歯歌
4 歯歌
ガルは言う。
相手は気の素が凝縮した素真。いくら常軌を逸して、マガリと化したといっても、一つの素が集まってできたことには違いない。気の素は、他の素に比べると、微細で、結合力も弱い。さらには、物の素と相性が悪いので、物をぶつければ四散しやすい。
素真そのものがいる場所まで届けば、ただの槍をぶつけただけでも、その結合を散らす事は可能だろう、とガルは推測をのべる。
「それは分かっているわよ。問題は、そこまで攻撃が届かないってことよ」
「うむ。奴は風巻のはるか上部におり、常に強風を身に纏っている。遠方から何かを投擲するしかないが、それは風に阻まれる」
「そうね。仮に風を抜けることができても、少なくとも軌道をずらされており、ウジンに当てることはできない」
「では、確実に当てられる場所まで近づく事はできるだろうか?」
「ゴウライならば、まぁ、多少は近付けるかも。飛ばされないように這って行き、少しの間だけ渦の中で、岩か何かにしがみつくぐらいだけど」
「ふむ。できるだけ近づくことはできるが、それで精一杯となる、か。同じ見立てだな」
「それで、どうするって? 飛ぶ、って言っていたわね? 彼従を探しに行って、懇願して運んでもらう?」
言ったはものの、無理ね、とクイは言い切る。「普通の彼従は科人の願いなどに耳を貸さない。彼ら自身に害を及ぼす距離まで近付いて来ないと、わざわざ素真を狩ろうとは思わないでしょうし」
「その通りだ。だから、自分達でやるしかない」
「でもどうやって? 科人は飛べないわよ」
「確かに。だが、一時的になら、宙にいることができるかもしれない」
「一時的に? 飛び跳ねるつもり? ゴウライであっても、高が知れているわ。力はあるけど、体が重いから、そう高く跳べない」
「俺の方が、まだ高いかもな」
「それで、どうやって飛ぶの?」
「飛ばしてもらうのさ。折角、盛大に風を巻き起こしてもらっているんだから」
クイは、眉を顰めた。
「えっと、つまり、風巻の中に入り込んで、その風に思いっきり高い所まで舞い上げてもらう、ってこと?」
「そう。それしか、狙える距離まで近付く手段はない」
遠くからでは弾かれる。近付こうとすると舞い上げられる。ならば、その中に入り込んで、あえて舞い上げてもらう。天辺近くまで上がれば、その中心にいるウジンに最接近できる。
上の方ほど渦は広がり、ウジンが居る辺りは比較的気の素が希薄となっている。同じぐらいの高さに至れれば、そこで攻撃体勢を取ることができれば、ウジンを撃つことができる。それが、ガルの考えだった。
クイはしかめっ面で言う。
「仮に……。上手いこと風巻の中まで近づけたとして……。そこで舞い上がり、外へ弾かれずに天辺までぐるぐる回って、仮にそこまで無事に居られたとして。仮に、ばかりね……。しかもその状態から、仮にウジンを狙える体勢を作れた、としたら、そうね、可能性が出てくる」
「あぁ。そこまで至れれば、割と勝算はあると思う」
「でも、上手く攻撃を仕掛けられたとして、その後は? あの高さから落ちて、無事で済む訳がないじゃない」
「ないな」
「つまり、挑むという選択は、命を捨てるって事?」
「そうなるな」 と、ガルは感情を窺わせない声で言った。「これ以上この件に拘るならば、お前がコランを殺す、ということになる」
*
確かにそうだと、クイは思った。
クイの体型では、舞い上がったとしても、十分な投擲はできない。ゴウライには、風巻の根元まで行ってもらわないといけない。それに体重のある彼では、そう高くは上がれない。ガルは提案したものの自分で挑むつもりはないようで、しかも彼の体格では十分な威力の投擲ができるかどうか怪しい。
となると、この策を決行する場合、コランに挑んでもらい、そして、彼に命を落とさせる事になる。
ため息を付いて、このマガリ退治は諦めようとクイは言いかけた。
ぽん、とクイの頭の上に掌が乗せられた。ハッとして見上げると、そこにはコランが居た。
「おまえ、いつの間に―――」 と、ガルが驚いている。接近に気付かなかったことが、意外であったようだ。
「聞いていたの?」 と、クイは優しく問いかける。コランは、一つ、縦に首を振った。
「でも愚論だったから、諦めようという所まで、ちゃんと聞いていたのよね?」
コランは、じっとクイを見つめてくる。クイは苛立ったように、きつい声を出した。
「だから、それでもやるなんて、言わないわよね?」
言い含めるように、コランはゆっくりと首を振る。そして、とん、と自分の胸を叩いた。任せろ、と言いたいらしい。
言っておくが、とガルが口を挟んでくる。
「これは、賢い選択じゃないぞ。何も愉しくないだろうし、結果を見届ける事もなく、ただ死んでいくだけだぞ」
ガルの指摘に、コランは視線を向ける。どこか、不思議そうにしている。
「それでも、やるのか。……何の為に?」
コランは考え込むような素振りを見せた。それから、クイの頬に指先を当てる。
そこには、涙が流れていた。さほど深くない間柄といっても、すぐ側にいる者が死に挑むというのである。悲しさに耐え切れず、涙が零れていた。その涙を指で掬い、コランはガルに見せた。
「何だ? 涙? それが、どうした?」
急いで涙を拭いつつ、クイは言う。
「歯歌! そんなもの―――」
「……悲しむ者がいるから、か? 苦しんでいる者がいると知ったから、それで見て見ぬ振りはできない、と言いたいのか」
ガルは、理解できないと、首を振った。
「それで、お前が死ねば、こうしてまた別の者が泣く。一緒じゃないか」
コランは、指を一つ立てて見せた。
「これが、最後だ。クイの涙を最後に、ここが平和になるならば」
呆れてしまったのか、言葉を発せず、ガルはコランを見つめていた。




