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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第一章 求めるもの
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徹拳

     4 徹拳


 元の場所に戻ると、コランはビド達に取り囲まれていた。

 コランは正座したまま地べたにいるから、促の上で見つかって、その姿勢のまま引き出されたのだろう。そこまでされても反応も示さない、このおかしな男を、ビド達は持て余している。

 呆れて、クイはため息を漏らした。それを安堵したと見たのか、ゴウライは言う。

「良かったな、連れが無事でいて」

「いえ。あまりの歯歌さ加減に呆れているの」

 離してくれと訴えるため、クイは手足をばたつかせた。だがゴウライは取り合わず、クイを近くのビドに押し付けた。

「でも、これから、無事でなくなる。それは、自業自得だからな」

「ちょっと! 何をするの」

 幼子の意外な剣幕に、一瞬だけビド達は引いた。だが、普段から闘人という佳属の裔に接してきただけあって、そうした无人とは異なる人がいることは承知しており、受け入れる事は早いようだ。にやにや笑って、ビド達は言う。

「そりゃあ、おめぇ。悪いことに、決まっている」

「そうさ! 俺たちは、渡士様も逃げ出す悪党だぜ!」 とビド達は調子を合わせて言う。時折意味の取れない言葉が混じる。科人の方言でもなく、はるか西方で使われているものであるらしい。彼従や科人の言葉を知るクイにも、聞き馴染みのない音であった。

 クイは、ゴウライに対し、少しは興味を持った事を後悔した。性格が良いとしても、相手は盗賊。同情して見逃してくれるはずなど無いのだ。

「コラン! 黙ってないで、何か言いなさいよ!」

 クイの無茶な要求に、ようやくコランは顔を上げた。そして、片手を突いて、立ち上がろうとする。

「お、臆病者が、何か言うぞ」 と、ビド達がコランを嘲っている。事情を知らない者から見れば、コランは仲間の危機を無視し、隠れてやり過ごそうとした臆病者、と映る。

「何か言ってみろよ、おい」

「臆病者ではないというなら、示してみろよ」 と、ビド達は面白半分でコランを煽る。 「立ち向かう勇気があるなら、ゴウライ様とやりあってみろよ」

「おいおい、そりゃあ無理だ。渡士様でも泡を食って逃げ出すんだぜ。真正面から挑む奴なんているはずがない」

 するとコランは、取り巻くビド達をぐいと押して、前に進み出ようとした。

「待って、コラン。良いからじっとしてて」 と、クイは慌てて制止しようとする。素直に挑むはいいが、その結果は見えている。渡士のように張り倒されて終わりだ。

 コランは首を振って、それから、ゴウライに向かって指を差した。

「おおっ!」 と、ビド達は興奮した。

「やる気だぞ、こいつ」

「本気か、自棄(やけ)になったか」

 コランは別に、挑発に乗って興奮しているわけではない、とクイには分かった。ただ素直に、臆病者というのは正確ではないと、主張したがっている。それを証明してみろと言われ、応じただけなのだ。

「……勝負、か」 と、ゴウライが唸った。話の展開に戸惑っているのだろうか。

「そうですよ。こんな細い奴、さっさと折り畳んで下さい」

「だがな。勝負にはならん」

「ええ、その通りです。けれども、こいつ、歯向かおうとしていますぜ。それなら、ぶちのめしておかないと」

「それは、分かるがなぁ……」 と、当のゴウライは気乗りしないようである。

 何故だろうとクイは思った。先ほど渡士をも吹っ飛ばした男が、勝負を渋って見える。

「いや、面白みがないというのは、分かります。すぐに終わってしまう、分かりきった勝負ですものね。では、こうしましょう。ゴウライ様に対して、あいつの好きにさせる。それで、ゴウライ様を退(しりぞ)けたり、あるいは、(ひざまず)かせたら、あいつの勝ち」

「おいおい、それでは、俺が―――」

「そう。そこまで相手に有利な勝負。これなら、ゴウライ様も退屈しないでしょう。それで、遊んでやってくださいよ」

「ううぅむ」

「お前も、それで良いな? これだけ妥協したんだ、精々粘れよ」

 コランは、首を(かし)げている。勝負の判定基準が分からないわけでは無いだろう。彼にしてみれば、どうしてそこまで自分に有利なのかと訝っているのだ。

 ゴウライはため息を付き、仕方ない、と言った。



「コラン、って言ったか。おまえが負けたら……、そうだな。そいつをもらおう」 と、ゴウライはコランの額飾りを指差した。 「大して良さそうなものには見えないが、それが最も価値がありそうだ」

 この時、コランにしては珍しいほど、強い反応を見せた。それは駄目だ、と激しく首を振って拒絶したのだ。

 クイが見ても、確かにそれがコランの荷物の中で、最も価値がありそうな装飾品である。とはいえ、主のために造形を極める造人(ゾウ・ジ)による手の込んだ宝飾品を見慣れたクイには、体を張ってでも譲れないほどの物だとは思えない。けれども、コランはがんとして拒絶した。

「どうした、まだ負けと決まったわけじゃないよな。それでも、嫌か。また仲間を見捨てて、だんまりしているつもりか」

 ゴウライの挑発に対して、コランがピタリと動きを止めた。カチンと来た、のだろうか。

「勝負は拒む、賭けは嫌がる、仲間は見捨てる。それで、どこが臆病者じゃない、って? お前を生んだ奴は、とんだ出来損ないだ、って嘆いていたんじゃない、か―――」

 コランに見据えられ、ゴウライが口を閉じた。コランは普段通りの無表情だが、ゴウライは何か威圧されるものを感じたらしい。

 コランは、ゴウライの前に立ち、拳を構えた。

「よし、乗ったぁ!」 と、ビド達は大興奮した。

「やってみろ! 俺をここから動かせたら、お前の勝ちだ!」 と、ゴウライは諸手を広げて受けに回る。

 コランは身を屈め、さらに拳に力を込めている。

(りき)め、力め。どうせ、俺の芯までは届かん」

 コランは、その言葉を聞いて、顔を上げた。気のせいか、不敵な笑みを浮かべたように見えた。

「コラン、あなた……?」

 クイは戸惑った。彼の拳が、重く、硬いものに変わっているように見えた。普通の混成の手が、硬質の凝物に、変化したというのか?

 体格差から言って、コランがどれだけ勢いを乗せた一撃を与えようとも、ゴウライの巨体は揺るがないだろう。それでも、コランが放つ異様な雰囲気に、ゴウライは何か剣呑なものを感じたようだ。

「行け、コラン!」

 勝てるかも、と感じたクイはコランを後押しした。精神的な動揺は、僅かであっても身体に影響を及ぼしうる。ただでさえ勝ち目の薄い勝負なのだ。毛ほどの助力でも、無いよりはましだ。

「ぶちかましてやれ!」

 その声に背中を押されたかのように、コランは、低く構えた姿勢から鋭い一撃を放った。

おお、と見守る皆が一斉に声を上げた。これは、と思えるほどの一発であった。

「ふっ、ぐう!」

 コランの拳が、ゴウライの腹部にめり込んでいる。どれほど筋肉が厚いのか分からないが、相当深く、打ち込こまれているように見える。

ゴウライの顔は、驚愕に引き()っていた。だが、すぐに目元が(ゆる)んでくる。

 ―――駄目か。どれだけ鋭く突き刺さろうと、ゴウライの分厚い筋肉を抜け、内部に衝撃を伝えることはできなかったのか。みながそう思い始めた。

 コランは、ゆっくりと拳を引き抜いた。一時は、硬い岩のように見えた手の甲は、至って普通の皮膚のような色をしていた。やはり、見間違いなのか。

「ふ、ふふ……。こいつぁ―――」

 ゴウライが、笑いかけるが、その笑みはぎこちない。

「―――重い、な」

 そう言った後、ゴウライは顔を思いっきり顰めた。

「まさか」 と、ビド達が騒然となった。

 ゴウライは、ぐらりと姿勢を崩し、そして、膝を突いた。

 ちゃんと、届いていた。コランの拳は、ゴウライの奥深い所まで、届いていたのだ。

「わぁぁぁぁ!」

 クイは思わず、言葉にならない声を上げた。

「ゴウライ様が―――!」 と、ビド達も驚きの声を上げた。

「負けたぁ!」 と、悲鳴とも興奮の声とも付かない声が、部下達の間から上がった。

「勝ったぁ!」 と、甲高い声を上げ、クイは飛び上がった。短い腕を精一杯上げ、へそを出しながら、反り返った。

 当のコランは、澄ました顔をして、直立している。

 当然だといわんばかりの、憎々しい態度にも見えた。


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