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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第二章 風相撲
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禁じられた場所


     1 禁じられた場所


「おぉ、やっとだ」

 ゴウライがほっとしたように言った。

 瞬発力や腕力はあるが、その分この巨体では、長く動き続ける事には向いていなかったようだ。少し歩いては勝手に休み、ごろりと横になりたがる。そのつど巨体に潰されそうになり、クイはゴウライの毛を引っ張って立たせた。

 いちどクイが体臭の強さを指摘したところ、水場を見つけるたびにざぶんと飛び込むようになった。暑さは和らいでいる季節とはいえ、気持ちよさそうだった。

 渡士(わし)を伴わない旅であったが、ゴウライの存在が他の獣を寄せ付けないのか、何事もなく目的地にたどり着いた。

「ええ、真嶺(シンレイ)が見えるわ。なんとか着いたみたいね」

 夏をやり過ごしたことへの褒美であるかのように、穏やかな風が吹いている。かすかに肥料の匂いと、焦げた香りが混じっている。人の手の入った白田(はたけ)があるのだろう。

 その(ひな)びた郷には、小さな真嶺が一柱しか建っていなかった。真嶺とは、主より授けられるもので、獣を遠ざける力を持つ。

 この郷で暮らしているのは、数十人ほどの无人(ム・ジ)と思われ、佳属(かぞく)のいない原始的な集落のようである。暮らし振りは豊かではなさそうだが、特に、何か困りごとがあるような、緊迫した空気は流れていない。

「うーん、でもここには変わったことはなさそうね」

 クイの言葉に、ゴウライは鼻をかいて応える。

「気の素がらみの、何か問題をかかえているって聞いたがな。少なくともこの様子じゃあ、真央(しんおう)はいそうにないな」

「いや」 と、郷を見下ろしていたコランが静かに言った。「感じる。ここには、何かがいる」

「何かって……。もしかして、当たり? 空真(ジウ)がいるっていうの?」

「いや、そこまでは判別できない。だが、何か尋常ではないものが、いる」

「えぇー。当たりじゃないのなら、このまま素通りする? いるのが真央ではない厄介なものなら、たとえばマガリなら、あえて関わろうとしないわよね?」

「厄介?」 と素早くゴウライが反応した。クイは、しまった、という顔をした。

「何にせよ、困ったことがあるんだろう? なら、どうして、素通りする?」

 案の定、お節介な性質に捕まってしまった。ここで素っ気無く振舞えば、あの渡士のように平手打ちを食らいかねない。クイが食らえば、空の彼方まで飛ばされてしまう。

「はぁ……。いいわ、とにかく行ってみましょう。真央はいなくても、他に何か()()絡みの話を聞けるかもしれない」

「決まりだな。じゃあ、行こう」

 ゴウライはどこか嬉しそうである。郷の外にいても、ビド達と暮らしていたことからして、意外と人好きなのかもしれない。あるいは、彼の容姿では中々に近寄れないであろう、郷というものに興味があるのだろうか。

 待って、とクイはゴウライの毛を引っ張る。「あなたはここにいて。郷中をびっくりさせたくないし」

「え、何でだ?」 と、ゴウライは驚いた顔をして言う。

 良いから、とクイは笑って言う。「まずは、私とコランが様子を見てくる。それで、貴方の力が必要そうなら声をかけるわ。強力な助っ人として呼べば、まだ受け入れやすいでしょう」

「何でそんな手間をかけるんだよ……」

「そうね。いったい、誰のせいかしらねぇ?」

 クイの皮肉に対して、ゴウライは、首を(かし)げていた。

 まったくこの男どもは、とクイは心の中でため息を付いた。



 クイを抱え、コランは郷の中へ入った。

 コランらが渡士を伴わずに現れたことで、少し警戒されたが、途中でビドに襲われたと素直に話した。すると、ゴウライ達のことだと察してくれたようで、話はすぐに通じた。不運だったなと同情してもらえた。幼子のクイを抱えていることで、より大変そうだと思ってくれたようである。

 純朴な性質の者達が多いらしく、別の渡士が来るまでここで待ってはどうか、とまで心配された。見知らぬ来訪者のことをここまで気にかけてくれるくらいだから、他に問題を抱えていれば、表に出やすいことだろう。けれども、そういった隠し事の気配は見えないので、やはり、ここは何も異常ないと思えてきた。

 成人(せと)たちと一通り言葉を交わしたが、めぼしい話は得られなかった。それでコランの周囲から成人たちが減っていくと、今度は未人(みと)幼子(なご)達が寄ってきた。最初は安全のため遠巻きに見ていたが、危険な性質ではないと見定めたのか、コラン達に纏わりつき、中にはよじ登ろうとする子もいた。

「止めなさい」 と、制止する成人もいるが、顔が笑っているので、子たちは容赦しない。数人がかりで取り付いてもびくともしないコランに、ますます興味が湧いてきたらしい。主に遊び道具としてだが。

 コランは大いに戸惑い、なされるがままになっている。

「気に入られたみたいね」 と、クイは面白そうに言う。彼女自身も、同じくらいに見える子たちから、両腕を引っ張られて、遊ばれている。取り合いになっているらしい。

「……不可解だ」 と、コランはぽつりと言う。「ワが怖くないのだろうか」

「そうね……。少し、得体の知れない所はあるけど……。でも、幼子たちは、見てくれよりも、内面を読むことに長けているから」

「外見よりも? しかし、ワの中身は……」

「少なくとも、危険なものを秘めているようには、思われなかったようね」

「そうだろうか……」 と、真剣な顔をしたまま、コランは幼子のなすがままに立っていた。

「怖くないよぉ!」 と、話を聞いていた子が耳の近くで甲高い声を立てた。

 悩んでる様子のコランを、心配に思ったらしい。にっこりと笑顔を作って、その子は言う。

「ぜーんぜん、怖くないよ。ちょっと、固くて、面白くないかもだけど。でもね、ぜんぜん、怖くないの」

「そうなのか。ナはワが怖くないのか」

「そう! 何を考えているかよくわかんないけど、怖い人じゃないってことは、分かるから」

「……そうか。それは、良かった」

「だってね、怖い人って言うのは、あいつみたいなのを言うのよ」

「あいつ?」

 コランとクイは顔を見合わせた。それが、コランが言っていた、この郷に感じる不穏なものの正体だろうか。

「ねぇ、それは、どんな人?」 と、クイが聞いた。

「しらないのぉ」 と、幼子は、自慢げな顔になった。コランの興味を引いたのが誇らしいのと、自分より歳下に見えるクイに御姉さんぶりを見せ付けたいのだろう。郷の成人たちからは出なかった話を、さも重大な秘密であるかのように明かしてくれた。

「ユラの原にいる、緑のマガリよ」

「緑の、マガリ?」

「ちがうよぉ」 と、別の子が割って入ってきた。「マガリなのは、クウの方! ガルさんは、何もしないよ」

「ガル? それが、怖い人?」

「そうなの」 と、「違うってば」 と、同時どころか、四方から口々に喋られて、コランは静止した。


     *


 何とか話をまとめると、どうやら、近隣にユラ(狗尾草のこと)の生い茂る平原があり、その中に、小山がある。幼子から見ての山なので、丘かもしれない。

 そこに近づくと、気の素クウが怒り、吹き飛ばされるらしい。クウは気ままな性質で、時には荒ぶるが、基本的には何かに固執しない。特定の場所に拘るようならば、マガリと化しているかもしれない。

 郷の者たちは、それで近寄らないようにしているが、ガルという翠人(スイ・ジ)だけがその近くに居続けている。元々この郷にいた翠人というわけではなく、別のところにいたらしいが、何か事情があって緑場には居られず、ここに流れて来て居ついたようだ。

「翠人ね……。働いてない華属なんて、初めて聞くわ」

「そうなのか」 と、コランは首を傾げる。「働いていない奴というなら、結構いると思うが」

「普通の无人ならね。翠人は、植物を育てることを至上の喜びとみなすの。だから、自分から緑場から離れることはないし、常に何かを(はぐく)んでいる。他の事に興味を持つ翠人なんて見たことがない」

「そうだな。ワが見たことがある翠人は、どれも黙って緑場に立ち続けていた」

「それが普通よ。起きている時間の大半を草木の世話に使う、それが彼らの習性なんだから」

「それなのに、放浪して、しかも、何もしていない……。変な奴だな」



 あとは周知の事であるという風に装い、再度成人にも探りを入れると、ため息交じりに教えてくれた。一度知られていると分かると、素直に色々と教えてくれるようになった。

 ずっと昔、成人達が幼い頃から、そうであったという。けれども、何故クウがそこに近寄る事を嫌がるのか。その理由は定かではない。

 子達に向けては、そこで気の素クウが生まれるから、と説明されている。近寄る者を親が攻撃するから、刺激するな、と。

 気の素には親も何もないのだが、子達はその方が納得しやすく、卵を盗ったりしないよと、答えているらしい。

「最初はこの話を持ち出さず、隠そうとしていたのは、何故かしら?」 と、クイはこの点に引っかかっていた。「たぶん、そこに近づきさえしなければ、何も害は無いし、忘れていることもできる。だから、困っているかと言えば、そうでもない。流れ者に一々喧伝することでもないのでしょうけど」

「見てみぬ振りをしても、隠しても、無くなる訳でもないだろう」 と、コランも同意する。

「まぁ、いいわ。それより、これはクウの悪戯? マガリになってしまったのかしら。目的の空真が現れることは、期待できそうにないわね」

「あぁ。だけど、具体的にはどうなっているのか、見に行ってみないと分からない。鎮戻(チンレイ)(マガリを鎮め元に戻す事)できると言えば、連れて行ってくれるだろうか」

「できるならね。自信があるの?」

「無い。けれども、見ておきたい」

 珍しく前向きなコランに、好きにしたら、とクイは答えた。


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