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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第三章 居座る風巻
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残ったもの


    3 残ったもの


 その老女は、疑わしげにガルを見ている。余所者(よそもの)を信用できるはずもないが、それでも近づいて来たのは、何か期待している事があるからだろう。

 女は名をキンヤと言い、ヒイテの園の住人であった。

 風巻が居座っていることで、ここには住めなくなり、余所に避難している。それでも、時折様子を見に来ては、ウジンが消えていないか、どこかへ行ってくれていないか、確かめているという。

 キンヤの期待は空振りに終わっている。さすがのウジンでも、年中ずっと風の渦を巻き続ける力は無いようである。旋風(つむじかせ)程度に落ち着いている時もあるが、戻れるかと期待する頃には、また勢いを取り戻してしまう。

 諦めて別の園へ行こうとする者も増えた。キンヤも、旅をする体力があれば、そうしていたという。

「一番近い園だと、クツカということになるのだけど」と、キンヤは物憂げに言う。

「クツカ? 聞いたことがないわね」

「そうなのね。私たちも、名前しか知らないの。幻の園とか言われてる程だけど、たまにそこからも回収が来ていたから、どこかに実在するのでしょうけど」

「回収? 渡士が来ていたの?」

「いいえ。ヒイテの担当の渡士は別に居るのだけど、クツカのことは知らないみたいだった。でも、時折主の遣い・導徒(どうと)らしき者がやってきて、収穫物を主に捧げるようにと言われたわ」

「そうか。園があるというならば、園主(えんと)がいるわね。そこに頼ってみた?」

「勿論考えたわ。でも、こちらからは誰も行ったことがないの。手探りで向かったけど、誰もたどり着けなかった」

「おかしな園だわ。所在を隠して、一方的に搾取するなんて……。シン・トーに認められた、正式な園主ではないのかも」

「さぁ。私たちには(あずか)り知らないことよ。それに、無事に他の園を見つけたとして、そこが安心できる場所かといえば、そうでもないでしょう?」

 ため息と共にキンヤは言う。その細く長い息の付きかたから、彼女達の苦悩が伝わってきた。

 園に住めなくなったからといって、科人が勝手をすればどうなるか。科人が無闇に園を出入りする事を主は望まない。園の方でも主の怒りに触れる事を恐れ、極力科人の出入りを押さえ、そればかりか、 よそ者が入り込もうとしてきた場合に追い払うことがある。

 首尾よくクツカまで行けたとしても、迎えられるとは限らない。追われるか、あるいは、下等な混成・ビドとして蔑まれ、良い様に使われる。この年になってそういう扱いを受けることに、キンヤは耐えられそうにないという。

 かといって、園の外に居続けば、いつ太獣に嗅ぎ付けられ、襲われるか分からない。頼みの真嶺はへし折られ、機能していない。

 それでもキンヤ達は、ヒイテから離れず、夜もろくに眠れない森の中で、ずっと耐え忍んできた。

「―――仕方が無いって、分かってはいるの」

 そう呟いたキンヤの声には諦観が滲んでいた。

「時に素真が荒ぶるのは、当たり前のこと。その所為で破壊されるものもあるけど、代わりに、もたらしてくれる物もある。だから、私達の暮らしは、素真と関わりなしではいられない。でも、マガリは違う」

 本来あるべき形を失い、災禍を撒き散らし続けるマガリ。過剰に力を使い続ければ、いつかは四散する。ただし、その規模により、持続時間が異なる。最悪なことに、このマガリは、異常なまでの規模と持続力を持っていた。

 周囲から()()の温床となるものを弾き飛ばし、()()が溜まる穴を(なら)した。加えて、混成が寄り付かなくなることで、凝物(ぎょう)以外の物も減ってしまった。

 反発しあう素が減っていけば、そのマガリの衰退は遅れる。放って置けば、この風巻には弱点となる物が減って行き、いつまでも居座り続けるかもしれない。

 クイが頷いて言う。

「素が凝縮して素真となり、荒ぶるのは当たり前のこと。科人はその活動に合わせて生きるしかない。でも、これは……。正しい摂理ではない。曲がってしまっている」

「そう。そうなのだけど、曲がっているって、分かっていても、だからどうなの? 科人風情が何ができるの? ……私達はマガリであろうとも、ただ受け入れるしかない」

 そこで、キンヤは先を言おうか言うまいかと、悩んだようだ。口は開くが、言葉が喉に詰まった。

「それで? 言って。聞いてあげる」 と、クイが励ました。キンヤはか細い声を絞り出して言う。

「でも、でもね……。私、思うの。そうだとしたら、私達は何なの? 己の在り様を正して、曲がらないように意識して、精一杯生きてきたけど、それを否定されてしまった。それも、マガリによって、一方的によ。こうなるともう、私達の存在そのものが、否定されてしまった気がするの。マガリは正しく、私達の方がおかしいもの。どこかへ行けと、追い出されてしまうのよ」

「そんなことは……」 と、クイは悲痛な顔をした。

「だから、だからね―――」 と、精一杯声を励まして、キンヤが言う。

「私、たまに見に来て、あいつが弱っていないか、確かめているの。このまま諦めたら、私達は終わりだけど、もしかしたら、あいつの方が、先に終わりになっているかもしれない。あるいは、あの異常を正してくれる誰かが、そう、主が、来てくれるかもしれない。そうしたら、一生懸命、お願いするの。助けてくださいって。だから、そのために私、諦めずに、ここに通っているの。そうしたら―――」

 キンヤは何故か、すがるような目でガルを見つめていた。

「そうしたら、貴方達が現れた。これって、期待していいのかしら。貴方達は、あれをどうにかしてくれるの―――?」

「……悪いけど」 と、クイは下を向いて言い淀んだ。

 キンヤは恐ろしいものを見たかのような顔をしたが、それは一瞬で、すぐに何でもない振りをしようとした。それはうまくいかず、ただ顔が歪んだけであった。

「そう、そうね……。期待するほうが―――」

「いや、違わない」 と、強い声がした。

 クイが振り返ると、コランがまっすぐキンヤを見ていた。いつも通りの無表情だが、どこか決然としたものがあった。

「貴女は、間違っていない。曲がったものは、ワが正す」

 キンヤに向かって、コランは頷いた。

 呆然とコランを見つめ、キンヤは言う。

「……ありがとう。嬉しいわ。私の心を気遣ってくれた、嘘の言葉だとしても。それだけでも、救われた気がするわ」

 キンヤは、ほっとしたような表情を見せた。ただの言葉だとしても、随分とありがたい物をもらったような顔をしている。

「そんな……。私達なんて、何も……」

「そうね。貴方達も早く帰りなさい。興味は満たされたでしょう。無理はしなくていいから、ね」

 そう言って、キンヤは微笑んで見せた。



 キンヤが去った後、何事か考えていたガルが話しかけてきた。

「ひとつ、考えがある」 そう投げかけたのは、近くにクイしかいない時を見計らってからだった。

「もしかして、対策を思いついたの?」

「いや、対策とは言えないな。これは、採用されるはずもない提案だ」

「どういうこと?」

「これは無理な話だと、最初から分かっている。それでも、何かしろというならば、こういうことになる。つまり、命を対価に挑むことになる」

「命を……?」

「その対価を差し出して、ようやく勝負の舞台に立てる。その先の勝算も極めて低いが、零ではない」

「一体、何をしようというの?」

 ガルはにやりと笑って、言う。

「飛ぶんだよ、宙に」



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