神核
シェリルと名乗ったこの黒髪の美女は、殺人機の中でも特に危険な存在。
七ノ神は、一人で区一つぐらいは余裕で滅ぼすことが出来ると言われている。
「それにしても、あなた速いわね。私の腕、その腰にさしてある刀で斬ったのでしょう?」
「はい」
「ふっふっふ……。これは久しぶりに楽しめそうね」
シェリルの腕から突然、機械のコードみたいなものが延び始め、そのまま切られた腕にくっついて腕が元に戻った。
そして、軽く感触を確かめるように手をグーパーさせ──
「準備が出来たわ。何時でもかかってらっしゃい」
と楽しそうな表情で言いはなった。
その言葉に無言で頷くと、真宵の姿がまた消えた。
真宵が狙うのはシェリルの首。そこに一閃の横凪ぎを放つ。
だが、当たり前かのように腕から伸びたコードみたいなもので防がれてしまった。
真宵はそんなことは想定内だったらしく、次は背中に一瞬で移動して刀を振るう。
しかし、背中にコードがまわってきて、これも軽く防がれてしまう。
「やっぱり速いわね。でも、速いだけでは手詰まりよ? どうするのかしら?」
「コードを全部切らせてもらいます」
言葉通りにコードを片っ端から切り始めた。
実はこのコードはめちゃくちゃ硬いのだが、そんなのお構い無しに斬る姿を見て、シェリルも少し焦りはじめた。
「(速さも上がったけど、威力もあがっているわね……。それにまだまだ余裕そうね……この子)」
ついには全てのコードが斬られて、刀が首をとらえた。首はそのまま切り裂かれ、地面に転がっていった。
首がなくなったシェリルの体は、糸が切れたように地面に落ちていくと思いきや、まさかの体だけで動き出した。
そのまま頭を手で拾って、くっ付けた。
そして──真宵を見つめて笑いだす。
「ふふふ! あなた最高! ここまで心踊る戦いは久しぶりよ!」
他の人から見れば狂喜の光景。だが、真宵は表情も変えずに佇んでいる。
「称賛をおくるだけではだめよね? 私もそろそろ本気でいかなくちゃ……」
そう言うと、体から大量のコード出しはじめた。
黒いコードがうねうねと、まるで生きているように廃工場全体を覆った。
「【黒き死の支配】。あなたはこの死の支配から逃れられるかしら?」
数万本。いや、数十万本にも及ぶコードが一斉に全方位から真宵に襲いかかる。
「すみません。もう、それは飽きました。【刹那】」
そんな声が耳に届いた頃には、シェリルの体は真っ二つに斬られていた。
「──っ!?」
シェリルは驚きを隠せない。数十万本あったコードは全て斬られている。
それどころか、気付かないうちに自分も斬られてしまっている。
「(ふふふ……。ここまでの差があると逆に笑えてくるわね……)」
「あなた、わざと『神核』を斬らなかったのかしら?」
「はい、聞きたいことがあるので」
『神核』とは殺人機の体の中にある力の源。
この神核を破壊したら殺人機は動かなくなる。
つまりは殺人機にとって死を意味する。
「良いわよ? 何でも聞いてちょうだい? あっ、でも……先に体を元に戻しても良いかしら?」
「はい、良いですよ」
「ありがとう」
先程のように身体をコードで繋いでいく。
逆に神核を壊さなければ、こうやって何度でも再生が出来てしまうのがシェリルの能力の一つ。
「待たせたわね。質問しても良いわよ?」
「はい。では、あなたを含めて神核を与えられている殺人機は何人いますか?」
「七人よ。ちなみに七ノ神といって私達の主『白錬』のお気に入りが選ばれて、神核を与えられているわ」
「そうなんですか」
「うん、そうよ。他に質問は?」
「いえ、他にはありません。ありがとうございました。私はこれで失礼します」
真宵は目の前のシェリルに背を向けて、その場を立ち去ろうとした。
それに待ったをかけたのは、シェリルの方だった。
「私を壊さなくても良いのかしら?」
「はい、大丈夫です」
ただそれだけを返して、またもや歩みを進めようとした真宵をコードで止める。
「それは……私が弱すぎて壊す気にもならないってことかしら?」
何時でもこちらからは攻撃が出来るぞという意思表示のためだろうか、コードが真宵の周りを取り囲んだ。
「いえ、違います。私はあなたに同情しています」
「──は?」
空気が一瞬死んだ。突然何を言い出すのかと思ったら、同情していると訳の分からない言葉。
これにはシェリルも面食らったようで、間抜けな顔をさらしてしまっている。
「同情というよりは、私はあなたに生きて欲しいと思っています」
「──なっ! 何を言っているの!? あなたはさっきから……!」
「だって、あなたは私を殺す気無かったですよね?」
「──っ!」
シェリルはその言葉に今日一番の動揺を見せた。体がガクガクと震え始めている。
「あなたの攻撃、その一つ一つに殺気がこもっていなかったです」
「こっ、こめてたわよ……! あなたを確実に殺すつもだったの……私は!」
「嘘です。それに攻撃をしてきたの最後だけでしたよね? それまではずっと私の攻撃に耐えていましたよね?」
「そっ、それは……! 私が戦いを楽しみたかったから!」
「それも嘘です。あなたは戦いなんてしたくないはずです」
「──っ!?」
シェリルはその言葉に頭を抱えてうずくまった。呼吸も荒くなり、過呼吸ぎみに。
先程より体の震えが強くなり、時折何かを呟いている。
真宵はシェリルの側まで行くと、正面から抱き締めた。
「──なにを……!」
「落ち着いて下さい」
抱き締められたことにシェリルは少し抵抗したが、だんだんとその抵抗も弱くなって、真宵に体を預けた。
「──ねぇ?」
「なんですか?」
「私の昔話聞いてくれる?」
「はい」
彼女は淡々と自分の昔の事を話し始めた。
ある日のこと、数人の男に無理矢理に犯されて、川に投げ捨てられた。
必死の思いで川から上がり家に戻ると、濡れてて汚いと父から暴行を受けた。
父からは日常的に暴行を受けていた。いわゆる、虐待である。母は私に対して無関心だった。
それでも、学校に友達がいるからと耐えていた。
しかし、数人の男に犯されている写真がネットで出回ってしまった。
皆からイヤらしい女だと後ろ指をさされて陰口も言われた。
友達も全員離れていき、一人ぼっちになってしまった。
家に帰ると父が待っていた。写真を突き付けられて「お前のせいで会社で赤っ恥をかいたわ! 謝れ!」とまた暴行された。
全てのことに絶望して死のうとしたら、白錬が現れた。
「──で、殺人機になったの。だって……私だけがこんなに苦しくて痛いのに、のうのうと生きている奴等が許せなかったから……。そのあとは私の事を苦しめて痛めつけた奴を片っ端から殺していったわ……」
「あなたはその時になんとも思わなかったんですか?」
「思ったわよ……! でも、こうするしかないじゃない……! 皆、私の事を苦しめて痛めつけるから! 先に殺すしかないじゃない……! 他にどうしろっていうのよ!!」
「それはこれから一緒に考えましょう。一人で考えるより二人で考えた方が早いですから」
シェリルには真宵が天使のように微笑んでいるように見えた。とはいっても、真宵は無表情のままだが。
「あと、私達の仲間になりませんか?」
「──は?」
それは本日二度目の「は?」だった。