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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第四章 顕在
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胸に開いた穴


     5 胸に開いた穴


 ゴウライにより、綱は見事に断ち切られた。

 張力を失って、固定された片方へと垂れ下がっていく。その端に、ガルは腕を巻きつけている。引れる力に逆らわず、むしろ勢いをつけてガルは身を投げ出した。

 綱の一方は岩山に固定されている。だから綱を握っている限り、落下してしまうことは無い。だが、向こう側に至った所で、岩肌にぶつかる。その衝撃は大きく、それで手を離してしまえば終わりだ。

 何を狙っているのか。それはすぐに分かった。

 ガルはまっすぐ岩に向かって飛ばず、少し斜めに飛び出していた。宙には他にも綱がかけられている。この軌道では、途中でその綱に引っかかってしまう。

 ガルの行く手には別の綱が掛かっており、ガルの持つ綱と交差した。二本がぶつかり合ったと思った途端、固定されておらず、かつ、重りの付いた方、つまりガルの体を伴っている方が、もう一本を軸にして回転を始めた。ガルの体は上空へと飛ばされていく。そして、そこまでは必死に綱を摑んでいたが、回転が一番高い所に達しようという直前に、ガルは手を離した。

 当然、ガルの体はその勢いのまま飛んで行く。

 ただし、ガルは無計画にこの空中飛行に挑んだわけではない。飛び出す前、鋭い眼で何かを計算し、いけると踏んでいた。


 ガルが飛ばされた先には、もう一本の綱が張られていた。綱を交差させ、その勢いで、一番奥にあるこの綱へと飛び移る。それが、ガルの狙いだった。

 だが、摑めるのか。

 このままその最後の綱を通り過ぎれば、あとは落下していくしかない。少しでも角度や勢いを間違えれば、それで終わりだ。

 ガルは懸命に腕を伸ばした。彼の長い腕を持ってしても、際どい距離である。

「届けっ!」 クイは眼を閉じ、その瞬間を待った。

「おぉ!」と、ゴウライが驚きの声をあげた。

 見ると、ガルは見事に綱を摑んでいた。すぐに両手で綱を摑み、ぶらさがっている。

「はぁ……」 と、クイは息を付いた。

 まったく。コランにせよガルにせよ、こいつらの無茶に、いつか私の心臓が根を上げそうだとクイは思った。

 この命がけの空中飛行により、ガルはかなりの時間を稼いだ。綱にぶら下がり、コランの後を追っていては時間がかかる。今のように岩の目前まで一瞬で移動しなければ、コランが力尽き、落ちてしまっていただろう。

 ガルは岩に辿り着き、身を持ち上げている。これならば、間に合うかもしれない。

「急いで、急いで」

 コランは大分ずり落ちており、片手で落下してしまわらないよう耐えている。

 登りきったガルは、素早く移動し、コランの手を摑んだ。そのまま、全身を後方に()らし、コランを引き上げていく。

 何とか落下は防げた。あとは、胸の傷だが、これも問題だ。

「ガル! どうなの! コランは?」

 クイが叫ぶが、仰向けにしたコランの様子を探っているガルから返事は無い。

「ちょっと! コランは大丈夫なの?」

 さすがに槍が刺さってびっくりしたけど、それでもあいつは天高くから落ちても無事だった男だ。また平気な顔をして、起き上がってくるに違いない。そうでしょう―――?

 そんな思いが、クイの中にある。だがそれは、都合の良い妄想だった。

「おい、ガル! どうなんだ」 とゴウライも焦れて呼びかける。

 その後で、ガルは一番見たくない動作をした。ゆっくりと首を振ったのだ。そして、コランの体から静かに手を離した。

「うそ……」

 自分も貫かれてしまったかのように、クイは胸を押さえて(うめ)いた。


     *


 ガルはコランの冷たい体から手を離した。

 槍は途中で()し折れているが、その穂先が胸から突き出ている。ちょうど、心臓の側を通って、である。

 これでは一たまりも無い。すぐに落下せず、飛び跳ね、ガルが来るまでしがみ付いていたのは、コランに残された最後の力だったのだろう。

「くそっ」 と、ガルは腕を地に打ち付ける。そうして、沸き上がってくる悔しさを大地に叩き付けた。

 咄嗟の判断だったから、やり切ってしまえたが、今思えばあれは自殺行為と同じだった。こうした状況ではなくて、ただ同じ事をガルが挑めば、きっと失敗して落ちていただろう。その可能性を無視して、決死の覚悟で挑んだのに、間に合わなかった。

「誰が、こんなことを」

 そもそも誰が攻撃してきたのか。もう少しで成功したのに、何故邪魔をしたのか。槍が飛んできた方向には、誰がいたのか。

 ガルは顔を上げた。

「あそこにいるのか」

 槍が放たれた場所には、園主の天幕がある。今では入り口の御簾は上げられ、中にいる者が垣間見える。

「何故だ、何故、こんなことを―――」

 言いかけたガルの視線の端に、何かが見えた。

「これは……」

 視線を落す。飛び出した方の崖の、ずっと下。身を投げる前では、その角度からでは、窺えなかったものが、ここからだと目に入った。

 街のあちこちで見かけた、(いびつ)な石柱。それが崖の側面からも生えている。それも何本も何本も。

 そのさらに下。遠くて詳細は分からないが、おそらく、前にこの儀式に挑んだ者達の亡骸が見えた。

 ただ地面に横たわっている者もいるが、その多くは、半分岩の中に取り込まれるような形である。ただ落下しただけでは、そうはならない。まるで、岩が落下してきた者を吸収しかけているかのような状態である。

 意志を持ったかのように、岩が混成を食らう。そして、そこら中に生えた歪な石柱。

「―――そういう、ことか。このために、科人を」

 ガルは、はっと気付いた。

 クイが、危ない。

「ゴウライ! クイを守れ!」

 ガルの叫びに応え、ゴウライは素直に動いてくれた。何も考えず、ただクイを引き寄せ、その巨体の下に庇った。

 その直後、今度は無数の矢が降り注いできた。射手は天幕の側にいる近習だった。ガルの所まで矢は届いたが、それは腕を振るって払い落とした。

「無事か、ゴウライ!」

 数本の矢が刺さっているが、矢ごときでは彼の分厚い筋肉を貫通することはできなかったようだ。ゴウライは、痛そうではあるが、身を起こした。その胸元には、呆然としているクイがいる。無事のようだ。

「やはり、皆殺しか」 とガルは唸った。

 矢では無理と悟ったのか、今度は槍を持った近習達が駆け寄って来て、ゴウライを取り囲んだ。普段ならどうと言うこともないだろうが、今はまずい。クイを守りながらで、どこまで凌ぎ切れるか。


 クイがゴウライの腕の間から顔を出し、威勢よく文句を言い始めた。

「何よ! 何で攻撃されなきゃいけないのよ!」

「良いから隠れていろ!」 と、ガルが叫び返す。「こいつらは、俺達の死体が必要なんだ」

 クイは絶句して、慌ててゴウライの腕の中に潜り込んだ。

「この下にマガリがいる。おそらくは物の素真・ジンの成れの果てだ」

「ジン? この崖の下にいるのか」 と、ゴウライは不可解そうに言う。

「ああ。混成をたっぷり食っている。ジンへと奉げられたものをな」

 聞き捨てならないと、クイは声だけ返す。

「ということは、何? 空真を誘う儀式というのは嘘で、ここで皆を落とし、マガリへ生贄を奉げていたの?」

「そうだ。ここの主とやらは、マガリとなっていても、ジンを必要としていた。ジンのご機嫌を取るために、物の素を含んだ混成を餌として与えていたんだ」

 この岩山は、崖の一部が風化してできたものかと思っていたが、もしかしたら、この生贄を得るためにジンが(こしら)えたものかもしれないとクイは思った。

「でも、ジンを、どうして?」

「おそらくは、この園を造成し、隠れ家として維持していく力が必要だったんだろう。だが、組成法を使える彼従なら、マガリの力に頼らずとも良いはずだ。つまり、ここの園主とやらは、偽者だということだな」

 ガルは天幕を指差し、中にいる者を挑発した。

 できれば関わりたくないが、ここまでされては黙っていられない。ガルは、覚悟を決めて、園主と対峙した。

「科人の分際で、我と向かい合えるつもりか」

 天幕から、怖ろしげな声が降ってきた。

 その直後、天幕が内から弾けて、吹き飛んだ。

 そこから、巨大な混成が姿を現した。




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