忍び寄るもの
6 忍び寄るもの
ウジンは鎮戻された。
遠くから見ていても分かる規模だったから、それが急に消えれば、マガリの難が解消されたことが周囲に知れる。
ただ、本当にもう消え去ったのか、一時的なものなのかどうか、すぐには判断できないはずだ。元の住民が帰って来るまで、それで少しの猶予はあるはず。コランの快復を待つ必要がある一行は、勝手に居座っていた。
入り込んだ家は、郷の中心部から外れた所にある。使われている建材の贅沢さから、おそらく郷長の別宅ではないかと思われる。
外から見る分には、コランはさほど傷付いていないようである。コラン自身も平気そうで、しばらく休めば動けると言う。
それでも、縄で締め付けられ、振り回され、高所から落下したのだ。急に影響が出てもおかしくない。
「―――というか、おかしくない?」
クイは唇を尖らせた。
じっとしていなくても平気だと言うコランを奥の寝室に寝かしつけ、クイはガルに話しかけた。
胡坐をかいたガルの前には、恵児(猪のこと)が調理され、皿に乗っている。これはガルが捕獲してきたものを焼いて刻んだだけのものだ。意外と狩りの才能があるようで、これでゴウライたちに精をつけてもらおうとしたのだという。
ただ、自分より先に大物を捕らえてきたことに矜持を刺激されたか、ゴウライはひねくれたことを言った。犬に噛まれたような傷跡があることを指摘して、弱っていた所を捕らえたものだろう、と臭した。
それでガルもへそを曲げ、簡単に調理したは良いが、そのあと、あまり手を出していない。
目線を動かさず、ガルは 「何が?」 と答えた。不機嫌そうではあるが、無愛想の原因は他にある。彼はじっと、クイが抱いている土の玉を見つめている。
「コランが無事だったのは、嬉しい。それは良いんだけど、普通は違うわよね?」
「というと?」
「ゴウライは、そもそも頑丈な混成だから、耐えられたのでしょう。でも、コランは違うわよね。死なないまでも、もっと深刻な状態に陥っていてもおかしくない」
「だろうな」
「貴方も言っていたわよね、呆れるほど頑丈な奴だって」
「ああ、言ったな。はじめて見たよ、こんな奴は」
「无人って、そんなに強い混成だったかしら。彼が特別なの?」
「特別だな。とても興味深い」
そう答えつつ、ガルの視線は向かいにいるクイではなく、その胸元の土の玉から微動だにしない。
「……実はコランは、科人じゃないのかしら」
「どうかな……。見かけは无人だな。何も手を加えられていない、非力な科人に見える」
「じゃあ、どうして?」
「知らんよ。俺もはじめて見たって、言ったよな」
「うー」 と、クイは唸る。苛立ちから持っている物を投げそうだ。それを案じたガルが、今にも手を出そうとした。
「ちょっと、触らないでよ。割ってしまって、また暴れ出したらどうするのよ」
「分かっている。だが、気にするなって方が無理だろう?」
問題の玉は、クイが童心に返ってこしらえた物ではない。
コランは、直接ウジンに組み付いた。ウジンは気の素から成るが、混成は物の素を多く含む。反する性質を持つ物の素に摑まれては堪らない。真まで捕らわれ、ウジンは力を失い、四散しかけていた。
コランはそのまま真を潰してしまわず、ずっと拳の中に握り締め続けていた。さらに、拳を泥に押し付けて、真の周りを土玉で固めた。
真となるものが無事であるなら、また素を結集させることで、素真の再生は可能である。だが、要の真を弱点である物の素で包まれていては、さすがの素真も動けないようだ。
「素真の真だけが封印された土団子。こんな珍しいものは、そうそう無いぞ」
素真という存在ですら、簡単にお目にかかれるものではない。さらに、その真だけが封じられているのである。
「駄目よ。これは交渉の材料にするんだから」
クイは、物欲しげなガルを睨みつける。眼を離すと、これを持って消えてしまいそうに思えた。
「空真の居所がわかっても、ただ会うだけで四奏環を頂ける筈がない。何か対価となるものを差し出さないと」
「確かに、眷属のウジンが囚われたものなら、話ができるかもしれない。しかも、こいつはマガリと化して悪評を上げていた。いわば、身内の恥晒しを捕まえ、返してくれるのだから、可能性は上がるな」
「そうでないと困るのよ。他に差し上げられそうなものは、思いつかないし」
「あくまで、四奏環が大事か」
「知らないわ。コランに言ってよ。これは彼が命がけで摑んだものなんだし」
「それは、そうだが……」
ようやく土の玉から眼を離し、気持ちを切り換えるように、ガルは言う。
「しかし、本当に大丈夫なのか」
「何が?」
「四奏環が大事というが、それらを身につけた者は、その資格がないと解れてしまうというじゃないか」
「解れる?」
「分不相応な者が持つと、その負荷に耐え切れず、体が四散してしまうらしいぞ」
「え……」
クイは眼をぱちくりとさせた。
「真央に会えるほどの者でも、素との相性があるらしい。火の様に猛る心を持った奴には、水の素は合わないというし、気の素のように軽い心の奴は、物の素を重く感じるものだ。さらには、其々の素の究極の力を呼び起こせる物を、全て身につけるというんだ。それで、押さえ込めずに暴れ出されたら、科人の体など簡単に四散してしまう」
最もな話だと、クイも思った。その辺りを、コランはどう考えているのだろう。
「まぁ、手にいれてから、考えればいいじゃない。すぐに使うわけじゃないし」
「それが、そうもいかないらしい。我慢できなくなる、という話も聞いたぞ」
「それは、どういうこと?」
「所持しているだけで、絶大な力を感じる。今すぐ身につけたい、という欲求が沸いて来るらしい」
「そうなの?」
「ああ。昔、クバという無法者が四奏環の一つを手に入れたことがあった。血気盛んな彼は、水の素とは相性が悪いと思われ、すぐに身に付けはしなかった。だが、結局仲間の眼を盗んで、クバは水の素の腕輪を身に付けてしまった。すると、まず元気を無くし、体温も急速に落ちて行った。その後、体の中身がすべて水になってしまったように、全てが流れ出した。終いには、彼自身も流れて消えた」
「強い力には、それだけ惹きつける力もあるものだろうけど……。抗し切れなかったのね」
「四奏環は素の力の結晶。それを奪われた素真の呪いだとも言われている。絶大な力は手に入るかもしれないが、ただで使えるとは思えない」
「それはそうだけど……」 と、クイは言って、ふと思いついた。「あ。貴方、四奏環のことを悪く言って、諦めさせようとしているでしょう? この玉を手に入れるために」
ガルの目が少し見開かれ、苦笑した。
「いやいや……。知っていることを、言っただけだ」
「本当かしら。……でも、コランだと、平然と使えるような気もするのよね」
「少なくとも、万素を抑え、自在に操れる力がいる。つまり、主が使う組成法が必要だ。コランも使えるのか?」
「まさか。彼はどうみても无人でしょ。そんな力、持ち得ないわ」
「……だとしたら、誰かに命じられて集めているのか?」
「命令って、感じでもないわね。ただ……」
「ただ?」
「そうすることで、欠けていたものを埋められるとか何だとか。そうしなさいって、誰かに言われたようではあるけど」
「ほぅ。それは、誰に?」
「それは―――」
その時、屋外からゴウライの声が聞こえてきた。ゴウライは体格に似合って声もでかいので、居どころはすぐに分かる。
「何かあったのかしら」
「どうやら、誰か来たらしいな」
「誰か? あ、キンヤさんかしら」
「どうかな」 とガルは立ち上がる。膝に手をやり、億劫そうにガルは言う。 「あの老女なら、ゴウライに怯えて近付いて来ないだろう。それとも、大勢で来たか」
「あら。どこへ行くの?」
「賑やかなのは、苦手なんだ」 と、騒ぎから離れるようにして、ガルは言う。「この見てくれも、人好きするものじゃないだろうしな」
「でも、大勢いるのなら、貴方の知り合いもいるんじゃない? 元はここにいたって、コランから聞いたわよ」
「それはそうだが……。だが、翠人に直接関わるような物好きはいないし、翠人も无人に興味を持たないものだ」
「そう。じゃあ貴方がここにいたっていうことを知っている人はいないのね」
「あぁ。聞いた話じゃあ、あの風巻が来た後、翠人は残らず居なくなってしまったということだからな」
「え。そうなの……。それは」
「気にするな。どうせあの風から逃れられていても、長くは生きていないだろうさ。生きる目的である緑場を失ったとあれば、な」
「あなたも、多くを失ったのね……」
「いや、俺は変わり者だからな。そんなには、気にしていない」
ふぅん、とクイは呟き、どこかへ去っていくガルの背中を見つめていた。
*
キンヤをはじめ、周囲に潜んでいた科人は意外に多く、そのほとんどが驚きと喜びに満ちた顔をしていた。
ゴウライの姿を見て驚き、マガリが居ない隙に入り込んだビドかもしれないと疑う者たちもいたが、キンヤがそうではないと主張してくれた。
伏しているコランを見て、「あぁ、やはり……」 と、関わりを確信して、涙を流していた。直接コランが何かしたとは思っていないだろうが、それでも、キンヤを気遣い、そして傷を負ったのならば、ありがたいことだと言っていた。
クイがただの未人ではなく、童人だと気付き、ならば主の遣いであったかと頭を下げる者もいた。そうなると、ゴウライは野暴ではなく、童人の守り役であったかと合点した。
今の郷には夜露を凌げる所は数少ないはずだが、コランが起き上がるまで、そのまま居て良いとまで申し出てくれた。
その後、僅かな食料などを持ち込んでくれて、歓待を受けた。
夜遅くにって、ようやく静かになった。郷の者たちはねぐらに戻って行った。
相変わらず微動だにせず横になっているコランの側に、ゴウライが仰向けに転がっている。その大きな腹の上で、クイも気持ちよさそうに眠っている。
闇が一番深まった頃。
漆黒の塊が静かに忍び寄って来た。
どこにどんな調具品があり、何人がそこにいるかを承知しているかのように、その影は迷い無く奥へと進んだ。
そして、コランの枕元に、そっと手を伸ばした。土の玉を鉤爪で慎重に掴み、持ち上げた。
それから、入ってきた時と同じように、物音を立てずに外に出ていく。
掴んでいる土の玉を見つめ、低く笑い声を洩らした。
「さぁ、働いてもらおうか」
鉤爪を当てて、ぐっと力を入れた。ぐしゃっと、土の玉はあっさりと潰れてしまう。
再び掌が開かれる。その上に、小さな風の渦がある。すると、その渦は急激に大きくなっていく。
あっという間に、渦は風巻へと成長し、さらに激しさを増していく。まるで、閉じ込められていた鬱憤を晴らそうとするかのように、荒れ狂っていた。
その勢いは凄まじく、周囲の木々をなぎ倒し、持ち上げようとする。すぐそばにある家屋はその風をもろに受けた。風は地面を削って床下まで入り込み、そこから真上へと吹き上がった。そのため、家屋ごと持ち上がってしまった。
中にいる者たちをこぼさない様に、小屋は平行を保たれている。しかし、もはや逃れようもないほどの高みへと運ばれていた。
「クツカへ」 と、その様子をみていた影が言った。
その命令が聞こえたのか、風巻が動き始めた。幻の園と言われたクツカへと向かって、クイたちを飲み込んだ風巻は移動して行くのだった。




