不審な男
1 不審な男
草原を悠然と闊歩している巨体がある。
闘人として主により鍛えこまれた者の血をひくだけあって、ゴウライには矮小な獣を寄せ付けない威圧感がある。
その肩に、小さな幼子が乗っている。この獣のような男の傍らに、いたいけな子という組み合わせは、意外としっくり来ている。厳しい容貌でありながら、ゴウライはこの賢しげな子に好きにさせていた。
まるで遊び場のようにゴウライの体をよじ登り、退屈を紛らしているかと思えば、上背のあるゴウライが歩く度に大きく上下するのが心地良いのか、クイは居眠りを始める。ずり落ちそうになると、ゴウライはまるで我が子の様にクイを腕に抱いている。
その後に、あまり見かけない風貌の男が続く。名をガルと言い、翠人という科人の一種である。
翠人もまた、ありふれた科人ではなく、通常園の外で彼らを見かけることは稀である。それなのに、こうして雑多な人種と共に旅をしている姿は、さらに珍しい。
このガルの後に、さらにもう一人。一見ごく普通の若い科人であるように思える。どこも怪我をしているわけではなさそうだが、ゆっくりとした動作で歩いているので、常に遅れがちになっている。
そのコランと、ガルが横に並んだ。何か話したい事があってのことだろうが、コランはそのまま無言でいた。
「よぉ、何か、聞きたいことがあるんじゃないか?」と、ガルの方から話しかけた。
コランは訝しげにガルを見て、たっぷり間をとって、ようやく口を開いた。
「どこへ、向かう?」
「ここからそう遠くない。ヒイテという園があった場所だ」 と、歩調を合わせながらガルは答えた。
「そこに、何がある?」
「消えない風巻(竜巻のこと)」 と言って、ガルは微かに唇を上げた。笑ったらしい。
「消えない?」
「どれだけ巨大な風巻でも、普通そう長く続かない。それなのに、こいつは同じ場所にいる。消えたり現れたりしながら、ずっと同じ所に居座っている。これはもう、並みの素真じゃないな。マガリか、お目当ての空真かもな」
少し間を置いて、コランは気負いなく言った。
「ナは、どこで空真の話を聞いてきた?」
「郷の奴ら、誰も言わなかったか。俺は故郷の緑場を失って、あそこに流れ着いたんだ」
「故郷……。では、ナは元々ヒイテにいたのか」
「そうだ。あの風巻によって、俺がいた園は壊滅した」
「……ワ達が空真を探している、と知ったのは、どうしてか?」
「お……。お嬢ちゃんじゃなくて、お前が指摘してくるとはな。ぼんやりしているように見えて、中々詰まってるじゃないか」
「どういう意味か?」
「なに、簡単なことだ。お前たちが郷に着く少し前のことだ。イゴとかいう渡士と出会った。促や荷を失い、あの郷に逃げ込んできたらしいが、そいつから面白い話を聞けた。旅する童人と科人のことだ。さらに、命知らずなことに四奏環を求めているとも聞いた」
「イゴ……。あの渡士か。……聞き耳を立てることは、できるか……。郷にはいなかったようだが、どこにいた?」
「今、どこにいるか、俺は知らんなぁ」 と、ガルは言う。「渡士の面目を失ったわけだし、どこかで罰を受け、狗人にでも追われているんじゃないか」
「……それで、ワらを観察していたのか」
「そうだ。聞きしに勝る、面白い連中だと思った」
「ナはここまで逃げてきた。その風巻とやらに、手を出せないと一度は諦めた、ということだな。それなのに、あえてまたその危険に近づこうとしているのは、何故だ? ワらが変わっている、というだけでは、少し弱い。話だけを伝えて、勝手に行かせて、遠くから様子を見れば、それでいいはずだ」
「ふむ。危険に近づかないのが、普通だという話だな。それは正しい。だとしたら、そう、俺もまた、変わっている、ということだな」
「変わっている?」
「危険なことに巻き込まれるかもしれない。だが、それ位の緊張感が、俺には心地良いんだ。それ位の刺激がないと、ただ生きていても退屈なんだ」
「退屈……。ワは詳しく知らないのだが、翠人とは、農作に一生を捧げる人種だと聞いている。土に触れ、土と語り、植物を育てることを生きる意味とする、とも。その評判とお前は、かけ離れている」
「ははっ、そうだな。よく言われるよ、お前は規格外だと。俺自身、その通りだと思っている」
「変な奴だ」
「あぁ、その通りだ。そして、俺に言わせれば、ここにいる奴は、みんな変だ。だから、一緒にいられると思う」
「みんなが変?」
「そうだ。揃いも揃って、佳属の鼻つまみ者ばかりだ。同属の中にいたら、さぞ浮いているのだろうな。けれども、无人の群れならともかく、この変わり者の中にいれば、そう目立たなくなる。自分を活かせる時もあれば、互いを必要とする仲間となれる日も来るだろう」
「仲間?」
「そうだ。同じ目的に向かって、互いに力を持ち寄り、協力し合う。それを、仲間というんじゃないか」
コランは、その言葉を吟味するように、しばらく無言でいた。
「まぁ、俺は新参で、得体が知れないからな。探りを入れておかないと、信頼できないだろうがな」
「そう。他にも、気になることがある」
「ほう。どこかな?」
コランは、じっとガルを見つめた。
「ナは身体素成は、新しい」
「新しい? 体の構成が新しいって、つまり、若いってことか? 確かに、俺はこう見えても、お前とそう大して変わらない年だ」
「違う」と、コランは言い切った。「確かにナの見かけは、十数年ほど経てきたように見える。だが、その体は、素の混成が為されて、そんなに時が経っていない。数年というところ、ではないか」
「ホゥ……」 と、ガルは感心した顔をした。 「お前も相当変わっているよ。見えるのか? つまり、使えるのか?」
「いや……。ただ、そんな感じがするだけだ」
「そうか―――。いや、惜しいな。さっきはああ言ったが、実は違うんだ。俺は、ものすごく若いんだ。童人のお嬢ちゃんほどじゃないが、まだ二周(十歳)もしていない未人でな。お嬢ちゃんとは逆で、俺は実際より老けて見えるんだよ」
「なぜ、違うことを言ったのだ?」
「そりゃあ、侮られないためさ。未人だけだと色々不便でな」
コランは、口を閉じた。言われたまま素直に飲み込んで良いか考えている。その迷いを断つように、ガルが前方を指差した。
「そんなことより、そろそろだ」
まだ目的地には大分距離があるはずだった。それでも、ガルが言うように、もう間近なのだと分かった。
「見えるだろう? あの狂った風が」
遠く離れたここからでも、そこにあると分かってしまう。それほど巨大で、圧倒的な存在感のある風巻がそびえ立っていた。




