表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第二章 風相撲
12/28

芽生えたもの


     5 芽生えたもの


 マガリが(チン)(レイ)(鎮め元に戻すこと)されことを喜び、郷の者たちが祝宴を設けてくれた。

 それは結構なもてなしぶりであった。おそらく、このような郷では、収穫を祝うときや慶事でもない限り、ボウキ(酒)や糖蜜などを容易に口にできないはず。それらを惜しみ無く並べて、主を讃える歌や踊りまで披露されたのだから、よほど盛り上がっていたのだろう。

 そんな中、コランが意外な特技を披露した。

ふだん、ぼんやりとしているので、食にも興味がないのだろうと、クイがからかうような事を言った。すると、潰して吸収すればどの食料も同じだとコランが言い、やっぱり淡白な奴だと笑いが上がった。それでかちんときたのか、あるいは、ただ単に、証明したかったのか、コランが立ち上がった。

 ならば見せてやると、コランは腕を振るい出した。

 出来が悪く主に献上されなかった奉実をかき集めて製粉して、水と塩を加えて練り、生地を作り上げる。それを細長く切り分け、茹で上げた。

 最初は、蚯蚓のでかい奴かと気味悪がり、手を出し渋っていたが、終いにはみな、未知の食感にはまった。先進文化の集う燈都で供されてもおかしくない出来栄えに、クイは言葉をなくした。

 さらに興にのったコランは、蜜の乗った団子までこしらえてクイを驚喜させた。ふだんは肥鼠(ヒネズミ)太蛇(タジャ)といった野生の混成を好むゴウライも、この蜜の甘さには唸り声をあげ、貪り食べた。

 これは彼従に教わったのかと誰かが問い、ゼイ様に供するために覚えたのだとコランは答えた。燈都での食事に近いものを得られたことでご満悦のクイは、何でも良いからもっと、と聞き流していた。


 郷の者達と対称的に、今夜の主役であるゴウライは落ち着いていた。幾人もが奏でる口笛の祝い歌にもさほど興味を示さず、いつの間にか姿を消した。

 可愛い可愛いと、もてはやされる事に飽きたクイは、賑わいから離れてゴウライを探した。

 喧騒から離れて、岩に腰掛けている巨漢の影があった。彼は静かに夜空を見上げていた。


 とことこ、と近寄って、クイはゴウライの名を呼んだ。同時に、香ばしく焼けた河魚(ミナガ)を差し出すが、ゴウライはあまり興味を示さない。

「どうしたの? 調子が悪いの? 食べ過ぎたのかしら」と、クイは笑って言う。

「いや」 と、いつもの豪放さを感じさせない声でゴウライは答えた。

 興奮しているようには見えない。勝利の味に酔っているなら、もう少し嬉々としていてもよさそうなものだ。

 むしろ、何か異変を抱え、その感覚を持て余しているように見える。やはり、どこかおかしいのだろうか、とクイは心配になった。

「大丈夫? マガリに触れて、貴方も歪まされたんじゃない?」

 クイの心配を余所に、ゴウライはのんびりと言う。

「何もなってないって……。それより、今夜は、気持ちいい夜だなぁ」

「誇れることをしたのだから、当然ね」

「当然か……、どうだかな」

「何よ、このぐらいの勝利の味なんて、大したことでもないって?」

「いや……。正直言うと、俺は、勝負事は嫌いだったんだ」

「そうなの? 負けることなんてないでしょうに」

 ゴウライは、素直に頷いた。胸元の首飾りを指で(もてあそ)んでいる。そこに列を成している牙は大分古い年季の入ったもので、彼自身の獲得物ではなさそうである。

「少しでも力を込めて殴れば、相手はみんな、壊れてしまう。とても痛そうな顔をする。そう思うと、俺も一緒に、痛い、と思えてしまう。こうなってしまうと思うと、もう手を出す事ができなくなった。いつしか、拳を握ることすら、躊躇うようになった。そうなるともう勝負の場に立つことすら、怖ろしくなっていた」

 クイは頷いた。ゴウライは最初、風と向かい合う事を恐れていた。それは、負けるかもと怯えていたのではなく、勝負の場に立つ事、その事自体に拒否反応を示していたのだ。

 思えば、コランと対峙した時も、自分から言い出したのではなかった。手下のビド達に勝手に話を進められて、迷惑そうだった。

 クイは、ゴウライの眼を見つめ、気持ちを込めて言った。

「それは、苦しかったでしょうね」

「苦しい?」とゴウライは繰り返した。綺麗なほど澄んだ目で、クイを見ていた。

「相手の痛みを思うと、何もできない。それほど、他の存在のことを思える貴方は、優しい」と、クイは言う。

「そうかなぁ。ただ臆病なだけじゃないか」

「そんなことはないわ」

「――ただ、今日は、気持ちよかった」

 クイは心持ち首を傾げて言う。

「相手を屈服させて、いい気味だと思ったの?」

「いや。押し切って勝った事には、満足している。打ち負かして、それで嬉しいかというと、嬉しい。だが、今日は勝った事よりも、むしろ、あの時の気分の方が、ずっと心地良かった」

「あの時?」

「負けるかもって思って、負けてなるかって奮起して、声が聞こえて、それで必死になって―――」

「確かに、余裕の無い顔だったわ」

ゴウライは苦笑を浮かべる。

「―――頭の中が空っぽになって……、いや、違うな。何かが満ち満ちていた。ただ一つ、負けてなるか、ってだけ思って一杯だった。こんな気持ちは、今までなかった」

「そう。きっと、負けていたとしても、同じ顔をしていたかもね」

「あぁ。力を尽くすってのは、こんなに、心地良いものなんだなぁ」

 ゴウライは、誰かからもらったのかもしれない首飾りを見つめてた。


     *


 夜が更けるにつれ、郷の賑わいは静まりつつある。臨時の灯も消え、普段の闇が遠慮がちに戻って来ている。

 その郷に、ひたひたと、近づいてくる者がいた。

 郷を見下ろせる場所まできて、そこで地面に鼻を寄せる。

 ――臭いが強くなっている。ここで地に下りたらしい。

「見ぃつけた……」

 顔を上げたのは、獰猛な顔をした狗人(ク・ジ)だった。

 一度はコランに打ちのめされて、しばらく動けなかった。だが、回復後、かすかに残る匂いを辿り、ようやくここまで追いついたのだ。

「あの野郎は、一緒なのか」

 悔しさがぶり返したのか、狗人は一頻り唸り声を上げていた。

 どうにか手繰り着いたビドの集落では、童人らしき者の情報を得た。その際、若い男が同行しているとも聞いた。おそらく、狗人を打ちのめしたあの男だろう。

 その男らしき匂いは嗅ぎ分けられない。そばに、もっと濃厚な匂いが残っている所為だろう。どうやら童人は、野暴も付き従えているらしい。まともに戦える相手ではない。

 狗人は考える。皆が寝静まった頃、そっと忍び寄る。そして、童人だけを牙にかけ、その場を離れる。伝説の太獣シデンとまではいかないが、忍び寄るのは得意とする所だ。狗人の技量を持ってすれば、容易に事を成せるだろう。

「今夜は、逃がさん」

 興奮してきて、唾が垂れかける。闇夜を見通す眼を、ぎらつかせた時だった。

 狗人は、思わず後ろに跳び退った。

 頭の中は真っ白だが、本能から警戒態勢を取った。

何かかが、近くにいる。とても、恐ろしい何かが――。

 低い警戒音を鳴らしながら、闇を見据える。

 近づいてくるものがいる。あの男かと思ったが、そうではない。知った匂いではない。野暴でもないとしたら、いったい何が。

 現れたのは、一本の枯れ木のような男だった。

「翠人……。しかし、何か違う……」

 何者だ、と威嚇しようとして、口を開きかけた。その直前、頭の上にそっと何かが乗せられた。

「……!」

 何気ないしぐさで、その翠人の手が差し出されて、狗人の頭を撫でていた。

 反射的にカッとなりかけた。だが、何故か体が動かない。抵抗したいのに、できない。

 不思議な気分だった。不快ではなく、むしろ、かなり心地よい。撫でられていることに、幸福すら感じるのだ。

 体から力が抜けていく。地に座り込み、頭を垂れて、なすがままになる。

「よし……」

 低く、満足そうな声がする。まるで、目の前の翠人が主であるかのような感覚がある。

 そんなはずはない。主と翠人は比べるまでもなく違う混成だ。しかし、この安心感と満足感はどうしたことか。

 翠人が、懐に手をやり、何かを取り出した。無造作に、それを狗人の前に放った。

 転がってきた白い物をみて、思わず狗人は歯を見せた。

 満足そうに笑って、翠人は言う。

「それをやるから、我慢せよ」

 本性に突き動かされ、狗人はそのしゃれこうべを手に取った。

「代わりに、あれらのことは忘れろ。あれは我の獲物だ。お前は、声がかかるまで、じっとしていろ」

 翠人が、何かを狩る? そんなはずはないと心の片隅で思うが、体は素直に反応していた。

「ははっ……」

 狗人が己の命に服したのを確認して、その翠人は郷の中へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ