歓待の理由
3 歓待の理由
まるで燈都に戻ってきたかのように思えて、クイは驚いていた。
招待された主の館には、辺境の街にしては、手の込んだ物が揃っていた。ただの科人に作れるものではなく、専用の工作人・造人までいるのかもしれない。
人工の物に囲まれる環境に慣れないのか、ゴウライは部屋の中を歩き回っている。食べ物を差し入れに来た科人は、ピリピリとしたゴウライを見ても動じず、にこやかにしていた。内心は動揺しているかもしれないが、闘人にすら慣れているのだろうか。
皆が落ち着いた頃合を図ったかのように、ジロが現れた。彼がここの取り仕切り役・導徒であるらしい。
「ヒイテで、見事ウジンを鎮戻されたと聞きました」 と、ジロは、恭しく口を開いた。
「聞いた、ねぇ。見ていた、の間違いじゃないか」
ウジンが鎮められたとあれば、そうした驚きの噂は、嫌でも広がっていく。ただ、幾らなんでも、伝わるのが早すぎる。つまり、ジロもまたヒイテにおり、コラン達を監視していたのではないか。
「俺たちを見張っており、それで使えると思ったんだろう。それで強引に連れて来て、何をさせるつもりだ」
「話を聞き、園主・アヌン様は、いたく感心されました」
「俺たちの話を聞かないお前とは大違いだな」 と、ガルは皮肉を言った。
ジロは動じず、ゆったりと頷いて聞き流した。
「素真を鎮戻できるような方達をお招きすれば、近く行なわれる儀式にて、悲願が達成できるのではないか、と園主はお考えになりました」
「悲願、だと?」
「ここは、空に至ることを望み、設けられた街、クツカ。力を授けてくれるであろう空真との対話を望み、数々の儀式を執り行ってまいりました。しかし、未だ空真は顕現されません。そこで、気の素との関わりが深い貴方達が居れば、それが起因となって空真が顕れるのではないか、とご期待しております」
「俺たちが、空真の気を引くと? 買い被り過ぎだろう」
「いえいえ。お会いして良かった。実際に対面してみると、ますます、尋常ではない方達だと、感じております」
ぼんやりとやり取りを見ているコランは、興味がないのか、口を開かない。用途の不明な装飾品が珍しく気になるらしく、ゴウライは気も漫ろになったままだ。
「私以外は、確かにそうね」 と、クイは短く口を挟んだ。
ジロは、クイにも頭を下げ、「貴方様にも、お会いしたかった」、と言った。
「私に? こんな小娘に何の用?」
「貴方様は童人。燈都で愛でられていた方でございましょう。なおかつ、私どもが愚考するに、相当の上位の方にお仕えしていたのではあるまいか」
「止めて」 と、クイは言葉を遮り、きつく睨みつけた。
相手は幼子でありながら、威圧されたのか、ジロは息を呑んだ。
「あの方の話を、貴様程度がしてもいいと思っているのか。僭越にも程がある」
「これは―――。失礼を致しました。何分鄙の者でしかなく、世間を知らず、増長しておりました。ご無礼をお許しください」
すん、とクイは鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
「それで、俺たちに何をさせようって言うんだ」
ガルは勝手に話を進める。空真が関わっているとあれば、この話、無視するわけにはいかない。業腹だが、クイは黙っていた。
*
「クイ、良かった。無事でいたのね」 と、駆け寄って来るなり、その娘はクイを抱き上げた。
「ちょっと、痛い。痛いって。カコ、放して」 と、クイは暴れた。顔は満更でもなさそうな顔をしている。
それでもカコは、クイの匂いを吸い尽くすように顔を埋め、両手を解こうとしない。
「カコ、苦しい。少し、落ち着いて」
「だって―――」 と言って、ようやくカコは顔を上げた。「嬉しいんだもの。貴女に会えて、貴女が無事でいると知って。私、それだけで嬉しくて」
本心から思っているらしく、カコの眼は滲んでいる。
「私もよ、カコ。こんな所で会えるなんてね」
嬉し涙にほろりと来つつ、クイはどこか冷静になっていた。
この涙は、ただ再会を喜ぶものだけではないだろう。なにか、大きな不安があり、そこから少しだけ解放されたと感じ、零れたものではないか。
そう考えてしまい、素直に再会を喜べないのは、場所が場所であり、そして、カコが儀式に参加すると聞かされていた為だ。
「クイ~」 と、また顔を埋めようとするカコを、精一杯腕を突っ張って押し留めつつ、クイは言う。
「カコ。それは、後で。今は、話を聞かせて」
涙を拭いつつ、カコはしぶしぶと言った顔で、クイと向き合った。
「貴方も、参加するの? 詳しい内容を聞かされていないんだけど、貴方はどう?」
カコは露骨にうろたえた。
「知らないの? それで、ここにいるの? 招かれたんじゃないの?」
「そうよ。でも、あの爺い、肝心なことを教えてくれないのよ」
「そうなの……。でも、これは主のための儀式なのよ。心配することはないわ」
「その割には、しょぼくれていたじゃない」
ジロから儀式が行われると聞かされ、そこに知人もいると知らされた。その名を聞き、急いで会わせろと大騒ぎして、クイはこの部屋にやってきた。
この大部屋には窓もなく、戸も一つしかない。十数人の科人が、隅に固まっていた。どうみても、名誉ある役に挑もうとする姿ではなく、ろくでもないことに狩り出されて、悲観している姿だった。
「それは……、こんな豪華な所、初めてだし……。なにより、主のいる街に来られるなんて、想像もしていなかったし……」
クイは、少し複雑な気分で聞いていた。カコらにとっては、この辺りの科人の主とは、このクツカの主なのだろう。直接その所在を知らなくても、辺境の街で勝手に園主を名乗っている者だとしても、科人には疑う術がない。
「でも、これは名誉な事なの。主の願いを叶える為に、私達が役に立てるというのよ。ただ生まれ、ただ死んでいく私達が、主の為にできることがあると言われたの。これまでの恩を返すためには、ここしかないでしょう。だから、私、頑張るつもりでいるのだけど―――」
それでも、不安なのだろう。クイ達は聞かされていない何かを、彼女達は知っているのか。あるいは、それとなく、どういう結果になるか、察しているのか。
「頑張るって、それは、空真を呼び寄せる為に身を張る、という話よね。周辺の郷から召された者達を使って」
「でも儀式自体は単純よ。祈りながら山を登って、天辺に到達できれば良い。そうすれば、他に何もしなくても、空真が顕れる。たったそれだけのことよ」
「……単純なのに、どうして、これまで失敗続きだったの?」
カコは震え始めた。やはり、何かを知っている。
「……直接言われた訳ではなく、聞いた話なんだけど……」
「ええ。吐いてしまいなさい」 と、クイはカコの肩に手を当て摩った。まるで母親が子にするように。
「―――岩山は、とても切り立っている。まるで地から突き出された槍のように、天に向かって尖がっている、って」
「槍のように……。女の力で、よじ登れるものかしら」
「無理よ。どんな科人でも、羽でも生えていない限り、登れないと聞いたわ」
「え? それで、どうしろっていうのよ」
カコはじっと一点を見つめて呟く。まるで誰かに言い聞かされたことを再現できれば、安全だと思い込もうとしているように。
「その尖った岩山の向かいには、また別の山がある。そこまでは歩いて簡単に登れる。その途中の崖で、隣り合う岩山へ渡ればいいだけなの」
「渡る? どうやって? その岩山って、結構高いのよね?」
「えぇ。下は霧に隠れて見えないほど。でも、すでに何本も綱が渡してあるらしいの。それを伝って、向かいの岩山へ行くんだって」
「綱……。橋じゃなくて?」
ぶるぶると震えながら、カコは頷く。
「橋なんてあったら、ただ歩くだけじゃない。まるで宙を移動しているかのように見せることで、空真は感心して出てくるのよ」
綱が渡せる位だから、それほど距離は離れていないはず。ただ、そこで綱渡りに失敗すれば……。
「気の素は、空を自在に動ける。科人が同じように、宙を渡ったように見せられれば、それだけの力がある者と認められれば、空真が興味を持ってくれる。それが勝手な妄想か、前例があってのことかは知らない。でも、気の素絡みの問題を解決して見せた私達ならば、もしかしたら、何か宙を飛ぶ方法でも持っている、とでも思われたのかしら」
「そんな……、貴方たちは、ただ気の素を屈服させただけじゃない。それで、どうしてクイまで、こんな危険な目に……」
「あぁ、そうか」 と、クイは顔を顰めた。
詳細を知れば、クイ達は当然、参加を拒む。これまでの成功例が無いのならば、それは死に直結する試練だから。
でもそれは困る。ここの主は何故か、躍起になって空真を呼び出そうとしている。クイ達には是非挑んでもらいたいが、頭のおかしいここの主にも、クイ達が首を縦に振らないと分かっている。だから、どうにかして、挑む気にさせる必要があった。そこで――。
「――だから、人質か」
ジロがカコを召し出し、かつ、その存在を事前に知らせたのは、脅しなのだ。お前達が挑まないと、この無力な无人が死ぬ所を見る羽目になる。だから、逃げずに挑め。そう脅しているのだ。
クイは頬を赤らめて言った。
「私、腹が立ってきた」
*
「そんなもん、決まっている。俺がここを、滅茶苦茶にしてやる」
ゴウライが、歯茎を剥き出して唸り声を上げた。クイから話を聞いて、こんな儀式など、館ごと粉砕してやろうと滾っていた。
それも、一つの手だろう。ゴウライが暴れたならば、ただの科人では手に負えない。この怪しい園なら、闘人までも調達しているかも知れないが、こちらもまだコランやガルもいる。
そうして、人質を奪還して、逃げに専念すれば、どうにかなるか。だがしかし―――。
「それが一番早いか……。とはいえ、なぁ……」 と、ガルは声を低めた。彼も悪い想像をしているのだろう。
「何だよ、俺じゃあ物足りないっていうのか。何なら、その儀式の山ってのを、へし折ってやる」
「ふふっ、やれるかどうか、見てみたい所だけど。さすがに、無理ね」
「じゃあ、空真の悪口を言ってやる」
「それは、ご随意に」 と、クイは苦笑してみせる。「あのね、たとえば、人質がいるのを見せ付けられた、とする。当然、弱みを放置しておけないから、奪還しようとするわよね。それで、首尾よく奪還して、逃げて、それでお終いなら、良いのだけど」
「良いじゃないか」 と、ゴウライは胸を張った。
「まだ他にいたら、どうするのよ?」
「はぁ?」
「たとえば、貴方の元のお仲間、ビド達まで密かに拉致されていたら? それで、いざという時、初めてそう知らしめて、動くなと言われたら?」
「動けん」 と、ゴウライは喉の奥で唸った。
「そうでしょう。そういう事態になると困るから、下手に動けないのよ」
人質は事前に見せただけとは限らない。カコまで引っ張っていたことからして、相当前から見張られていたことになる。おそらくは、気の素絡みの問題の側には監視の目があった、のだろう。
とすれば、他にも手が回っている可能性がある。言う事を聞かないと思ったら、手を出せない間で引き出す。そうなると、もう手が出せず、言いなりになるしかない。
「ここじゃなければ、まだ、やる気になれるがなぁ」 と、ガルはぼやく。クイも、同じ気持ちがあった。
性質は其々異なっていても、基本的に佳属は、主に仕えることを誇りとしている。
ここが燈都で、命じたのが彼従と明白ならば、少しぐらい無理強いされても、抗うことはしない。だが、ここは正規の園ではない。園主も、彼従ではないという可能性もある。彼従以外でありながら、科人に服従を強いる者がいる、ということになる。
自分は翠人らしくないとガルは言うが、彼も果属の一員として、本能的には、こうした僭越を快く思っていないのかもしれない。
「ふぅ……。どうしたものかしらねぇ」
「儀式は、明日か」
カコたちの存在を知らされたのは、つい先ほどである。最初は持て成しておいて、事態の詳細を知った後は、対策を立てる間を与えない。周到な追い込まれ方に、誰も良い考えを思い浮かべられなかった。
コランが、立ち上がった。
「駄目よ、コラン」 と、堪りかねてクイが強く言う。「二度も殺させないで」
クイはコランと眼をあわすことを避けていた。
話しかけることもできない。こいつなら、そう言うだろうと分かっているからだ。それはガルやゴウライも同じであるらしく、あえてコランを無視していた。
「ワが挑む」
彼がそう言い出す事は、分かり切っていたが、やはり辛いものだった。
クイは深く息を吐いた。




