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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第三章 居座る風巻
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コラン、宙を跳ぶ


     5 コラン、宙を跳ぶ


 気の素真への挑戦が始まった。

 まずはゴウライが風巻の中へと入り込んで行く。腕を顔の前で交差して、ゴウライは身を低くして進んだ。

 周囲は風巻が振り回していた雑多の物が飛び()っている。家屋の戸板らしきものまで虜になっている。近付けば、それらが容赦なくぶつかってくる。ゴウライほどの頑強な体でも、当たり所によっては動けなくなることだろう。

 ゴウライは、一歩一歩、足を地に差し込むようにして進んでいく。遅々(ちち)として進んでいないように見えるが、それでも飛ばされず、前進し続けている。焦って顔を上げれば、突風に煽られ、吹き飛ばされる。そうされないですんだのは、前に気の素との押し相撲をした経験がものを言っているのだろう。

 背に重石が括りつけられている事もあり、何とか巻き上げられずに済んでいる。しかし、ゴウライといえども、いつ浮き上げられてしまうか分からない。それほどの猛烈な風が、常に渦巻いている。

 風の渦に接した頃から、ゴウライは、両手を大地につけ、掴むようにしている。そうして片手を、片足を、少しづつ前に進めて行った。

 もう少しで渦の中の無風地帯まで辿り着ける、その直前で、さすがのゴウライにも限界が訪れた。じっと動かなくなったのだが、それは休んでいるのではなく、一箇所に留まる事が精一杯になったのだ。

 無理をして、彼まで飛ばされるわけにはいかない。彼にはしばらくそこに齧りついていてもらわなければならない。

「コラン、頼む!」

 ゴウライが苦しそうに叫ぶ。風に身を持っていかれるかどうかという瀬戸際である。この合図をするという事は、コランに危地に行けと言うこともである。顔を伏せているので確認できないが、ゴウライはきっと、大粒の涙を流しているだろう。

 コランは今、槍を持ったまま、ゴウライの背に重石として括り付けられている。槍はガルが作った即席の物で、穂先に渡士から奪った剣を付け、適当に見つけてきた木の棒を柄としてある。

 コランは躊躇せず、その身をゴウライの背に固定していた縄を切った。すると、まるで木の葉のように軽やかに、コランの体だけが吹き飛ばされた。

 その様子を見て、クイは呟いた。

「別に軽いわけじゃないのに、どうしてあんなに軽やかに飛ばされるのかしら」

「確かに」 とガルが応じる。 「あの吹っ飛ばされ方は異常だ。科人にしては、軽すぎる」

「でも、体重が無いわけじゃないのよ。それなのに、前にもこういうことがあった」

「ふむ。となると、気の素に極端に弱いということか」

「そう、それ。そう言っていた。あれは、負け惜しみだと思っていたんだけど」

「自分でそう言ったのか。となると、本当に相性が悪いんだな。だが、変だな。気の素と釣りあう素は、物の素だ。その塊である凝物なら、負けもしよう。確かに、混成りの体も、その大半が物の素からできている。だが、混成りというだけあって、その体には四つの素が全て混じっているものだ。そうでないと熱や血が維持できない。だから、普通はそこまで耐性が低いということはない」

「コランの体は、特殊だという事?」

「そうなるな。極端に物の素の構成比が高いのだろうか……」

 ガルは興味深そうにしているが、当のコランはそれ所ではない状態にある。

 コランは完全にゴウライと切り離されたわけでは無い。縄は二本あった。先ほど切ったのは、コランの身をゴウライに密着して動かないようにしていたものだ。

 もう一本、ゴウライの胴に結び付けてあり、コランも同じようにもう片方の端に結ばれている。こちらは用意しうる限りの長さがあり、ゴウライがじっとできている限り、コランがどこかへ彼方へ飛ばされないための命綱となる。

 ゴウライが踏ん張っている間は、その縄は限界まで引っ張られる。当然、結び目は強く引き締まる。そこに挟まれ圧迫される体を守る為、両者とも縄と体の間に板を挟みこんである。

 ガルが手を加えてくれた縄は意外と頑丈で、すぐには切れなかった。その分、両者の体にかかる力は強く、せっかくの板はあっさりと割れてしまった。

「あれが、気の素の素真、ウジンの本体―――」

 渦の中心に、一頭の巨大な鷹がいる。大きさが科人並みであることと、翼が二対、計四枚あることでただの鷹ではないことは明白だ。

 そして、気の素の素真らしく、その姿は朧で、ゆらゆらと透けて見える。ただし、定期的に四枚の翼を乱れ打ち、風巻を強化する時は、はっきりと見える。

 おそらく、力を使う時は素が凝縮している為、よりはっきりと実体化しているのだろう。そこを狙い、ウジンの(かなめ)となっている場所、(しん)を打ち抜く。そうすれば、ウジンは四散し、この狂った風巻は消え去る。

 内臓を傷つけている事が確実なほど、縄が胴に食い込んでいる。それでも、コランは身を起こした。それから、強靭な意志の力を持って、槍を構えた。

 狙いをつけて、槍を放った。

 あの体勢で良く狙ったな、と思えるほど、正確にウジン目掛けて飛んでいく。

 当たる、と誰もが思った。

 その時、ウジンが動いた。首を下げて、槍をかわそうとする。

「ちょっ……!」

 ウジンは下降し、槍の直撃を避けた。投擲された槍は、風巻に乗り、すぐに弾かれてどこかへ飛んでいった。

「そんな……」 と、クイは嘆きの声を上げる。



 ガルは、クイの頭に手を置いた。「後は俺たちがやっておく。お前は、戻りな」

「これ以上、見るなっていうこと?」

「そうだ。後は、無残なものだからな」

 攻撃する手立てを失ったコランは、後はあの高さから大地に打ち付けられることになる。どう足掻いても助かる術は無く、即死だろう。何より、あの縄が食い込んだ状態が、すでにやばい。意識が飛んでいるのか、コランはぐったりとしている。胴が千切(ちぎ)れてしまうかもしれない。

「でも―――」

「責任感があるのは、分かった。だが、その(なり)をしたお前に、こんな場面を直視させるというのは、俺でも気が咎める」

「歯歌にしないで!」 と、髪を振り乱し、クイは強く言う。

「いいや。聞き分けろ」 と、底光りする眼でガルは言い切る。だがクイは、まっすぐ見返して怯まなかった。

「見かけは未人でも、私は立派な女よ。女のわがままで男が死ぬならば、その勇姿を最期まで見届けるのが筋というものよ。私は、見捨てたりしない」

 気圧(けお)されたようにして、ガルはクイを見つめる。幼い見かけからして、まだ覚悟がないと思いこんでいたが、これでどうして、この女はそれなりの修羅場を潜ってきたようである。

「そうか。だが、辛いぞ―――」


     *


「縄が、もうやばい……!」

 ゴウライが、悲鳴のような声を上げた。そう感じても、切れないでくれと念じる他、今の彼には何もできない。

 縄が切れれば、後は何処へ飛んで行くか分からない。渦に振り回されて、高所から落下するのみだ。さらには、別の脅威が迫っていた。

 いつからあるのか、風巻に掴まり、ぐるぐると渦の中を舞っていた戸板が、コランに向かって来ている。

 その時、コランが急に顔を上げた。縄を摑んで、力任せに断ち切ろうとしている。なぜ自らの命綱を断とうというのか。

「苦しいか」 と、呻くようにガルが言う。 「そりゃあ、そうだろうな。縄を切って、早く楽になりたいんだな」

 限界まで引っ張られていた所為もあり、もう縄は切れそうである。しかし、そこでコランはまた動きを止めた。力尽きた訳ではなく、何かを待っているようである。

「違う……」 と、クイは首を振る。 「コランは、まだあきらめていない。彼は、何かを狙っている」

 コランは、何かの機を計っている。だが――――。

「でもそれを切ったら、貴方は無事じゃ済まないのよ。それなのに、何をする気なの」

 縄が切れ、コランの体が吹き飛ばされた。


     *


「コラン!」 と、クイが悲鳴を上げる。

 コランが飛ばされた先に、戸板がある。風巻に巻き込まれていたものだ。コランの体は、そこに向かっていく。

 コランは懸命に手を伸ばし、その板を見事に摑んだ。驚異的な握力で、その板を引き寄せる。まるで板が体と同化したかのように、コランは板を離さない。それどころか、体を丸めて、板の上に足をつけた。

 板を引き起こして、風に向かって立てる。コランは板の上に両足をつけ、立ち上がろうとしている。

「こんなことが、できるのか」 と、ガルが唸る。

 風に乗った板の上で、コランは均衡を取り続ける。角度が絶妙なのか、コランは振り落とされず、板の上に立ち続けた。風の流れに乗った板は、渦の回転に沿って回り続けている。

「何をする気? そのまま降りてくるの?」

「それは、流石に無理だろう。いや、それよりも、別の狙いがあるみたいだぞ」

「別の、狙い―――?」

 コランは、渦の中心を見下ろした。

 先ほど槍を避けて、僅かながらも下降したので、ウジンはコランの下方に居る。そして、回転の途中、一番近づいた所で、コランは身構えた。

「―――うそ」

 クイは息を呑んだ。コランの狙いに気が付いたのだ。

 コランは、板を蹴って、宙に飛んだ。両手を広げて、ウジン目掛けて落ちていく。

 ウジンが気付いたが、避けるには間に合わないと思ったか、風をぶつけようとした。

 コランは風に弱い。真っ向からだと飛ばされやすいが、今は自由落下中だ。間近に迫っていたため、削れた速度は幾ばくもない。

 ウジンに組み付いた。振り落とされまいと、コランはしがみ付き続けた。

「上手い、これなら―――」

 上から摑みかかれば、ウジン自身の浮遊する力に乗りかかり、浮いていられる。翼がない物は飛べないが、これなら即座に落下していく事は避けられる。

 しかも、物の素が苦手な気の素の集合体は、このまま弱点と接した状態が続くと、力を失っていく。急降下しなかったのは、ウジンの力の凄さによるのだが、それゆえに、早過ぎず遅過ぎない、適度の速度で落ちてく。

「……アァッ!」 と、クイは悲鳴を上げる。

 ウジンが激しく暴れ、コランが振り落とされそうになる。

 コランは、必死で何かを摑もうとしている。

 その手が何かに届いた時、急にウジンの力が落ちた。

「真を、摑んだ!!」 ガルが驚きの声を上げた。

 ウジンから発していた風が弱まり、ウジン自身も急速に落下していく。コランが手掴みでウジンの真を破壊したのだろうか。それが目的であったのだが、その所為で、ウジンの力が弱まり、コランの身も再び落下していく。

「落ちる!」

 思わずクイは走り出す。その場所まで間に合ったとしても、何もできないが、体は走り出していた。

 ゴウライも空を見上げ、走り出そうとしている。ウジンの力が弱まり、渦が弱まっているので動けるようになったが、それでも風が完全に収まったわけでは無いので走りにくそうだ。これでは間に合わない。

 ウジンにしがみ付いたまま、コランは落ちていく。ウジンは完全に四散したわけではなく、まだ余力を残していた。ウジンが大きく羽ばたき、一瞬、落下が止まる。

 だが、それが最後の足掻きであったらしく、その後、ふっとウジンの姿が消えた。

 支えを失ったコランは、落下していく。天辺から落ちる事を(まぬが)れ、だいぶ下まで来ていたが、それでもまだ高い。受身を取っても、重大な損傷を受けるだろう。

「コランーっ!」

 クイが叫ぶが、コランは無情にも大地と激突した。



 立ち竦みかけたクイだが、思い切って駆け寄ろうとする。

 その肩を押しのけて、ガルが追い越していく。「我に任せろ」 という言葉だけを残して。

「ガル、貴方―――」

 大股で歩み寄ったガルは、コランの元に辿り着いた。仰向けのコランは、ピクリとも動かない。即死してしまったのだろうか。

 無言のまま、ガルが掌をコランの胸に押し当てる。そして、そのままじっとしている。

 何をしているのか。クイは近づき難く思った。ガルは心臓に手を当てて、鼓動を探っているように見える。医施(いし)(医者のこと)の知識もあるのだろうか。

「コラン、死ぬな!」

 ゴウライが駆け寄ってくる。手を出そうとするのを、クイは押し留めた。

「何をする!」 と、ゴウライが怒鳴った。毛が逆立ち、とても苛立っている。それほど、コランの身が心配なのだろう。噛みつかれそうに思えたが、クイは怯まなかった。

「黙って。少し待ちなさい」

 邪魔をしてはならない気がしていたので、クイは退かなかった。精一杯背筋を伸ばして、ゴウライを睨んだ。


 険悪な間を裂くように、ガルが息を付いた。

「呆れた奴だよ」

 手を離し、腰を降ろす。彼の緊張が解けている。

「こいつの生みの親は、大したものだ。こんな頑丈な奴、はじめて見た」

「じゃあ―――」 と、クイは喜びの声を上げた。

「生きている。これなら、まぁ、死ぬことはあるまい」

「コラン―――、うぉー!」

 ゴウライが喜びの声を上げる。

 クイは両手を口にあて、嗚咽した。


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