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古嵐探譚  作者: 更紗 悟
第二章 風相撲
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背中を押すもの


     3 背中を押すもの


「クイちゃん、すごいわね」と、娘が頬を赤めて言う。「ゴウライっていうの? あの従人さんなら、負けるなんてことないわね」

 ついにあの風を打ち負かせる時が来たと思いこみ、興奮しているようだ。コランに対しては、すでに興味が無いようである。見向きもしない。あれほどあっけなく飛ばされ、不甲斐ない所を見れば無理もないのかもしれない。

「あの無駄にでかい図体を活かす場なんてそうないんだから、働いてもらわなければね」

「だが、お嬢さん、あいつ、大丈夫か」

 そう口を挟んできたのは、男衆の中でも年嵩の男だ。かつては郷の守り役・殳斗(シュト)であったが、今は引退しているらしい。

 その口調には、懐疑的な響きがあった。自分にはもう無理な挑戦を、余所者(よそもの)にあっさりとやり遂げられたらと思うのが(しゃく)なのだろうか。

「あの巨体を吹っ飛ばせる混成(まなり)なんていないわ。か弱い気の素には、もっと無理よ」

「相手は尋常じゃないぞ。はっきり意思を持つ素真並みとは言えないが、それでも頑迷に居続けている。もはやマガリと言える、十分な脅威なんだ」

「たとえマガリと化していたとしても、あの巨体を飛ばせるもんですか」

「それは、確かにそうかもしれんが……。ただ、気になることがある。お嬢さんは、あいつと長い付き合いなのか?」

「それは、まぁ、ほどほどよ」

「そうか。じゃあ、いつもこうなのか? あいつ、変だと思わないか?」

「どこが? お頭が変なのはいつもの事よ」

「いや、それは知らんが……。これから一勝負挑むというのに、あいつから全く覇気を感じないぞ」

「え? そう? いつも通り、十分怖ろしげな姿だと思うけど」

「そう、外見は怖ろしい獣のようだな。だが、俺の経験から鑑みれば、あれは腰が引けている奴の態度だ」

「何それ。あの大男が、怯んでいるっていうの?」

「やっぱり、それほどの付き合いじゃなさそうだな。あいつ、平然と見せているが、内心はきっと、怯えている。あんな(なり)をしているが、実は臆病な奴だ」

「臆病……。そんな奴が、ビドの頭なんて務まるかしら」

「え? 今、何と?」

「いや、えっとね……。闘人の頭、と言ったのよ。それよりも、ねぇ、コラン。ゴウライの強さは、対峙したことがある貴方が良く知っているわよね」

 話を振られたコランは、黙ってゴウライを見つめていた。無視された形のクイは、代わりに返事をする。

「えっとね。たぶん、大丈夫だから、黙って見ていろ、ってことだと思うわ」

「……お前さんをはじめ、連れもみんな、変わった奴ばかりだな」

「私を一緒にしないで」

 とは言ったものの、一向に肝心の場所に立とうとしないゴウライを見ている内に、クイも不安が増してきた。

 ゴウライはふいに大声を上げたり、腕を振り回したりしている。挑もうと決意が高まってくるが、しかし、直前になると気が萎え、歩みが遅くなる。

 少し近寄ると、それでクウが反応する。ヴゥゥゥゥ、と怖ろしげな音を立てて、風を起こそうとする。

 何度も見ている内に、風の起こる機は分かってきている。それを見て、ゴウライはまた距離を取る。その繰り返しだ。

「うーん、貴方が正しいかもしれない」

「だろう。ありゃあ、そのうち何かにこじつけて、逃げてくるぞ」

「……駄目かしら」

「駄目だな。芯が入ってねぇから、まともに組み合えない。下手をすると、マガリどころか、根性が据わった奴なら科人でも勝てる」

「臆病って訳じゃないと思うのだけどね……」

見かねたのか、黙ったまま、コランが、進み出ていく。

「お。あの兄ちゃんの方が根性あるぜ。また挑む気か」 と、男達は囃し立てた。



 ゴウライが、ずいずいと進み出てくる。ようやく決心が付いたのか。

 いや、違う。良く見ると、ゴウライの背後にコランがぴったり張り付いていた。

 ゴウライは、この期に及んでまだ、決心できずにいた。そのゴウライを、コランが背後から押して来ている。どこにそんな力が、と思えるほど力強く、コランはゴウライをぐいぐいと押していく。

「お、おい。こんな、頭数でどうにかしようとするなんて、俺は―――」

 ゴウライのご託を無視して、コランは、丘の頂上へと向かう。

 そこへ、突風が吹きつけた。きつい強風だ。今度のはアゴウ(台風のこと)並みではないか。

 離れてみているこちらも、踏ん張らないと転がされそうになる。これほどの強風が生じたのは初めてのようで、郷の者達は(おのの)いている。

 けれども、ゴウライはまだ踏ん張っている。正確には、ゴウライが逃げ出さないように、背後でコランが押し込んできている。

 単独で挑んだ時は、あっけないほど簡単に吹き飛ばされたのに、今はまるで地面に根が生えたように、コランは動かない。ゴウライの体重を受け止めて、留まっている。

「くそっ!」 と、ゴウライが吼えた。歯を剥いて、形相が変わった。ようやくやる気になったようだ。

 ゴウライは前傾姿勢になり、一歩、また一歩と進んでいく。

「おお、すごい、負けていないぞ」 と、歓声があがる。

 ゴウライが自らの力で進み出した所で、コランは手を離した。元からそれ以上進む気は無く、ゴウライがやる気を出さざるを得なくなるまで、追い込んだけなのだろう。

「あっ」 という間に、独りになったコランは再び吹き飛ばされた。

 先ほどまでは、ゴウライの重量を押し返していたのに、その背から離れた途端、木の葉の様に吹き飛ばされてしまった。直接風を受けた途端、この有様だ。

 この若者の不思議な特性に首を傾げたのはクイぐらいで、後は皆、ゴウライを応援していた。

「もう少しだ、行け!」

 ゴウライは歯を食いしばったまま、鼻で荒い息をしている。全力を出しているのだろう。

 対する風の勢いは凄まじい。もはや科人で抗し切れる勢いではなく、それが絶えず吹いてくる。ゴウライの強力(ごうりき)をもってしても、踏みとどまるのが精一杯のようだ。

 だが、留まっているだけでは、解決しない。近付けさせたくない理由の場所に達するまでは、この現象は止まらないだろう。

「俺たちも、手伝うぞ!」

 男達が、加勢しようとする。コランがしたように、後ろから押そうというのだろう。

「来るなぁ!」 と、ゴウライが叫んだ。

 息を吐いたことにより、力が抜け、僅かに押し戻される。

「―――いいから、そこで見てろ。もう少しだ、やってやるから」

 興奮していた男達は、鼻白んだ顔をした。

 彼らには手柄を奪うつもりなんて無い。ただゴウライに感服して、助力したかっただけなのだろう。それを無下に断り、近付くなと言われれば、(しら)ける顔になるのも当然だ。

「やはり獣か」

「佳属様のやることに手を出すなってことだろう」と、毒づく声が漏れる。

 クイが思うには、それは勘違いで、ゴウライは気を遣ったのだ。

 確かにゴウライの背を押せば、前進にのみ注力できるかもしれない。ただし、そこまで行くことが、すでに難問だ。

 吹き突ける風は容赦がなく、多少の力自慢であっても、科人が近寄るのは困難だ。下手に駆け寄ろうとしても、吹っ飛ばされ、大怪我をする。

 臆病であっても、ゴウライは他人の気持ちを深く読み、他人が難事にあることを好まない。

 だからゴウライは、皆の身を案じ、嫌われてでも、助勢を断ったのだろう。

「まったく、こんな時にまで……。歯歌なんだから」と、クイは顔をしかめた。


 郷の者にも、そうしたゴウライの配慮が分かる者もいて、足踏みしている。元殳斗の男も、ここで退けるかと侠気を見せている。

「しかし、危険なのはお前もだろうが。そこまでいって、飛ばされでもしたら……」

 重い分だけ、落下の衝撃は凄まじくなるはずだ。それでもゴウライは、頷いて言う。

「俺を、信じろ。俺は、負けない」

 任せてしまっていいか、躊躇ったあと、男たちは決意した。

「……分かった。行け! やってみせろ!」

「飛ばされたら俺達が受け止めてやる! あとのことは考えるな!」

「全力でやれ!」

 自分の気持ちが通じて、しかも応援されていると感じたゴウライの身が膨らんだ。

「オゥ!」

 全力を尽くしているように見えたが、まだ力を残していたのか。ゴウライは徐々に進み始めた。

「そのまま、押し切れぇぇ!」

 声援に応え、ゴウライが吼えた。

 逆風の中、突進していく。風が弱まったわけではない。とんでもない底力を発揮して、猛進したのだ。

「行ったァ!」 と、歓声が上がる。

 ついに風の素の押し合いに打ち勝ち、向こう側へと突き抜けた。

 急に抵抗がなくなり、ゴウライは前のめりになった。辛うじて足を出し、倒れる事はなかったが、ふらふらだ。太ももに力が入らないようで、足が震えている。

 それでも、ゴウライは、片手を上げた。

 誇らしさと勇ましさに溢れた、勝利の宣言だった。



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