その先には
4 その先には
郷の男達が駆け寄ってきた所で安心したのか、ゴウライは力尽きた。男達は数人がかりでゴウライを支え、その奮闘を褒め称えていた。
クイもやって来たが、近づけない。興奮した成人たちの中に入れば、巻き込まれ蹴飛ばされかねない。
照れるゴウライの様子を見て微笑んでいたが、郷の娘が気付き、ひょいと持ち上げてくれた。
「さ、こういう時は、何て言うのかな」と、娘が催促してくる。
「分かったわよ……。ゴウライ!」
クイの呼び掛けに対し、皆が振り返った。
視線が集まるが、クイは動じず、頷いて見せた。
「おぅ、クイ! 俺、俺は―――」
「うん、見てた」と、クイは微笑んだ。「貴方の尽力は素晴らしいものでした。主が見ていたら、きっと、誉め愛でてくれたことでしょう」
「お、おぅ」と、ゴウライは照れたのか、猛烈に頭を掻いた。
「よくやりましたね」と、クイは言う。
「おぉ、有難い」
「さすがは闘人だ」
またしても男達が興奮し、ゴウライの肩と言わず背と言わず、褒め称えて叩いた。
人の輪の中心にいるゴウライを見て、クイはまた満足そうに頷いた。
*
騒ぎから離れて、クイは周囲を見渡している。
一体何が、あの気紛れなクウを留まらせ、接近を防ぐ風を起こさせていたのか。その原因は何だったのだろうと、気になったのだ。
小高い丘になっているとはいえ、より高い山にでも登れば、丘の全貌は見渡せる。近寄らせなくない何かがあるならば、それで見当が付きそうなものだ。ところが、皆一致して、特に何も無いと言っていた。
推測はあった。そこには盗賊が隠した財宝が埋まっているとも、主の亡骸が葬られているのだとも、言われていた。または、その下を掘れば、地中で眠っている〈万素の大元〉の所へと続くのだとも、言われていた。
ただ、そのどれもが、クウがマガリと化して留まった理由とは思えなかった。それとも単に、自然にマガリと化してしまっていただけだったのか。
周囲を探り始めたが、最初は恐る恐る足を踏み出していた。まだクウが居り、再び突風が起こるのではと、警戒していた。が、そのうち、何も頓着せずに動き回るコランを見て、大胆になっていった。
すると、周囲を見回っていたコランが、何かを拾い上げる仕草をした。
「あ。何かあった?」 と、クイは目敏く声をかけた。そこはさっき見回っているが、何も無かったはずだけど、と思いながら。
コランは、手にしていた土の塊を、ぎゅっと握りしめた。そのあと、クイに掌の中身を見せた。クイはじっと睨むようにして、言った。
「何も無いじゃない。からかうのは止して」
コランの掌には、砕かれた土くれがのっている。何の変哲もない土に見える。コランはじっと掌を見つめ、また握りしめた。それから、クイを見て言う。
「気の素、というか、素そのものがどこで、どうやって発生しているか、誰も知らない」
コランの唐突な話に、「そうね」 と、クイは頷く。
「見えないものだから、知りようが無いわ。でも一般的には、すべての源である〈万素の大元〉から解き放たれ、四散したモノが全ての素の元となっている、と言われている。そのあと、その膨大な素同士が結合し、分離し、あるいは混ざり合って万物はできている。だから、素はこれ以上増える事が無い、という話ね」
「それが、そうではない、としたら?」
「え? どういうこと?」
「つまり、誰にも知られていなかったが、本当にここで、気の素が生まれていたとしたら?」
「ちょっと、それって、クウの卵があるっていう、幼子向けの作り話のこと?」
「そう。卵とまでは言わないが、ここで気の素が発生していたんじゃないか? その原理は分からないが、この場所は気の素にとって欠かせない要地だった。あるいは、その内の一つであった」
「んー、つまり、ここの住人はそれを知っていたのよね。けれども、より多くの作物を得る為に、勝手に耕作地を増やそうとした。それで、この丘も潰してしまおうとした所で―――」
「卵を守るために、あるいは、大事な場所を侵され、怒ったクウはマガリとなった」
「なるほど……。原因が自分たちにあると気付いたから、郷の者達は、できるだけこの件を伏せようとした。いつしか、原因は忘れ去られ、現象だけが残っていた……?」
コランは頷き、郷長を眼で探した。
「確かめてみるか? 長なら知っているだろう」
少し考えて、クイは首を振った。
「それが正しいのだとすると、今喜んでいるのは、これでここを均して作地にできる、からなのね。それは、ちょっと、欲深いわね」
「だとしたら、聞きたくないな」
「そうね。もう起こらないみたいだし、それに、元々、私達には関係のない話だし」
「そうだな。ワの目的には、何も得るものはない」
「じゃあ、まぁ、今はただ、クウが害を為さなくなって良かったと、喜びますか」
「そうだな。あとは、彼の成長を喜ぼう」
クイは、意外そうな顔をしてコランを見た。
「ワは熱くならないが、皆、感動している。すごいことをした、と言うことだろう」
「そうね。それに何だか、ずいぶんすっきりした顔をしているのよねぇ」
クイは、郷の者達に囲まれ、賞賛されているゴウライを眩しそうに見る。
「一皮剥けたようだし、ここはもう、良しとしますか」
宝探しを諦め、クイはゴウライの元へ行った。
それでもう誰も原因探しを忘れている事を確かめた後、コランはそっと拳を開いた。
そのとき、ふわりと風が吹いてきて、コランの手のひらを撫でて行った。そこにあったモノは、その風に乗って舞い上がった。
その透明なモノは、お礼を言うかのように、くるくるとその場で舞い、コランの頬を撫でた。それから、強めの風に乗り、上空へと登って行った。
コランだけは、それを見送っていた。




