているはずなんだから。
ついに切られた優花の切り札。彼女の助力もあって人々は何とか魔物から街を守ることができました。
ちなみにですが、現代では量子力学の発展によりラプラスの悪魔は存在しえないというのが通説になっています。優花はそんなことまでは知らなかったようですね。気になる方は一度調べてみてください。
そんなこんなで、いささか不穏な空気を残しつつも次回へと続きます。お楽しみに!




