拗ねた気の素
6 拗ねた気の素
翌日、久しぶりにゴウライの無駄にでかい声が聞けた。コランは平気そうだが、クイには耳を押さえたくなるほどの声量だ。
「どうやら調子を取り戻したようね」
「ああ。むしろ、いつもより力が出せそうだ」
「……それは、頼もしいわね」
ゴウライは腕に力を入れて見せる。本当に、前より筋肉が増しているようにも見えた。
「ねぇ。貴方、一体いくつなの? まだ成長の途中ということは、ないわよね」
「一巡(二十歳)ぐらいだ。もう背は伸びんだろうな」
「それ以上は、誰もいらないわ……。でも、まだまだ力強くなりそうね」
「そうだな。昨日はあれで全力を尽くしたが、今なら、もっと出せそうな気がする」
「押さえていたものを、遠慮なく発揮できるのだから、当然でしょうけど……。末恐ろしいわ」
「全くだ。だが、世の中には全力を振るえる相手がいる。そう気付けたのは、クイに付いて来たおかけだ」
クイは頷いたが、「私には向けないでよ」 と釘を刺すのは忘れなかった。
「次は、何処へ行く?」
「う~ん、特に当ては無いのよねぇ。誰か、噂でも耳にしていないかしら。そんな都合の良く、情報が出てくることはないのだけど」
「そうとも言い切れないぞ。なんせ、気の素のマガリにずっと悩まされてきたんだ。何が対策として使えるか分からない。関連のありそうな話なら、覚えているかも。その中に、一つぐらいは―――」
そのゴウライの期待は、やはり空振りに終わった。誰も目ぼしい情報を持っていなかった。
「ねぇ、コラン。さっきの話、本当に外れだったの?」
クイは、諦めきれず、蒸し返した。
実は、これは、と思える話が一つだけあった。北の氷結地帯の話で、郷一つが凍りついたのだという。少なく見積もっても、素真が関わっている。
次はそこで決まりかと思えたが、コランにより水を差された。彼によると、そこはすでに確かめてきたという。
「終わりの山近くの話よね? 燈都どころか、真統領から出て遥か遠く、そんな辺境まで行ったと言われても、ねぇ?」
「いや、俺には分からん」とゴウライが詫びれずに言う。
「それはもう、遠いこと遠いこと。北の山岳地帯、その果ての果てよ。それに、彼従の勢力圏から離れて過ぎている。ビドに太獣、まつろわぬ者達・シユまでいるというのに、科人風情が往復できるものかしら」
コランは動じずに答える。
「確かに邪魔は多かった。そのシユというのが何なのか分からないが、ビドはたくさんいた。
ただ、山深くなるとビドは減り、太獣が増えた。太獣にはあまり悩まされなかった。それにどうやら、ワはあまり太獣と縁がないようだ。だから、時間は掛かったが、たどり着く事はできた」
「……確かに、コラン達と一緒になってからは太獣と遭遇してない。それって、ゴウライのお陰かと思っていたけど……」
「ワにはよく分からない。それにたどり着いたという証は何もない。特に何も持ち帰ってこなかったから」
「うーん、それで?」
「あぁ。特に何も危険はなかった。郷は確かに氷結していたが、それは空真の仕業ではなかった。ただ気の素真スージが拗ねて、辺り一体を凍らせていただけだ」
「スージが、すねた?」
「あぁ。近頃地震いが多かったらしく、郷では地真の方ばかり崇めていたらしい。それで、放って置かれたクウがすねて、凝縮して素真スージと成って、辺り一帯の気の素を停止させた。それで、あらゆる物が凍結してしまった」
「気の素真の中でもスージはわりと顕れやすいものだけど……。そこまで荒ぶっておいても、空真ではなかったの?」
「そこにいた気の素真は、アゴウのように暴風に長けたものではなく、ウジンのように巻き上げることに特化したものではなかった。ただ冷え冷えとさせることを得意としていたから、素真の中でもスージだろう」
「俺は雪を見た事があるが、それより寒いのか?」 とゴウライが言う。雪の説明を聞き、コランは頷く。
「ユキとは、あの辺り一面にあった白いモノのことだな。その雪すら、凍り付いていた。何も、動くものはなかった。みな、動きを停止させられていた」
「おっかねぇな。それで、どうした?」
「何もしていない。求める物を持っていなさそうだったから、その場を去ろうとした所で――」
「え。まさか、何もせずに放置してきたの?」 とクイは呆れた顔を見せる。
「何度も言うが、今のワは、気の素とは相性が悪い。何もできない」
「ふっとばされていたものね。軽々と」
「ただ、ワが関わるまでもなかった」
「うん? というと?」
「水が、凝固を溶かし始めていた。以前、お前達も漏らしていた、あの水だ」
「私達も? え、なんだろ?」
「目から熱い水を流していた」
「あぁ」 と、クイは頬に手を当てながら言う。「漏らすって、言わないでよ。あれは、うぅ、何というのかな。気の迷いというか……」
「涙のことだろ? なんでそう言わない?」 と、ゴウライは不思議そうにいう。
クイは、小さい掌を精一杯開いて、ぺちんとゴウライを打った。
「乙女の気持ちの複雑さは、あんたには分からないわよ!」
「わからん女子だな。それで、その涙が、どうした?」
「どうやら、凝固させられた科人たちが、気の素を疎かにしたことを悔いていたらしい。反省の証として、その涙を差し出していた」
「反省の証……。少し、違うわよね……?」
「あぁ。違うな」
「そうなのか。とにかく、その水は温かく、口までを溶かしていた。それで話せるようになり、皆はスージに許しを求めていた」
「涙というより、心を感じたんでしょうね。それで、その熱い涙を見て、凝固を解いてくれたのね」
「すぐに全部、という訳でもなく、しばらくかかりそうではあった」
良かったなと、見知らぬ者のためにゴウライは感心している。
その側で、浮かない顔をしている娘がいる。いや、むしろ、不審そうでもある。
その娘・カコは、クイに近寄ると、「ちょっと、良いかしら」 と、クイを誘い、一同から離れようとする。害意は感じなかったので、クイは気楽に応じた。
距離を取った所で、なおも声を潜めながら、カコはクイに言う。
「あのコランとかいう男、やっぱり嘘を言っていると思うわ」
「嘘? どうしてそう思うの?」
「だって。私も北の郷の凍結の話は聞いたことがある。でもそれは、ずっと、ずっと昔の話よ。今はもう、スージは機嫌を直して、氷結状態は解かれたと聞くわ。少なくとも、コランが立ち寄れる頃には、もうとっくに終わっていたはず」
「でもコランは、氷結状態のときに行ったと、言っている……。別のところという話では?」
「雪はともかく、スージと成り、何もかも凍らせるほどの話はそうそうないわ」
「でもコランはそこに居合わせたという。うーん、確かにね」
「あの歳で立ち会えるはずはないわ。だから、行ったというのも嘘じゃない? 聞きかじった話を、己の体験したことのように吹聴してるのよ」
「そうかなぁ。あいつに、そんな虚栄心あるかなあ……」
「じゃなければ、コランはあれで老人だっていうの? いいえ。精々が一巡に見える。ずれていても、十までよ」
「それは、確かに……」
「ゴウライ様は、素直な良い方よ。私達のために力を尽くしてくれた。でもあのコランとかいう男は? 根性無く吹っ飛ばされて、まったく役に立っていないじゃない」
「それも、その通りね」と、クイは頷いた。
「だから、ゴウライ様をお供にするのは良いけど、コランを信用するのはどうからしら、と思うの。親切には見えないし、何を考えているか分からないし、きっと、心も冷たいわ」
「何を考えているか分からない、という指摘には、全面的に同意するわ」
「冷たい心の持ち主は、温かいものをあっさりと捨てるわ。その捨てられるものというのは、あなたの事よ、クイ。いつかあいつに捨てられるんじゃないかって、心配なの」
「可能性は、あるわね……」
「だから、クイ、ここに残らない? 私、親代わりになってあげたいの」
「え……?」
「こんなに小さいのに、危険な旅なんてしていてはいけないわ。住む所が無いというならばここに残れば良いし、親がいないというのならば、私が面倒を見てあげる。ね、どう? 得体の知れない男達と旅をするより、その方が、ずっと良い話でしょい?」
「でも……」
「でも、も何も無いわ。ここに残りなさい。貴方は貴方のまま、幼子らしくしていたらいいのよ」
「私、は―――」
クイは、困った顔をして、カコを見た。




