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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第三章 居座る風巻
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不審な男


     1 不審な男


 草原を悠然と闊歩している巨体がある。

 闘人(ト・ジ)として主により鍛えこまれた者の血をひくだけあって、ゴウライには矮小な獣を寄せ付けない威圧感がある。

 その肩に、小さな幼子が乗っている。この獣のような男の(かたわ)らに、いたいけな子という組み合わせは、意外としっくり来ている。(いかめ)しい容貌でありながら、ゴウライはこの賢しげな子に好きにさせていた。

 まるで遊び場のようにゴウライの体をよじ登り、退屈を紛らしているかと思えば、上背のあるゴウライが歩く度に大きく上下するのが心地良いのか、クイは居眠りを始める。ずり落ちそうになると、ゴウライはまるで我が子の様にクイを腕に抱いている。

 その後に、あまり見かけない風貌の男が続く。名をガルと言い、翠人(スイ・ジ)という科人の一種である。

 翠人もまた、ありふれた科人ではなく、通常園の外で彼らを見かけることは稀である。それなのに、こうして雑多な人種と共に旅をしている姿は、さらに珍しい。

 このガルの後に、さらにもう一人。一見ごく普通の若い科人であるように思える。どこも怪我をしているわけではなさそうだが、ゆっくりとした動作で歩いているので、常に遅れがちになっている。

 そのコランと、ガルが横に並んだ。何か話したい事があってのことだろうが、コランはそのまま無言でいた。

 「よぉ、何か、聞きたいことがあるんじゃないか?」と、ガルの方から話しかけた。

 コランは訝しげにガルを見て、たっぷり間をとって、ようやく口を開いた。

「どこへ、向かう?」

「ここからそう遠くない。ヒイテという園があった場所だ」 と、歩調を合わせながらガルは答えた。

「そこに、何がある?」

「消えない風巻(竜巻のこと)」 と言って、ガルは微かに唇を上げた。笑ったらしい。

「消えない?」

「どれだけ巨大な風巻でも、普通そう長く続かない。それなのに、こいつは同じ場所にいる。消えたり現れたりしながら、ずっと同じ所に居座っている。これはもう、並みの素真じゃないな。マガリか、お目当ての空真(ジウ)かもな」

 少し間を置いて、コランは気負いなく言った。

「ナは、どこで空真の話を聞いてきた?」

「郷の奴ら、誰も言わなかったか。俺は故郷の緑場を失って、あそこに流れ着いたんだ」

「故郷……。では、ナは元々ヒイテにいたのか」

「そうだ。あの風巻によって、俺がいた園は壊滅した」

「……ワ達が空真を探している、と知ったのは、どうしてか?」

「お……。お嬢ちゃんじゃなくて、お前が指摘してくるとはな。ぼんやりしているように見えて、中々詰まってるじゃないか」

「どういう意味か?」

「なに、簡単なことだ。お前たちが郷に着く少し前のことだ。イゴとかいう渡士(わし)と出会った。(そく)や荷を失い、あの郷に逃げ込んできたらしいが、そいつから面白い話を聞けた。旅する童人(ドウ・ジ)と科人のことだ。さらに、命知らずなことに四奏環を求めているとも聞いた」

「イゴ……。あの渡士か。……聞き耳を立てることは、できるか……。郷にはいなかったようだが、どこにいた?」

「今、どこにいるか、俺は知らんなぁ」 と、ガルは言う。「渡士の面目を失ったわけだし、どこかで罰を受け、狗人(ク・ジ)にでも追われているんじゃないか」

「……それで、ワらを観察していたのか」

「そうだ。聞きしに勝る、面白い連中だと思った」

「ナはここまで逃げてきた。その風巻とやらに、手を出せないと一度は諦めた、ということだな。それなのに、あえてまたその危険に近づこうとしているのは、何故だ? ワらが変わっている、というだけでは、少し弱い。話だけを伝えて、勝手に行かせて、遠くから様子を見れば、それでいいはずだ」

「ふむ。危険に近づかないのが、普通だという話だな。それは正しい。だとしたら、そう、俺もまた、変わっている、ということだな」

「変わっている?」

「危険なことに巻き込まれるかもしれない。だが、それ位の緊張感が、俺には心地良いんだ。それ位の刺激がないと、ただ生きていても退屈なんだ」

「退屈……。ワは詳しく知らないのだが、翠人とは、農作に一生を捧げる人種だと聞いている。土に触れ、土と語り、植物を育てることを生きる意味とする、とも。その評判とお前は、かけ離れている」

「ははっ、そうだな。よく言われるよ、お前は規格外だと。俺自身、その通りだと思っている」

「変な奴だ」

「あぁ、その通りだ。そして、俺に言わせれば、ここにいる奴は、みんな変だ。だから、一緒にいられると思う」

「みんなが変?」

「そうだ。揃いも揃って、佳属の鼻つまみ者ばかりだ。同属の中にいたら、さぞ浮いているのだろうな。けれども、无人(ム・ジ)の群れならともかく、この変わり者の中にいれば、そう目立たなくなる。自分を活かせる時もあれば、互いを必要とする仲間となれる日も来るだろう」

「仲間?」

「そうだ。同じ目的に向かって、互いに力を持ち寄り、協力し合う。それを、仲間というんじゃないか」

 コランは、その言葉を吟味するように、しばらく無言でいた。

「まぁ、俺は新参で、得体が知れないからな。(さぐ)りを入れておかないと、信頼できないだろうがな」

「そう。他にも、気になることがある」

「ほう。どこかな?」

 コランは、じっとガルを見つめた。

「ナは身体素成は、新しい」

「新しい? 体の構成が新しいって、つまり、若いってことか? 確かに、俺はこう見えても、お前とそう大して変わらない年だ」

「違う」と、コランは言い切った。「確かにナの見かけは、十数年ほど経てきたように見える。だが、その体は、素の混成が為されて、そんなに時が経っていない。数年というところ、ではないか」

「ホゥ……」 と、ガルは感心した顔をした。 「お前も相当変わっているよ。見えるのか? つまり、使()()()のか?」

「いや……。ただ、そんな感じがするだけだ」

「そうか―――。いや、惜しいな。さっきはああ言ったが、実は違うんだ。俺は、ものすごく若いんだ。童人のお嬢ちゃんほどじゃないが、まだ二周(ふたまわり)(十歳)もしていない未人(みと)でな。お嬢ちゃんとは逆で、俺は実際より老けて見えるんだよ」

「なぜ、違うことを言ったのだ?」

「そりゃあ、侮られないためさ。未人だけだと色々不便でな」

 コランは、口を閉じた。言われたまま素直に飲み込んで良いか考えている。その迷いを断つように、ガルが前方を指差した。

「そんなことより、そろそろだ」

 まだ目的地には大分距離があるはずだった。それでも、ガルが言うように、もう間近なのだと分かった。

「見えるだろう? あの狂った風が」

 遠く離れたここからでも、そこにあると分かってしまう。それほど巨大で、圧倒的な存在感のある風巻がそびえ立っていた。



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