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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第一章 求めるもの
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求めるもの

2 求めるもの


 促の背は広く、荷が濡れないように木組みの幌まで設けられている。中に潜り込んで、クイはそこにいる男に声をかけた。

「ねぇ、コラン」

 呼びかけるが、返事がない。目線は合うから起きているはずだが、たいした用ではないと見なされた時は、こうして無視される。

 コランは荷にもたれかけ、足を投げ出している。科人の中でもありふれた无人の、まだ若い男に見える。外見には特に際立った特長もないが、やけに整った顔をしている。おそらくは、若い女だけではなく万人の記憶に深く残るような、印象的な顔立ちと言える。

 コランの前に、ちょこんとお座りをして、クイは改まってコランに問いかけた。

「聞きたいことがあるんだけど」

 二人っきりになれた所で、問い質したいことがクイにはあった。

「何か?」 と、コランは素っ気無く応える。

「まぁ、今更なんだけど。もう引き返せないから、聞いてみようかと思って。貴方、科人に見えるわ。それはつまり、ビドに堕ちたってこと?」

「いや、違うだろうな」

「だろう、って言うのは?」

「よく知らないから。園の外に暮らす奴らを、ビドというのか。それらとは、違うと思うが」

「園にいたってこと? それとも、燈都に?」

「知らない。あそこが何と呼ばれていたか、ワは知らない」

 コランは、自分のことをワと呼ぶ。そして、二人称はナと呼んでくる。このように、コランは時折ずいぶんと古い言い回しを使う。

「園じゃないの? それなら、翠人(スイ・ジ)の緑場? 造人(ゾウ・ジ)の光場? ……いえ、どう見ても果属(ラ・カ)には見えないわ」

 翠人と造人は、主により役目を与えられた果属であり、クイたち華属(レ・カ)と同じ佳属として遇される。どちらも与えられた場から離れて生きることは稀である。

「それも、知らない。たぶん違う」

「あっそ。なら、どこにいたかは問わないわ。でも、どこへ行こうとしているの? 目的もなく彷徨(さまよ)っていたの?」

「目的は、ある」

「どんな?」

「探しものがある。その為に、あそこを出た」

「そのために、危険な外を捜し歩いていたっていうの? どんな大層なものかしらないけど、外に転がっているとは思えないけど。ちなみに、何を探しているの?」

四奏環(しそうかん)」と、コランは答えた。

 一拍置いて、 「本気?」 とクイは呆れて言った。

「四奏環といえば、伝説の宝物。陽真(ジラ)流真(ジオ)地真(ジア)空真(ジウ)、 これら四つの真央(しんおう)が持っているという宝輪よね」

「そう。だから、空真らを探していた」

「簡単に言うけど……。真央と上手く出会えたとしても、それでどうなるものじゃないのよ。四素の極限状態である素央と科人が対等に話せるはずもなく、さらに宝輪を譲ってくれと願っても、そう簡単に聞き入れられるはずがない」

「そんなことはない」

「あるのよ。歯歌(ばか)(嘲りの言葉)ね。指、腕、首、額の四奏環を身に付ければ素を操り、〈万素の大元〉と同等になれるっていう話よ。そんなとんでもない力を、科人ごときが持てる訳がない」

「四つ揃えると、同じ力を得られる。その話がある以上、すでに誰かが揃えたことがあった、ということではないか」

「話は話よ。そう言われている、って言うだけ。ある訳ないじゃない。真央に会えるかどうかすら定かでは無いと言うのに、四素全ての力を操れるようになる? 夢の話よ」

「しかし、ワは全て揃えたい」

「だから、そんな力を手にして何をするって言うのよ」

「そうしないと、いつまでも欠けたままだ」

「何が?」

「涙と、温もり」

 クイは、まじまじとコランの顔を眺めた。

 何度見ても、端正な顔だとクイは思う。整いすぎている、と言える。男なら憧れ、女なら惚れる。子ならば、いずれはこうありたいと願い、老人なら世話を焼きたくなる。そう思えるほど、理想の顔つきとなっている。

 一つケチをつけるならば、無表情すぎることか。視線は合わせてくれているが、どこを見ているか不安になる。まさかと思い、いつ(まばた)きをするのかと観察していたこともある。間隔は長いが、一応のんびりとした瞬きはしていた。動きは鈍いが、一応混成としての生体反応は見られるので、石像ではないのだと思うことが出来る。

 そのコランの意を図ろうとして、クイは見つめ続ける。

 どういう意図で、こんな恥ずかしいことを答えたのか。

 これまでコランは嘘を付いた事は無いし、朴訥(ぼくとつ)な性格であるらしい。素直に、本心を語ったということだろうか。

「……まぁ、私も、似たようなものだからねぇ」 と、クイは気持ちを建て直しつつ言った。

「どこが?」

 興味があるようには思えないから、半ば流れで応えたのだろう。だからこそクイは気負いなく本心を告げた。

「願いを叶えてくれる人を、探しているの。いる訳が無いって、分かっているのに」

「願い? どんな?」

「それは―――。歯歌! なんで貴方に教えないといけないのよ」

「ナだってワに聞いた。だから、ナが答えれば、公平になるのではないか」

「頭にくるわね」

「何故?」

 クイはコランを睨みつける。だが、眼や唇といった全ての部品がちんまりとして可愛らしいので、(けわ)しい感じは与えられないだろうと自覚している。それに、コランはたぶん、素直に聞き返しただけだ。

「……はぁ。悪かったわ。私も人の事を言えないって事ね。つまり、貴方の四奏環探しの旅を、夢物語だって言ったけど、同じようなもの。私の目的も」

「実現が疑わしいという事か? そうならば大丈夫だ。四奏環は実在し、手に入れることは可能だから」

「どこからそんな自信が出てくるのよ……」

「ここ」 と、コランは額を指差す。

「はいはい。意外とお(つむ)が良いのは分かったから。でも、貴方でも、死者を生き返らせるのは無理でしょう?」

「ワでなくても、無理な話だ」

「普通は、そう考えるものよ。でも、微かな可能性があるならば、私はそれに縋りたい。創真候(そうしんこう)クエラ・ゼイ。知っている?」

 万物は()から成っており、その核となる素を(しん)という。その真を失うか損なった混成(まなり)は、活動を止め、崩壊していく。凝物(ぎよう)である石塊なども同様で、塊を維持している(かなめ)の一点・真があり、正確にそこを衝かれると、堅さ・大きさに関わらず崩壊する。その存在を在らしめるために欠かせない要、それが真なのである。

 クエラ・ゼイは、無から真を作り出す事ができると言われている。

「生体そのものは、組成士(そせいし)の技でも構築できる。すぐれた組成士なら、真を維持したまま、体を自在に作り変えられる。ただ、素を集めて無から体を形成しても、それはただの入れ物。要の真がなければ、生きているとは言えない。並みの組成士では、真の再現までは無理なの」

「しかし、創真候は並みの組成士ではない。探し出して、死者を再構築して真をも再現してもらいたい、ということか」

「そう。でも、真にまで手を触れられるなんて、想像を絶する技といえるわね。だから、創真候なんて噂だけで、実在しないというのが通説で―――」

「そんなことはない」と、コランは気忙しく答えた。

「ありがと。気を遣ってくれるなんて、嬉しいわ」

「そうではない。ただ、今、創真候を探しに行っても無駄だと思う」

「どっちよ。いないならいないで、諦めて帰れって、言えば良いじゃない」

「無駄というのは、二つの意味がある」

「二つ?」

「一つは、すでに創真候クエラ・ゼイは死滅している」

「え! そうなの? 本当に?」

「大分前に、死滅した。それから、もう一つ。創真候をもってしても、完全な真の創成には至らなかった。……少なくとも、今までは、成功の例が無い」

「それなのに、噂で話が膨らみ、創真にまで至ったと勘違いされている。私は、それをまんまと信じた歯歌というわけね。ハァ……」

「そのためにわざわざ外に出てこなくても、童人ならば、主に頼めば―――」

「それは駄目!」

「駄目?」

「それができるなら、最初からこんな苦労していないわ」

「科人のいうことなど、主は聞いてくれないということか」

「いや、そうとも限らないけど……。少なくとも私なら、主の寵愛を一身に受けるこの私ならば、大抵の願いは叶えてもらえるわ」 と言って、クイは胸を張った。

「なら、良いじゃないか」

「よくないの。できたけど、できなくなった、事情があるの」

「それは?」

「それは――――。いえ、さすがに、おいそれとは、口にできないわ」

「そうか。それは残念だ」 と、コランは、さほど残念そうではない風で頷いた。

「ところで、ずっとこんな調子で行くのか?」

「こんなとは? 促に運んでもらえば楽でしょう?」

「それはそうだが、遅い」 と、コランは言う。

 確かに、促はのんびりとした性質なのに加えて、重い荷を揺らさず着実に運ぶことに慣らされており、常に歩みは遅い。ただ、ゆっくり動いてくれているので、さほど揺れを感じなくて、ちょうど良い乗り心地だとクイは思っていた。

「……遅い、って言うけど、貴方の動きも、わりと遅いわよ」

 コランの動きはどこかぎこちない。何か不具合があるわけでは無いようだが、一つ一つの動作を確かめるように動く。緊急の時など、その過程を早めることはできるようだが、クイからみるとじれったく思える。

「ワは、別に運んでもらわなくても―――」

「良いのよ。甘えなさいよ」

「甘える、とは?」

 面倒になったクイは、適当に答えた。

「そうね、力を温存しておきなさい、ってこと」

「なるほど」 と、コランは納得した。「この先に何かあるのだな。それまで無用に力を使って疲弊していることがないようにしておけ、と。そういう命令ならば、そう言ってくれれば良い」

「命じられれば、何でもするって言うの?」

「他にすることが無いなら」

「じゃあ、ずっと動かず、息でも止めていなさい。力を貯めておくのよ」

「分かった」

 それからコランは、本当にじっと動きを止めた。

 クイは頬をぷくっと膨らませた。

「……どれだけ忍耐ができるか、私、試されているのかしら」

 だったら、どこまで我慢できるのか確かめてやろうじゃないのと、クイは挑戦的な眼でコランを見た。

 ところが、その静寂を破るように、渡士の大声が聞こえた。

「出たぞ! ビドだ!」



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