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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第二章 風相撲
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拗ねた気の素


     6 拗ねた気の素

 

 翌日、久しぶりにゴウライの無駄にでかい声が聞けた。コランは平気そうだが、クイには耳を押さえたくなるほどの声量だ。

「どうやら調子を取り戻したようね」

「ああ。むしろ、いつもより力が出せそうだ」

「……それは、頼もしいわね」

 ゴウライは腕に力を入れて見せる。本当に、前より筋肉が増しているようにも見えた。

「ねぇ。貴方、一体いくつなの? まだ成長の途中ということは、ないわよね」

一巡(ひとめぐり)(二十歳)ぐらいだ。もう背は伸びんだろうな」

「それ以上は、誰もいらないわ……。でも、まだまだ力強くなりそうね」

「そうだな。昨日はあれで全力を尽くしたが、今なら、もっと出せそうな気がする」

「押さえていたものを、遠慮なく発揮できるのだから、当然でしょうけど……。末恐ろしいわ」

「全くだ。だが、世の中には全力を振るえる相手がいる。そう気付けたのは、クイに付いて来たおかけだ」

 クイは頷いたが、「私には向けないでよ」 と釘を刺すのは忘れなかった。

「次は、何処へ行く?」

「う~ん、特に当ては無いのよねぇ。誰か、噂でも耳にしていないかしら。そんな都合の良く、情報が出てくることはないのだけど」

「そうとも言い切れないぞ。なんせ、気の素のマガリにずっと悩まされてきたんだ。何が対策として使えるか分からない。関連のありそうな話なら、覚えているかも。その中に、一つぐらいは―――」


 そのゴウライの期待は、やはり空振りに終わった。誰も目ぼしい情報を持っていなかった。

「ねぇ、コラン。さっきの話、本当に(はず)れだったの?」

 クイは、諦めきれず、蒸し返した。

 実は、これは、と思える話が一つだけあった。北の氷結地帯の話で、郷一つが凍りついたのだという。少なく見積もっても、素真(そしん)が関わっている。

 次はそこで決まりかと思えたが、コランにより水を差された。彼によると、そこはすでに確かめてきたという。

「終わりの山近くの話よね? 燈都どころか、真統領から出て遥か遠く、そんな辺境まで行ったと言われても、ねぇ?」

「いや、俺には分からん」とゴウライが詫びれずに言う。

「それはもう、遠いこと遠いこと。北の山岳地帯、その果ての果てよ。それに、彼従(ヒイト)の勢力圏から離れて過ぎている。ビドに太獣、まつろわぬ者達・シユまでいるというのに、科人風情が往復できるものかしら」

 コランは動じずに答える。

「確かに邪魔は多かった。そのシユというのが何なのか分からないが、ビドはたくさんいた。

ただ、山深くなるとビドは減り、太獣が増えた。太獣にはあまり悩まされなかった。それにどうやら、ワはあまり太獣と縁がないようだ。だから、時間は掛かったが、たどり着く事はできた」

「……確かに、コラン達と一緒になってからは太獣と遭遇してない。それって、ゴウライのお陰かと思っていたけど……」

「ワにはよく分からない。それにたどり着いたという証は何もない。特に何も持ち帰ってこなかったから」

「うーん、それで?」

「あぁ。特に何も危険はなかった。郷は確かに氷結していたが、それは空真(ジウ)仕業(しわざ)ではなかった。ただ気の素真スージが()ねて、辺り一体を凍らせていただけだ」

「スージが、すねた?」

「あぁ。近頃地震いが多かったらしく、郷では地真(ジア)の方ばかり崇めていたらしい。それで、放って置かれたクウがすねて、凝縮して素真(そしん)スージと成って、辺り一帯の気の素を停止させた。それで、あらゆる物が凍結してしまった」

「気の素真の中でもスージはわりと顕れやすいものだけど……。そこまで荒ぶっておいても、空真ではなかったの?」

「そこにいた気の素真は、アゴウのように暴風に長けたものではなく、ウジンのように巻き上げることに特化したものではなかった。ただ冷え冷えとさせることを得意としていたから、素真の中でもスージだろう」

「俺は雪を見た事があるが、それより寒いのか?」 とゴウライが言う。雪の説明を聞き、コランは頷く。

「ユキとは、あの辺り一面にあった白いモノのことだな。その雪すら、凍り付いていた。何も、動くものはなかった。みな、動きを停止させられていた」

「おっかねぇな。それで、どうした?」

「何もしていない。求める物を持っていなさそうだったから、その場を去ろうとした所で――」

「え。まさか、何もせずに放置してきたの?」 とクイは呆れた顔を見せる。

「何度も言うが、今のワは、気の素とは相性が悪い。何もできない」

「ふっとばされていたものね。軽々と」

「ただ、ワが関わるまでもなかった」

「うん? というと?」

「水が、凝固を溶かし始めていた。以前、お前達も漏らしていた、あの水だ」

「私達も? え、なんだろ?」

「目から熱い水を流していた」

「あぁ」 と、クイは頬に手を当てながら言う。「漏らすって、言わないでよ。あれは、うぅ、何というのかな。気の迷いというか……」

「涙のことだろ? なんでそう言わない?」 と、ゴウライは不思議そうにいう。

 クイは、小さい掌を精一杯開いて、ぺちんとゴウライを打った。

「乙女の気持ちの複雑さは、あんたには分からないわよ!」

「わからん女子だな。それで、その涙が、どうした?」

「どうやら、凝固させられた科人たちが、気の素を疎かにしたことを悔いていたらしい。反省の証として、その涙を差し出していた」

「反省の証……。少し、違うわよね……?」

「あぁ。違うな」

「そうなのか。とにかく、その水は温かく、口までを溶かしていた。それで話せるようになり、皆はスージに許しを求めていた」

「涙というより、心を感じたんでしょうね。それで、その熱い涙を見て、凝固を解いてくれたのね」

「すぐに全部、という訳でもなく、しばらくかかりそうではあった」

 良かったなと、見知らぬ者のためにゴウライは感心している。

 その側で、浮かない顔をしている娘がいる。いや、むしろ、不審そうでもある。

 その娘・カコは、クイに近寄ると、「ちょっと、良いかしら」 と、クイを誘い、一同から離れようとする。害意は感じなかったので、クイは気楽に応じた。



 距離を取った所で、なおも声を潜めながら、カコはクイに言う。

「あのコランとかいう男、やっぱり嘘を言っていると思うわ」

「嘘? どうしてそう思うの?」

「だって。私も北の郷の凍結の話は聞いたことがある。でもそれは、ずっと、ずっと昔の話よ。今はもう、スージは機嫌を直して、氷結状態は解かれたと聞くわ。少なくとも、コランが立ち寄れる頃には、もうとっくに終わっていたはず」

「でもコランは、氷結状態のときに行ったと、言っている……。別のところという話では?」

「雪はともかく、スージと成り、何もかも凍らせるほどの話はそうそうないわ」

「でもコランはそこに居合わせたという。うーん、確かにね」

「あの歳で立ち会えるはずはないわ。だから、行ったというのも嘘じゃない? 聞きかじった話を、己の体験したことのように吹聴してるのよ」

「そうかなぁ。あいつに、そんな虚栄心あるかなあ……」

「じゃなければ、コランはあれで老人だっていうの? いいえ。精々が一巡に見える。ずれていても、十までよ」

「それは、確かに……」

「ゴウライ様は、素直な良い方よ。私達のために力を尽くしてくれた。でもあのコランとかいう男は? 根性無く吹っ飛ばされて、まったく役に立っていないじゃない」

「それも、その通りね」と、クイは頷いた。

「だから、ゴウライ様をお供にするのは良いけど、コランを信用するのはどうからしら、と思うの。親切には見えないし、何を考えているか分からないし、きっと、心も冷たいわ」

「何を考えているか分からない、という指摘には、全面的に同意するわ」

「冷たい心の持ち主は、温かいものをあっさりと捨てるわ。その捨てられるものというのは、あなたの事よ、クイ。いつかあいつに捨てられるんじゃないかって、心配なの」

「可能性は、あるわね……」

「だから、クイ、ここに残らない? 私、親代わりになってあげたいの」

「え……?」

「こんなに小さいのに、危険な旅なんてしていてはいけないわ。住む所が無いというならばここに残れば良いし、親がいないというのならば、私が面倒を見てあげる。ね、どう? 得体の知れない男達と旅をするより、その方が、ずっと良い話でしょい?」

「でも……」

「でも、も何も無いわ。ここに残りなさい。貴方は貴方のまま、幼子らしくしていたらいいのよ」

「私、は―――」

 クイは、困った顔をして、カコを見た。



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