極限
7 極限
対消滅の衝撃からまず立ち直ったのは、アヌンだった。
後始末として、ジンによる大地の崩壊をと願ったのだが、それはガルにより阻止されてしまった。それでもまだアヌンの優位は揺るがない。
「まずは、お前だな」 と、アヌンはクイに眼を向けた。
科人にしては余計な知識があり、反抗的でもある。生かしておけば、どんな災禍を齎すか分からない。
アヌンはクイへと狙いを定めた。ゴウライがクイを庇おうとするが、しかし、まだ抵抗することに躊躇いを覚えているようだ。野暴であろうとも、その血には彼従への服従が刻み込まれているのだろう。
「健気じゃないか」と、アヌンは低い声で笑った。
そのアヌンの眼前に、突然、何かが飛んできた。それは嘴の先を掠めて行き、木の幹に突き刺さった。
驚いて見ると、それは先ほどコランに投げつけた槍だった。折られて短くなっているが、先が汚れているので間違いない。
「まだ生きていたのか」 と、アヌンはうんざりして言った。
面倒そうに目をやると、コランが立ちあがっていた。槍を投げた姿勢から、ゆっくりと身を起こそうとしている。その姿を見たアヌンは、驚きの声を上げた。
「―――お前、一体?」
コランは、動いている。その胸元には、槍が貫通した穴が開いている。明らかに背から胸へと抜けている。それなのに、コランは、平然として立っている。
「胸に穴が開いている。それなのに、なぜまだ動ける?」
コランは、親指で額を指差した。
「頭? 何をしたというのだ? 小賢しい无人の知恵で、何ができる―――いや、違う。それは、まさか―――」
コランは、こくりと頷いた。
「その額に付けているもの、それは、四奏環ではないか!」
「ええっー!」 と、クイが驚きの声を上げた。それから、「ええー」 と、不満の声が続いた。「持っているなら、早く言いなさいよ……」
「何なのだ、お前は!」
アヌンに向かって、コランは指を差した。これまでは鈍い光しかなかった額輪の宝玉が、輝きを発し始めている。すると、コランのいる岩山が、ぐらりと動き出した。
「ジン? まだ散っていなかったの?」
「いや、違う。これは、四奏環の力!それは地真の力が込められた額輪か」
岩山は形を変え、その先端をアヌンに向けて、伸び始めた。まるで意志を持った混成のように、アヌンを攻撃しようとしている。
アヌンは、パッと翼を広げて、飛び上がった。それで上空へ飛び立てるわけではないが、まずはこの岩山の攻撃を避けようとした。
そのアヌンの眼前に、コランが迫る。伸びた岩山の上を駆けて、谷間を越えてきたのだ。
「クッ」
アヌンはさらに上空へ逃れようと羽ばたく。
コランが手を前に出すと、アヌンがいた場所に突き刺さっていた岩山の一部が分解され、錐を成し、アヌンへと向かって伸びる。その内の幾つかが、アヌンの翼に突き刺さる。
その間にコランはアヌンの眼前に移動し、拳を握って身構えた。
「あれは―――!」 と、ゴウライが期待の声を上げる。一度体験しているだけに、その威力はよく分かっている。
「グヌゥ!」
アヌンは長く鋭い嘴を持ち上げ、コランに向けて突き刺そうとする。その攻撃に合わせる様にして、コランは拳を突き出した。嘴を紙一重で避けると同時に、コランの拳がアヌンの胴に突き刺さった。
その衝撃で、アヌンの身がくの字になる。飛翔する混成だけあって体は細身で、さほど強くない。
アヌンは悶絶して、そのままぐったりと項垂れた。その頭から冠が転げ落ち、転がっていった。皆、呆然としてその行方を目で追っていた。
ちなみにこの技は、後の世になって、昂国の独立を掛けて闘った男が得意としたもので、破真徹拳と呼ばれている。
それは、相手を外側から破壊するのではなく、衝撃を与えて、内部の真を破壊する秘技だ。その存在が在る為の要である真を破壊されれば、肉体は崩壊して行くしかない。その技の原型がここにあった。
「おぉー!」 と、ゴウライが興奮して両手を上げた。その胸元にいるクイは、眩しげにコランを見上げていた。
*
アヌンを沈黙させて、コランは力を抜いた。
歓声を上げるゴウライに向かって手を振り、そちらに降りようとした。
だが、感覚がおかしかった。
力を使った反動だろうかと思いつつ、コランは大地に降り立った。
額に地真の力が込められた四奏環の一つを付けているので、物の素の塊である大地と触れていると力が伝わってくる。それでも、まだ感覚がおかしい。
周囲に、違和感があった。
まるで、コランを除いて、世界の全てが止まってしまっているかのように感じた。
ハッとしてゴウライを見ると、諸手を上げたまま固まっていた。その懐では、クイが目尻に涙を浮かべたまま微動だにしていない。
振り返ると、アヌンも同様だった。そして、逃げ惑っていた科人たちも、そのままの姿勢で止まっている。
「これは」
コランには、この現象に心当たりがあった。
顔を上げて、空を見上げる。全てが凍り付き、固まってしまっているが、はるか上空ではまだ動きがあった。雲がすごい勢いで回り、風が渦を巻いている。
風巻の規模はウジンの比ではない。渦の中心部は無風の地帯と化しているが、その範囲はクツカの園すべて、さらに遠くまで、及んでいるようである。
風の壁は、まっすぐ天の果てまで届いている。その渦の中では、気の素クウ達が逃げ惑っていた。そして、はるか上空からもたらされた、極めて温度の低い冷気が満ちている。その所為で、渦の中にいる者達は瞬時に凍りついたようである。
「顕現したな」
地真と会った時も、このように常識を超えた状態に陥ったものだった。コランは足掻かず、じっと待っていた。すると―――。
「不思議な奴だ」 と、声がした。
いや、音ではなかった。頭の中に、直接言葉が響いてきた。姿は見えなかったが、コランにだけ意思を伝えることができるようだ。
「ナは空真か?」 と、コランも同じように頭の中で返した。
「そう呼びたければ呼ぶが良い。シンはシンである」
どうやら真央はシンと自称するらしい。
「ナは何者か。この真空の中で平然としていられる混成など見たことがない。それに、その物の素を操る力。ナは地真の力に偏り過ぎている」
「ワは元々、凝物でしかなかった。地真に力を分け与えてもらった事により、混成のように振舞えるようになった」
「ほう。地真が。確かに、これまでのやり方では代わり映えがしなくなってきた所だ。そろそろ、新しい事を試す時期ではあった」
「新しい事?」
「そう。多足、四足、二足、無足と、散々試してきたが、どれもかの存在の地平にまで至らぬ。既存のものではなく、新たに作り出すことで、真となる者を作り出そうと考えたのか」
「……よく分からないが」
「分からずとも良い。これはシンら四大真央が、かの存在から課せられた問題だ」
「かの存在とは?」
「シンら真央は、元々かの存在の一部だった。かの存在は今、長い眠りにある。再び目覚める時は、己と等しきヒトが現れた時だと言っていた」
「かの存在、それは、真話にある、決して起こしてはならないという―――」
「そう。ジオジラオウ。すべての始まりの存在である」
「万素の大元、か」
「そうとも呼ばれているようだな。成し得ていないのに起こせば、すべてはまた無に帰されるであろう」
「すべてを、無に……。想像もつかない」
「それにしても、面白い物を創り上げたものだ。しかし、これなら、あるいは―――」
「あるいは?」
「かの存在の課題を成すため、シンらは試し続けた。ある者には、四奏環を与えたこともある。だが、それだけではまだ足りなかった。二足では叶わぬ事なのか、そうも考えていた」
「それはシン・トーのことか」
「かの存在の再来を期して、長い時が過ぎた。だが、いつまで経っても、その力を持つ混成は現れない。ならば、こうしてシンらが創り上げるのも、妙手かもしれない」
「創り上げる? 一体、何を」
「良いだろう。わが力、お主に分けてやろう」
さすがに世界を構成する四大真央の一つだけはある。こちらの言い分は、まったく無視されていた。
ただ、どういう思惑なのか、空真はその力を分けてくれると言っている。
「では、四奏環を―――」
「授けよう。ナはシンの眷属を鎮め戻してくれた。それから、シンの子らを、見逃してくれた。その対価として、このような物を与えるだけということを許してくれ」
「気にせずとも良い。ワはそもそも、出来損ないの人形でしかない」
「未完成は、可能性を秘めた存在である。これから先が、楽しみである」
「……楽しみ?」
「そろそろ行くとしよう」
「待ってくれ。クイ達を……。仲間達を、元に戻してほしい」
「それは、ナの力で為すが良い。その首輪は、その力を秘めている」
ふと見ると、いつの間にか首元に輪が巻かれ、宝玉が光っていた。
「これが、空真の―――」
急に、凄まじい物音が耳に入ってきた。思わずコランは手で塞いで耐えようとした。
「ぐっ、うぅぅ……」
音に慣れたあと、ようやくコランは顔を上げた。
すでに空真は去ったようである。風の壁は消え、周囲にはいつもの風が軽く吹いているだけになっている。
あの天まで貫いた巨大な真空地帯。あのすべてが、空真なのだろう。姿は見えないのではなく、科人程度では大きすぎて眼に入らない、ということらしい。
コランは息を吐いて、風が緩やかに消えて行くまで、じっと眺め続けた。




