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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第三章 居座る風巻
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気の素真ウジン


     2 気の素真ウジン


 クイは口をぽかんと開け、空を見上げていた。

 巨大な風の柱によって、天と大地が繋がっている。(つぶて)や木片を伴った猛烈な風は渦を巻き、時折、身悶(みもだ)えするかのように揺れている。その風の柱に触れた物は、身包みを剥がされるように解体され、宙へと巻き上げられていく。

 あらゆる物を鷲掴みにして、天高くまで振り回し、そして、ふいに解き放つ。まるでこの風の柱は、物の素から成る物すべてを憎んでおり、ぶん回して壊し尽そうとしているかのようにも思える。

 さらに、この風巻は尋常でないことに、いつまでも消えないという。普通の風巻であれば、長くは持たないか、あるいは移動して行って、やがては消える。

 ところがこの風巻は、留まる時はじっと一所に居り続け、移動する時は、走るよりずっと早い速度で動く。そうして長い間この地に居座り続けているという。

「はぁ―――」と、クイは息を吐いた。

 離れていても、雨粒や微細な凝物が舞い込んできて頬を叩いていく。意識して唾を飲み込み、クイは言った。

「無理、これは」

 一見すれば、誰もが納得できるだろう。()()クウのマガリとは規模が違う。一個の混成(まなり)にどうにかできるものではない。

 ガルは風巻を睨み付けながら頷いた。

「気の()(しん)ウジンだ。それが、もう完全にマガリと化しているな。あの規模で膨大な力を発揮し続けるなんて、歪んでしまったにも程がある。これは、混成にどうにかできる話じゃない。荒ぶるウジンを御しうるのは、同じ規模の素真しか考えられない」

「同じ規模って言っても……。そもそも素真が稀にしか顕現しないというのに、それを、この規模で?」

「そうだな」

「……気の素の素真に対抗し得るものといえば、()素真(そしん)・ジンね ?」

「そうだ。気には物を、ウジンにはジンを、だ。ぶつけ合えば互いを壊し合う。対消滅(ついしょうめつ)を起こせれば、ウジンを消し去れるかもしれない」

「じゃあ、ジンを連れてこれば良いの……?」

「ところが、だ。物の素は結合が硬く、どっしりとしているせいか、他の素に比べて、ものぐさだ。ちっとも動かないので、野に紛れてしまって見つけにくい。しかも鈍重かつ腰が重く、ジンを動かすのは至難の技だ」

 顔をしかめたクイをみて、ガルは低い声で笑った。

()いて言えば、組成の妙を知り尽くした創真候(そうしんこう)なら、何か手立てを知っているかもしれないが……」

「あぁ……、それもだめね。もういないらしいから」

「何だと」 と、ガルが驚いたような声を出した。「クエラ・ゼイが、死んだというのか」

「え、えぇ。コランが言うには、そうらしいわ」

 コランは、黙って頷いた。黙って突っ立っていたが、話を聞いてはいてくれたらしい。

「死んだ……。では、創真候は、悲願を叶える前に……。やはり無理な話だったのか……」

「あれ、もしかして、面識があったの? いえ、そんなはずはないと思うのだけど」

「いや、まぁ、その異名は広く知れ渡っているだろう。知っている奴は多いものだ」

 ガルは首を振り、ため息を付く。

「あとは、恐れ多くも、シン・トーにお出まし頂くしか、手は無いな」

 科人が恐れ敬う主、彼従(ヒイト)。その彼らを従える唯一絶対の存在は、シン・トーと呼ばれる。

 その力は絶大で、万素をも自在に操れる。その怒りの声は大気を震わせ、イカヅチを雨のように降らせる。炎の風巻を起こし、山一つを火の海に沈めてしまう、と言われる。

 その治世は実に永い年月に及ぶが、最近はめっきり姿を見せない。隔絶した力を持つがゆえに、己の力の後継となる者がおらず、苦悩しているとも囁かれている。

「まぁ、言ってはみたものの、無理な話だな。科人なんぞがどれだけ窮しようとも、シン・トーであるケエス様が気に病むはずはない。塵のように舞う科人を見て笑いこそすれ、難儀に思ってお出座し頂けるなんて話、あるわけがない。厚かましいにも程がある」

 クイはムッとした顔をした。唇を尖らせて言う。

「何よ、貴方も主のために生きる佳属のくせに、その言い方は不遜じゃないの?」

「あぁ、それは、そうだな。すまん、何せ、俺はあのマガリによって酷い目にあっているから、正気ではないのだろうさ」

 ガルの顔をまじまじと見て、ため息をつきながら、クイは力なく言う。

「……このマガリでさえどうにもならない。ならば、真央は尚更無理。つまり、四奏環は所詮、科人の手の届かぬものだというの?」

「だから伝説になっているんだろう」

「でも、それを手にした人もいるって……」

「全てを揃えたのは、ケエスただ一人。つまり、シン・トーでもない限り、手に負えない話だってことだ」

 そのとき、「誰かいる」 と、コランが鋭く言った。

「あそこだ。森の端、隠れてこちらを窺っている」

 ウジンはこのところ、蹂躙する範囲を広げず、同じ区域に留まっているようだ。ウジンが停滞している一帯は、ほぼ平地と化してしまっている。真嶺もあったはずだが、今はどこにも見当たらない。よほどの大岩か、巨木の根のみが、残されている。

 そうした荒涼とした風景の向こう側には森があり、その端に誰かが隠れていて、こちらを見ているという。

「どうする? たぶん、科人だと思うが」

 クイは目をうんと凝らしてみて、すぐに諦めた。コランのすることに、いちいち突っ込んでも疲れるだけだと気付き始めていた。

「隠れているってことは、怖がっているのよね。それは私達を警戒してのこと? それとも、ウジンに見つけられまいとして?」

「ウジンに見つけられると襲われるというならば、ワたちはとっくにやられている。混成が多少いたところで、わざわざ襲ってくることはないのだろう。それなのに、隠れているならば―――」

「私達が、怪しく見えるってことね。ということは、向こうもこっちが見えているの? 科人なのかしら?」

「そうだと思う。ただ、はっきり見えているとしたら、とっくに逃げているだろう。なんせ、ゴウライなどは、遠目には太獣(キジュ)に見えるだろうから」

「そうね。ゴウライを隠して、話を聞きましょう。何か、攻略の鍵となるものを知っているかもしれない」



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