酷いですね
「ねぇねぇ、そこの可愛い女の子。俺達と良いことしない?」
チャラそうな男二人組がピンク髪の美少女に声をかけている。どうやら街中でナンパをしているみたいだ。
「良いことですか?」
「そうそう、気持ちよくなれるよ? 俺達と一緒に、あそこに行こうよ」
そう言って男の一人が近くにあったビルを指差す。
誰も使ってなさそうなビル。こんなビルに誘う理由なんて決まっているが、女の子は二つ返事で了承した。
「(馬鹿な女だな。これからめちゃくちゃにされることも知らずに着いてくるとは……)」
男達は心の中でほくそ笑む。
ビルの中に入ってエレベーターで四階まで昇っていく。
女の子はその四階の一室に案内された。ソファーとテーブルとデスクがあるだけの何も無い部屋。
こんな部屋では何もすることがないは確かだ。男の一人が何時ものように部屋に鍵をかけて密室にした。
そして──
「きゃっ! 何をするんですか!?」
もう一人の男が女の子をソファーに押し倒した。
「なにをするって……。もちろん、気持ちいいことをするに決まってんじゃねーか! のこのこ着いてきて、本当に馬鹿な女だな? おめーはよぉ!」
ギラギラした目が女の子を捉えている。完全に犯す気だ。女の子はそれに気付いたみたいで、酷く怯えている。
それを見てますます興奮した男が、無理やり服を脱がそうと手を伸ばした。
──だが止められた。
他でもない女の子の手によって。
「あーあ。やっぱり、ティアにはこんなキャラ似合わないなぁ……」
女の子の雰囲気が一変した。先程まで怯えていた女の子が、今度は自分をギラギラした目で見ていた。
男は怯えた。今すぐに逃げ出したい。
しかし、それは叶わない。女の子の握力が、まるで人じゃないみたいに強く、びくともしないからだ。
「(──なんなんだよこいつ! なんなんだよこいつは!?)」
男は同じ言葉を二回繰り返してしまうほど取り乱している。
それもそうだ。今まで連れ込んだ女性は怯えて、最後までいいなりになっていた。
そうやって今まで女性を食い物にしてきた。
「どうしたの? そんなに怯えて? 今から気持ちいいことするんだよね?」
「気持ちいいこと……?」
「うん、気持ちいいこと。お兄さん達好きなんだよね? 奇遇だね、ティアも大好きなんだぁ」
そう言いながら男の右腕を逆側に折り曲げた。ゴギっと完全に骨が折れた音がした。
「ぎゃああああ!! 痛てぇ!!」
男は腕を抱えながらのたうち回る。
「いい音出てるね! 苦痛に悶える姿最高ー!」
嬉しそうに微笑んで、もう一人の男に近付いていく。
男は先程の光景をみて怯えて、床に座りこむ。
「ちっ、近づくな! 化け物が!」
「もう、酷いなぁ……。お兄さん達がナンパしてきたんでしょ?」
「う、うるせぇ! こっ、こんな化け物だと思わなかったんだよ!」
二人が話している間に、右腕を折られた男がなんとか痛みを我慢して立ち上がり、ポケットからナイフを取り出した。
そして、ティアに気付かれないようにゆっくりと近付いて行き「死ねやぁぁ!!」と背中にナイフを刺そうとしたが止められて、今度は左手首を折られた。
またもや、痛みでのたうち回る。
「不意打ちはダメだよぉ? 思わず折っちゃったじゃん? でも、このナイフは貰っとくね?」
「やっ、やめてくれ……! 俺達が悪かったから、もうやめてくれ!」
今までの光景を鮮明に見てしまっていた仲間の一人は酷く怯えている。
「えー、仕方無いなぁ……。良いよ? ただし、ティアの実験に付き合ってくれたらだけど」
「実験……?」
「そう、実験! 楽しいよぉ?」
「わっ、分かった……。実験に付き合う……」
「やったぁ! ありがとー!」
実際は実験に付き合うふりして逃げ出そうとしているだけだが、それに気付かずに楽しそうにはしゃいでいる。
それを見て、逃げようと足に力を入れた瞬間にザクっと音が聞こえた。
「──がぁああああ!! いてぇ!!」
思わず大きな声をあげる男。恐る恐る足を見てみるとナイフが刺さっていた。
「実験に付き合ってくれてありがとー! どう? 痛い?」
「痛いに決まってんだろうが!! ふざけんなよてめー!!」
「えー、ふざけてないよぉ? 実験しているだけだよぉ?」
「はぁはぁ……! どこが実験なんだよこれ!!」
「ちゃんとした実験だよぉ? 何回刺したら、お兄さん達は死ぬかっていう実験をしているだけだよぉ?」
悪びれもせずに、当たり前かのように言うティアに完全に恐怖を覚えてしまった。
身体の震えが止まらない。そんな男に出来ることはティアに懇願することだけだ。
「お、お願いです……。命だけは助けて下さい……」
鼻水を垂れ流し、下半身に湿り気を帯びている男。不様である。
「えー、どうしようかなー……?」
ティアは考える素振りを少し見せたが、直ぐに「良いよ! でも刺し足りないから、これから後三回だけ刺すね? それで生きてたら命は助けてあげる!」と返事をした。
「それじゃあ、いくね? いーち!」
男の足からナイフをとって、もう片方の足に刺した。
ザクって嫌な音がして、足に焼けるような痛みが。
痛さに気絶しそうになった。それを寸前のところで堪える。
「にーい!」
「ぐぁあああ!!」
今度は腕に刺した。これも何とか堪える。
「さーん!」
「ぁああああ!!」
もう片方の腕に刺した。これで最後のはずだ。両腕両足が目眩がする程に痛い。死にそうなくらいに痛い。
だが、今動いて止血しないと本格的に死ぬ。
幸いまだ腕は動かせるために、なんとかしようと近くに置いてあったタオルに手を伸ばす。
「(よしっ、これでなんとかなるかもしれない……)」
男が希望を持ち始めた時に、背後から「よーん!」と聞こえてきた。
「──がぁああああ!! なんで!
なんで! 背中を!!」
「ごー」
「──っ!!」
もう、声にもならない痛み。男は悟った。この悪魔は手を止める気など、はなから無かったことに……。
「ろーく、しーち、はーち……さんじゅうにー」
十回ぐらいから男は死んでいたにも関わらず、合計三十二回にも及ぶ刺殺。狂気としか言い様がない。
「あれ? もしもーし? 聞こえてるー? 本当に人は脆くてつまらないなぁ……」
そして、まだ生きて床に倒れている男に歩み寄る。
「実験体二号は少しは楽しませてね? それじゃあ、いっくよー?」
「たっ、助けてくれ……!」
願いは聞き入れてはもらえずに、男の悲鳴だけが鳴り響いた。
◇◇◇◇◇◇
「今回も酷いですね」
男二人の惨殺死体をみた『皇真宵』はそう呟いた。
この少女は『国家殺人機対策室』、通称『死地の侍』に所属している。
主な仕事内容は殺人機と呼ばれている、人の姿をした殺戮兵器を壊すことである。
真宵が惨殺死体を見ていたら、そこに一人の少女が赤髪を揺らしながら駆け寄ってきた。
「真宵せんぱーい! 先に行かないで下さいよー!」
遅れてやってきたこの少女は名は『鬼丸朱子』。
この少女も真宵と同じように壊し屋に所属している。
「遅かったですね」
「みっ、道に迷ってしまいまして……」
てへへと指をもじもじさせながら言う朱子を何時ものように無表情で真宵は見上げる。
その無表情の顔でさえ可愛く思えてしまうのは、真宵が圧倒的な美少女だから。
銀色の髪に灰色の瞳。身体は小さい方だが、それがまた儚さを醸し出している。
「道にですか。そういえば、方向音痴でしたね」
そう、朱子は方向音痴だ。右に行けと言われれば左に行き。左に行けと言われれば右に行く。
ある意味、天才的だ。
「そうなんですよ……。でも、真宵先輩がいる場所なら何処でも分かります! だって、大す「電話がきました。少し静かにしてて下さい」はい……」
朱子の話の腰をおり、右耳の銀色のイヤリングに手を当てて話し出す。
数十秒話した後に朱子に声をかけた。
「近くで殺人機が暴れているみたいです。私は私でやることがあるので、壊してきて下さい」
「はい! 分かりました!」
元気よく返事をして、その場から走り去っていった……と思ったら戻ってきた。
なんの用事だろうと思いながら、朱子の発言を待っていた。
そして、意を決して口を開いて絞り出した言葉が──
「道、全然分からないんで途中まで着いてきて下さい!」
それに真宵は無言で頷き、朱子と一緒にその場を後にした。