クイの決断
7 クイの決断
出発する時間が迫っていた。
すでにゴウライとコランは旅支度を終え、郷の出口で待っている。見送りの者達も大勢おり、名残を惜しんでいる。
ゴウライの強さに肖ろうというのか、男達はしきりに彼の体毛に触れ、その太い筋肉を試しに摘まもうとしている。
満更でもなさそうだが、照れ隠しなのか、ゴウライはクイが遅いなと心配する素振りを見せた。
「迷子かぁ? やっぱり迎えに行ってやらねばなんねぇか」
コランが律儀に、その必要は無いと答えている。見かけは幼子でも、クイの知能は高い。あの体なので歩くのに時間はかかるが、道を間違える事はない。
常に誰かが、特にカコという娘が、クイを気にして側にいた。万が一何かあれば、彼女らが騒いでいるだろう。その様子はないから、ただ別れを惜しんでいるだけと思われる。
「分かっている。直に来るだろうさ。それでも姿を見せなければ、そういうことだろうな」
「そういうこと?」 と、コランは首を傾げる。
「里心が付いた、って事だ。中身はああでも、形はあの華奢な形だ。旅をするのは、しんどかったんだよ」
「つまり、クイは諦めるのか?」
「知らん。ただ、そうでなくても、進むことができずに戻るしかないことは、世の中に多々ある」
そういうものか、とコランは頷いた。
その時、鋭くクイの名を呼ぶ声が聞こえた。何かを咎めているようである。
「あぁ、もう外に出たくないって、愚図っているのかな」 と、周りは同情しているようである。
「いや、違う」 と、ゴウライは言う。 「あいつ、選んだな」
「クイ、待って! 行かないで」 と言うカコの声は、半ば悲鳴のようである。それも、子を奪われそうになり、必死になっている母親の声に近い。
その制止を振り切るようにして、クイが姿を見せた。旅支度をしている。といっても、ほぼ何も荷物を持たず、寄り添う別の女に持たせている。
「駄目よ、ここにいて」 と、カコは涙を流している。顔をくしゃくしゃにして、辺り構わず、とにかく思い留まれとクイに訴えかけていた。
「私、行くわ」 と、クイは決然として言う。 「行かなくちゃならないの」
「どうして? どうしてこんなに小さい子が、行かなくちゃいけないの」
まるで幼子に言い聞かすように、クイは優しく微笑んで言う。
「カコ、言ってたわよね。貴方は貴方らしく、って。私は童人よ。生まれは変えられない。どれだけ否定しようとしても、それは揺るがないわ。ならば、童人として、主のために尽くさないといけないの」
「そんな……。でも、どうしてそれが、貴方が危険な旅をする事になるの? 貴方たちは本来、主から可愛がられて、何の不自由もなく暮らしていけるのでしょう?」
「そうね……。詳しくは言えないけど、会いたい人がいるの。どうしても叶えたい願いがあり、それを実現するために、ある人を探している。それは、今、主にはできないこと。だから、私は行かなくてはならないの」
どうやら強く引き止められたが、クイは結局、旅を続ける事を選んだようだ。
ここに留まれば、穏やかな暮らしができるだろう。幼子なのに無理をして旅をするより、ここで平穏に暮らすのが自然だとも思える。
それでも、クイは決断した。何か切実なものが、彼女を動かしているようである。
「さぁ、何をグズグズしているの」 と、クイはゴウライとコランに向かって言う。「時間を取らせないでよ」
ゴウライとコランは顔を見合わせ、肩を竦めあった。
*
凛々しく出発を告げたクイは、元気よく、さあ、どこへ行きましょう?と言った。
「お、おい……」 と、ゴウライは首を垂れた。「俺はもう知らないぞ。当ても無く旅をするって言うのか」
「それを探すのも、旅をしていないとね。ここに居続けては、何も手に入らないわ」
「だがなぁ」 とゴウライは苦笑する。 「さすがに空真となるとなぁ。そうそう顕れるものじゃないだろうし。じっとしてくれないとなると、何処へ行けばいいのか……」
「俺が導いてやろう」
突然、声をかけられた。後ろを振り向くが、誰もいない。林の中には誰の姿もないが、と思ったところで、クイは気が付いた。以前にも、似たようなことがあった。
クイは眼を凝らして、木々に紛れてしまいそうな姿を探すと―――。
―――いた。
意外に機敏な動きで、翠人が近寄ってくる。
「なんだ、これ? 知り合いか?」 と、ゴウライは翠人の前に立ち、いかめしい顔を突き出した。
ゴウライに威圧されても、涼しい顔で、その男・ガルは言う。
「とても強い気の素だ。マガリ、いや、もしかしたら、空真かもしれない」
コランがゆっくりとガルを見た。
「興味があるだろう?」
警戒する一行を見回し、ガルは唇を歪ませた。




