気の素真ウジン
2 気の素真ウジン
クイは口をぽかんと開け、空を見上げていた。
巨大な風の柱によって、天と大地が繋がっている。礫や木片を伴った猛烈な風は渦を巻き、時折、身悶えするかのように揺れている。その風の柱に触れた物は、身包みを剥がされるように解体され、宙へと巻き上げられていく。
あらゆる物を鷲掴みにして、天高くまで振り回し、そして、ふいに解き放つ。まるでこの風の柱は、物の素から成る物すべてを憎んでおり、ぶん回して壊し尽そうとしているかのようにも思える。
さらに、この風巻は尋常でないことに、いつまでも消えないという。普通の風巻であれば、長くは持たないか、あるいは移動して行って、やがては消える。
ところがこの風巻は、留まる時はじっと一所に居り続け、移動する時は、走るよりずっと早い速度で動く。そうして長い間この地に居座り続けているという。
「はぁ―――」と、クイは息を吐いた。
離れていても、雨粒や微細な凝物が舞い込んできて頬を叩いていく。意識して唾を飲み込み、クイは言った。
「無理、これは」
一見すれば、誰もが納得できるだろう。気の素クウのマガリとは規模が違う。一個の混成にどうにかできるものではない。
ガルは風巻を睨み付けながら頷いた。
「気の素真ウジンだ。それが、もう完全にマガリと化しているな。あの規模で膨大な力を発揮し続けるなんて、歪んでしまったにも程がある。これは、混成にどうにかできる話じゃない。荒ぶるウジンを御しうるのは、同じ規模の素真しか考えられない」
「同じ規模って言っても……。そもそも素真が稀にしか顕現しないというのに、それを、この規模で?」
「そうだな」
「……気の素の素真に対抗し得るものといえば、物の素真・ジンね ?」
「そうだ。気には物を、ウジンにはジンを、だ。ぶつけ合えば互いを壊し合う。対消滅を起こせれば、ウジンを消し去れるかもしれない」
「じゃあ、ジンを連れてこれば良いの……?」
「ところが、だ。物の素は結合が硬く、どっしりとしているせいか、他の素に比べて、ものぐさだ。ちっとも動かないので、野に紛れてしまって見つけにくい。しかも鈍重かつ腰が重く、ジンを動かすのは至難の技だ」
顔をしかめたクイをみて、ガルは低い声で笑った。
「強いて言えば、組成の妙を知り尽くした創真候なら、何か手立てを知っているかもしれないが……」
「あぁ……、それもだめね。もういないらしいから」
「何だと」 と、ガルが驚いたような声を出した。「クエラ・ゼイが、死んだというのか」
「え、えぇ。コランが言うには、そうらしいわ」
コランは、黙って頷いた。黙って突っ立っていたが、話を聞いてはいてくれたらしい。
「死んだ……。では、創真候は、悲願を叶える前に……。やはり無理な話だったのか……」
「あれ、もしかして、面識があったの? いえ、そんなはずはないと思うのだけど」
「いや、まぁ、その異名は広く知れ渡っているだろう。知っている奴は多いものだ」
ガルは首を振り、ため息を付く。
「あとは、恐れ多くも、シン・トーにお出まし頂くしか、手は無いな」
科人が恐れ敬う主、彼従。その彼らを従える唯一絶対の存在は、シン・トーと呼ばれる。
その力は絶大で、万素をも自在に操れる。その怒りの声は大気を震わせ、イカヅチを雨のように降らせる。炎の風巻を起こし、山一つを火の海に沈めてしまう、と言われる。
その治世は実に永い年月に及ぶが、最近はめっきり姿を見せない。隔絶した力を持つがゆえに、己の力の後継となる者がおらず、苦悩しているとも囁かれている。
「まぁ、言ってはみたものの、無理な話だな。科人なんぞがどれだけ窮しようとも、シン・トーであるケエス様が気に病むはずはない。塵のように舞う科人を見て笑いこそすれ、難儀に思ってお出座し頂けるなんて話、あるわけがない。厚かましいにも程がある」
クイはムッとした顔をした。唇を尖らせて言う。
「何よ、貴方も主のために生きる佳属のくせに、その言い方は不遜じゃないの?」
「あぁ、それは、そうだな。すまん、何せ、俺はあのマガリによって酷い目にあっているから、正気ではないのだろうさ」
ガルの顔をまじまじと見て、ため息をつきながら、クイは力なく言う。
「……このマガリでさえどうにもならない。ならば、真央は尚更無理。つまり、四奏環は所詮、科人の手の届かぬものだというの?」
「だから伝説になっているんだろう」
「でも、それを手にした人もいるって……」
「全てを揃えたのは、ケエスただ一人。つまり、シン・トーでもない限り、手に負えない話だってことだ」
そのとき、「誰かいる」 と、コランが鋭く言った。
「あそこだ。森の端、隠れてこちらを窺っている」
ウジンはこのところ、蹂躙する範囲を広げず、同じ区域に留まっているようだ。ウジンが停滞している一帯は、ほぼ平地と化してしまっている。真嶺もあったはずだが、今はどこにも見当たらない。よほどの大岩か、巨木の根のみが、残されている。
そうした荒涼とした風景の向こう側には森があり、その端に誰かが隠れていて、こちらを見ているという。
「どうする? たぶん、科人だと思うが」
クイは目をうんと凝らしてみて、すぐに諦めた。コランのすることに、いちいち突っ込んでも疲れるだけだと気付き始めていた。
「隠れているってことは、怖がっているのよね。それは私達を警戒してのこと? それとも、ウジンに見つけられまいとして?」
「ウジンに見つけられると襲われるというならば、ワたちはとっくにやられている。混成が多少いたところで、わざわざ襲ってくることはないのだろう。それなのに、隠れているならば―――」
「私達が、怪しく見えるってことね。ということは、向こうもこっちが見えているの? 科人なのかしら?」
「そうだと思う。ただ、はっきり見えているとしたら、とっくに逃げているだろう。なんせ、ゴウライなどは、遠目には太獣に見えるだろうから」
「そうね。ゴウライを隠して、話を聞きましょう。何か、攻略の鍵となるものを知っているかもしれない」




